遠景「黎明の騎士団」⑥
反乱軍〈クシャティケルの灯〉によるケイ砦、ユーウェイン砦の攻略は、ほぼ同時に始まっていた。
それはネットゲーム〈New Age〉としての伝達系統による賜物だった。
ソウイチロウは距離に関係なく、ほぼリアルタイムでの伝達を可能にするネットゲームの側面を最大限活用し、両砦の状況を随時把握している。
彼は前以って信頼の置ける数人を抜粋し、それぞれに友達登録させ少人数による通信網を完成させていた。
対するウェルズニール国王フロウウェン直属軍〈黎明の騎士団〉は、指揮するのが小人であるが故、その利便性にまで辿り着けていなかった。
「放てぇ!!!」
防衛側である〈黎明の騎士団〉。
ケイ砦壁上に並ぶ弓兵達へ隊長らしき男性が叫んだ。
その怒号が響くや否や、風切り音を伴う矢が雨となって一斉に、突撃してきていた反乱軍の頭上へ降り注ぐ。
移人……ネットゲームとしての〈New Age〉プレイヤーである弓闘士の矢はその中でも一際目立っていた。
大地へ突き刺さると同時に周囲へ雷光を奔らせる矢があれば、宙にて紅蓮の炎を纏い、不死鳥の如く襲いかかる矢も見受けられる。
対する〈クシャティケルの灯〉は先陣を切る各PTへ一人ずつ妖術師を配置、固有スキルである遮断系統の結界魔術で被害を抑えていた。
実際の攻防戦とは異なり、ゲーム世界としての〈New Age〉上の戦況は目まぐるしく変化していく。
初めの均衡も虚しく……ひしひしと迫る反乱軍を壁上より見咎め、スメラギは隣に立つブラムへ呼び掛けた。
「ブラム、このままではよくない。私が行こう」
返事を待たずして踵を返すスメラギを、ブラムは追って止める。
「待てスメラギ、もう少し様子を見ていろ」
「しかし〈クシャティケルの灯〉はまだ魔術師陣営も温存している。静観していた所で、この劣勢は覆せない」
「あぁ、わかってる」
ならなぜ動かない?と目線で訴えかけるスメラギ。
「今じゃない……今じゃないんだ」
まるで暗示を掛けるかの様に、スメラギではなく自らに言い聞かせているブラム。
敗色の濃くなる戦線をじっと耐え忍ぶ二人を嘲笑うかの如く、やがて〈クシャティケルの灯〉は魔術師を投入。
マオ率いる魔術師の軍勢が彼等の陣営を蹂躙し出す。
騎士達が成す術もなく次々と地に伏していく中、唯一、対抗できると思わしき〈黎明の騎士団〉側後衛職の移人達もまた圧倒的戦力差の濁流に呆気なく呑まれていった。
「スイッチ!!」
とマオが叫ぶと同時に、自身が持ち得る魔術を吐き出し尽くした魔術師達が後退し、控えていた魔術師達が代わりに前へ乗り出す。
矢継ぎ早に繰り出される魔術の合奏。
炎の波が押し寄せ、氷の槍が降り注ぎ、岩の塊が挟み潰し、風の刃が切り裂き、水の鞭が振り払い、雷の球が爆ぜ飛ばし、光の線が伸び貫き、闇の沼が沈み呑む。
魔術師達の興奮は最高潮へ達し、その気迫が接近職の仲間にも伝染していく。
魔術師陣営が巨大な扇状に相手陣地を裂いていく様を尻目に、接近職のPTもまた砦門への距離を着実に詰めつつあった。
「これ以上は致命的になってしまう。すまないが、行かせて貰うよ」
ブラムの意図がまるで見えてこないスメラギは彼の返事を待たずして側近を従え砦門へ向かう。
今度はブラムも追いかけては来なかった。
既にケイ砦内部まで轟いている反乱軍の怒号。
まだ砦門の突破を許していないとはいえ、それも最早……時間の問題に思えた。
「いっくよー!!」
砦の門を正面に捉えたマオが意気揚々と声を張り上げた。
逆巻く紅蓮の鎚が宙に顕現し、〈黎明の騎士団〉側の陣地へ広大な影を落し込む。
「〈旧神鎚〉!!」
それはプレイヤーのLvが50で限界だった頃、魔術師炎魔術系列の頂点に君臨していた大規模魔術であり、全職中最強の火力と謳われるスキルの一つであった。
戦線より離れた陣中にて鞭を握り緊めたままマオの雄姿を見守るリリア。
その瞳に映り込む巨大な炎の鎚。
今にも振り下ろされようとしている炎鎚に彼女は少しだけだが躊躇いを覚えていた。
本当にこれでいいのだろうか?。と今更、そんな疑問がふつふつと沸き上がる。
━━私達〈クシャティケルの灯〉も、彼等〈黎明の騎士団〉も自分達が正しいと信じて戦っている。
もうこの世界はゲームじゃない。なら意識混濁性消失障害だとか、箱庭の小人だとか、そんな区切りなんてもしかしたら必要ないのかもしれない。
誰もが……死んでいい命なんてない筈なのに。
「誰もが理想郷の先駆者にはなれない」
突然、リリアの背後より彼女の止まりを諭す様にして彼の声が響いた。
「ソウイチロウ……さん」
「さぁ行こう、リリア。君の力が必要だ」
〈旧神鎚〉がケイ砦を守る壁門を打ち砕く。
瞬間、内部にて待機していたと思われる騎士達が弾きれんばかりの勢いで門の奥から飛び出してきた。
次々と戦線へ斬り込んでいく騎士たちの中にはスメラギの姿も紛れている。
「まさか、あんな子供が……」
〈旧神鎚〉の顕現者であるマオを戦場に望んだスメラギは小さく洩らした。
「やっと出てきたね、隊長さん」
と、マオもまたスメラギの姿を見止めて陽気に呟く。
遠巻きに双方の視線は交錯し、お互いに気配を感じ取っていた。
スメラギ率いる〈黎明の騎士団〉第二部隊の総介入により、戦況は再び膠着状態へ押し戻されてしまう。
お互いに後一手……戦局を傾けるのには何かが足りなかった。
「〈クシャティケルの灯〉……いや〈レギオン〉か。それも今日で終わりだ」
葬儀人フィズが数多の浮遊剣を背後に従え、いつの間にかブラムの隣に立っていた。
控えていた騎士達は見たことのないフィズの姿に少なからず動揺している。
「いつまで静観していればいい?」
ブラムの尖った物言い。
「〈大間荘一郎〉は……いや、この世界ではソウイチロウか。今に本性を見せるだろう」
葬儀人フィズの言葉を鵜呑みにしている訳では無かったが、ブラムはそれ以上の追及を避けた。
「あれは何よりも魔女を崇拝していて、この世界を生み出した水瓶の魔女を何よりも溺愛している」
「上界の諍いをこの世界に持ち込んでは欲しくないのだが……私はただ祖国を、ウェルズニールを守りたいだけだ」
「守りたい……か、悪くない。我々葬儀人も同じだ。この世界を守る為に〈岬朝日〉が生み出したのが葬儀人なのだからな」
一刻と変わる戦地を砦の上より見下ろしながら、ブラムは話の方向を変えた。
「中々受け入れられないものだな。自分達が創られた存在だとは」
「大した違いなどない。神か人か。その程度の問題だ」
「アークだったか?もう一人の葬儀人はどうした?」
「ユーウェイン砦へ向かわせた」
そうか。とだけブラムは返す。
無表情に淡々と語るフィズの心情がブラムには一向に見えてこなかった。
同刻、ユーウェイン砦の戦況は〈黎明の騎士団〉側に傾きつつあった。
自ら先陣を切って〈クシャティケルの灯〉と相対しているグレイもまた敏感に戦場の優勢を悟っていた。
懸念していた魔術師の構成も薄く、いよいよ持ってしてケイ砦に主力が偏っているという予測が確信として固まる。
「ブラム隊長とスメラギさんが心配だ」
ウェルズニールの文明を超えた宝星具である双銃を巧みに操り、立ち向かってくる相手を冷静に迎撃しながらグレイは熾烈を極めているであろうケイ砦側の仲間へ思いを馳せていた。
「グレイっ!!」
そんなグレイの意識を一瞬で戦場へ呼び戻したのは、メルティの只ならぬ叫び声であった。
背後の首筋にぞくりと殺気を感じたグレイは咄嗟に右手で握っていた黒鉄の拳銃〈歪曲の着弾〉の柄を首の付け根へ回す。
甲高い金属音が間近に響き、すぐさま左手に構えていたもう一対の銃〈無蔵の弾丸〉の銃口を背後に向け引鉄に掛けていた指先へ力を込めた。
短い発砲音が一度だけ鳴り、硝煙の臭いが鼻孔の奥を突く。
背後へ視線を巡らすと、移人特有の能力〈霧紛れ〉で姿を眩ませていたらしき少年の姿がじわりと浮かび上がっていた。
銃弾は頬をかすめただけらしく、少年は既に追撃へ移行していた。
太股目掛けて小型のナイフが弧を描く。
ざっと飛退いて刃先をかわすグレイ。
少年は追撃の手を緩めずナイフを次々と振るってくる。
双銃で受け流しつつ後退していくグレイは視界の隅に、大剣を構えて突撃してくる青年の姿を捉えていた。
「くま!!右に逸れろ!!」
青年は叫ぶや否や、幾つもの穴があいた不可解な刀身を見せる大剣をグレイ目掛けて豪快に振り上げた。
その剣筋が純白の光に阻まれる。
「メルティ様、助かりました」
指輪型宝星具、冠光剣〈ランスロット〉を顕現させしメルティが青年の剣を受け止めていた。
「グレイ、しっかりしてください」
「はい、すみません」
距離を取って睨み合う双方。
「あんたらが〈黎明の騎士団〉の隊長だろ?」
大剣を肩に掛けて青年が訊ねかける。
いつの間にか戦地に彼等を囲む輪が生まれていた。
「お前等手を出すなよ!!ここは正々堂々と打ち倒してボーナス狙って行こうぜ」
PTシステムによる取得分配と同様〈レギオン〉にも達成報酬は細かく条件付けが施されている。
その中に〈黎明の騎士団〉隊長格NPCとの決闘ボーナスがあり、同数での戦闘で討伐に成功した場合、反乱軍在籍者全員に特別報酬が配布されるのだ。
〈クシャティケルの灯〉側は失敗してもまた誰かが挑戦すればいいだけの話であり、反対に〈黎明の騎士団〉側の小人は騎士道精神が助力を拒み、プレイヤーは妨害行動を制限される。
意識混濁性消失障害なら例外となるが、その決闘を見守る〈黎明の騎士団〉陣営には残念ながら意識混濁性消失障害の姿は見当たらなかった。
「負けんなよっ!!ダンテ!!くま!!」と野次が飛び交っている中、改めて名乗り出したのはグレイだった。
「〈黎明の騎士団〉第三部隊隊長グレーニール・イプサ……グレイだ」
「〈黎明の騎士団〉団長側近キャメロット・ティ・フロウウェンです」
両者の名乗りを受けて、ダンテもまた不敵な面持ちで応じる。
「NPC相手に名乗るのも変だけどな、俺はダンテ。で、こいつがくまだ」
束の間の静寂が彼等を覆う。
やがて…その静けさを真っ先に破って轟いたのはグレイが抱く双銃だった。




