亡国「円卓の騎士団」⑦
白黒がまだグレイとして〈黎明の騎士団〉に属していた頃。
彼は一度だけ、ケヴェル・コッコと剣を交えた事がある。
━━そして、その時……白黒はケヴェルに敗北していた。
「……ぐっ!!」
腰を落とし、両手足を地に付けた状態のグレイの喉元にケヴェルは鉄刀の先を突き付けていた。
グレイが構えていた筈の鉄刀は弾かれ、視界の隅に転がっている。
模擬戦闘用に刃こそ鈍く切れないが、代わりに何度も打ちつけられたグレイの身体は、打撲による痣を幾つも滲ませていた。
「よくそれで隊長を請け負ったな」
ケヴェルが見下し、冷たく言い放ってくる。
本来、グレイが愛用しているのは剣ではなく二丁の銃型宝星具だ。
しかし、それも言い訳にしかならない。
そう感じているグレイは素直にケヴェルの嘲りを受け止めた。
「……さすがです」
メルティの勧めで〈黎明の騎士団〉に入団した「孤児」の剣士。
当時はまだ彼女の側近まで上り詰める前であったが、ケヴェルの類稀なる剣術の才についての噂は既に広まっており、当然、グレイも耳にしていた。
その頃のケヴェルはグレイを超える勢いで地位を上げていた。
だが自らの才を磨き隊長に選ばれる程まで成長したのはグレイも同じだ。
故にグレイにもまた自負する部分があった。
しかし、現実はどうだろうか。
ここまで実力差があるとは……。
彼は自らの認識の甘さに苛立ちすら覚えた。
「受けの型は見事だった。俺の剣技をあそこまで堪えたのはお前が初めてだ」
と、ケヴェルは腕を差し伸ばしてきた。
グレイは無言でその腕を掴む。
「悪いな。痛かったろ?」
「いえ、これぐらい……貴重な経験になりました」
「いつも無口なお前がいきなり剣を交えて欲しいと頼み込んできた時はどういうつもりかと疑ったが、剣を交えてみてわかった。お前も呆れるぐらい真っ直ぐだな。すぐ俺にも勝てるようになるさ」
「まだまだ未熟です」
「そう謙遜するな。ベティリア様だって、お前のひたむきさを評価して選んだのだろう」
〈黎明の騎士団〉に入団する以前のグレイは〈メンデルハープの樹皮城〉にて使用人として幼い頃より務めてきていた。
その過程で歳も近く身分は違えど触れ合う機会の多かったのがティアメルであり、メルティだった。
二人の姫はグレイにとても優しくしてくれていた。
彼なりに恩義の返し方として選んだのが、国の平和の象徴であり忠誠の証である〈黎明の騎士団〉への入団だったのだ。
「大切な人の為に尽くす行為の尊さは俺もよく理解しているつもりだ。グレイ、頑張れよ」
「ありがとうございます」
━━今、白黒の前に立ちはだかるケヴェル・コッコの表情はかつてと異なり、その眼差しには明確な殺意が含まれていた。
紅い霧は依然として彼等を包んでおり、メイジとケヴェルは全身を蒼い粒子による薄い膜で覆う事で汚染を免れていた。
一方、事前にヴァンプから〈血操術〉対象外とする緋色の丸石を渡されていた白黒と長政。
紅い雨は不思議と二人を避けていた。
「俺はずっと後悔していた。グレイ!!貴様がティアメル様を連れ出し、挙句の果てに命を失わせた罪をどうして咎められなかったのかと」
ケヴェルの自責には何も言い返さず、白黒は隣の長政へ囁く。
「ケヴェルには注意しろ。あいつは……剣の天才だ」
「ふむ、どっちがケヴェルでござるか?目つきの悪い鶏みたいな方でござるか?それとも、しゅん。ってなってるハムスターみたいな方でござるか?」
「……たぶん、鶏の方だ」
緊張感の無い長政にやや呆れつつも、白黒は銃口を彼等へ向けたまま答えた。
白黒が視線を長政に向けた……その一瞬だった。
一蹴りに間合いを詰めたケヴェルが仰け反った異様な構えのまま白黒へ歪曲した刃を翻した。
「っ!?」
瞳孔線だけが黒く細く残る右眼に迫る刃先。
微かな吐息を漏らしながら白黒は〈無蔵の弾丸〉の銃口をケヴェルの右肩関節部分へ定め撃ち出し、同時に屈んで剣の軌跡から逸れようとした。
しかし、ケヴェルは両足を地から離して飛び掛かる様な状態となって姿勢を変えた。弾丸をかわし、屈み込んだ白黒に合わせて一閃をぐにゃりと曲げる。
反射的に白黒は右腕から〈矛盾する理〉を発現させた。
瞬時に淡く蒼く発光する文字列が白黒の右手先に魔方陣を描き、ケヴェルの剣をぴたりと硬直させた。
「なんだ!?」
反発力を一切感じさせず、突如として勢いを殺された剣に驚くケヴェル。
想定外の現象により脱力した腕が姿勢を崩させる。
ケヴェルは咄嗟に片腕を地面に突いて、後ろへ飛び退いた。
そこへ長政の〈鬼忌怪々〉が襲い掛かる。
振り抜く動作中に巨大化した〈鬼忌怪々〉がケヴェルを覆い隠した。
「どっかーん!!」
長政が無邪気に叫ぶが、〈鬼忌怪々〉は振り抜けず停止してしまう。
「メイジ、助かったぞ」
両腕に蒼焔を纏い、ケヴェルの前に立って〈鬼忌怪々〉を受け止めたメイジ。
自分の全身を覆って余りある巨大な戦鎚を蒼い焔が象る強制書換でせき止めていた。
「白黒さん……その腕」
長政が〈鬼忌怪々〉を縮めると同時に、再びお互いの姿が瞳に映り込む。
白黒の右手先に浮かぶ蒼き光輪。
メイジは自身の両手先から散っている蒼い粒子と見比べて、続けた。
「どうやって強制書換を?」
「答える必要はない」
「白黒殿は昇天の隣人を超えたんでござるよ!!」と胸を張る長政。
「なんでお前が得意げなんだよ。あと黙っておけ。俺なんだったんだよ」
「昇天の隣人……そういえば、あぎとが言ってたっけ」
独り言を漏らすメイジ。
「そうまでして力を求めて、貴様は何を企んでいる!?」
ケヴェルが声を荒げる。
「……」
今度は白黒も長政も黙したまま、口を開こうとはしなかった。
無言で〈無蔵の弾丸〉の引き金に掛けていた指に力を込めた。
乾いた銃声が響くと同時に左右へ展開するメイジとケヴェル。
メイジは蒼い焔を弾丸に真似て腕から撃ち出した。
反動で手首から先が大きく縦に揺れる。
白黒は右手を真っ直ぐに向け、蒼焔の弾丸を〈矛盾する理〉で相殺する。
そして蒼い粒子による文字列が縁取る魔方陣に向けて、続け様に〈無蔵の弾丸〉を発砲した。
弾丸は魔方陣を貫いた瞬間、ぴたりとその場に硬直した。
まるで時を止められたかの様に静止する弾丸。
メイジは行く手を阻む不可解な弾丸を弾こうと手の甲で触れた。
蒼い焔が消え、代わりに血飛沫が散った。
手の甲の骨が砕け、鋭い痛みに襲われる。
「っ!!」
白黒の〈矛盾する理〉は数値を書き換える事に特化している。
彼は弾丸の威力をそのままに速度だけを止めていた。
理に反する攻撃に戸惑うメイジ。
白黒は更なる追撃へ出ようと自らメイジへ接近していく。
「邪魔だ!!」
メイジの助太刀へ向かおうとしているケヴェルを阻む長政。
極大化した〈鬼忌怪々〉がケヴェルを押し潰そうと辺りに影を落としている。
ケヴェルの視界を埋め尽くす戦鎚の頭。
地鳴りを帯びて地面に埋没する〈鬼忌怪々〉。
長政は死なせない為に振り下ろす勢いを弱めていた。
結果、ケヴェルにとっては充分過ぎた。
〈鬼忌怪々〉の柄の影から飛び出してきたケヴェルが歪曲した刃を長政へ翻す。
瞬時に〈鬼忌怪々〉を縮小させ、刃を受け止める長政。
ケヴェルは〈鬼忌怪々〉の頭部を転がる様に乗り越え、長政の頭上へ剣を振り下ろした。
膨らんだ紺色の髪の端が宙に散る。
長政は〈鬼忌怪々〉を手放し、ケヴェルの腕を掴んだ。
ケヴェルは上界の移人を侮っていた。
見た目は齢十歳前後に見える長政が秘めたる性能は小人である彼の常識を逸脱していた。
彼は腕を掴まれた程度なら容易く振り払えると判断していた。
「ござる!!」
掛声に続いて、ケヴェルの腕が凄まじい力に引かれる。
そして、そのまま長政に背負われた。
「なっ!?」
鎧が砕けたのではないかと錯覚してしまう程の握力に続いて、巨人に放られたのかと疑ってしまう程の腕力が、ケヴェルの全身を無防備に高く高く空へ投げ飛ばした。
「な、んだ!!この、馬鹿力はっ!!」
メイジ達の頭部が霞む程に高く浮上すると、続いて重力による落下がケヴェルを引き摺る。
この勢いで地面に衝突してたまるか!!!
ケヴェルは声にならない叫びを上げ、落下の最中でありながら懸命に体勢を整えようと試みた。
━━おいっ!!
宙で揺れ動く視界の隅に映り込む長政。
彼女は再び〈鬼忌怪々〉を握り、落下してくるケヴェルを待ち構えていた。
ケヴェルは回避を諦める。
せめて受ける被害を僅かでも減らそうと、彼は身体を小さく固めた。
「情けは掛けるから、安心するでござる!!」
屈辱的な一言を伴って振り抜かれる巨大な〈鬼忌怪々〉。
受けた半身の骨が幾つも砕ける感覚を抱きながら、ケヴェルは酷く地面と衝突しながら果てまで飛ばされていく。
白黒と至近距離での攻防を続けていたメイジ。
「ケヴェル!!」
長政とケヴェルによる対峙の顛末に気付き、彼は叫んだ。
そして、ケヴェルの治療に向かおうと形振り構わず白黒に背を向け走り出す。
「やはり……お前は優しすぎるんだな」
白黒は哀しそうに呟く。
〈矛盾する理〉による蒼き文字列が白黒の正面に浮かび上がった。
「メイジ、忘れたのか?俺はお前が思うほど善人じゃないんだ」
文字列とメイジの背中とを重ねて狙いを定める。
「悪いな。俺は大切な人の為なら犠牲を躊躇わない」
謝罪と共に白黒は無情なる弾丸を撃ち出した。
〈矛盾する理〉で弾速を変換させられた弾丸が、目にも止まらぬ速さでメイジの胸部を背中から貫通する。
「……かはっ」
がくりと力が抜け、うつ伏せに倒れ込むメイジ。
彼はすぐさま強制書換による治癒を試みた。
そして、ある変化に気付く。
どう意識しても蒼い焔が……強制書換が発動しない。
遠くで白黒が何かを囁いていた。
メイジは膝を地面に付けたまま決死の形相で自身の両腕を睨む。
「なんで!!どうして!?」
蹲り取り乱すメイジへ視力の奪われた右目を向ける白黒。
彼の頭上を飛び交う言葉の鳥がある事実を告げていた。
メイジ Lv1 拳闘士
白黒は〈矛盾する理〉でメイジの移人としての恩恵━━Lvという数値を最小値まで下げ、かつ強制書換を行使する為に必要不可欠なエントの循環力を限りなく低めていた。
「生きる上でなら不自由はないだろう。だが、これから先、もう戦う事は諦めろ」
しかし━━〈矛盾する理〉による戒めが、ある副作用をメイジに齎してしまう。
「がぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然、メイジが発狂しだし獣染みた動きを見せた。
悲痛な呻き声を辺りへ響かせ、そして、彼の全身から蒼い粒子が吹き出していく。
止まる事を知らない蒼い粒子は彼の頭上へ伸び、蒼き光芒が空を真っ二つに裂いた。




