亡国「円卓の騎士団」⑩
━━メンデルハープの樹皮城、庭園。
メルティが去った後、足元に伏すベティリアの亡骸に吸血剣〈宵闇の串刺公〉を突き立てていたソウイチロウ。
そんな彼の隣にじじじっ、と不可解な雑音を纏わせて姿を現す黒衣の人物。
「遅かったじゃないか、ブラム」
ソウイチロウは見向きもせず、彼の名を呼んだ。
「あぁ、フィズを遠ざけるのに手間取った」
枯れた遺体から刃を引き抜き、血塗られた緋色の刃に視線を落とすソウイチロウ。
「アークの方はどうだい?上手く引き込めそうかな?」
「問題無い。あいつは葬儀人らしかぬ愉快犯だからな。既にこちら側だ」
「へぇ、さすがだね」
「どうしてキャメロット姫を殺さなかった?」
「だってあの子、よく似ていたからさ」
「私はお前ほど甘くはない。不安要素は全て取り除かせて貰うぞ」
「そこまでは僕も干渉しないさ。まぁ、お好きにどうぞ」
再びじじじっ、と雑音を孕んで姿を消すブラム。
ソウイチロウはようやく、ブラムが立っていた場所に顔を向けた。
「恐怖による支配……か。そこまでして国の名を歴史に残そうとする君には尊敬するよ。共感はできないけどね」
〈New Age〉の外側の……現実側の人間だったソウイチロウはブラムと似た道を選び、そして転落していった過去の人物達をよく知っている。
彼は人知れず箱庭の滑稽さを皮肉るのだった。
━━パーシバル砦跡地。
緑祭の都〈ウェルズニール〉を目指すギルド〈ゾディアーク教団〉。
彼等の進行を阻むのは〈黎明の騎士団〉第二部隊隊長アークだった。
パーシバル砦の外門が瓦礫となって積み重なる小山に立っているアーク。
「がははっ、随分と久しぶりじゃないか。バルドよぉ!!お前さんと話すのは〈竜殺し〉以来か?」
豪快な笑い声を上げ、アークは対峙している大男へ呼び掛けた。
〈ゾディアーク教団〉の仲間達を後方に控える大男……〈滅竜士〉のバルドは無言でアークを睨んでいる。
隣に立つ身長の低い青年。
不健康そうな顔色を見せる〈死霊師〉の紫苑が代わりに口を開いた。
「あのな、邪魔せんといてや。僕ら、急いでるんや」
「がはっ、そいつは悪かったな。だが、俺もなぁお前さん達の邪魔をするのが役目なんだわ。はい、ごめんなさいってどく訳ないだろ」
そうでっか。と不自然な訛りを含めて返す紫苑。
バルドは担いでいた延べ棒の様な鈍器の柄を両腕で豪快に構えた。
「良い機会だ、アーク。ここで決着を付けさせて貰う」
「おぉ怖い、怖い。しかし、お前さん。がはっ、震えておらんか?大丈夫か?もう俺にやられた過去は克服できたか?」
「いつまでもあの時のままだと思うな」
バルドが延べ棒に蒼い粒子を纏わせていく。
強制書換の発現を見据えながら、なおも変わらずに笑い上げるアーク。
「がはははっ!!こりゃ愉快、どうやら威勢だけは取り戻したようだな!!」
「バルド。僕も手伝おか?」
「いや、俺一人で充分だ。紫苑、お前は皆と迂回しつつ予定通りカラメルの回収へ向かえ」
「うーむ……せやな。バルドがそう言うんならそうしよか」
そそくさと迂回を指示していく紫苑を横目にバルドはアークへ訊ねる。
「騎士団はどうした?」
「がははっ!!〈黎明の騎士団〉はそうだなぁ、今頃〈吸血鬼〉化でもしてるんじゃないか」
「〈吸血鬼〉だと?まさか……始祖たる吸血剣はお前達が所持していたのか?」
「まぁな、ブラムがずっと懐に隠していた訳だ」
「葬儀人。貴様らは世界の歪みを糺す存在ではなかったのか?」
「残念だが、正確には葬儀人じゃなくフィズと〈岬朝日〉のだな。俺はこの世界が楽しければそれで満足だからな、がはははっ!!」
「アーク、お前はやはり腐ってるな」
「褒め言葉か?やめろよ、がはっ」
さてと……アークは瓦礫の山から飛び降りて、右手の甲に平たい刃を発現させる。
拳甲剣型強制書換を構え、先端から蒼い粒子を扇状に広げていく。
「竜殺しの理想郷の先駆者。精一杯、俺を楽しませてくれよ?」
「葬儀人の堕ち毀れが。お前の認識を改めさせてやる」
膨大な量の蒼い粒子が衝突し、パーシバル砦跡地が蒼く染まっていく。
━━メンデルハープの樹皮城〈大樹メイニール〉。
メイジは城の外壁に張り巡らされた図太いつたの上を独りで駆けていた。
〈大樹メイニール〉が吐く霧は濃く、視界を遮っている。
ここに至って、彼はLvによる恩恵を痛感する。
補正を失った肉体は現実と同等の性能しか擁しておらず、ただ走るという行動においても明確な差異を感じさせた。
でも、本来なら……これが自分の限界なんだよね。
意識混濁性消失障害として〈New Age〉の世界でどれほど超人的な力を発揮していたのか、こうして比較してみると驚きを隠せない。
いつのまにかそれが当たり前なんだと思ってた。
短くない年月が彼の常識を塗り変えていたのだ。
「慣れって怖いな」
単調な繰り返しは人から少しずつ自覚を失わせていく。
それは現実もこの世界も変わらない。
メイジは現実世界で過ごしていた頃の葛藤を思い出し、思考を巡らせていた。
責任感だったり、正義感だったり。誰だって慣れない環境にぶつかると最初は強く持とうとする。
けれど、それらの決意や覚悟といった類のものはほとんど続かない。
意識混濁性消失障害だってそうだ。
本当なら〈New Age〉で暮らす事に慣れてしまってはいけないんだ。
けれど、僕達は馴染みつつある。
適応しているのだと言い換えれば正しいのかもしれない。
それでもメイジには、まるで箱庭の俯瞰者達の思惑通りな気がしてこの変化が正しいとはどうしても思えなかった。
緊迫した状況下に置いて、どうしてこんな事を考えているんだろう。
メイジは思考を切り替える。
メルティを探さなきゃ。
もしかしたら彼女もまた自分達を探しているかもしれない。
どうすれば居場所を伝えられるか。
どうすれば……すんなりと合流できるだろうか?
強制書換も、職補正も失った自分に何ができるだろうか?
彼はふと紋様石を思い出した。
胸元で揺れている黒石。
表面には淡い光を灯す紋様宮が刻まれている。
……そういえば、僕の紋様石に刻印してくれたのはフィズだったっけ。
メイジの紋様宮はエントの許容量を増幅させている。
つまりメイジ自身が貯め込める以上のエントを体内へ留まらせているのだ。
「もう強制書換も扱えない。それなら」
と彼は紋様石を繋いでいる紐を引き千切った。
丸みを帯びている黒石を握り緊める。
「きっと大丈夫。賭けてもいい」
メイジは恩恵を齎してくれる最後の希望を手放す決意を固めた。
思いっきり城の外壁目掛けて投げつける。
粉々に砕け散る紋様石。
途端、メイジの予想通りの変化が訪れた。
貯め込まれていた筈のエントが彼の全身から吹き出していく。
淡い蒼の粒子が霧に紛れて薄っすらと滲む。
もし意識混濁性消失障害の数値を視認できる白黒がその場に居たのなら、起こる変化を正確に把握できただろう。
ネットゲームだった頃の〈New Age〉においてエントとは即ちRPGにおけるHPと並んで代表的な概念……剣技や魔術などで消費される類のものだ。
かつてはEPと略称されていたメイジのそれが減少し、結果、溢れ出たEPが蒼い粒子となり世界へ溶けていた。
一方のメルティは行く手を阻む吸血鬼の群れを冠光剣〈ランスロット〉で薙ぎ払いながら城内を突き進んでいた。
帰還術で降り立った一室を目前に彼女は立ち止る。
瞳に映り込む変貌した仲間達の姿。
その中には片腕を失ったケヴェル・コッコの姿も紛れていた。
「……っ」
彼女は言葉にならない嘆きを漏らす。
ケヴェルは赤く染まった眼球をメルティへ向け、呻き声を上げていた。
もはや手遅れである事が明らかであっても、メルティは剣を振れない。
懸念は残酷な現実となり彼女に対して否応なく選択を突き付けてくる。
「ごめんなさい」
何に対して謝ったのだろうか?
ケヴェルを〈黎明の騎士団〉へ誘った事か?
彼を側近として選んだ事か?
彼を救えなかった事か?
……間に合わなかった事か?
それとも、彼を斬らねばならない事だろうか?
「ケヴェル。今まで本当にありがとう。私は貴方が側近として仕えてくれた事を誇りに思います……ごめんなさい」
再度、謝罪を口にし、彼女は〈ランスロット〉を真横に一閃した。
迫る〈吸血鬼〉を一振りに両断すると同時に〈大樹メイニール〉のつたも裂かれた。
窓の外へ伸びていたつたが切断によってずるずると落ちていく。
メルティの視界の隅で見覚えのある布切れが舞った。
「メイジさん?」
メイジが強引に潜り抜けた時、つたに挟まって千切れていた衣服の一部。
それに気付いたメルティは彼の行方を追い求め窓の外へ飛び出していく。
飛び出すと同時に、遠くで蒼い光が霞んだ。
メルティは迷わず左腕を頭上へ掲げた。
篭手型宝星具〈トリスタン〉の白雷が強烈な閃光を伴って天高く闇夜に亀裂を走らせる。
雷鳴が轟くと同時に夜空を裂く白き稲妻。
瞬く間に消えてしまったが、メイジはそのサインを見逃さなかった。
〈トリスタン〉の白雷を実際に目撃する経験はなかったが、それでもメイジは直感的に理解していた。
「あの雷の元にメルティが居る」
息を切らしながら走っていると、やがて霧の向こうからメルティが飛び出してきた。
「メイジさんっ!!」
勢いのまま抱きつく二人。
メルティも自分と同じく肩で呼吸をしていた。
「メルティ。無事でよかった」
メルティははっとなり慌てて背中に回していた腕を離した。
紅潮した頬もそのままで気恥ずかしそうに視線を伏せるメルティ。
メイジは真っ先に告げなければならない事実を口に出そうとした。
「ケヴェルが!!僕の……」
メイジの言葉を途中で遮るメルティ。
「無理に言わなくても大丈夫です。私なら大丈夫ですから」
お互いに閉口し、沈黙が暫く続いた。
「このまま此処に居ても仕方がありません。とにかく逃げましょう」
「そうだね……うん」
二人は〈大樹メイニール〉のつたを這って城門前まで降りた。
城門は開け放しにされており、門兵らしき男性は細剣を胸に突き立てて絶命している。
メルティ達は帰還術で直接〈メンデルハープの樹皮城〉へ撤退した為、城下町を一望するのは〈円卓の騎士団〉との接触後、これが初めてになる。
薄闇に霧を纏う街中はしんと静まり返っており、〈吸血鬼〉の蔓延する城内とは異なる不気味さを形容していた。
「街の皆は無事かな?」
メルティの不安を代弁する様にメイジは呟いた。
「わかりません」
未だウェルズニールに何が起きているのかが不鮮明であり、二人は判断に迷う。
「どちらにせよ確かめねばなりませんね」
「見捨てる訳にもいかないからね」
二人は静寂に包まれた路地を進んでいく。
〈還日祭〉の名残らしき落ち葉が道脇に寄せられており、緩やかな山を成していた。
「あ、見て。メルティ。あそこ、明かりが点いてる」
メイジに促されて曲がり角の先を覗くと、離れた所に照明の籠る一軒家を見止めた。
「生き残りが居るか確かめましょう」
……生き残り。とメルティは口にした。
その表現にメイジは微かにだが眉をしかめた。
そして、すぐに思考を逆転させる。
━━城下町にも吸血鬼が蔓延っていると仮定して、もし……生き残りが居たとして。果たしてその人物は照明を点けたままにするのだろうか?
自ら居場所を指し示しているだけじゃないか?
僅かながらでも城内にて吸血鬼の行動を目の当たりにしたから言える。
明かりに怯える様な仕草は一切見せなかったし、むしろ嬉々として群がっていた。
「メルティ!!待って!!」
扉へ近付いていたメルティを呼び止める。
「メイジさん?」
彼女が振り返るのと同時に、扉が乱暴に開け放たれた。
メルティ目掛けて扉の奥から複数の人影が飛び掛かる。
咄嗟に甲冑型宝星具〈ガウェイン〉の翼を背から展開させて、襲い掛かってきた人影を弾き返すメルティ。
「やっぱり……」
迫り来る魔の手から逃れ、二人は当てもなく路地裏を駆け出す。
「どうしてこんな事に……」
メイジは気配を探りながら口を開いた。
「きっと僕達二人だけじゃどうにもできない。スメラギさんを……〈円卓の騎士団〉を頼ろう」
メルティの脳裏を過るスメラギの忠告。
もう一度、確かめてくるんだ。君が戦うべきは誰なのか……君が立ち向かうべきは何なのか。
もしスメラギがこの事態を予見していたのだとしたら、自分はなんと愚かだったのか。
「メルティ。自分を責めたら駄目だよ。今の状況が生まれたのに責任があるとしたら、それは君だけに科せられるものじゃない。それにさ……やっぱり悪いのはこの状況を生み出した元凶だよ」
足を止め、メルティへ微笑み掛けるメイジ。
その優しげな眼差しに、穏やかな声に救われる。
メイジの気遣いに応えようと向き合うメルティ。
━━その時、視界の隅がじわりと歪んだ。
メルティは初め眼球が圧迫されたのかと錯覚したが、すぐに本当の理由を悟った。
━━じじじっ。と不可解な雑音が鼓膜を障る。
メイジの背後に浮かび上がる黒衣の人物。
喉の奥から声を張り上げようとする刹那のメルティを受けて、メイジは彼女の視線を辿ろうとした。
メイジが振り返るよりも早く、黒衣の人物は細剣の刃を煌かせる。
メルティには一秒が異常に遅く感じられた。
ゆっくりと流れる時の中で、切っ先に蒼い焔を灯す細剣がメイジの首元へ迫っていく。
メルティが言葉にならない叫びを上げるのと同時に、凶刃がメイジの首を刎ねた。
「次はキャメロット姫。貴方の番だ」
黒衣の人物が深く被っていたフードを上げる。
「ブラム団長……」
ブラムの足元に転がるメイジの頭部へただただ虚ろな瞳を向けるメルティ。
崩れ落ちるメルティを見下しながら、ブラムは再び細剣の先端に蒼い焔を灯す。
━━タイミングは完璧だった。
どうして避けられたのか?
きっと天命が彼に味方したのだろう。
これだから運命なんて御都合的な言葉は大嫌いなんだよ。
だって僕はいつも見離される側なんだもん。
ブラムは直感的に腰を曲げた。
屈み込む彼の頭上をかすめる刃。
続いてじじっと不可解な雑音と共に姿を現したのは、十字鎌を両手に構える少年。
〈朱猫の魔術師〉であり葬儀人……マオだった。
メイジの亡骸がじわりと薄れていく。
「炎って便利だよね。幻だって作り出せるんだからさ」
「お前の様な子供が蜃気楼の真似事か」
「ありがと、マオ」
マオの後ろに立っていたメイジを見つけてメルティが駆け寄っていく。
「マオさん、ありがとうございます」
「礼はいいよ。それよりもさ、幻想剣を僕に渡して欲しいんだ」
「幻想剣をですか?」
ブラムが微かに細剣を震わせた。
マオは猫耳をぴくぴくさせながら続けて喋る。
「うん、ブラムの目的は幻想剣だから。それを手放してしまえば君達を深追いする必要がなくなる筈。僕が幻想剣を餌に時間を稼ぐから、二人はその間に逃げて。当てがなかったら城壁都市ゴゴ・チャッカを目指すといいよ。リリアには伝えてあるから、きっと君達の味方になってくれる」
「貴様……」
ブラムが低く唸る。
メルティは言われるがまま腰元に携えていた幻想剣〈肖像〉を……忠誠の象徴を鞘ごとマオへ手渡した。
「信じてくれてありがと。さっ、ブラムは僕に任せて早く逃げて」
マオは鞘から垂れている紐を肩に掛け、幻想剣〈肖像〉を背中に回す。
そして、背後で戸惑っている二人へ叫んだ。
「早くっ!!君達は生き残らなきゃ駄目なんだっ!!」
二人は声を上げず黙したまま、代わりに走り出す事を選んだ。
遠ざかっていく足音を待って、マオは呟く。
「うん、それでいいんだ」
静かに十字鎌の先端をブラムへ突きつける。
「どういうつもりだ?……マオ」
マオは飄々と答える。
「あれ、知らないの?猫はさ、気まぐれなんだよ」
「躾が必要なようだな」
「やってみなよ。いつまでも大人しく飼われてるだなんて思ってるなら、それは大間違いなんだって、分からせてあげるからさ」
━━人知れず、葬儀人同士が刃を交えていく。




