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New Age  変革編  作者: えんじゅ
第二部 「水瓶座の時代 Age of aquarius」
29/79

遠景「黎明の騎士団」⑦


━━ケイ砦、ユーウェイン砦の双方にて〈レギオン〉が開幕を告げていた頃。


現国王コース・ティ・フロウウェンの姿は緑祭の都「ウェルズニール」中央に聳え立つ〈メンデルハープの樹皮城〉に見られた。

〈黎明の騎士団〉かつ妻子の出兵を見届けた彼は唯一人、日頃、娘のメルティがティアメルやグレイ達と一緒に好んで過ごす庭園へと足を運んでいた。

「あっ……コース伯父様」

先客である少女はコースの姿を見受けると、一瞬だけ目を見張って慌てている素振りを見せたが、すぐに教育されてきた淑女然たる表情へ切り替えて、優雅に膝を曲げつつ一礼を返した。

「久しぶりだね。ティアメル」

コースは少女の気丈な振舞いに対して心中で賛美を送りながら、優しく声を掛けた。

「はい、お久しぶりでございます」

アメル・ティ・フロウウェンはコースの立場から見た場合、伯父と姪の関係に当たる。

とはいってもお互いの関係というのはあまり親密ではなく、ティアメルが受けていた印象というのは国王としての側面が多く占めていた。

故に礼節を(わきま)えた立ち振る舞いを見せようと、背筋を硬く伸ばしている。

「そんなに畏まらなくてもいいんだよ」

霧に包まれた城外を望もうと、庭園の奥へ……ティアメルの隣へ歩み寄るコース。

「隣に立っても?」

「もちろんです」

成人男性と発達途中の少女とではどうしても身長差が開いてしまう。

コースは隣のティアメルを見下ろしながらも、高圧的に捉われないよう努めて声を和らげた。

「戦場へ向かった皆が心配かい?」

「・・・・・・はい」

数多くの馬が騎士を乗せ蹄を鳴らして「ウェルズニール」から去っていった。

その時の地鳴りと喚声は凄まじく、騎士達が地平線の向こうへ消えるまで静まらなかった程だ。

激励を飛ばす国民達の中には、勇敢なる騎士団へ熱意のこもった声援と無垢なる眼差しを向ける子供達なんかも交じっていた。

一方で心の底から彼等の行く末を案じ、両手を組んで祈りを捧げる親族の姿もまた紛れていた。

コースとティアメルもどちらかといえば今回の出兵には酷く曖昧な不安を抱えている。

その不安が何なのか?と問われれば具体性もなく、嫌な胸騒ぎ……としか言えないような、漠然とした不吉の予感だ。

残された側……待つ側の辛さ。

その差は年齢や性別、身分などによって区別されるものでも比較されるものでもないと……等しく共感でき、そして励まし合えるものだとコースは認識していた。或いは信じていた。

「伯父様、戦争はどうして起きるのでしょうか?」

憂い含む瞳を伏せてティアメルは問う。

「正義の見解の違いによるものだろう。誰だって自分が正しいと信じている。だけど、それは誰にとっても正しいかと言えばそうじゃない。人は自我を持ち思考を有する生き物だ。その神秘が(もたら)す副作用みたいなものが相違となり衝突を生む」

口にしてからコースは僅かばかり後悔した。

彼の口を飛び出した言葉は、彼が自分へ言い聞かせている争いの理由であり、言い訳だったからだ。

それは純白な少女へ聞かせる為の言葉じゃなかった。

しかし、ティアメルはコースが彼女から受けていた人物像とはあまりにもかけ離れた返答を見せる。

「皮肉なものです。私達は理想の箱庭を創りたくて人間らしさ……思考回路を貴方達、小人に与えました。しかし、それは個々に争いを生み、私や道孝(みちたか)の望まぬ進化を遂げていく」

悲観と達観との入り混じった声色。

俯いている少女の表情はコースには見ることも叶わない。

「けれど、今にしてみればそれこそが道孝が目指していた世界構築の完成系であり、不完全さだったのかもしれません」

「君は……誰だ?」

「私は自らの浅はかさを悔いて、道孝(みちたか)が密かに構成していた〈水瓶座の時代 (エイジ・オブ・アクエリアス)〉へ遺志を残しました……」

「水瓶座の時代?」

噛み合わない問答。

コースは諦めてティアメルの姿をした誰かの嘆きに耳を傾け始めた。

「貴方達……小人は、私達、上界の移人によるえげつない行為を許してはくれるのでしょうか」

神の真似事をし、自分勝手な願望の為に生み出されたこの世界を、貴方達は本当に愛せますか?

水瓶座の時代が問い掛ける。

「たとえ仮初でも。一国を背負う貴方に問わせてください。貴方にとってこの世界とは何ですか?」

澄んだ蒼い瞳がコースを真っ直ぐに見据えている。

「私には難しい事はわからない。ただ世界の形とやらがどうであれ、その中で生まれる繋がりを信じている。民が王を信じるのではなく、王が民を信じているんだ。若輩者の夢言ではあるが、私はこの国が……いや、この世界が大切だよ」

「そうですか……」

箱庭が大切だと主張する小人は決して上界について追及しない。

水瓶座の時代はそんな彼の認識の逸れを深く受け止めながら、微笑んで返した。

「ありがとうございます。少しだけ……救われました」


━━がははっ!!こりゃあ驚いたわ。まさか、こんな近くに居たのか……なぁ?水瓶座の時代!!


コースは遅れて自身の身に何が起こったのか悟った。

彼を見上げている水瓶座の時代の瞳の中に映る自身の姿。

その胸を貫いている一片の刃。

「葬儀人……やはり〈岬朝日〉は私を憎んでいるのですね」

「がははっ、俺やフィズがその証拠なんだろうな。〈岬朝日〉は過去も今も……これから先も絶対に魔女の存在を認めないだろう」

「ごめんなさい」

唐突に謝罪を向けられ、コースは事態の急変にただただ困惑していた。

「私は死ぬのか……」

かろうじて洩れたのは、そんな一言。

「あぁ死ぬだろうな」

背後より肯定され、同時に刃が引き抜かれる。

がくりと脱力し膝が折れた。

「まぁ安心しろ。これから戦場まで運んでやる。名誉ある戦死ってやつだ、勝手にな。がはははっ」

声の主を確かめようと余力を振り絞って、背後を振り返る。

その視線に気付いてか、男は豪快に名乗り上げた。

「葬儀人のアークだ!!王様、よろしくな!!って、もう死ぬんだったな」

葬儀人?

水瓶座の時代?

ウェルズニール現国王コース・ティ・フロウウェンは何が起きているのか。

何もわからないままに。静かに息を引き取った。

「水瓶座の時代……いや、水瓶の魔女〈アクア・ヒュン・リィムエリア〉。お前さんならわしらの強制書換(ブレイカー)と違って、死をも覆せるんじゃないのか?」

うつ伏せに絶命しているコースへ視線をおとしながらアクアは応じる。

「どうでしょうね。でもいいのですか?貴方達〈葬儀人〉の狙いは私に現実と箱庭との境界を区切らせる事だと思っていましたが」

「正確には〈岬朝日〉のだな」

「何を企んでいるのですか?」

「がははっ人聞きの悪い」

「……」

「遮断よりも先に成せねばならない事がある」

大間(おおま)荘一郎(そういちろう)を止めることですか」

「ご名答。それじゃあ一緒に〈レギオン〉の結末を見届けに行こうじゃないか」


〈メンデルハープの樹皮城〉より、コース。アーク。ティアメルの姿が消失した頃。

ケイ砦側の戦況は新たな局面を迎えていた。


「ブラムはまだかっ!?」

次々と大地に倒れていく騎士達を視界に収めながら、スメラギは叫んだ。

宝星具〈閃光(レイ)〉を片手に善戦しているスメラギだが、マオが先導する魔術師(エレメント)達には依然として刃が届かずにいた。

魔術師陣営までの行程を阻む近接職主体のPTの数々。

彼等は皆、それなりのネットゲーム経験者であり誰一人として軽んじることが出来ない。

「スメラギ隊長っ!!」

側近の呼び掛けによって、自らに迫っていた槍の矛先を察知し寸でかわす。

閃光(レイ)〉による分裂した剣先で相手の槍闘士(ランサー)へ反撃するが、その先端が妖術師(ソーサラー)による結界によって弾かれる。

続け様に拳闘士(ファイター)が襲いかかる。

手首に打撃を受け怯むスメラギ。

更なる追撃を浴びせ様と距離を詰める拳闘士の青年。

決闘にて隊長格を打倒しようとしているユーウェイン砦のダンテ達と違い、ケイ砦側の反乱軍は全力でスメラギを倒そうとしている。

焦りすら感じられる彼等の怒涛の攻撃を受け、スメラギもまた冷静な判断も挟めず焦燥を抱かされていた。

かろうじて戦場は均衡を保っている。

しかし、彼等〈黎明の騎士団〉を窮地へ追い込むは……たった一人の少女だった。


━━大丈夫、私だってやれる。


傷付き合う人々を遠目に見つめ、リリアはより一層、鞭を握る指に力を込めた。

傍らにはソウイチロウが立っており、彼は無言でリリアを見守っている。

魔術師陣営よりも更に奥、本陣に控えていたリリアが意を決して前へ進み出る。

長引けば長引くほど仲間達が倒れていく。

その惨状をただ眺めていたって誰も解決してはくれないんだ。

「だったら、私が」

そうだよ、君がやるんだ。と呟くソウイチロウ。

しかし、その声はリリアの耳元まで届いてはいなかった。

軽やかに爪先でステップを踏み、優雅に鞭をなびかせ、くるりと腕を伸ばしたまま回る。

そう、予備動作にさえ入ってしまえば、後は自然と踊り出す。

━━〈追走のワルツ〉

〈鼓舞〉スキルが他の補助系統と異なる点として特筆すべきはPT外への影響だ。

その範囲も然る事ながら、PTを組んでいない他のプレイヤーにまで効果を発揮できるのは初期職で語れば鼓舞士(ダンサー)に限られる。

決して無秩序という訳でもなく、PT外への影響は切替オンオフ可能でもある。

自身の戦闘力はあまり誇れるものでもないが、周囲への影響力、又は戦況のコントロールの面において鼓舞士(ダンサー)は抜きん出て優秀だ。

〈追走のワルツ〉は範囲内の魔術系統スキルに追加判定を付随する〈鼓舞〉スキルだった。

つまり、〈火炎球(ファイヤーボール)〉ならば、通常3球であるものを5球へ。

落石流(ロックフォール)〉であれば通常8個であるものが12個へ。

と、およそ1.5倍の補正を受ける。

ほとんどが高威力で知られる単発式であれば、二発に増える……単純に威力が二倍なのだと認識しても差し支えないだろう。

詠唱に休息期間(インターバル)と息継ぎを多く必要とする後衛職にとって、一回一回の魔術はとても貴重だ。

そのチャンスを後押しする〈追走のワルツ〉は戦局を傾ける後一手としては充分過ぎた。

局面の変化は〈レギオン〉初見のリリアにも感じ取れる程、明確に生まれていた。

そして彼女はその傾きが誰による結果なのか自覚できていた。

現実の世界ではなんとなく見つめているだけだった。

液晶画面の向こうで眩しく映るアイドルやプロのスポーツ選手。

彼等を眺めながら、ぼんやりと考えていた。

私もあの人達も年齢はそんなに変わらないのに、どうしてこんなにも違うんだろう?と。

「私、……負けてない!!」

無意識に湧き上がる独自。

先程までの緊迫した面持ちも崩れ、今は微笑すら浮かべられる。

戦場で優雅に舞い踊る少女が嬉々とした声を響かせている。

その様を遠目にソウイチロウは目を細めた。

「さぁ、そろそろおいでよ」

まるでソウイチロウの独り言を待っていたと言わんばかりに……それは突然━━現れた。


〈黎明の騎士団〉と〈クシャティケルの灯〉。


お互いに後一手……戦局を左右する奥の手を隠していたとしたなら。

〈レギオン〉の勝敗は果たしてどちらへ傾くのだろうか。


「なに、あれ……」

魔術の荒波を塞き止める浮遊剣に最も早く気付いたのはマオだった。

蒼い粒子を撒き散らし、虚空を踊る剣群。

柄の削られた浮遊剣は各々が自らの意思で宙を舞い、魔術を斬り裂いては蒼い粒子を散漫と残していく。

魔術を斬る。というスキルは確かに存在している。

しかしながら、その規模は〈New Age〉なるネットゲームを周囲より熟知しているマオをも唖然とさせてしまう程に常軌を逸していた。

魔術師陣営の循環をも凌駕する浮遊剣による軋轢。


━━仕様外の能力を携えし葬儀人フィズが、〈クシャティケルの灯〉を殲滅していく。


「そんな……」

〈鼓舞〉の動作を止めずに、リリアが絶望を吐く。

「ふふっ」

彼女の傍らに立っていたソウイチロウが背中に結んでいた吸血剣〈宵闇の串刺公(ツェペシュ)〉を構える。


「ソウイチロウ。〈岬朝日〉に代わって、俺がお前を止めよう」

スメラギ達の頭上に浮遊している葬儀人フィズは淡白に告げた。




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