遠景「黎明の騎士団」⑩
〈レギオン〉が終わり、短くない月日が過ぎ去っていた。
前代コース亡き後、ベティリア・ティ・フロウウェンが王の座を継承。
これによりブラムは適任者が見つかるまでの間〈黎明の騎士団〉団長と第一部隊隊長とを兼任する事となっていた。
「グレイ。〈黎明の騎士団〉を抜けるというのは本当か?」
〈メンデルハープの樹皮城〉の細い通路にて偶然……グレイと遭遇したブラムは問い掛けた。
「はい。俺には、果たさなければならない約束ができました。その約束を果たす為には、この国を出なければなりません」
そう主張するグレイを真っ直ぐに見据えるブラム。
はっきりと退団を告げるグレイの眼差しには揺るがない意志が込められていた。
「ティアメルの為か?」
「……」
ブラムの意図を探ろうとしているのか、グレイは押し黙ったまま鋭い視線だけを向けてくる。
もしかすると、アメル・ティ・フロウウェンを呼び捨てにしている事に対して憤りを感じているのかもしれない。
「ブラム団長……俺にはもう祖国に忠義を誓う資格がないのだと思います」
「資格というのは……自身で計るものではないだろう。それは周囲が決める事だ」
「だとしても、俺は納得できないのだと……思います」
「まるで子供だな」
なぜだろう。そう咎めておきながら、ブラムには少しだけグレイが羨ましく思えた。
「はい。自分でも幼いのだと思います。だからこそ迷って迷って、それで納得できる後悔をしていきたいんです。それに、こんな俺を信じてくれる人がいる。だから、俺も信じてみたいんです」
「そうか……そこまで決意が固いのなら、止めるのも無粋だな。好きにするといい」
「はい。失礼します」
通路の奥へ遠ざかっていくグレイの背中をぼんやりと見つめていると、不意に耳元であの笑い声が響いた。
「もう少し離れろ。鼓膜が破れる」
「がははっ、こりゃ失敬。しかし……酷い奴だな」
「何がだ?」
「どうせ〈水瓶座の時代〉の器だった少女は殺すつもりなんだろう?それで、次の器が生まれれば儲けもんだしなぁ」
「元はと言えば、お前やフィズが想像以上に無能だった所為だがな」
「これは痛いお言葉で。けどまぁ〈水瓶座の時代〉に出会えたのは偶然だったし、〈水瓶の魔女〉の遺志が込められていたのも知らなかったんだ」
「フィズはどうしている?」
「あぁ、あいつは新人共の教育中だ」
がははっ可愛い子達が入ってくれて嬉しいわ。と豪快に笑い上げるアーク。
「なぁお前さん。どうして、スメラギの記憶は改変しなかったんだ?」
と、アークは唐突に話を切り替えた。
「スメラギとグレイか……。今もまだあの二人が私を仲間だと呼んでくれるとは思ってない。だが、私にとって、かつて祖国に忠誠を誓い、共に肩を並べた記憶というのは変わらない。私はもう堕ちてしまったが、だからこそ、彼等にはありのまま変わっていって貰いたいのだ。そして、いつか再会できた時、確かな仲間だったあの二人の言葉が私にはどう響くのか……それが知りたい」
「なんだかその言い方だと、スメラギもグレイもいずれ国を去ると決め付けている様だな」
「去るだろうな」
断言するブラム。
「さて、これからどうしたものか」
短髪の頭部をぼりぼりと掻きながらアークはぼやいた。
「我々、葬儀人は歪みを糺す存在なのだろう?〈水瓶座の時代〉をもう一度、手中に収め、次こそは上界との繋がりを遮断するぞ」
「がははっ、お前さん。随分と様になってきたじゃないか。強制書換の方はどうだ?」
問われてブラムは右腕を胸元へ寄せた。
その周りに蒼い粒子が集まり、細剣を象っていく。
そして針の如く尖った先端に蒼い焔が灯る。
「やはり、この形が馴染むらしい」
「上々だな」
ふっと蒼い粒子を散らせて強制書換を消すブラム。
「そう焦る事もない。今回はソウイチロウの野望を止められただけで充分だわ」
アークの呑気な一言を受けて、ブラムはぼそりと呟いた。
「ソウイチロウはなぜ〈水瓶座の時代〉の在り処を察知していたのだろうか」
「わからんなぁ。〈岬朝日〉が言うには〈記調律〉に関係してるんじゃないか。との事らしい」
「らしい?」
「〈岬朝日〉とコンタクトできるのはフィズだけだからな」
「記調律……か」
ブラムは過去に一度だけ、あの蒼い光景を望んでいた。
━━ブラム、グレイ。ほら、見てくれ!!記調律だ!!
あの時のスメラギは珍しく、興奮した様子で声に張り上げていた。
彼が指差すよりも先に、ブラムもグレイもその異様な光景には自然と気付いていた。
メンデルハープの樹皮城へ根付く〈大樹メイニール〉の樹幹が、葉層が。蒼い光柱に貫かれ照らされている。
張り巡らされた枝葉の隙間を軽やかに潜り抜ける言葉の鳥。
未知の文字列を象る奇妙な鳥達は、人々の瞳に淡く発光して映り込んでいた。
城門前にて記調律に遭遇したブラム、スメラギ、グレイ。
その日は……騎士団の規則について議論する場を設けようと、たまたま三人で城下町にて晩餐を共にした帰りだった。
「綺麗ですね……」
〈大樹メイニール〉の周囲を飛び交う言葉の鳥を見上げながら、感嘆の息を吐くグレイ。
「ようやく認められたのかなと思うと嬉しいね」
「認められた。ですか?」
「だってさ、あれには私達の……この国の民の祈りが込められている。私達が幻想剣と誓った忠誠があの中にも紛れているんだと思うと、素敵じゃないかな?」
腰元に携えている幻想剣の鞘に手を添えて、スメラギは微笑んでいた。
「ふっ、柄にもなくロマンチックな事を言うな。スメラギ」
「俺は悪くないと思いますよ。……そういうの」
ブラムとグレイが口々に答える。
「むっ、なんだか二人とも、私を馬鹿にしているような気がするぞ」
「ははっそんなことないですよ」
グレイもまた幻想剣の柄頭へ手の平を重ねて、舞い踊る言葉の鳥へ想いを馳せた。
「ブラム隊長、スメラギさん。俺、もっと頑張ります」
当時のグレイはまだ〈黎明の騎士団〉の第三部隊を任されて一カ月にも満ちていなかった。
三人はそれぞれに、言葉の鳥を見つめ再認識していた。
自らが背負う希望を。或いは自らに課せられた使命を。もしくは、秘めたる願いを。
束の間の静寂が三人を包み込む。
あの頃はまだ、国の平和を一心に願っていた筈なのに……なぜか、ブラムには自分が言葉の鳥に何を願ったのか。どうしても思い出せなかった。
本来、一か所に集う事で奇跡を起こす幻想剣。
内の一振りである〈円卓〉が〈黎明の騎士団〉を離れて、もうすぐ一年が経つ。
〈メンデルハープの樹皮城〉薄暗い武器庫の奥にブラムとマオはやや距離を取って並んでいる。
「マオ、わかっているな?」
〈黎明の騎士団〉団長を務めるブラムは、出兵を間近に控えている側近のマオへ再度、訊ねかけた。
「もちろん。僕がすべきは幻想剣〈円卓〉の奪取でしょ?」
「スメラギは手強い。油断するなよ」
「まぁ任せてよ。……それよりもさ、メイジは本当にそのままでいいの?」
「理想郷の先駆者か。あの少年がそんなに気懸りか?」
「ううん、そうじゃないけどさー。でも、曲りなりにも、理想郷の先駆者って〈水瓶の魔女〉に選ばれた希望。なんでしょ?僕はスメラギじゃなくて、メイジこそが注意すべき相手だと思うんだけど、半年前の〈水瓶座の時代〉だって彼に引き寄せられてた訳でしょ?」
「さぁな。必然的な巡り合いだとも判断できるし、偶然で片付けれる程、些細な事柄だとも言い切れる。そんなに心配なら、お前がしっかりと見張っていればいい」
「はいはい。それじゃあ僕は僕らしく、気ままに行かせてもらうよ」
猫耳を揺らしながらじじじっと周囲の景色に同化して姿を消すマオ。
その場に残されたブラムは窓の外に広がる霧纏う〈大樹メイニール〉の枝葉をぼんやりと見つめていた。




