白と黒の約束「沈むは海へ、残すは灰を」③
「まだか……」
かつて黎明の騎士団が凱旋した街道を突き進むスメラギと、彼の仲間達。
朝霧に包まれし街中は見通しが悪く、メンデルハープの樹皮城も未だに形枠だけをうっすらと霞ませていた。
吸血鬼もどきへと堕ちた民達の猛追は衰えを知らず、スメラギ達の進む跡には死屍累々と、落葉とは異なる小山が築かれている。
再び、目前の脇道より数体の吸血鬼もどきが、牙を剥き出しに飛び出してきた。
紅く染まった眼球が円卓の騎士団を捉え、獣染みた咆哮に空気を震わせる。
自ら先頭に立って刃を振るうスメラギ。
彼は酷く辛そうな表情を浮かべつつも、愛剣〈閃光〉で吸血鬼もどきの一体を貫く。
壊れた水道管みたいに血飛沫を上げながら倒れていく様を見届けもせず、スメラギは前へ、前へと歩を進めていた。
「ぐあぁ!!」
突如、後方より仲間の悲鳴が響き、僅かにだがスメラギの剣筋が鈍る。
咄嗟に狙いが逸れ、吸血鬼もどきの鎖骨近くを貫いてしまう〈閃光〉。
スメラギは相手の腹部を蹴り飛ばしながら、愛剣を引き抜くと、後ろへ呼び掛けた。
「大丈夫かっ!?」
今まで奇跡的に犠牲者は皆無だったが、いつかは破られるものだと。それ自体は分かりきっている事だった。
しかし、その原因となった存在だけが、スメラギの予想を大きく裏切っていた。
「あハッ!!キレイな色ですネェ!!……エっとぉ、この中にメイジさんはいますかぁ?いませんカァ?いないんデスねぇ?じゃあ、殺シちゃいますケド、イイですヨねぇ?」
円卓の騎士団陣営の中間を引き裂く様にして、凱旋道へ割り込んでいる集団。
その正体は〈半機人〉カラメル率いるゾディアーク教団だった。
カラメルは無邪気に、愉快そうに、口の端を片方だけ吊り上げながら、右手を眉へ添えて円卓の騎士団の面々を見渡している。
「なっ……」カラメルの異様な出で立ちに絶句するスメラギ。
魔術師が好むゆったりした外套。その布地を折り捲くって、腹部から覗く幾つもの鉄筒、そして……。
「いきマスよぉ!!」
あんぐりと口を開けるカラメル。喉奥より体液に塗れた筒が伸びる。
━━っ!!
思わず耳を塞ぎたくなる程の凄まじい轟音が、その場に居る全員の鼓膜を揺さぶった。
遅れて、閃光が霧中を駆け抜け、どす黒い爆煙が道を覆い、住宅間を這っていく。
そして、方々より仲間達の呻き声が交じり出す。
「イッパイとびまシタねぇ!!ドノくらい死ニましたかねぇ。あ、アそこ見てクださいよぉ!!はらワタが壁にくっツイちゃってマスよぉ」
「やめろぉぉぉっ!!」
普段の温厚なスメラギからはとても想像つかない、かすれた声で彼は叫んでいた。
「お断りしマスぅ!!」
カラメルは続けて、腹部から覗く複数の鉄筒から銃弾を吐き出していく。
外套の裏から、カラメルの足元へ、音を立てて次々と散らばる薬莢。
円卓の騎士団の妖術師が結界魔術を展開するが、いとも容易く砕かれてしまう。
非情なる悪意に次々と伏していく仲間達。
スメラギは堪らず、カラメルに方へ駈け出そうとした。
その眼前を、少女のか細い腕が遮る。
「メーニャ!!どいてくれ!!」
弓を小脇に抱え、メーニャは長いポニーテールを左右へ揺らす。
「嫌です!!あたし達がどうしてスメラギさんについてきたのか……忘れたんですか?この為なんですよ!!心配しないでください。〈円卓の騎士団〉はそんなにやわじゃないですから!!」
そうっすよ、ここは俺達に任せてくれっす!!
安心してください。すぐに追い付きますから。
〈クリアンレズム〉に帰ったら、また一杯やりましょうや!!
仲間達の虚勢があまりにも辛く、胸に突き刺さる。
踏み出せず、苦渋の色を濃くさせるスメラギ。
カラメルの響かせた轟音に誘われたのか、いつの間にか吸血鬼もどきが四方よりなだれ込んで来ていた。
メーニャは自身が持ち得る最強のスキル。
矢へ不死鳥の幻を投影し、触れた者の身を尽く焦がす広範囲制圧型弓術をメンデルハープの樹皮城方面へ狙い定めて射る。
そして、彼女はスメラギの背中をばしん。と力強く叩いた。
「今の内にさっさと行ってください!!」
蠢く吸血鬼もどき達は幻炎に身を焼かれ、僅かにだがその先に活路が生じていた。
「ありがとう……、皆、どうか死なないでくれ」
その懇願には誰も声を返せなかった。
〈円卓の騎士団〉、〈ゾディアーク教団〉、そして吸血鬼もどきへと変わり果てたウェルズニールの国民達。
混沌を極める三つ巴の戦地。
スメラギは唯一人となって、それでもメンデルハープの樹皮城を目指す。
「わわっ!!な、なんだろ!?」
突如、震動を伴う地鳴りが城内に響き渡り、マオは猫耳をぴょこぴょこと揺らしながら、視線を当てもなく彷徨わせた。
ブラムに敗北を喫していた朱猫の魔術師ことマオ。
彼が目を覚ますと、メンデルハープの樹皮城内と思われる一室に監禁されていた。
椅子に座らされており、椅子の背と上半身とが鉄の鎖で一括りに縛られている。
足首も手錠で拘束され、指先ほどしか身動きが取れない状態だった。
またなぜか、マオは深手一つ負っていなかった。
マオが記憶を取り戻した事実をブラムが悟っていたのか定かではないが、鮮血を媒体にする〈血操術〉を警戒していたのだろうか。
ブラムとの死闘の末、傷らしき傷は負わずとも、ほとんどのEPを吐き出していたマオ。
強制書換を発現させるだけの回復はまだ見込めない。
「まぁ、もし扱えたとしても、拘束されたままじゃ自信ないけどさ」
マオはいつも、葬具である十字鎌を介して強制書換を発現させていた。
拘束された経験など一度もないし、十字鎌を介さずに強制書換を扱った記憶もない。
不死なる賢人、ヴァンプ・ブギア・スカーレットの呪い━━過去視の魔眼をきっかけに失っていた筈の記憶を取り戻していたマオ。
既にやるべき事は終えている。
リリアへ交信し、メイジ達の逃亡を手助けし、あわよくばブラムを跪かせて、思惑を問い質すつもりだった。
「そう上手くはいかないよね」
死を覚悟していた筈なのに、なぜか生き永らえている。
どうしてブラムは自分を殺さなかったのだろうか?
いや、殺せなかったのか。
一年前〈レギオン〉が終わりを告げた日。
マオとリリアは信じるべき味方の……ソウイチロウの狂刃により命を落とした。
その後、何が起きたのか。何も覚えていない。いや、何も知らない。が正しいのだろう。
たぶん、マオとリリアが再誕するまでの空白の中に、〈レギオン〉の真相が埋もれているのだ。
マオとリリアは〈吸血鬼〉として、そして〈葬儀人〉として生まれ変わっていた。
つまり、現在の二人はヴァンプと同じく不死なる存在なのだ。
それでも、ブラムの強制書換なら不死を奪う事で、殺害は可能な筈だと、マオは覚悟していた。
不死の書き換えは不可能なのか、それとも、不都合が伴うのか。
「うーん、困ったなー」
身動きがとれず、天井を見上げ深い溜息を吐くマオ。
「白黒殿ーっ!!ヴァンプ殿ーっ!!誰か居らぬでござるかーっ!?」
「あれ、この声って……」
思わぬ幸運が舞い降りた。とマオは猫耳をぴんと立てる。
この喋り方は、確か、白黒やヴァンプと一緒に居た女の子だ。
「誰か居らぬでござるかーっ!?」
さっきよりも近付いてる。
マオは機を見計らって、部屋の外へ呼び掛けた。
「助けてー!!」
できるだけ必死さを装うとしたが、そこは性分なのだろうか。なんだか自分でもふざけて聞こえた。
「むむっ、何処でござるか!?名乗りを上げるでござる!!」
良かった。届いたみたいだ。と安堵するマオ。
「こっちだよ!!僕はマオ。ねぇ、君は白黒達と一緒にいた女の子だよね?」
返事よりも先に、部屋の扉が押し開けられる。
「見つけたでござる!!む、お主は〈黎明の騎士団〉のっ!!」
「安心してよ。僕はもう騎士団は抜けたんだ」
「だから、その様な目にあってるでござるか?」
「うん、まぁそんな感じかな。もう君達や円卓の騎士団と戦うつもりはないんだ。だから、お願い。助けてよ」
長政はマオの言葉を信じるべきか、判断に困っている様子だった。
「僕は君達の敵を裏切ったんだ。敵の敵は味方でしょ?それにさ、白黒やヴァンプを見つけるにも、僕は役立てると思うよ」
「そ、そうでござるか。……そうでござるな。うむ、じっとしてるでござるよ」
「……どうするつもり?」
マオへ歩み寄る長政。
彼女はマオを縛る鎖を両手で掴むと、そのままひき千切ってみせた。
足首の手錠も同様、パンを千切るみたいに素手で難なく壊してしまう。
「えー……」
容姿にそぐわない怪力ぶりを見せつけられ、唖然とするマオ。
「これでうぉーあいにーでござるな!!」
「うぉー……えっ」
「さっ、早く白黒殿とヴァンプ殿の居場所を教えるでござる!!何処に居るでござるかーっ!?」
「あ、ちょっと。待ってよ」
尋ねておきながら、率先して走り出す長政。
マオは戸惑いつつも、その背中を追いかけていく。
━━メンデルハープの樹皮城、城門前。
「スメラギ。久しぶりだな」
遂に邂逅を果たす二人の騎士。
かつては肩を並べ、共に幻想剣を掲げていた。
離別した一年よりも、平穏を謳った時間の方がずっと長かった筈なのに。
筈なのに……ブラムには、その日々がうまく思い出せなかった。
細剣型宝星具〈シャムロック〉を抜き、スメラギの瞳孔へ切っ先を突きつける。
「ブラム……」
「剣を構えろ、スメラギ」
「答えてくれ。これが本当に君の望んだ未来なのか?」
「〈閃光〉を構えろ!!」
「ブラム!!答えてくれっ!!」
「スメラギ!!構えろっ!!」
〈閃光〉を足元へ下げたまま、訴え続けるスメラギ。
しかし、ブラムは唇を固く結ぶと、瞬時に距離を詰め〈シャムロック〉を真横に薙ぎ払った。
咄嗟に〈閃光〉を振り上げるスメラギ。
お互いの刃が交じり、耳鳴りに似た金属音を奏でた。
「お前が勝てたなら、その時に答えてやる」
真相を語る事を阻むはブラムの〈シャムロック〉。
スメラギは〈閃光〉を振るう事を余儀なくされていた。




