亡国「円卓の騎士団」④
━━左右に逸れて!!
マオは叫んだ直後に、自らの判断が誤っていると自覚した。
隣を並走しているメルティが甲冑型宝星具━━洸片翼〈ガウェイン〉による光片の翼を背に生やし、前方より迫る魔術に対して翼を正面に広げている。
複数列の隊を成して駆けている騎士達にとって「左右」という曖昧な指示は、瞬間の行動を遅らせる。
本来なら選択肢の無い指示を出すべきだったのだ。
マオの懸念通り、端の騎士達は上手く進路を左右へ逸らしているが、列の中央辺りに位置していた面々は判断が乱れていた。
〈円卓の騎士団〉による迎撃と思わしき、召喚師の魔術〈氷飛礫〉が視界を埋め尽くしている。
手綱を離し、器用に馬の背へ立つマオ。
━━大規模魔術は間に合わないかな。
自身と周囲の味方を守れる程度の炎魔術を唱える。
頭上へ迫る氷粒を炎の渦が溶かす。
左へ逸れていたメルティは〈ガウェイン〉による屈折で氷粒を大きく横へ受け流していた。
やや後方より双方の激突を見つめていたメイジ達にも遅れて氷粒が降り注ぐ。
メイジは咄嗟に両腕へ蒼い炎を纏っていた。
「メイジっ!!」
ケヴェルが彼の名を叫んでいる。
前方を見据えたまま、メイジは馬の手綱を手放す。
鞭をしならせる様に、彼は両腕を振るう。
蒼い焔が粒子を撒き散らしながら空中に広がっていく。
その規模は半年前とは比較にならない程に成長していた。
メイジ達より後方の騎士達は誰も被弾せずに潜り抜ける事に成功する。
━━っ!?
突然、マオの視界が大きく縦に沈んだ。
「落とし穴!?」
宙に身を委ねる感触により、マオは自分達の足元が埋没したのだと気付く。
古典的な罠だが、その効果は絶大だった。
マオに従っていた後列も次々と馬ごと穴へ飛び込んでいく。
既に馬の背に立っていたマオは体勢を崩しながらも飛び跳ね、かろうじて大地に身を転がす。
彼はすぐに姿勢を立て直し、周囲の状況を確認した。
反対側に逸れていたメルティの列も同じ様に多くが視界から外れている。
そして更なる追撃が〈黎明の騎士団〉を襲う。
召喚師は精霊の片鱗を借りて、魔術を扱う。
その特異な面は設置型魔術だ。
魔術師や妖術師の魔術とは異なり、召喚師の魔術は範囲と持続に優れている。
また条件付けされた詠唱文を予め記しておく事で自動発動をも可能にする。
今、この瞬間。
〈クリアンレズム〉へ接近していた〈黎明の騎士団〉を迎え撃っているのは、術者なき魔術。
召喚師が事前に施していた設置型魔術によるものだった。
四方より竜巻が現われ、騎士達を馬ごと飲み込んでいる。
比較的早い段階で習得できる〈小竜巻〉だ。
しかし、その性能は侮れない。
こちら側の戦力にも召喚師は紛れているが、前以って詠唱を終えている向こうの設置型魔術には成す術がない。
かろうじて譜術師の対魔術打ち消しスキルが活躍してはいるが、受けた損害は消えない。
「むぅ、困っちゃったね」
口振りに反して、マオの表情には焦りが見え隠れしていた。
先頭を切っていたマオ達と同様、〈円卓の騎士団〉の仕業と思われる迎撃によって馬を奪われたメイジとケヴェル。
「メイジ!!今は進むぞ!!」
ケヴェルは声を荒げていた。
「でもっ!!」
強制書換による蒼焔で召喚師の魔術を相殺し、怪我を負った仲間達の傷をも治療していたメイジは反論を口に出し掛ける。
「貴様っ!!〈黎明の騎士団〉を甘く見るな!!これぐらい、個々で切り抜けられる!!」
ケヴェルの言葉を裏付ける様に、各々の姿が映り込む。
意識混濁性消失障害である斧闘士の青年がスキル補正により極振りされた腕力で次々と落とし穴に捕まった仲間達を引き上げている。
譜術師の少女が魔術を身に受けた騎士を治療しており、それを妖術師の男性が結界魔術を唱えながら見守っている。
「メルティ様もマオも先へ進んでいるのだ!!急ぐぞっ!!」
二人は立ち止まる仲間達を横目に先頭を追う。
「これは……?」
召喚師の設置型魔術と落とし穴との組み合わせを突破し、遠くに〈クリアンレズム〉を見据えたメルティ。
ぽつぽつ、と彼女の頭上に紅い雨が降り出している。
まるで血痕の如く、鎧に付着する紅き滴。
見上げると紅い霧が館の方角より伸びていた。
徐々に雨足が強くなり、碧々としていた大地が紅く染まっていく。
得体の知れない恐怖を感じたメルティは〈ガウェイン〉で自らへ降り頻る紅雨を遮った。
「キャメロット様……」
背後より弱々しい声が彼女の名を呼んだ。
振り返った瞬間、仲間の刃が彼女へ下された。
「な、何をしているのですか!?」
〈ガウェイン〉の翼で剣を受け止め、メルティは紅い雨に濡れた仲間へ驚愕の眼差しを向ける。
「逃げてください。身体が勝手に……」
逃げてください!!。と叫びながらも剣を構える青年。
「この雨が?」
メルティは指輪型宝星具、冠光剣〈ランスロット〉を右手に顕現させ、紅い霧を純白の光で斬り裂いた。
しかし、霧は瞬く間に空を覆っていく。
「やはり元凶を断たなければ駄目みたいですね」
仲間達の刃を避けながら、彼女は単身━━〈円卓の騎士団〉を目指す。
透石箔の館〈クリアンレズム〉へ迫る〈黎明の騎士団〉を紅い雨が襲うよりも数十分前━━。
「健気だねぇ、今時、珍しいんじゃない?そんな一途な男の子ってさ」
ティアメルとの約束を仄めかした白黒は、メーニャから執拗に追及される事となり、後悔しつつも噛み砕いてメーニャ、長政の二人へ説明していた。
「うむ、拙者、白黒殿を見直したでござる」
腕を組んで頭をうんうんと何度も縦に振る長政。
「それよりもこの館って、攻められた時に大丈夫なのか?」
なんだか気恥しくなり、白黒は話を逸らそうと試みた。
「それって魔物相手?それとも人間相手の話?」
「両方だ。館より離れた所に防柵や櫓を築いていたのは見かけたが、あれだけでは心許ないだろ」
「魔物相手なら充分なんだけどね。つまり〈黎明の騎士団〉が攻めてきた場合よね?もちろん、幾つかの策は弄してるわよ」
ざっと見渡した限り、それらしき気配が庭園内には感じられない。
「中にはスメラギさんも知らない仕掛けとかあるかもね。あたし達、けっこう個々でやったりしてるから」
ふと、スメラギさんは〈円卓の騎士団〉の仲間達にどこまで……真実を話しているのだろうかと気になった。
「この前だって、あいつら……庭園までも踏み込めなかったのよ」
と自慢げに語るメーニャ。
にわかには信じ難かった。
「その時の〈黎明の騎士団〉は誰が指揮していたんだ?」
「えっと、第二騎士団のアーク。だったかな」
アーク……だと。
白黒は決して声には出さず驚きを伏せる。
半年前、バジリスクが崩壊した日。
白黒達の前に姿を現した葬儀人は三人だった。
〈黎明の騎士団〉団長のブラム。
〈朱猫の魔術師〉マオ。
そして、バジリスクに潜んでいたアーク。
葬儀人が成す術もなく撤退したと言うのか?
メーニャの素振りからして、スメラギさんは〈円卓の騎士団〉の仲間達に葬儀人の存在を明かしていないのだろうか。
もし意図的に隠しているのだとしたら、俺が不必要に示唆させるべきじゃないよな。
と、白黒は思考を巡らせる。
〈黎明の騎士団〉はもう葬儀人の手中に堕ちている可能性が高い。
だとしたら……メルティ様はどうしているのだろうか?
俺とスメラギさんは共に〈黎明の騎士団〉を去ったが、たぶん彼女はまだ信じている筈だ……〈黎明の騎士団〉を。
いや、もしかすると当時の自分達と同様、迷いと疑問を抱いているかもしれない。
スメラギさんは彼女達を巻き込まない為にあえて真相を語らず祖国を去ったのだと話していた。
なら残された当のベティリア様とメルティ様は今頃どうしているのだろうか?
脳裏を過る最悪の可能性。
もしあの二人までもが葬儀人の陣営に取り込まれているとしたら、果たして俺は彼女達に刃を向けられるだろうか。
騙されている可能性。
洗脳されている可能性。
或いは何かしらの人質を示されての服従。
様々な予測が頭の中を飛び交う。
「白黒殿、急に黙り込んでどうしたでござる?……お腹でもすいたでござるか?」
「あ、あぁ。そういえば、起きてから何も食べてなかったな」
普段なら厳しい突っ込みを挟んでくれる筈の白黒が素直に頷いた為、長政は更に怪訝そうな表情を浮かべる。
「本当にどうしたでござるか?なにやら心配事か?」
妄想を振り払う様に軽く頭を揺すり、白黒は否定する。
「いや、本当に空腹なだけだ」
「いいよ、あたしが何か作ってあげる」
と言うや否やメーニャは弓を担いで館の方を向いた。
「ほら、行くでござるよ」
長政に正常な左腕を掴まれ、白黒もまた片足を踏み出す。
……ティアメル様との約束以外にも、俺には〈黎明の騎士団〉と戦うべき理由がある。
白黒は決意を改めていた。
「俺はベティリア様とメルティ様を救わなければならない」
その一言は傍を歩く長政にも聞き取れない程、微かな囁きだった。
「やっと見つけた」
館へ向かう三人を呼び止めたのはスメラギだった。
隣には、何処で合流したのか……ヴァンプの姿もある。
「スメラギさん?どうしたの?」
先立ってメーニャが答える。
「設置型魔術の発動を確認したらしい。どうやら再び攻めてきたみたいだ」
再び攻めてきた?
白黒はすぐに状況を理解する。
「〈黎明の騎士団〉ですか?」
彼の問い掛けに頷いて返すスメラギ。
「まったく……あいつら、懲りないわね」
メーニャが呆れた様子で呟いている。
「グレイ。答えは出たか?」
ヴァンプは真っ直ぐ白黒を見据えている。
「あぁ……スカーレット、俺は戦う。〈黎明の騎士団〉とは戦わなければならない」
「そうか」
ヴァンプは表情を変えずに、ぼそりと呟いた。
「スカーレット……?って、もしかして」
白黒がヴァンプを「スカーレット」と呼んだ際、メーニャが反応を示す。
「そうか、君が賢者だったのか」
スメラギは隣に立つヴァンプへ視線を移した。
「スカーレット、長政。もう一度言うが、これは俺の戦いだ。できればお前達を巻き込みたくはない」
各々の会話を遮る様に、白黒は決意を声に上げる。
「今更、何を言うでござるか!!」
「そうだな……まったく。昔、お前に言った筈だ。グレイ、お前の為になら、私は喜んで付き従う」
複雑そうな面持ちで、それでも白黒は二人に対して「感謝する」と礼を言葉にした。
「メーニャ、皆に伝えてきてくれ」
はいよー。と返事をし、メーニャは館に向かって颯爽と駆け出していく。
彼女の後姿を眺めたままスメラギが呟く。
「本当にいいんだね?」
「もう決めたことですから」
「まさか、またこうしてグレイ。君と戦える日が来るなんて思わなかったよ」
「俺もです」
「本当にありがとう」
「礼なんて必要ありません。俺はただ……俺個人の理由で彼等〈黎明の騎士団〉と戦うだけです」
「そうだね。君は君個人の為に戦ってくれ。それで充分だ」
「ブラム団長を止めましょう」
「あぁ、私が必ず止めるよ。この命と引き換えにしてでも……必ず」
その響きに微かな不安を嗅ぎ取る白黒。
しかし、深刻な面持ちを覗かせているスメラギに対して、それ以上掛けるべき言葉が見つからなかった。
「スカーレット、どうするつもりだ?」
白黒、ヴァンプ、長政の三人は〈円卓の騎士団〉が集うよりも先に、館の正門を背に〈黎明の騎士団〉を待ち構えていた。
なだらかな広原の奥で、召喚師の魔術が発動しているのが視認できる。
白黒の問い掛けに応じず、ヴァンプは無言で自らの左手首を右の爪で切り裂いた。
さらさらとした鮮血が彼女の左手首から迸る。
「ヴァンプ殿!?」
ヴァンプの突然の自傷行為に長政が目を見開く。
「私はな、ソウイチロウの吸血剣〈宵闇の串刺公〉によって〈吸血鬼〉に変貌した。その恩恵とでも言うのかな。私は並大抵の肉体的損傷では死なないし、死ねない」
ネットゲームだった頃の突然変異型特異職〈吸血鬼〉には、ある固有スキルが与えられている。
━━〈血操術〉
〈New Age〉の世界における〈吸血鬼〉は己の血を操って戦う。
そしてネットゲーム時代。〈吸血鬼〉なる職に、一般的に浸透している吸血鬼としての弱点、日光や純銀などのデメリットは実装されていなかった。
恩恵として〈血操術〉や自動治癒などを初期状態で会得しており、致命的な弱点もある一点を除いてほぼ存在しない。
ネットゲーム〈New Age〉稼働期、都市伝説染みていた突然変異型特異職の内の一種━━〈吸血鬼〉の本領が遂に発揮される。
依然として止まる事を知らず、異常な量の血を流すヴァンプ。
彼女の足元は既に深紅に血塗られており、その周囲から霧が立ち込めていた。
「そして、〈吸血鬼〉は自らの血を武器にする」
ヴァンプが自傷行為の意図を話している間にも、紅い霧は広がり続けている。
遂には空を覆い、大地に血を降らしていく。
「この血が染めるは……全て私の支配下だ」
不死の賢人であり〈吸血鬼〉━━ヴァンプ・ブギア・スカーレット。
彼女のおぞましき呪いが〈黎明の騎士団〉を絶望の淵へ引き摺り込んでいく。




