遠景「黎明の騎士団」⑨
小柄な体躯を生かし、素早く立ち回るくまを相手にグレイは防戦を強いられていた。
凄まじい速度で繰り出される蹴りは見た目からは想像を絶する程に重く圧し掛かってくる。
かと思えば、流麗な太刀筋を幾重にも描いて小型のナイフを矢継ぎ早に振るってくる。
喉元を正確に狙う切っ先を逸らしてかわし、足元より掬い上がる少年のつま先を両手に握る双銃の銃身で受け止める。
本来、隠密士は意表を突く立ち回りや死角よりの奇襲に代表されるやや異質な近接職だ。
純粋なステータス値の総合力は他の近接職にどうしても劣る。
くまはその不足分を紋様宮による恩恵で僅かばかりだが払拭していた。
装備枠とは別に設けられている紋様石は、紋様宮を刻む事で様々な恩恵を付随できる。
ウェルズニールにて〈レギオン〉よりも先だって二つ目の紋様石を取得しておいたくまは、拳闘士系統の補助スキル列を少しだけ覚えられる紋様宮を刻んでいた。
ある程度の段階まで〈New Age〉を遊んだ時点で、くまは拳闘士の戦い方に惹かれていた。
しかし、キャラクターを作り直す手間が面倒に感じられて、くまは紋様石による疑似的な変化を選んだ。
結果、拳闘士よりの隠密士という珍しい形に落ち着いていたのだ。
もし、いずれまた〈New Age〉にて新しいキャラを作成する機会があれば、今度こそ拳闘士にしようなどと漠然とした願望を胸中に秘めながら……。
とは言っても、本職である拳闘士にはステータス面でもスキル面でも遠く及ばないのが事実だ。
現状、くまはレベル上げと自身の操作とで差を強引に誤魔化していた。
〈レギオン〉当時、限界Lvである50に到達しているプレイヤーは極めて稀で、レベル差によって実力を覆す事は大いに可能だった。
更にくまのゲームセンスは素晴らしく、ゲーム歴の蓄積が豊かなダンテですら目を見開いてしまうぐらい洗練されていた。
「くっ……」
銃口を向けると同時に軌道上から逸れる様に姿勢を低くするくま。
くまはそのまま右手に握るナイフの先をグレイの右肩関節へ目掛けて突き伸ばしてきた。
グレイは引き鉄に掛けていた左指を外して、銃把でナイフの先端を受ける。
くまの足の甲を先に靴裏で止めて、右手の短銃の底をか弱き少年の頭へ振り下ろす。
しかし、くまも空いていた左手で短銃を掴み、もう片方の手に残されたナイフをさっと逆手に持ち替えた。
そのままグレイの右腕目掛けて振り上げる。
掴まれている短銃を咄嗟に手放し、腕の軸を逸らす。
空振ったくまの手首を掴み上げ、グレイは左手に構えていた拳銃の底で少年の腹部を突き上げた。
無表情のまま勢いで後方へ吹き飛ぶくま。
相手の手元から落ちた短銃を拾い上げながら、メルティの方向へ視線を向けた。
眩い白光を辺りへ散らす冠光剣〈ランスロット〉を構え、大剣の青年ダンテと対峙しているメルティ。
澄んだ碧色の瞳を細めて相手の動向を窺っている。
一方のダンテは不敵な笑みを浮かべたまま、自身の身長程もある大剣を肩に担いでいる。
構えすら取らず、一見して隙だらけにしか思えない。
しかし、ダンテのだらけきった立ち振る舞いが反ってメルティの性格上、握る〈ランスロット〉を圧していた。
余裕釈然とした態度を見せるからには、それなりの自信と策があるのではないか?と疑っては慎重さに磨きがかかってしまう。
探りを入れようと消極的に剣を振るってみても、一向に何も見えてこない。
事実、メルティの懸念はほとんど深読みに過ぎなかった。
ダンテがどこか余裕そうに見えるのは、彼にとってこれがゲームだからだ。
無論、彼にだって勝つ気概はある。
けれど、それ以上に負けた時のリスクがないのだ。
メルティには背負うものがあり、負ければ死ぬ覚悟も抱いている。
だがダンテといえば負ければ次の誰かが挑戦するだけだし、負けたとしても失うものは精々、経験値と所持金のごく一部……それに威厳といった所だろうか。
メルティの違和感の正体は、そもそもの土俵、或いは価値観が違う為に生じる歪みだった。
グレイとくまの激突を横目に眺めていたダンテが担いでいた大剣を正面へ構える。
対するメルティは左腕に潜む宝星具〈トリスタン〉に頼ろうかと迷っていた。
白洸雷〈トリスタン〉にはまだ慣れておらず、彼女の意思通りに扱える自信が無かったのだ。
メルティが〈トリスタン〉をしっかりと行使できず、グレイや他の仲間にまで雷が届く危険性が……最悪の事態を巻き起こす可能性が低くはない。
「そんじゃ、そろそろ行きますか!!」
突然、ダンテは声を荒げると勢いよくメルティへ突撃してきた。
相手の接近を受けて、メルティも一瞬で迷いを打ち消した。
〈トリスタン〉の行使は選択から外し、彼女は〈ランスロット〉の剣先を真っ直ぐにダンテへ向けた。
その先端から伸びた光が瞬く間にダンテへ迫る。
〈ランスロット〉の先制攻撃に反応できず、ダンテの胸元が貫かれる。
意志を削ぐ〈ランスロット〉だが、その効果は液晶画面の向こう側までには届かない。
意識混濁性消失障害ではないダンテ相手では……まるで意味を成していなかった。
実際にはネットゲームとしての〈New Age〉における〈ランスロット〉には、光に触れた相手を数秒間スタン状態にさせる能力が秘められている。
しかし、ダンテは大剣士としてのスキルの補助系列で、スタンやショックなど肉体へ直接的に起きる状態異常を一定確率で回避するスキル〈活脈の避〉を限界レベルまで習得していた。
つまり、〈ランスロット〉の能力は発動していたが、ダンテが習得していたスキルで運良く回避できていただけの話だった。
らっきー。と喜びを口に出すダンテと、どうして?と困惑した様子で呟くメルティ。
ダンテからしてみればネットゲーム〈New Age〉の画面上にログとして先程の経緯が綴られているが、メルティにしてみれば……ただただ原因が分からずに戸惑うばかりである。
そして、お互いの……言うならば、小人と移人との違いが次の場面で更に浮き彫りとなる。
「おい」
と、唐突にダンテが声を張り上げた。
彼は微動だにせず、立ち尽くしたままにグレイ、メルティ……いや〈黎明の騎士団〉側全体に向けて告げる。
「良い知らせと悪い知らせがあるんだが……どっちから聞きたい」
ただその台詞が言いたかっただけでしょ。と、傍まで寄っていたくまが口を挟む。
ダンテの不遜な態度に、射抜くような騎士達の視線が一斉に集まる。
しかし、ダンテは彼らの殺気には動じず、平然としている。
液晶画面と睨み合うダンテの操作主━━山成太陽は友達からほぼ秒速で届いた報告を見つめていた。
ログには、チャットの発言主である人物の名前に続けて、こう書かれている。
━━ケイ砦の奪還は失敗。現在、撤退中。
また別の人物はこう文字を残している。
━━ウェルズニール潜入部隊。〈レギオン〉任務達成し、それぞれ帰還術にて無事帰還。また詳細は不明だが、現国王コース・ティ・フロウウェンの死亡を確認。
現国王の死亡。
前人未到となる〈レギオン〉の功績だった。
「おいおい、これは、どうなるんだ?大型アップデートの布石か何かなのか?」
太陽は興奮した様子で独り言を洩らし、キーボードへ打ち込む指により一層……力を込めた。
「悪い報せから聞こう」
と、騎士団を代表してグレイが応じる。
「おたくらの王様が死んだよ」
あまりにも軽く口走るものだから、グレイは初めダンテの話す言葉の意味を理解できなかった。
「そんな……」
メルティも同様らしく上擦った声をこぼしている。
たぶんメルティの方がグレイよりも動揺は大きい筈だ。
それでも齢相応に取り乱さないのは、立場や環境による影響も大きいのだろう。
俺達の王様……コース様が?なぜ?
首都ウェルズニールに待機している筈の国王がなぜ死なねばいけないのか。
グレイがその疑問を訊ねかけるよりも先に、ダンテが補足する。
「実はな、ケイ砦、ユーウェイン砦の〈レギオン〉と同時進行して、首都に潜んでいた反乱軍が奮起する手筈だったんだよ。それが見事に成功したみたいでな。その部分においては一矢報いた事になるんだろう」
一矢報いた。ダンテは語尾にそう付け加えていた。
「そんで良い知らせってのが、ケイ砦の話だ。あっちはおたくらの勝ちで終わったらしい。反乱軍は撤退中だとよ」
そうか、ブラム隊長、スメラギさん。さすがです。
グレイはケイ砦で奮戦しているであろう騎士団隊長達へ心の中で賛美を送ると、すぐに思考を切り替えた。
「メルティ様はすぐにベティリア様へ報告をお願いします!!」
「グレイ。貴方は?」
「この場は俺に任せてください」
「でも……」
「これは俺の我儘です。それに、ティアメル様も心配です。判断の責任は俺が取りますから、どうかお願いします」
親族の安否を気に掛けるメルティを気遣っての判断だと彼女は見抜いていた。
「グレイ、ありがとう。必ず生きてまた会いましょう」
「えぇ、約束します」
側近の騎士達を率いて撤退するメルティ。
「いいのかよ?おたく人間染みた強さしてるし、情けなんてかけねぇぜ?」
グレイが自律思考する高度なNPCだという前提で、ダンテが言った。
並び立つダンテとくまを見比べ、ダンテは端的に言い返す。
「必要ない」
そして、グレイは決闘の中断もそのままに再び混戦となる戦場へ身を投げ出していった。
━━蒼い光柱が幾つも天上より大地へ降り注いでいる。
光の柱の周囲を飛び交う無数の蒼い粒子。
粒子はそれぞれが言語体を象り、まるで鳥の様に軽やかに空を舞っていた。
記調律が顕現するケイ砦の外れ。
蒼く染まる光景を瞳に映す騎士達は誰もが呆然と立ち尽くしていた。
対峙する主要人物達の衝突を間近に……その場へ姿を現したのは葬儀人アークが引き連れし〈水瓶座の時代〉。
〈水瓶の魔女〉の遺志を宿す少女は静かに終わりを告げていく。
「今日、この日の〈レギオン〉に関わった全ての生命から、記憶を逸らします。それで良いのですね?」
憂い含む澄んだ蒼い眼が見据えるは、その場に立ち残る勝者。
緋色の剣を片手に握る青年だった。
「頼む……」
その言葉は酷く擦れていた。
葬儀人の片割れが「ががははっ!!」と豪快に笑い、もう一方は「アーク。黙っていろ」と咎めている。
眼下には絶命した少年少女の亡骸が横たわっている。
━━世界改変を可能とする〈水瓶座の時代〉でも、失われた命は……消えたデータは復元できません。
先程の言葉を思い出し、青年は少しだけ剣を握る手を震わせた。
アメル・ティ・フロウウェンの姿をした〈水瓶座の時代〉が〈New Age〉の世界を大幅に修正していく。
伴って輝きが増す記調律。
言葉の鳥達も目まぐるしく宙を飛び交っており、これから起きる出来事を待ち焦がれている様だった。
この時点で葬儀人側に誤算があったとしたなら……〈水瓶座の時代〉なる宝星具は一つの器で一度きりしか発現できないのだと〈水瓶座の時代〉自身が隠していた事だった。
━━遥かなる地平線は茜色に染まっていた。
「もうやめろ!!」
「進め!!一人残らず、打ち果たせ!!」
グレイの叫びは、ブラムの怒号に掻き消される。
果たしてどちらが正義だったのか。何が正しかったのか。
信じてきた筈の道を……、グレイはその先に迷いを覚えていた。
ケイ砦へ攻め入ってきた反乱軍の迎撃に成功した〈黎明の騎士団〉第一、第二部隊はユーウェイン砦へ駆け付けた。
総力を結集した〈黎明の騎士団〉に対して、原因不明な突然の兵消失によって風前の灯火となった〈クシャティケルの灯〉。
それから先は電撃戦……ただの蹂躙に等しかった。
〈クシャティケルの灯〉が占拠していた砦は次々と奪還されていき、反乱軍は一人残らず殺されていった。
国王の死を聞き知ったベティリア、メルティは先立って首都ウェルズニールへ帰還。
コースの亡骸を抱いて涙を枯らした。
スメラギは第二部隊の指揮をブラムに一任し、僅かばかりの側近を率いてウェルズニールへ戻ると、散らばる反乱軍残党を捜索、討伐していた。
血塗れた細剣〈閃光〉の切っ先を地面へ下げ、彼は黄昏を仰いだ。
その目尻から一筋の水滴が伝い落ちる。
「ブラム……あの時、君に問うべきだった」
私やグレイと共に忠誠を誓った筈の君の言葉は。
あれは嘘だったのか?
こんなものが信義だと言うのか?
……こんなものが勝利だと呼べるのか?
こんなことが許されるのか?
彼は友を止められなかった自分を酷く責めていた。
その時の涙も。
その時の声も。
誰も知らない。
人知れず自責に沈む青年が……いずれ反逆を起こすのだと。
その時はまだ、誰も知らなかった。




