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New Age  変革編  作者: えんじゅ
第二部 「水瓶座の時代 Age of aquarius」
33/79

小人が見た夢「灰」


いつか辿りつきたかった。彼女の隣へ。



もっと強くならないと。

その頃の俺は酷く焦っていた。

ティアメル様に側近として選ばれ、もう四年は経つ。

コース様の尽力もあってか、国は少しずつ変わり始めていた。

使用人と言っても、それは表面上に過ぎず、俺は彼女にとっての幼馴染の様なものだった。

男女という間柄上、当然だが四六時中、一緒に居る訳にもいかない。

誰にも打ち明けていなかったが、俺はティアメル様に対して、主従関係を超える感情を抱いていた。

彼女にとって相応しい人間になりたい。

いつしか〈黎明の騎士団〉を志すようになり、剣を振るう日々が当たり前になっていた。

表面上は恩返しだと触れ回って、俺が本当に目指していたのは、常に彼女の隣だった。

つい先月、メルティ様が孤児の青年を〈黎明の騎士団〉へ推薦し、大騒ぎとなった。

その青年の名はケヴェル・コッコ。

俺とあまり年端も変わらないというのに、彼は天才的な剣の才を宿しており、段差飛ばしに騎士団を昇り詰めていると聞く。

もっともっと、強くならなければ。俺は生き急いでいた。


俺とティアメル様、それにメルティ様がよく集まる樹皮城の屋外庭園。

その庭園で今日も俺は視えない何かに向かって、懸命に剣を振り回していた。

ティアメルが暇そうに、庭園の端で俺の素振りを眺めている。

「今日も精が出ているな。グレイ」

突然の呼び声に振り返ると、庭園の入り口で〈黎明の騎士団〉第一部隊を背負うブラム隊長が小鉢を片手に微笑んでいた。

「ブラムさん。こんにちわ」失礼の無いようにと深く頭を下げる。

「一々頭など下げなくていいと、いつも言ってるだろう。それよりも……」

と、続きを渋るブラム隊長。

俺は自ら、その先を口に出した。

「剣の才ですか?」

「あぁ、研鑚を否定したくはないが、君はどうも剣と相性が悪く見える。今からでも遅くはない、何か……別の方向を模索したらどうだ?」

その言葉は何度も投げ掛けれていたものだった。

俺自身、剣に固執する理由なんて、特になかった。ただ……。

「どうすればいいか、まだわからないんです。だから、今はとにかく、剣術を磨こうと思います」

「そうか、いや……君がそう言うならいいんだ。早く見つかるといいな」

「はい、ありがとうございます」

「ブラム。その小鉢はどうしたの?」

ティアメル様がブラム隊長の元へ駆け寄って、手に持つ小鉢を覗いている。

「今、城下で噂になっているバンブリオの夫婦に会ってきたんです。その時に渡されてしまいまして……シャムロック。という草花だそうです」

「へー、お花が咲くの?」

「はい、春まで待てば咲きますよ。との事でした」

「ねぇグレイ!!」

嫌な予感がした。

構えたばかりの剣先を足元へ下ろす。

「なんですか?」

「私達も行きましょ!!」

やはりか。

「わかりました。明日にでも行きましょう」

「嫌よっ!!今日、行くわ!!」

あまり素直にはなれないが、彼女に振り回されるのは嫌いじゃなかった。

「ははっ、君も大変だな」

「いえ、これも使用人の務めですから」

「ブラム、またね。さっグレイ、早く早く!!」

「申し訳ございません、先に失礼致します」

「しっかりとティアメル様を守れよ」


瞬く間に遠ざかっていく二人の背中を、ブラムは暖かい眼差しで見送った。



「あ、見てくれ。あれじゃないかな?」

〈黎明の騎士団〉第二部隊隊長であるスメラギさんが穏やかな調子で、城下町の街路先を差し示した。

仮にも王の血筋を引くティアメル様を俺一人の護衛だけで城外へ連れ出す訳にもいかず、城内で口論を始めたロードリア様とティアメル様。

そこへ偶然にもスメラギさんが通り掛かり、事情を聞いた彼は同行を申し出てくれたのだ。

バンブリオの夫婦は二台の荷馬車をぴたりとくっつけて、城下の人々に囲まれていた。

「おぉ、これはこれはティアメル様、御目に掛かれて光栄ですじゃ」と、老婆が皺で挟まった瞳を僅かにだが見開いた。

周囲の人も徐々に気付いて、ティアメル様やスメラギさんに頭を下げている。

彼等は口々に感動を表現していた。

慕われている二人に挟まれ、自分にだけ怪訝そうな眼差しが集まる。

樹皮城では大分減っていた、居心地の悪さを久しぶりに感じた。

国は変わりつつある。それはつまり、国を成す民が変わりつつあると同意義だ。

民が王を信じるのではなく、王が民を信じるのだ。

それがコース王が戴冠する際に民衆へ言い放った信念じみた宣誓だった。

彼が、国が、民は変われるのだと信じ、今も国政へ真摯に取り組んでいるのは周知の事実だ。

だとしても。

やはり限界はあるのではないかと、俺は、自分に集中する視線から思ってしまう。

少なくとも、幼い頃に、俺が達した結論というのはまるで変わっていない。

もし、今の体裁(システム)を受け入れられないのなら、その管理下から去るか、或いは、一度更地にして、再構築するか。

そうでもしないと、この類の視線は決してなくならないと思う。

一度だけ、その考えをブラム隊長に吐露した事がある。

だがブラム隊長は黙したまま、何も語ろうとはしなかった。


バンブリオから流れ着いた夫婦、ロランとモニカの二人は常に笑顔を絶やさない、端から見てても幸せがありのままに伝わる、良い夫婦だった。

若いながらに憧れもした。もし、いつかこんな風に生きられたら、どんなに幸せだろうかと。

「あちらがこの国のお姫様で、その隣がこの国の騎士様で。それで、君はこの国にとってのどんな人なのかな?」

ロランは妻と談笑するティアメル様とスメラギさんを横目に、大人相手に見せる畏まった口調とは違う、砕けた口ぶりで訊ねかけてきた。

「俺は……使用人です」

「使用人?バンブリオで言う執事やメイドみたいなもの?」

「どちらかといえば召使(めしつかい)。です」

「あぁ、そっちのニュアンスなんだ。なるほど、でも、それにしては、君の瞳は随分とぎらぎらしてるね」

「ぎらぎら?ですか」

「そう、とても力強い。でも、どこか危なっかしい輝き。僕の友達に〈ソウイチロウ〉という青年がいるのだけど、彼にちょっとだけ似てるよ。そういえば、先程の騎士様もよく似た目をしていたな」

危なっかしい。とは何だろう?

それは、だれにとっての、危険なのだろうか?

「きっと君は、己の信念の為になら、もしその道が危ないと言われても、迷わず突き進む種類(タイプ)じゃないかな?大体の人って、道筋をはっきりさせて、ある程度の支度を整えてからじゃないと中々前に進めないんだ。でも、君みたいな種類は、道が見つからなければ強引に切り開き、切り捨てたものは仕方ないと割り切れる。結果、戻れなくなるんだ。なおさらに」

戻れなくなるんだ、なおさらに。

その言葉が頭の中に反芻する。

「たまには寄り道していいと思うよ。迂回すると目的地から離れてしまうけど、決して見失う事はないから、無駄にはならないんだ」

「でも、俺にそんな猶予はないんです。一刻も早く強くなって、彼女を守れるような……彼女にふさわしい騎士になりたいから」

「ふさわしい……か。でも、それは誰が決める事なんだろうね?君は誰かにとっての理想像を描こうとしている。けど、そうして君が描く理想像は、本当に正しいのかな?自分ではなく誰かの為に抱く願望は確かに力強い。けれど、その分……拒まれた時の反動は(むご)たらしい。あくまで根本は己の為だと諭さなければ、崩れた時に二度と立てなくなってしまうよ」

要は他者依存を控えろ。と彼は言いたいのだろうか?

ロランが言わんとしてる事はなんとなく理解できる。

俺とティアメル様にとって、お互いの理想の関係図は、たぶん同一ではない。

仮に俺が〈黎明の騎士団〉の隊長にまで昇り詰め、国の象徴として幻想剣を掲げたとして、果たしてティアメル様は喜んでくれるのだろうか?

「傍に居てくれるだけでいい。そう言ってくれる人だっているんだよ」

だけど、今のままじゃ傍にさえ居られなくなる。

どうしてだろう。

俺はなぜか、そういった強迫観念に襲われていた。

未来を覗こうとしても、真っ暗で。何も視えない。

目蓋の裏に蘇るのは、いつも、彼女と出会う前の……あの生きているのか、死んでいるのか分からなくなるような灰色な風景ばかりだった。

今の平穏が……、この日常がいつまでも続くとは、どうしても思えなかったのだ。

だから、もっと強くならないといけないのだと、俺は常に焦燥感を抱えていた。

「よければ、君に受け取って貰いたいものがあるんだ」

ロランは俺の返答を待たずに、荷馬車へ消えていく。

隣の馬車を囲う人の輪、その隙間から垣間見えるティアメル様をぼんやりと眺める。

彼女が城の外へ足を運べるのは、極めて稀だ。

それも、束縛されずに、こうして気侭に歩き回れたのは、ここ数年、俺が覚えている限りでも数えるばかりだった。

嬉々とはしゃぐ少女の横顔。

俺は……いつまでもその笑顔を守りたい。

守る為には力が必要だ。その考え方は間違っているのだろうか?

ほどなくして、ロランは両手に小型の何かを持って、俺の前へ戻ってきた。

見れば、それは金属製なのだろうか?自然には生まれないであろう精巧な形状をしていた。

「どちらも宝星具なんだけどね……友人が話すには、銃。と呼ばれるものらしい。この世界では〈失われた技術 (ロスト・テクノロジー)〉とも〈未開領域(アセンション)による産物〉とも、一概に呼ばれているが、ほとんどは上界に普及しているものらしい」

黒塗りの銃は、穴を幾つか通す筒が中心部にはまっており、持ち手らしき部分には、指が馴染む様にと緩やかな曲線が描かれている。

一方で、白銀の銃は全体的に角ばっており、持ち手も太く、どこか不格好な印象を受けた。

後頭部と呼べばいいのだろうか?どちらにも、小さな(くさび)らしきものが見え隠れしている。

「随分と昔になるけど、よく僕等の元へ遊びに来る双子がいたんだ。この銃はいずれ双子にそれぞれ譲渡されるものだったらしいのだけど、その双子はある日突然、消息を絶ってしまってね。暫らくして、彼等の父親から、死の間際に譲り受けたものなんだ。僕がそのまま持っていても良いのだけど、もし、これが君にとって、何かの手助けになれば、きっとその方が良いんじゃないかなって思うんだ」

黒鉄の拳銃〈歪曲(ピーキー)着弾(バレット)〉。

白銀の短銃〈無蔵(カート)弾丸(オーバー)〉。

俺はそれぞれを左右に握り締めた。

冷えた感触。

剣は構えれば、心身と一体化するとでも言えばいいのだろうか?意識が、刃へ吸い込まれていく様な……共有化に伴った覚悟が必要となる。

斬れば相手の命が潰えるのだと、その瞬間、どうしたって罪の意識を明確に覚えてしまうものだ。

ただ、ロランに手渡された銃というものからは、どうしてか、意識の共有を遮る無機質さが漂っていた。

罪悪感を軽量化させる類の、魔術に近い……実感の剥落した凶器。

僅かにだが、言い表せない不安を感じた。

しかし、結果的に、俺はロランから銃を受け取った。

それから満月を待たずして、双銃を得た俺に対する周囲の評価は大きく変わる事となった。


〈還日祭〉を迎え……降り積もった落ち葉が街の至る所へ、小山を築いていた時節。


宝星具と呼ばれる二丁の銃を糧に、グレイは〈黎明の騎士団〉へ入団した。


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