亡国「円卓の騎士団」①
━━透石箔の館〈クリアンレズム〉迎賓室。
〈円卓の騎士団〉の拠点を訪れた白黒達一向はスメラギに案内され迎賓室へと招き入れられていた。
光沢を放つ黒塗りのテーブルを挟み、向かい合う形で弾力のある革張りのソファーへ腰を落ち着けている。
「そうか……今は白黒と名乗っているのか」
かつての友、スメラギに改めて追及され、白黒は気恥ずかしそうに言い訳した。
「周りからそう呼ばれていたので……グレイの名をそのまま名乗るよりは素性も隠せて便利かと思い〈白黒〉と名乗っていました」
ネットゲーム〈New Age〉の頃から〈黎明の騎士団〉の名というのは生半可な中規模ギルドよりも各地へ轟いていた。
公式資料集にも歴代最強の隊長としてブラム、スメラギ、グレイの名は記されており、彼等の風貌は知らずとも、名は目に、又は耳にした事があるプレイヤーは少なくない。
また意識混濁性消失障害にとって、三賢人や〈黎明の騎士団〉といった存在の認識はネットゲームとしての架空な設定ではなく、実在する英雄として扱われていた。
〈変革〉以後、その認識はより広まり、故に〈黎明の騎士団〉や〈円卓の騎士団〉への入団を志す意識混濁性消失障害は現に増えている。
「それに……ティアメル様との約束を果たすまでは、グレイと名乗りたくないのです」
とだけ。目を伏せる白黒。
そんな彼をスメラギは寂しそうに見つめていた。
「白黒殿、なんかいつもと違くないでござるか?」
「扱いの差に不満を隠せないな」
白黒の両隣りに座る長政とヴァンプが交互に口を挟んだ。
「お前等は黙ってろ」
「そしてこの扱いでござる」
「私は亭主関白には反対だぞ」
「おい、やめろ。勘違いされる」
「拙者、卵焼きは得意でござるよ」
「む、私だって卵ぐらい焼けるさ」
「スカーレット、お前は卵を殻ごと焼くだろ」
「駄目なのか!?」
「卵焼きではなく焼き卵。でござるな!!」
「全然上手く言えてないから、そのしたり顔をやめろ」
スメラギは温厚な笑みを浮かべ、三人のやり取りを一通り見守っていた。
「グレイ。いい仲間に巡り合えたみたいだね」
「はい。スメラギさんにもたくさんの仲間が集っているみたいで……少し安心しました」
一拍挟むと、白黒は続けた。
「どうして〈黎明の騎士団〉を抜けたのですか?」
白黒はずっと確かめなければならないと思っていた疑問を、とうとうスメラギへ投げ掛けた。
問われたスメラギは笑みを消して、異色の双眸を僅かに細めた。
「グレイ。〈クシャティケルの灯〉を覚えているかい?」
「忘れる筈がありません」
白黒は即答した。
「あの戦いの勝者とは誰だったのか……君はどう思っている?」
「結果的に勝ったのは〈黎明の騎士団〉だと受け止めています」
「私もそう信じたかった」
白黒は、スメラギのまるで事実は違ったかの様な口振りに違和感を抱く。
一年前……反乱軍〈クシャティケルの灯〉を制圧した日。
前代のコース・ティ・フロウウェンが首都ウェルズニールに潜んでいた反乱軍の凶刃により命を落とした日。
白黒がユーウェイン砦にて善戦していた頃。
ブラムとスメラギが布陣していたケイ砦で何が起きていたのか。
━━彼は何も知らなかった。
「どういう意味ですか?」
「あの日、確かに私達は〈クシャティケルの灯〉を制圧した。しかし、彼等の頭角であるソウイチロウを殺したのは私でも、ブラムでもなかった」
突然、ソウイチロウの名前が飛び出し、隣に座っているヴァンプは微かにだが息を呑んだ。
「まさか……」
今の白黒はある事実へ到達している。
半年前の〈変革〉が訪れるよりも僅かに前の話。
ナノケリアに蔓延っていた集団〈バジリスク〉が崩壊を告げた日。
宝星具〈水瓶座の時代〉の生まれ変わりであり宿し身であった少女……アメリーを連れて、「彼」は名乗っていた。
━━葬儀人の名を。
「俺は半年前、ナノケリアでブラム団長と再会しました。その時、団長は〈葬儀人〉達と一緒だった」
「そうか……もう会っていたのか」
スメラギは伝えるべき真実を吟味しているのだろうか。
暫くの間、口を閉ざしていた。
〈クリアンレズム〉を織り成す半透明の壁面へ視線を移す。
〈円卓の騎士団〉に属する騎士達が別室にて語り合っているのか、何処からともなく暖色が滲んでいた。
「一年前のあの日、ブラムは〈葬儀人〉と手を組み〈水瓶座の時代〉によって強制的に移人を上界へ帰した」
スメラギの告白は酷く簡略されており、白黒の理解が追い付かない。
厳密には意識混濁性消失障害以外の……単純にネットゲームとして〈New Age〉を遊んでいたプレイヤー達を強制的にログアウトさせていた。
その強行策は周囲に多くの歪みを残した。
歪みというのは当時の白黒にも自覚できていない。
意識混濁性消失障害が現実に歪みを残すのと同様で〈水瓶座の時代〉による大規模な修正は〈New Age〉の世界に大きな歪みを生む。
どちらの根源にも「認識を逸らす」系統の魔術が作用しているのだが、その深層はまだ見破られていない。
「歪みを糺す存在を名乗る葬儀人が歪みを残すか、なんでもありだな」
ヴァンプが皮肉を込めて呟いた。
「正直、それまでなら私も抵抗心を抱かなかったよ。それ以上の争いを避けられたのだ」
けれど……。とスメラギは一瞬前の自らの言葉を否定していく。
「コース様を殺したのもまた〈葬儀人〉だった。そして、ブラムはその事実を踏まえた上で彼等との同盟を選んだ」
当時、国王暗殺の真相はブラムとスメラギだけが知っていた。
「どうして……それを話してくれなかったのですか」
僅かにだが、スメラギを責め立てる口調になってしまう。
「確かに、君なら信じてくれただろう。だが、他の人達はどうだ?私にもそれなりの人望と信頼が集まっていたと自覚はできるが、それでもなお、皆は私の言葉を信じてくれただろうか?」
それにグレイ。あの時の君はティアメル様との約束を果たす事に捉われていた。
私は君達二人にはウェルズニールを去って欲しいと思っていた。
「ベティリア様にも打ち明けようか迷った。しかし、私が真相を語れば、きっとベティリア様は殺されていただろう。気付いた頃にはもう〈葬儀人〉達はウェルズニールへ根深く浸蝕していた」
わからない。スメラギの言い分は正しく聞こえる。しかし、白黒の胸中には釈然としないわだかまりがどうしても残る。
「私には国を去ることしか叶わなかった。〈円卓の騎士団〉は私のせめてもの抗いなんだ」
誰が正しくて、誰が悪なのか。
何が正しくて、何が悪なのか。
あの時と同じだ。
反乱軍〈クシャティケルの灯〉の残党を蹂躙していた頃と同じ迷いに白黒は悩まされていた。
「ソウイチロウは確かに死んだんだな?」
不意にヴァンプがスメラギへ訊ねかける。
「間違いないよ。彼は葬儀人に敗れ、確かに殺された」
「そうか……」とだけ小声で洩らし、ヴァンプは黙り込む。
「〈クシャティケルの灯〉を制圧したのは〈黎明の騎士団〉ではなく、彼等〈葬儀人〉によるものだ。そして、今ウェルズニールを治めているのはベティリア様だが、その陰には〈葬儀人〉が潜んでいる。私は〈円卓の騎士団〉を率いて、いずれは〈葬儀人〉と対決する気概だった。もしかしたら、その時というのは、今なのかもしれない。グレイ、私達〈円卓の騎士団〉と共に立ち上がってはくれないか?」
「少しだけ、考える時間を下さい」
かろうじて白黒はそう返答した。
「そうだね、長政さんやヴァンプさんと話し合ってじっくり考えるといい。君達の部屋を用意しておこう。案内を寄こすから、それまではこの部屋で待っていてくれ」
スメラギはそう言い残して退室した。
「拙者には難しすぎて、頭が爆発しそうでござる」
ぷはー。と手足を伸ばしながら長政が呟く。
「大丈夫だ、俺にもどうすればいいのかわからない。なぁスカーレット。お前はどう思う?」
既に立ち上がって迎賓室の壁へ手を触れていたヴァンプが振り向かずに答える。
「なに、焦る事はないさ。私はグレイ、お前の判断を信じるだけだ」
ただ、まぁ。とヴァンプは続ける。
「お前はティアメルを助けたいのだろう?その願いを叶える為に動けばいいんじゃないか?」
複雑に考える必要なんてないさ、己の願望に忠実に従えばいい。とヴァンプはグレイを促す。
愛しき人との約束を果たす為、その為に白黒は葬儀人と……いや、ブラムともう一度対峙しなければならない。
必ず。ティアメルに会える方法があるのだと信じて。
「……そうだな。スカーレット、ありがとう」
「長政。お前はどうするんだ」
白黒の代わりに、ヴァンプが長政へ問い掛ける。
長政の目的は既に達せられていた。
彼女が三賢人の一人。ヴァンプ・ブギア・スカーレットの鉄塔を訪れた目的は昇天の隣人へ到達する為であり、結果、昇天の隣人には惑わされてしまったが、一応は達成できたと言える。
「恩義に報いるまでは、拙者も白黒殿に従うでござるよ」
長政はソファーの後ろにたてかけておいた〈鬼奇怪々(ききかいかい)〉を膝の上に寝かせて答えた。
扉が控えめに叩かれる。
視線を移すと、扉の向こう側に人が立っているのがぼんやりと透けて見えた。
「この館は慣れるまで大変だな。ひきこもりの私には地獄だよ」
ヴァンプが嘆くのと同時に扉が開いた。
「お待たせしました。案内するからついてき……って!!えぇ!?あんた、白黒じゃん」
聞き覚えのない声色の人物が、ソファーに座る白黒の姿を見つけて大きく口を開けた。
「ん、知り合いだったか?」
「ちょっとー覚えてないの?あーでも、それも無理ないかな。あたしはメーニャ。元バジリスク在籍者で、あんたとは半年前にナノケリア城下町で会ってたんだけど……ほら、貧困区でさ、あぎととか小金とか、久遠様と一緒だったの」
微かに蘇る光景。
ナノケリア城下町の貧困区廃墟にて対峙していたバジリスクの面々とエルミル・ビア・パナシェ、古祈愛言理。
その場へ第三者として介入したのが白黒だった。
あぎと、言理の両名による猛攻に晒された記憶が強く残っており、言われてみればうろ覚えだが隅に彼女の姿も紛れていた気がする。
「お前はここで何をしているんだ?」
メーニャは後ろで結んだ髪束を揺らして声を上げた。
「不躾な質問ね。別にいいじゃないの。あたしが何処に居たってさ。それこそ、あんたはどうして〈円卓の騎士団〉に?」
「あぁまぁ色々とな」
「スメラギさんは旧友だって言ってたけど、どういう関係なわけ?」
「だから色々だ」
「ちょっとめんどくさいからって適当に返すのやめてよ!!」
随分と強気な女性だな。と白黒はやや気圧されていた。
「悪かったよ、それよりも早く案内してくれ」
ようやく長政とヴァンプに気付いたメーニャは、白黒を無視して一方的に自己紹介を始める。
「あたしはメーニャ。よろしくね」
「浅井長政でござる」
「ヴァンプだ」
ヴァンプは三賢人だと追及されるのが嫌なのか、簡略して名乗り返している。
「長政ちゃんにヴァンプさんですね。館の中でわからない事があったら気軽に話しかけて。あ、トイレとか浴槽は心配しなくて大丈夫よ。あたしが頑張って木板を貼り付けたから、プライバシーはばっちり!!」
片目をぱちんと瞑り、屈託のない笑顔を二人へ向けるメーニャ。
元バジリスク在籍者のその後というのは、あまり良い噂を耳にしていなかった。
しかし、こうして上手く適応している人も居るのだな。と白黒はメーニャの現在の姿に安堵感を覚えていた。
思わぬ再会はこれで終わらないのだと、その時の白黒は知る由もない。
〈クリアンレズム〉への距離を着実と詰めていく不穏な気配。
━━対決の時は迫りつつあった。




