遠景「黎明の騎士団」⑧
「スメラギ……遅くなった」
遅れて陣中へ駆け付けたブラムが、スメラギへ呼び掛ける。
「ブラムっ!!彼は一体!?」
突如として現れた葬儀人フィズの姿を見上げながら、スメラギは返答を求めた。
「味方だ。そうとだけ認識しておけば、問題はない」
「問題はない。……だって!?その言葉、本気なのか!?」
「彼の目的もまた我々と同じ。〈クシャティケルの灯〉の討伐だ。それ以上の追及は必要ないだろう」
「私には……いや、今は何も言うまい」
「正しい判断だな。とにかくこの戦いを終わらせる事に集中しろ。いくぞ」
それぞれに象徴なる幻想剣を掲げ、騎士達を率いて敵陣へ斬り込んでいくブラムとスメラギ。
そんな小人達を眼下に収めながら、フィズは淡々と浮遊剣を操っていく。
操るといっても、彼は浮遊剣を操作するに当たって特別な仕草を何一つ見せていない。
ただ宙に浮き立ったまま、自らに魔術が迫った場合のみ、片腕を差し伸ばしては蒼い粒子を噴出して相殺していた。
〈追走のワルツ〉の影響下にあるマオが紅蓮の矢を発現させる。
葬儀人フィズに狙いを定めて渦巻く矢を穿つが、やはり蒼い粒子に阻まれ溶ける様に消えてしまった。
「あんなの……不正じゃんか!!」
悪態を突くマオの表情にも焦りが滲んでいる。
魔術による猛攻が失われ、着実と迫るブラム、スメラギ率いる騎士団。
「マオ!!」
背後より駆け寄ってくるリリアとソウイチロウの姿を見止め、マオは陣営の後退へ踏み切る。
「各自、騎士団を迎撃しつつ距離を取って!!魔術師陣営は引き撃ちに移行するよ!!」
後衛職が豊富な場合、撤退しつつの迎撃はかなり有効である。
その場に踏み止まるよりも、離れつつ隙を見つけて攻撃を挟んでいれば、追う側の刃は中々届かないし、更には相手に回避を強制できる。
しかしながら〈レギオン〉のシステム上、攻砦側が撤退するという結果は事実上の敗北に近い。
たった一人の介入者により、マオの策略も、リリアの成果も、他の意識混濁性消失障害達の努力も。全てが蹂躙されたのだ。
葬儀人フィズは追撃の手を緩めず、次々とマオ達の仲間の命を奪っている。
ここに至って意識混濁性消失障害をケイ砦に偏らせた編成が仇となっていた。
誰だって自分の命は惜しいものだ。
比較的、争う事に無縁であった筈の現実世界の住人達が戦死を名誉と受け取るには、あまりにも月日が短過ぎた。
徐々に乱れ始める隊列。
阿鼻叫喚……あちらこちらから響き渡るは仲間達の悲鳴。
悲惨な光景を瞳に映すリリア。
「私……皆が逃げ切れる様に、ぎりぎりまで戦う」
どうしてそんな言葉が出たのか。
自分でも理解できていなかった。
「駄目だよ!!」
さすがのマオも、彼女の判断を宥める。
鼓舞士が殿に適していない事ぐらい、誰よりもリリア自身が分かっている筈である。
その認識を前提にマオは短く咎めた。
「辛いと思うけど今は堪えて。僕達は生き残らなきゃいけない」
「だけどっ!!」
「僕に任せて貰ってもいいかな?」
━━不意に。
二人の会話へ割って入るソウイチロウ。
「ソウイチロウ?」
マオがまたもや怪訝そうな眼差しを向ける。
「僕はこの世界が大好きなんだ。愛しい魔女が創り出したこの世界が……何よりも大切なんだ。彼女の創ったこの世界が……彼女の生み出したこの世界の人々が……彼女の面影を残す〈水瓶座の時代〉が愛しくて愛しくてたまらない。箱庭はもう道孝にも、朝日にも、意識混濁性消失障害の元凶にも、誰にも渡さない。この世界は……僕のものだ」
布石は充分過ぎるくらいに置いてきた。
もう耐えられない。
会いたい。アクア、君に会いたい。
と口早に呪文の様に言葉を吐き出していくソウイチロウ。
リリアには彼の横顔がどこか狂気染みて見えた。
彼等の脇を逃げ過ぎる仲間達には一瞥もくれず、ソウイチロウは立ち止まったまま〈黎明の騎士団〉へ双眸を向ける。
「ソウイチロウ……さん?」
「マオ、リリア。もうすぐだよ。もうすぐ僕達はこの世界の女神に会えるんだ」
「早く逃げないと……」
「待ち焦がれてたんだよ。本当に……寂しかったんだよ。ずっとずっと……探してたんだよ」
戸惑う二人を残して、仲間達が遠ざかっていく。
「お前が〈クシャティケルの灯〉を指揮しているソウイチロウだな?」
遂に対峙するブラム、スメラギとソウイチロウ、マオ、リリア。
「葬儀人を引き込むなんて卑怯じゃないか。少なからず今日の〈レギオン〉は現実に漏れるよ。このままじゃあ〈New Age〉が消滅する可能性だってあるのに」
「上界の事情など知った事ではないな」
ソウイチロウの責め立てにブラムは素気なく返した。
「なら、どうして葬儀人と手を組んでいるのかな?彼等はこの世界の歪みを糺すとか吹聴しているらしいけど、もし上界との繋がりが絶たれれば、この世界は確実に劣化していく。失われるだけの世界に未来があると思うのかい?」
「仮に貴方の言い分が真実だとしても、祖国を脅かす存在を許すわけにはいかない」
と、今度はスメラギが彼なりの信義を述べた。
「よくわからないけど、葬儀人とやらが現実との繋がりを断とうとしてるなら、それは僕達、意識混濁性消失障害の敵だ。その敵に味方する君達も……やっぱり敵だよね」
敵の敵は味方なんかじゃないからね。とマオが猫耳を揺らして飄々と呟く。
お互いに心中を探り合う様な会話を黙して見守るリリア。
リリア達はブラム、スメラギの配下によって輪を描いて囲まれており、状況は既に取り返しのつかない事態へ陥っていた。
ブラムの指示により、会話の届かない距離まで退いて静観している騎士達。
不可解な会合の中、それでも探り合いは続いていく。
「どちらにせよ、意識混濁性消失障害とやらを送り込んでいる存在は見過せない。我々に上界への干渉集団が与えられていない以上、世界間の遮断が唯一の対抗策なんだ」
「与えられていない……ね。決め付けるのはよくないよ。君達は知らないのだろうけど、この世界はもう何年も前から上界の移人を取り込んでいる。厳密には意識混濁性消失障害とは異なる方法でね……そして、箱庭から上界へ世界を跨いだ存在も確かに実在する」
その一言を受けて、誰もすぐには声を上げれなかった。
ネットゲームの中の人間が、現実世界に現れている……?
ソウイチロウの言葉の意味がすぐには飲み込めず呆然とするリリア。
それって……どういう事?
現実と空想とが脳内で絡まり、思考がぶれる。
液晶の向こう側……ただの情報体。無数の文字列の集まりでしかない筈の架空の存在が、現実世界で意思を持って活動しているとでも言うの?
「ありえない。なんて事はありえない。それは僕達、意識混濁性消失障害が充分過ぎるほど、証明しているだろう?」
微かにリリアへ視線を投げ掛け、ソウイチロウは尋ねた。
「相変わらず平気で嘘を吐く奴だな。お前は」
背後に数多の浮遊剣を従えて、彼等の前へ降り立つ葬儀人フィズ。
「やぁ、バイオレット・フィズ。久しぶりだね」
「大間荘一郎。久しぶりか……確かにそうだな」
「ロランは元気?」
「会ってないな、お前こそ、ヴァンプ・ブギア・スカーレットはいいのか?」
「振られちゃったからね」
「振られたか、適当な事を」
「それよりもさ、アクアは?君達は見つけたんでしょ?やっぱりウェルズニールに居たんだね。あぁ、早く会わせてよ」
「〈水瓶座の時代〉を見つけたのはお前の為じゃない。それに偶然だ」
「偶然じゃないよ。これは運命なんだ。僕は信じてる」
「運命か。残念だが、我々はここでお前を止めなければならない」
フィズが告げるなり、ブラムが細剣を抜いた。
細剣型宝星具〈シャムロック〉━━ブラムの愛剣だ。
「〈岬朝日〉に何を頼まれたのか知らないけど、邪魔をしないでくれ。僕は彼女に会いたいだけだ。別にこの世界を脅かそうなんて思ってもない」
「無自覚であるからこそ〈岬朝日〉はお前を危険視しているんだ」
現にお前はこの世界の理を捻じ曲げている。
死ぬべき存在を生かし、生かすべき存在を殺している。
その緋色の刃によってな。
と、フィズはソウイチロウが片手に握っている始祖たる吸血剣〈宵闇の串刺公〉へ視線を落とした。
「死ぬべき命が助かるのは喜ぶべき事じゃないか。生きるべき命が失われるのは、運が悪かったか、或いは失うに至る理由があっただけの話だろ?現実と変わらないよ」
「もう話し合いの必要はない。ブラム、終わらせよう」
「わかった。スメラギ、いくぞ」
「……」
押し黙ったまま反乱軍の面々を見据えているスメラギ。
ブラムは彼の沈黙を承諾と受け〈シャムロック〉を構える手とは反対の手で幻想剣〈系譜〉を鞘から抜いた。
相対するソウイチロウは刃先を眼前まで振り上げながら、背後の二人へ呼び掛けた。
「マオ、リリア。巻き込んで悪かった。ここから先は僕個人の戦いだ。君達は逃げてくれ」
「逃げろって言われてもさ……もうそういう状況じゃないんだよね」
四方から突き刺さってくる騎士達の睨みを受け流しながら、マオは苦笑交じりに呟いた。
「戦うしかないんですね」
リリアも悲観した面持ちで鞭を握り込む。
既にケイ砦における〈レギオン〉の勝敗は決している。
これから始まる戦いは、ただの見せしめでしかない。
嫌でも足元が震えてしまう。
「大丈夫、あっちの隊長格に勝てれば……まだ生き残れるよ」
そっとリリアを励ますマオ。
しかし、その言葉すらも懇願に近い、限りなく無に等しい希望でしかなかった。
だとしても、もう退けない。
〈クシャティケルの灯〉による最期の……せめてもの反逆が始まる。




