亡国「円卓の騎士団」⑤
「紅い雨……?」
じわじわと大地を染めていく緋色の滴。
迫りくる紅き霧を視界に収め、メイジとケヴェルは困惑していた。
「ケヴェルこっちに来て!!」
メイジは両手の平に蒼い焔を凝縮させると、それを自身とケヴェルへ翳した。
二人の身体の表面が薄く蒼い焔による膜に覆われていく。
蒼い粒子を散らせながら、紅い雨を弾く焔。
「これでしばらくは大丈夫。急ごう」
「言われなくても!!」
二人はメルティが向かったと思われる隊列を追いかける。
「どうした!?貴様等!?」
すぐにその異様な光景と衝突した。
面識ある仲間達が、お互いに斬りかかっているのだ。
「もしかして……?」
メイジは降り頻る雨を見上げ、そして、その滴に染まる仲間達を見渡した。
「この雨が元凶なのか?」
ケヴェルは暴れる仲間達を剣の柄で殴っては気絶させている。
「たぶん……早く何とかしないと!!」
依然として、霧は二人の背後にも広がっている。
このままでは後ろの仲間達も紅い雨に汚染され、同士討ちを始めてしまうだろう。
幾らメイジの蒼焔で症状を中和できるとしても、規模が違い過ぎる。
二人は仲間を打ち倒しながら突き進む事を選択する。
どうやらメルティの隊列は〈クリアンレズム〉の正面から逸れているらしい。
〈円卓の騎士団〉の召喚師による迎撃魔術を避けている内に、迂回を余儀なくされていた。
一方で、反対側に逸れていたマオはそのまま……館の正門へ辿り着いていた。
「あれ、知った顔がいるね」
マオはたった一人で、その場に立っている。
「……葬儀人か。久しぶりだな」
白黒は低く、醒めた声をマオへ向けた。
「久しぶり。元気そうで何よりだよ」
蒼い粒子を全身に纏い、紅い雨を遮って立つマオ。
彼は右手をゆっくりと宙へ振り上げる。
「まったくやってくれたね。まさか君達みたいな不確定要素が紛れていたなんてさ……これじゃあ、さすがに僕も本気で行かないと」
その手先に蒼い粒子が集まり、歪な十字架を模っていく。
マオは葬儀人として扱う強制書換の十字鎌を握り、行く手を阻む三人へ警告する。
「手加減はしないよ」
「グレイ、長政。お前達は迂回していった〈黎明の騎士団〉を追え。ここは私一人で充分だ」
「な、スカーレット。相手は葬儀人だ。甘く見るな」
ヴァンプは冷たく言い放つ。
「邪魔……だと言ってるんだ。お前等を巻き込みたくはない」
「し、しかしでござる!!」
白黒はすぐ隣に立つヴァンプの横顔を見つめた。
そして、思い出した。
……あぁ、俺が初めて出会った時の。あの時と同じ表情をしている。
誰にも頼らず、誰にもすがらず。人嫌いを名乗り、孤独にすがりつく。
変わりかけていた筈の彼女の眼差しが、寂しさを取り戻している。
「スカーレット」
「なんだ?グレイ」
「もうお前は一人じゃない」
「突然どうしたんだ?」
「帰る場所があるんだ。忘れるなよ」
「嬉しい言葉だな。わかってるさ、私は死ぬつもりなんてないよ」
その言葉を。その表情を確かめ、白黒は走り出す。
「長政!!こっちだ!!」
不服そうな長政も、それ以上口を挟むのは無粋だと思ったのか、黙り込んだまま白黒の後を追っていく。
二人の姿が離れるのを待って、ヴァンプはマオへ訊ねかけた。
「葬儀人。ずっと……お前達に確かめたい事があった」
「なんだろ?」
「ソウイチロウは何処に潜んでいる?」
━━朱猫の魔術師は猫耳を寝かせ、首を傾げた。
「ソウイチロウって……誰のこと?」
メルティは単独で〈クリアンレズム〉を囲う堀と柵まで接近していた。
彼女は冠光剣〈ランスロット〉で柵を真横に一閃する。
堀を飛び越え、脆く崩れ落ちる柵を突破していく。
その先に佇んでいたのは、異色の双眸を秘めた懐かしき青年。
透石箔の館〈クリアンレズム〉本館を背に立つスメラギだった。
「メルティ様。お久しぶりです」
彼は礼儀正しく一礼し、そして……かつてと変わらず穏やかに微笑んだ。
「スメラギ隊長……お元気そうで何よりです」
「君こそ……それから、もう私を隊長と呼んではいけないよ」
メルティは周囲の気配を探る様に、視線を左右へ巡らせる。
「安心していいよ。仲間達はまだ待機させている。少し君と話がしたかったんだ」
微笑んだまま、彼はメルティの懸念を拭おうと付け加えた。
対してメルティは、かつてと変わらないスメラギへ問い掛ける。
「どうして……国を裏切ったのですか?」
スメラギは、その問い掛けには答えない。
「答えてください!!でなければ、私は……。貴方を斬らねばなりません!!」
冠光剣〈ランスロット〉の剣先を真っ直ぐにスメラギへ向けた。
彼は応じず、メルティが腰元に携えている〈黎明の騎士団〉の象徴を見咎め、呟く。
「よかった。グレイの幻想剣〈肖像〉は君が継いでいたんだね」
「貴方はどうしてっ!!」
「私は私の信じる道を進んでいる。望んでいるのは平穏だ。それは昔も今も変わらない」
「ならばなぜ国に刃を向けているのですか?」
「それが私の信じる正義だからだ」
メルティは遠く、紅く霞んだ彼方を見据え再び訊ねかける。
「これが……貴方の正義だというのですか?」
「警告だよ。君達を侮るつもりはないからね」
微かな沈黙を挟んで、スメラギは再び口を開いた。
「メルティ様。君はベティリア様から離れてはいけない」
「どういう意味ですか?」
そこでスメラギは声を潜めた。
「手遅れになってしまう前に今すぐ引き返すんだ」
「貴方は、一体何を?」
メルティを惑わすスメラギの言葉。
その意図が読めない。
僅かに〈ランスロット〉の剣先が下がり、光が縮む。
「君も薄々勘付いている筈だろう?今のウェルズニールは分裂しつつある」
またあの悲劇を繰り返してはいけない。と彼は寂しげな瞳をメルティへ向けている。
メルティには確かに心当たりがあった。
自身へ向く眼差しの中に期待や憧れなどとは正反対の負の感情が時折、紛れている事を。
「君は私達と戦うべきではない。もう一度、確かめてくるんだ。君が戦うべきは誰なのか……君が立ち向かうべきは何なのか」
しかし、彼の言葉を鵜呑みにする訳にはいかなかった。
メルティは多くの犠牲を踏み越え、多くの希望の前に立っている。
だから、彼女自身の意志で立ち止まる訳にはいかないのだ。
それが〈黎明の騎士団〉の隊長を務めるという事なのだから。
「私は国の希望を背負っています。このまま大人しく引き下がる訳にはいきません」
「……残念だよ」
スメラギが愛剣〈閃光〉を抜く。
〈黎明の騎士団〉と〈円卓の騎士団〉。
今、お互いの希望が光を奔らせる。
━━紅い雨の静まった大地にて対峙するは一度は仲間と呼べた筈のかつての友。
「メイジ。どうしてお前が〈黎明の騎士団〉に居る!?」
「白黒さん……どうして〈円卓の騎士団〉に?」
再会はあまりにも唐突で、運命はあまりにも残酷だった。
〈変革〉以後、再び相見えるメイジと白黒。
長政が忍び装束の内側に縮小して隠していた戦鎚〈鬼忌怪々〉を両手に構え拡大させる。
ケヴェルが帯刀していた曲刀の切っ先を白黒へ突き付け、叫ぶ。
「グレイ!!貴様!!この裏切り者がぁぁぁぁ!!」
白黒は押し黙ったまま左手に白銀の短銃〈無蔵の弾丸〉を握る。
メイジは両の拳に蒼い焔を纏ったまま、もう一度……白黒へ訊ねた。
「どうして?」
「お前は……元の世界に皆で帰りたいと言っていた。あれは嘘だったのか?言理達はずっとお前を探している」
「僕は……」
「忘れたのか?そっちには葬儀人がいる」
「それでも守りたい人ができたんです。だから、白黒さん。そこを通してください。僕は行かなきゃいけない」
「悪いが、お前達を館に近付けさせる訳にはいかない。どうしてもと言うなら……俺達を倒していけ」
戸惑いを隠せないメイジに向かって、ケヴェルが叫ぶ。
「メイジ!!迷うな!!あいつらは敵だ!!俺達の……メルティ様にとっての敵だ!!」
迷いを打ち消せないまま、それでもメイジは拳を構える。
「長政、行くぞ。あいつらを追い返す」
「しかと任された!!でござる!!」
……もう失うのだけは嫌だ。
メイジの心の叫びは誰にも届かない。
各々の正義が犠牲を生む。
誰かを傷つけてまで叶える願いに価値があるのか。誰も答えられはしない。
それでも彼等は戦いを選ぶ事しか叶わない。己の信じる何かを貫く為。




