届きますように「偶像の鳥かご」④
━━初戦が終わったら、皆で祝勝会しようよ!!
そう元気一杯に提案したのはココナだった。
半兵衛が仕込みとして煮込んでいた香草や葡萄酒が残す芳醇な香り。
雨頃仔百が前以って持ち込んでいた焼き菓子から漂うバターや蜜の甘ったるい匂いも、まだ部屋の隅々に染みついている。
鼻先をくすぐる口福の兆しが、今は胸を締め付けた。
「そういえばお前は初めてだったな。ここが……俺達の暮らす家だ」
真田幸村は意識混濁性消失居障害になって後、一度も〈戦国華憐家〉の拠点を訪れた事がない。
玄関からそのまま続き、彼等が最も長く居座る一室。奥には調理場が設けられており、隅には廊下への区切りとなる扉が見えていた。
一際大きな窓の傍へ帰還術での転送を果たした二人。
元親は隣に立っている筈の幸村へ盲目の瞳を向けた。
「見覚えとか、ないか。どうだ?えっとな、たぶん、そっちだったと思うんだけどよ、扉があるだろ?その先の廊下のな、一番奥がお前の為に残してある部屋だ。隣は長政で、一番手前が半兵衛だ。俺と道雪は二階でよ……あー、そうだった。まだなおえの部屋が決まってなくてさ、改装するにも金がそんなにねーし、どうするかって半兵衛と相談してた所だったんだよ」
必死ささえ見え隠れする、元親の口振り。
元親の言葉に耳を傾けつつ、呆然と室内を見渡している幸村。
「アタタカイ」
ぼそりと、彼女はうわ言の様に漏らした。
「もう春だしな」
幸村が言いたかったのは体感的な面じゃなかった。
微妙なすれ違いが、二人に沈黙を残す。
唐突に、元親は腕を彷徨わせ始めた。
やがて幸村の肩に指が触れ、彼女の身体がびくりと弾む。
「あっ、悪い」
一声も返ってこず、不安がより色濃く視界を埋める。
「……っ!?」
そっと、彼女を抱き寄せた。
密着した胸元に鼓動が伝う。
ぼさぼさと伸びっ放しの頭髪が頬に刺さりこそばゆい。
背中へ回した腕により力を込める。
幸村は一貫して無抵抗で、元親に身を委ねていた。
「思い出せよ。帰ってこいよ……幸村」
普段、意識しても出ないんじゃないかと思えるぐらい掠れた声だった。
自分の首元に沈む幸村の吐息が、鎖骨を撫でる。
元親にはこの、束の間の安らぎが永遠に続いてくれればいいと思えた。
「……モトチカ」
彼女の華奢な両腕が、元親の横腹を這っていく。
心許なく動き回っていた手先は、元親の背中に結ばれ、静かに落ち着く。
「もう離れんなよ。二度と……」
「……ごめんな」
機械的な、合成された声ではなく、確かに彼女は自らの声でそう発した。
「幸村!?」
しかし、幸村はその言葉を最後に、元親の腕を掴み上げ、抱擁を解いた。
━━こんこん、と扉が叩かれる。
幸村は立ち上がると、傍の窓を見据えた。
再び、扉が数回、叩かれる。
「……開けていい?」
はっきりと聞き覚えのある声。
「なっ、嘘だろ!?どうやって……」
帰還術で逃げ延びてから、まだ一時間も経過していなかった。
触れていた指先から温もりが遠のいていく。
「まてっ!!おい、幸村!!行くなっ!!」
盲目の元親を置き去りに、幸村は独り、窓を割って外へ飛び出す。
「馬鹿野郎!!」
元親は慟哭し、窓ガラスの破裂音を頼りに幸村を追おうとした。
その爪先はややずれた方角を向いており、壁際に並んでいた植木鉢に躓き、前のめりに倒れ込んでしまう。
壁に額を打ちつけて傾れ落ち、散乱したガラス片が掌や鼻頭に突き刺さる。
「……あれ、逃げられてる」
扉をこじ開け、室内を見渡す烏。
「行くな……幸村」
うつ伏せに床へ倒れたまま、無力感に打ち拉がれている元親の姿。
烏はその惨めな青年を一瞥し、すぐに視線を破片残す窓へ移した。
「……めんどう」
淡白に呟き、扉を開け放したままその場を後にする烏。
取り残された元親はガラス片の刺さった肘を立てて、もう一度立ち上がろうとしていた。
それはまるで、翼のもがれた鳥のように。憐れな光景だった。
━━何処へ向かえばよかったのだろうか。
〈死霊師〉紫苑によって生み出された鷹は羽ばたく先が見出せず、宵闇の中を彷徨っていた。
「おめでと、成功やね。せやなー、君は僕にとっても大切な素体を併せてるんよ。鷹……にしとこか。お姉ちゃんが一番好きだった鳥の名前や」
「……タカ」
「あら、音声は失敗してるんやね。データの変換上の不都合なんかな。うむむ、まさか情でもうつってしまったんかな」
まぁどっちでもええかー。と呑気に独り言を漏らしている紫苑。
じっと、命令を待つロボットみたいに静止している鷹を見つめ、紫苑は続けた。
「えとな、君には理想郷の先駆者を見つけて欲しいねん。あぁ、死体でも構わへんよ。むしろ、殺してからの方が楽やね。バルドが言うにはな、ちょっと前に、メイジって子が三人目の理想郷の先駆者として選ばれたらしいんよ。それを聞いて僕は思ったん。理想郷の先駆者はまだ増えとる可能性があるってな。正直、あんま要らんねん。あんなん、一人居れば充分や。だからお願いや。理想郷の先駆者らしき人物を探してきたって、そんでもって、あわよくば殺してもええで。あ、これから紹介するけど、バルドには内緒にしたってな」
理想郷の先駆者の特徴として、滅竜士のバルドに会わされ、そして、鷹は飛び立った。
しかし、自立思考の未熟な……不完全な彼女は何度も判断を間違った。
協闘すべき鷲の疑似強制書換を理想郷の先駆者の強制書換と勘違いし、殺した。
「あららぁ、こんなところで何してるんですかぁ?飼い鳥さん。いっつものけーっとしてる紫苑さんの真似事ですかぁ?あんまりのんびりしてると、紫苑さんみたいに脳みそ空っぽになっちゃいますよぉ?ふふっ」
なんて紫苑を小馬鹿にする魔術師カラメルの冗談を真に受けて、街中で暴れ出し、彼の人型自律宝星具〈メメント・モリ〉と激突したこともあった。
あのね。紫苑がもうお前は要らないって。
烏の宣告がいつまでも頭の中から離れない。
思い出せよ。帰ってこいよ……幸村。
元親の温もりが、あの時の感触が忘れられない。
鷹。幸村。
どっちが本当の自分なのだろうか。
事実は彼女自身にも分からない。
ただ、希望は偏っていた。
もし、これから先を選べるなら。もし、まだ生きていられたなら、帰る先は決まっていた。
だから、その為にも決着をつけなければいけない。
もう随分と階層の外れまで来ていた。
バンブリオの統治範囲を示す防壁は暗がりの向こうで、どんよりと滲んでいる。
ぽつぽつと防壁の表面には淡い明かりが灯っており、一瞬、夜空から伸びる星空かと見間違った。
首筋を微かな夜風が吹き抜けていく。
不意に、駆け出していた足が止まった。
じじっ、と不可解な雑音が響き、薄闇に浮かび上がる黒衣。
蛇腹剣型葬具を片手に立つ少女。
葬儀人リリアが告げる。
「〈移人狩〉、鬼ごっこはお終い」
「……」
睨み合う〈葬儀人〉と〈移人狩〉。
「その傷でよく逃げたと思う」
黒衣に隠された脇腹の出血を見抜いてか、リリアは冷たい眼差しを〈移人狩〉の腹部へ向けていた。
「でも、たぶん、もう長くない」
「……」
「言い残す事はある?」
「……」
「そう」
蛇腹剣の関節が伸び、蒼い粒子が灯っていく。
足元に渦を巻いて垂れる刀身。
リリアは鞭で払う様に、それを大きくしならせた。
二人の間を舞い踊る蛇腹剣。
刃が弧を描いて、〈移人狩〉へ迫る。
〈移人狩〉は携えていた漆黒の鞭を引っぱり出して、応戦しようとする。
が、間に合わない━━。
「……っ!?」
しかし、直後、困惑の吐息を漏らしたのはリリアの方だった。
「はぁはぁ……間に合ったーっ!!」
〈移人狩〉を庇う様に、彼女の正面に立って、風の防壁を展開する少女。
真っ赤なカンカン帽子に朱色のワンピース、革靴までも赤い光沢を放っている。
碧の粒子による波紋を周囲へ立てており、色合いこそ異なるが、眼球が理想郷の先駆者の〈反転〉と似た侵食を見せていた。
〈憑依〉し、第四層の広範囲へくまなく風波を当てていたココナ。
策敵の効果を持つ風波が、外側を目指して街中を走り抜ける〈移人狩〉を捉えてから、ココナがその場へ到着するまで僅か数秒である。
靴周りに纏わりついている碧の粒子が、彼女の人外さを暗示していた。
「やっと会えたっ!!」
「貴女は……」
「ねぇ、答えて!!あなたは、あたしの友達、絵本芽望とは本当に別人なの?」
「邪魔をしないで」
ココナの問い掛けには答えず、リリアは警告の意を込めて、蛇腹剣を躍らせた。
「脅したって無駄だよ。あたしは絶対に退かない」
リリアとココナのやり取りを眺めていた〈移人狩〉がゆっくりと後退る。
「いいよ、あたしに任せて。逃げて」
背中越しにココナは囁く。
「……」
無言で走り去っていく〈移人狩〉。
リリアは蛇腹剣を握る腕を大きく振り上げた。
関節部がしなり、蛇の如き軌道を見せる蛇腹剣。
だが、蒼き粒子が灯る刃節の一部が碧の粒子で象られた風の刃に切断される。
伸びきった蛇腹の剣先がばらばらと崩れ落ちる。
「その粒子は……、強制書換とも疑似強制書換とも違う。半年前の貴女はそんな力を持っていなかった筈。……それはなに?」
精霊術の片鱗を目の当たりにし、戸惑うリリア。
「私達は〈加賀道孝〉が残した遺志ですよ、葬儀人」
「シルフィード?」
「すみません、ココナ。私は今まで、とても重要な事を貴女に隠していました」
姿なき風霊の声が、二人を硬直させる。
「貴方達、葬儀人が〈岬朝日〉による抑止力だとし、理想郷の先駆者が〈水瓶の魔女〉の希望だとするなら、私達、精霊は……いえ、私達の媒体となるものこそが〈加賀道孝〉の遺志を継ぐものなのです」
風霊は続けていく。
「葬儀人は移人 (ロストボディ)を増やさない為に岬朝日が選んだ手段であり、理想郷の先駆者は〈水瓶の魔女〉が移人 (ロストボディ)を上界(現実)へ返す為に選んだ生贄です。そして、精霊師は、加賀道孝が……箱庭を完成させる為に選んだ人柱なのです。彼の遺志を継ぐ上界側の人間はこの世界の精霊師を指針にして、移人 (ロストボディ)を送り込んでいました。かつて、精霊師は人柱の文字通り、精霊を奉る各地にて半永久的にその役目を全うしていました。しかし〈変革〉により上界との繋がりが遮断された際、当時の精霊師達は突然の遮断によるショックの所為か、全員が同時に死に絶えたのです」
「それって……」
声にならないココナの懸念を肯定するシルフィード。
「そうです。ココナ。貴方達がシルフィ神殿を訪れたのは私にとって僥倖でした。〈変革〉以降、わざわざ辺境の地へ、精霊の眠る地へ足を運ぶものなど数えるばかりでした。それに、誰でもいいという話でもありませんでした。精霊師として必要不可欠な条件は二つ。まず、これは加賀道孝の趣向によるものですが、水瓶の魔女に似て、少女であること。そして、こちらが最も重要なのですが、魔術適性が備わっているか、どうか。という事です。例えば、上界にて意識混濁性消失障害の歪みを自覚できれば、魔術適性は充分過ぎると言えるでしょう」
ココナ……いえ、青空星奈。貴女はとても優れた魔術適性の持ち主でしたよ。とシルフィードは付け加えた。
「精霊師。意識混濁性消失障害の元凶……」
リリアが呟いた。
その言葉を繰り返すココナ。
「あたしが元凶……」
「いえ〈変革〉により世界間が遮断されている今、貴女はまだ一人も移人 (ロストボディ)を増やしてはいません」
「まだって……どういう意味?これから先、あたしが原因で。あたし達みたいな人が増えるの?」
「その為に、我々精霊はこうして直接的に干渉しているのです。ココナ、これは誉れべき事なのですよ。我々を崇め、用意された人柱としてではなく、我々が対等に接し、〈精霊師〉として契約を結んだのは〈変革〉以降、貴女が初めてなのですから」
「そんなのって。あたし、どうすれば……?」
「今まで通り、私と仲良くしてくだされば結構ですよ。いずれ、他の精霊達も己に見合った〈精霊師〉を選ぶでしょう。あとは〈New Age〉が次なる時代へ移行すれば、自然と役目は発揮されます」
さぁ、今は彼女を。葬儀人リリアを止めましょう。
彼女は貴女の友達なのでしょう?
それらの言葉一つ一つが、ココナの胸底に懐疑を渦巻かせる。
碧色に染まっていた眼球が、本来の色彩を取り戻していく。
周囲で波紋を刻んでいた碧の粒子が薄れていき、街中を頻りに吹き抜けている風も弱まっていた。
「ココナ、どうしたのですか!?〈憑依〉が解けています」
シルフィードの呼び掛けが虚しく、ココナの鼓膜を通り過ぎていく。
「貴女がいずれ意識混濁性消失障害の元凶となるのなら、それを私は葬儀人として見過ごせない」
リリアは途切れた刃節を蒼い粒子で繋ぎ留め、再び蛇腹剣をしならせる。
「……覚悟して」
無防備を晒すココナの首元目掛けて、蛇腹剣を振るおうとした。
━━リリア!!聴こえるかな?僕だよ、マオだよ。
その時だった。
遠く離れた地。隣国ウェルズニールにて〈黎明の騎士団〉第一部隊に所属し、ブラムの補佐を務めている筈の同胞。
葬儀人マオの人懐っこい声が突然、リリアの頭の中に響いた。
予期せぬ干渉に、蛇腹剣を振り翳す腕がぴたりと止まる。
マオ?
脳内で呼び返すと、僅かなタイムラグを挟んで声が返ってきた。
━━よかった!!聴こえるんだね。リリア、よく聴いて!!ブラムが離反した。アークとフィズは散り散りになってて分からない。
ブラムが離反?
━━うん、でもまぁ、正直それはもうどうでもいいんだ。それよりもさ、僕は思い出したんだ。葬儀人になるよりも昔の自分を。ねぇ、リリア。覚えてる?僕達は葬儀人になる前から仲間だったんだよ。だからフレンドリストをちょっと強制書換で弄ったら、こうして交信ができたんだ。僕達はさ、一年前の〈レギオン〉の時、葬儀人に敗北して記憶も命も奪われていたんだよ。
マオ?何を言って……。
突然、鋭い頭痛が奔り、思わずよろめくリリア。
遠景。
いつかの色褪せた風景で、彼、朱猫ことマオは猫耳を揺らしながらリリアを励ましてくれていた。
……これはいつ?
広大な草原で鞭を振り回す自分。振り返れば、大剣を背負う青年がひらひらと手を振り、目つきの鋭い少年も片手を控えめに上げて見せている。
……彼等は誰?
ねぇ、星奈〈New Age〉を一緒にやってみない?
ほえ?なにそれ?
ネットゲーム。5月から正式にサービス開始するんだけど。
芽望も好きだねー。んー、あたしゲーム苦手なんだよなー。でも、折角だし、ちょっとやってみたいかも。
約束ね。
おー、約束するよー!!
……これは、私の記憶?
「これって……」独り言が漏れる。
静止した蛇腹剣を、その先のリリアを見据えるココナ。
「芽望?」咄嗟にココナはその名を呼んでしまう。
また鋭い痛みがリリアの脳をかすめた。
苦痛に渋面しつつ、リリアはマオの交信に集中する。
━━ねぇリリア。一度きりでいいんだ。僕の我儘を聞いてくれないかな?
なに?
━━あのね。僕はこれから昔の仲間を助けに行くつもりなんだ。でも、相手が相手だからさ、どうなるかわからない。だから、リリアに頼みたいんだ。僕の昔の仲間を……メイジとメルティを守って欲しい。
メイジ……確か理想郷の先駆者の?でも、守るって何から?
━━あらゆるものから……かな。ごめん、僕も曖昧なんだ。でも、あの二人だけは死なせちゃ駄目なんだって、なんとなくだけどそう感じるんだ。助けた時に城壁都市ゴゴ・チャッカへ逃げるよう伝えるつもり。だから、リリアはゴゴ・チャッカであの二人と合流してくれないかな?
マオ。理想郷の先駆者は私達〈葬儀人〉の敵。それを忘れたの?
━━忘れてなんかないよ。うん、そうだね。リリアの言う通りかもしれない。でもさ、そもそも、その敵ってのは誰が決めるの?葬儀人だからとか、理想郷の先駆者だからとか、小人だから、移人だからとかさ。そうやって言われたまま固定観念に縛られて、自ら思考することを放棄したらさ、ただの家畜と変わらないじゃないかな?疑う事を忘れ、システムに全てを依存する危険性を、僕達は〈レギオン〉で学んだ筈なんだ。分かり易く提示された善悪を鵜呑みにしちゃいけないって。依存すれば楽かもしれない。反抗すれば辛いかもしれない。でも、何が正しいのか、何を信じるべきか。それを決める事を誰かに委ねちゃ駄目なんだって。
あはは、ちょっと熱くなり過ぎたよ。と脳内にマオの微笑が届く。
リリアは暫らく黙考していた。
━━ごめん、こっちもあんまり時間が無いから。交信切るね。もしお互い無事なら……また一緒に遊ぼうね。
待って、マオっ!!
しかし幾ら待っても、再びマオの人懐っこい声を聴く事は叶わなかった。
「ココナ。私はあくまでリリアだ。まだ貴女の言葉を信じた訳じゃない。けど、もしかしたら貴女の話す過去が、私には本当にあったのかもしれない。ただし、それを判断するのは私自身」
突然、リリアから一方的に告げられ戸惑いを表情に浮かべるココナ。
「貴女が意識混濁性消失障害の元凶になるのかどうかも、私は自分で判断する。もし仮に元凶となったなら、私は葬儀人として貴女を糺す。でも、それは今じゃない。過去の〈精霊師〉が元凶だったとしても、これから先の〈精霊師〉が同じ末路を辿るかなんて、まだ分からないから。だから、今、戦う理由もない」
「芽望……」
「芽望じゃない。私はリリア」
「あ、ご、ごめん。リリア。もしかしてあたしを励ましてくれたの?」
「ち、ちがう。私はただ自分の考えを話しただけ……」
リリアの言葉を和解と受け取ったのか、ココナは嬉々とした声色を上げる。
「ありがとー!!リリア」
「待って!!こっちに来ないで!!」
先程までの沈んだ雰囲気とは一変し、弾けるような満面の笑みを浮かべ、リリアへ抱きつこうとするココナ。
「いいじゃんー。あ、もしかして、あたし、お師匠様の趣向に影響されちゃってる?」
「私は今すぐ城壁都市ゴゴ・チャッカへ向かわなきゃいけなくなった。ココナ、貴女はどうする?」
「ゴゴ・チャッカ……?どうして?」
「マオの頼みだから。メイジを助けに行かないと」
「マオ!?メイジ!?あれ、もしかして二人ともゴゴ・チャッカに居たの?」
かつて、なおえと一緒にゴゴ・チャッカを訪れた時を思い起こしながら、見つけれなかったなーと首を傾げるココナ。
「二人はウェルズニールで行動してたみたい。だけど、これからゴゴ・チャッカへ逃がすってマオが言ってた」
「ウェルズニールで何か起きてるの?」
「私にもわからない」
「あたしも行きたい。なにより折角、め……じゃなくて、リリアに会えたんだから、また離れ離れなんて嫌だもん。けど、寄り道しちゃ駄目かな?お師匠様や他の皆に挨拶しないと……」
「マオはかなり切羽詰まってる様子だった。悪いけど、私は待っていられない」
「うーん」と、唸るココナ。
「魔術痕跡を残していきましょう。エルが見つけてくれると思います」
不意にシルフィードが口を挟んだ。
いつの間にか、ココナのカンカン帽子の上に座っており、前足を上げて首筋を掻いている。
「むぅ、魔術痕跡って言われても……」
ココナは頭上を見上げるようにして、カンカン帽子の縁に視線を向けた。
帽子が大きく傾き、滑り落ちそうになったシルフィードは慌てて爪を立てている。
「魔術適性に優れているココナなら容易な事です」
「残すなら早くして。ゴゴ・チャッカまでは急いでも半日掛かる」
「ご心配なく。風霊術を応用すれば一時間も掛かりません」
「そう……好都合ね」
一足先に円錐階層都市バンブリオを離れる〈葬儀人〉と〈精霊師〉と〈風霊〉。
しかし、バンブリオを舞台とする混戦はまだ決着を迎えていない。




