白と黒の約束「沈むは海へ、残すは灰を」②
━━緑祭の都ウェルズニール、東の辺境。
「ほな……いこかー」
〈ゾディアーク教団〉所属、〈死霊師〉紫苑はのんびりと、聞いた者の気が抜けるような、とても締まらない声を出した。
紫苑を筆頭とし、選りすぐりの〈ゾディアーク教団〉精鋭達が後方に待機している。
「皆殺し。デモいいんですカァ?」
紫苑の隣に立っていた青年が奇妙な声を上げた。
言葉の節々に合成された機械的な音声が混じっている。
「皆殺しはあかんて。えとなー、メイジって子と、葬儀人は生け捕りにしたって。それ以外のMobは殺してええよ」
「はいハァい」
飄々と片手を上げる青年。
「どや?カラメル。……その身体、馴染んどる?」
「カラメル?アァ、僕の事ですネェ?はい。すっごく気持ちイイですよぉ」
志半ばに朽ちた魔術師カラメル。紫苑はその肉片をパーシバル砦跡地で回収すると、同じように掘り出した宝星具〈メメント・モリ〉と繋ぎ合せて再生させていた。
ツギハギだらけの顔面はとある有名な怪物を連想させる。
〈半機人〉として生まれ変わったカラメル。
片方の眼球を覆い隠していた前髪が横風に煽られる。
普段、晒されている片目とは違い、隠れていた方は目蓋が千切れており、眼球が剥き出しになっていた。
カラメルは唇を片端だけ吊り上げて、歪に笑う。
「あハッ、バルドさんガ、イないのが残念デスが、行きまショウ。皆殺しデスよぉ」
「あかんわー……ぜっんぜん理解してないやん」
無差別な悪意が霧中へ紛れていく。
━━円卓の騎士団。
「こんな事が許されるのか……」
スメラギは愛剣〈閃光〉を片手に、呆然と立ち尽くしていた。
視界に映すは、変わり果てた民の姿。
「スメラギさん!!危ないっ!!」
放心しているスメラギ目掛けて飛び掛かる吸血鬼もどき。
見咎めたメーニャが矢を穿つ。
〈弓闘士〉としての固有スキル〈嘶き〉による補正で加速度的に吸血鬼もどきの脳天を貫く矢。
勢いでスメラギの足元へ転がる吸血鬼もどき。
「済まない……」
スメラギは片膝を曲げて屈むと、絶命した民へ哀しげな眼差しを落とした。
「ちょっと!!謝るならあたしに謝ってください!!もぅ!!しっかりしてください!!スメラギさんがそんなんじゃあ、あたし達はどうすればいいんですか!?」
メーニャの必死な呼び掛けに、スメラギは双眸を見開いて、我に帰る。
「そうだったな。ありがとう、メーニャ」
覚悟していた筈だ。
祖国に反旗を翻すと決意した時、その道が犠牲に塗れるとしても、決して立ち止まらぬと。
「許してくれ。君達の死は無駄にしない。必ずや、ウェルズニール再起の礎とする。だから、せめて今だけは安らかに眠って欲しい」
メンデルハープの樹皮城を目指し、真っ向から突き進む〈円卓の騎士団〉。
幾度となく立ち塞がるは、かつて共に祖国を愛した民のなれの果て。
長政やメーニャ、騎士団の仲間達と連携し、迫る波を押しのけていく。
「やっとか……」
今までよりも一際、道幅に余裕のもたれた街路へ抜け出る一向。
吸血鬼もどきの熾烈な猛攻に晒され続け、正確な位置の把握を怠っていたスメラギ。
しかしながら、メンデルハープの樹皮城を目指して進んでいれば必ずその道に交わると確信していた。
〈黎明の騎士団〉にとってに凱旋道。
何処までも真っ直ぐに伸びる道の先には、朝霧と枝葉を纏う樹皮城が霞んで望めた。
「白黒殿はもう先に進んでるでござるか!?スメラギ殿、先を急ごうでござる!!」
街並みを壊してしまわぬようにと、自在型戦鎚型〈鬼奇怪々(ききかいかい)〉のサイズを調整しながら振り回している長政。
うっすらと浮かび上がっている樹皮城の方角へ、率先的に駈けていく。
どうやら吸血鬼もどきには、高低差や数的優劣などの利点を活用するだけの思考力が備わっていないらしく、彼等はただ単純に、ばらばらに、スメラギ達へ牙を向けていた。
〈円卓の騎士団〉陣営の犠牲者は、奇跡的にも未だゼロだ。
「この勢いのまま、樹皮城へ!!」
長政に後れを取りつつも、スメラギは更なる躍進をと、幻想剣〈円卓〉の透き通った刃を樹皮城へ掲げる。
「ここまで近づけば、おてのもの。拙者、お先でござる!!」
長政は〈鬼奇怪々〉を逆さにして地面へ突き立てると、持ち手の先端へしがみついて見せた。
直後、メーニャはただ一言「嘘でしょ……」と呟く。
柄だけが果てしなく伸び、しがみつく長政は空へと、豆粒ほどまでに遠のいていく。
充分過ぎる高度まで上昇した長政は、目的地への降下へ移った。
同時に〈鬼奇怪々〉の鎚頭が彼女の元目掛けて縮んでいく。
城門を遥かに飛び越えて、霧に霞む樹皮城へ墜落する長政。
「……なんでもありだね」
さすがのスメラギも、その奔放さには戸惑いを隠せなかった。
━━メンデルハープの樹皮城、城門前。
邂逅は突然だった。
先走る白黒を、城門前で待ち構えていたのは……。
「そういえば、半年前の質問に答えていなかったな」
「……ブラム団長」
片目の視力を、片手の握力を。そして、最愛なる少女を。
白黒から奪っていった葬儀人━━ブラク・ムーン・ケトスは語り出す。
「〈水瓶座の時代〉なる宝星具は自我を有していた。それはなぜだと思う?」
「……」
無言。それが白黒の返答だった。
「箱庭の創造主である〈加賀通孝〉という人間は、元々〈精霊師〉と呼ばれる道標を箱庭に打ち込んでいた。だが、彼は〈水瓶の魔女〉ことアクア・ヒュン・リィムエリアの死をきっかけに〈水瓶座の時代〉などという偶像を箱庭に残し……自殺した」
なぜ箱庭の小人であるブラムが上界の……箱庭の外の経緯を知っているのか。
白黒の言葉なき疑いを悟ってか、ブラムは続ける。
「〈クシャティケルの灯〉を制圧したあの日、私はティアメル様を器とし発現した〈水瓶座の時代〉に触れた。これは〈加賀通孝〉の予期せぬ結果だったのだろうな。〈水瓶座の時代〉なる宝星具には〈水瓶の魔女〉の思念が宿っていた。もし、それを〈加賀通孝〉が知っていたなら、きっと彼は死を選ばなかったのだと思う。アクア・ヒュン・リィムエリアが〈水瓶の魔女〉と称される根源。それは可能性だ。〈水瓶の魔女〉はありとあらゆる可能性を内包している」
「可能性……?」
「そうだ。呆れる程に夢想であろうと、挫ける程に困難であろうと、惨めな程に滑稽であろうと、水瓶の魔女は決してそれを否定しない。彼女は選ばず、等しく、全てへ新時代への可能性を与える」
ブラムは腰元に携えている三本の細剣、内の二対……幻想剣〈系譜〉と〈肖像〉を左右それぞれに抜いた。
薄く透き通った刀身が、儚い瞬きを放つ。
「だから……グレイ。私はあの日、お前からティアメルを奪った。人が持つ可能性とやらには、系統があり、感情によって大きく左右されるものだ」
「俺に恨まれる為に、貴方はティアメルを殺したと。そう言いたいのか?」
「〈水瓶座の時代〉の転生の為に殺したのも事実だ。あれは一つの器で一度しか発現できない。ティアメルもアメリーという少女も私が殺したも同然だ。そして、箱庭に寿命が迫っているのも一つの真実だ。この世界を構成する言葉の鳥は減り、宝瓶の座はゆっくりと衰退している。もう創造主である〈加賀通孝〉は世を去り、協力者であった〈岬朝日〉は箱庭の末路を受諾している。その中で〈水瓶の魔女〉だけが、この箱庭に理想郷の可能性を見出そうとしている」
「その可能性とやらの為にティアメルを殺したというなら、俺は貴方を許せない。許すことはできない」
「ならグレイ。問おう。お前は今まで、葬儀人を追い求めて、どれ程の屍を築いてきた?」
「俺は……っ」
「人は所詮、利己的な生き物だ。不都合な部分には目を背け、都合的な部分のみを押し並べて理想を語る。どんな綺麗事を吐こうと、瞳を瞑ったままでは、何も掴めない」
「……わかってる。俺は、ティアメルとの約束を果たす為だけに、多くを利用してきた。今更、それを否定するつもりはない」
「そうか……」
その瞬間。白黒には、ブラムが微笑んだように見えた。
「なぁグレイ。随分と昔になるが……俺とスメラギと。三人で記調律を望んだ日を……覚えているか?」
「覚えています」
無意識に口調が過去の〈グレイ〉へと戻される。
「お前はあの日、言葉の鳥に何を願ったのか、教えてくれないか?」
「平穏です」
「平穏……か。私もそうだったのだろうか」
「俺にはわかりません。ただ、あの日の貴方は、とても穏やかな表情をしていました」
「私がか?」
「はい、いつも思い詰めたような……疲れた顔をしていましたから。あの日の違和感はよく覚えています」
「気付かなかったな。私はそんなにも追い込まれていたのか」
「ブラム団長。貴方はどうしてこんな事をしているのですか?」
「ウェルズニールを……祖国を守る為だ」
「俺には、貴方のしている事が、国を守っているとは、とても思えません」
「私の行為が善行なのか、愚行なのか。それを決めるのは後世だ」
「そう言い聞かせているのですか?己が死んだ後の世界に価値を求めるなんて、俺には理解できません。国そのものを軍事力にして、戦乱を生き残ったとして、誰と喜びを分かち合うのですか?誰に、その成果を伝えるのですか?」
グレイの言い分が正しいのだろう。それぐらいブラムにも理解できた。
けれど、もう彼は戻れなかった。
きっと全ては葬儀人と関わった時から、狂い出していたのだろう。
〈レギオン〉の最中、アークがコース王の殺害を吐露し、なにもかもが手遅れになってしまったのだと悟った。
一人、また一人と。国の平穏を願う仲間達は彼の元から離れていった。
振り返ってみれば、いつしか後ろには自らの足跡しか残っていなかった。
と、次の瞬間。
……陰鬱とした雰囲気をぶち壊す勢いで、樹皮城の中腹へ何かが墜落した。
凄まじい崩落音が伝い、思わず目を見張る二人。
「見たくないものが見えたな。……あの鎚。長政か」
「グレイ、お前の仲間か」
「はい。馬鹿ですが」
「まぁいい。仲間を……そして、ティアメルを取り戻したいのであれば、ソウイチロウと決着をつけてこい。私にはまだ、待つべき相手が残っている」
「スメラギさんですか」
「……」
無言で、城内への門を譲るブラム。
「もし、お前の願いがソウイチロウの野望を打倒したなら、その時はまた会おう。グレイ」
「そうですね。俺がソウイチロウを止め、スメラギさんが貴方を諭し、この無益な戦いに終止符を打ちます」
「ふっ、そうなるといいな」
再び走り出そうとする白黒。
その足元へ幻想剣の片割れが放られる。
「どういうつもりですか?」
「〈肖像〉だ。持っていけ。これが……私が、かつての仲間へ向ける最期のたむけだ」
白黒はやや思案する素振りを見せて立ち止まっていたが、幾拍挟んで意を決すと幻想剣〈肖像〉を拾い上げた。
そのまま朝霧満ちる城内へ紛れていく。
「さぁ、残すはスメラギ。お前だけだ」
ブラムは幻想剣〈系譜〉を片手に残し、未だ姿を見せぬ旧友を待ち望む。




