遠景「黎明の騎士団」⑤
━━ユーウェイン砦〈黎明の騎士団〉陣営。
その日、ユーウェイン砦、ケイ砦の両所は何度目かとなる〈レギオン〉の舞台に選ばれていた。
「思っていたよりも少ないですね」
ユーウェイン砦の壁上より、迫る反乱軍〈クシャティケルの灯〉の規模を望遠していたグレイ。
地平線を飲み込む軍勢の波は、予想していたよりも浅く見える。
「もしかして、ケイ砦の方に集中しているのでしょうか?」
隣に立つのは純銀の甲冑型宝星具━━洪片翼〈ガウェイン〉に身を包みしキャメロット・ティ・フロウウェンことメルティの姿。
ユーウェイン砦に布陣していた〈黎明の騎士団〉は団長であるベティリア・ティ・フロウウェンを筆頭に、愛娘のメルティと第三部隊隊長のグレイとが控えていた。
一方のケイ砦には第一、第二部隊をそれぞれ指揮するブラム、スメラギが反乱軍を迎撃しようと待ち構えている筈である。
「だとするとあっちが危ないですが、ブラム隊長とスメラギさんを信じるしかないですね」
淡々と状況を分析するグレイを横目に、メルティは前日、父であるコースから聞かされていた懸念を思い出していた。
「メルティ、明日から始まる戦いでは正面ばかりでなく……背後にも気を付けなさい」
「どういう意味ですか?」
「……」
押し黙ってしまう父の表情は珍しく険しい。
「わかりました。母様にもお伝えしますか?」
「いや、メルティ。お前の胸の内にだけ留めておいてくれ」
漠然としない父の不安に、メルティはそれ以上追及せず頷いて見せた。
「許してくれ……私は罪深い男だ。お前とベティを守りたくて、戦争に私情を挟んでしまった」
その言葉はコースが堪え切れずに吐いてしまった油断の一言であり、メルティには深く刻まれていた。
「メルティ様?」
グレイに呼び掛けられていた事に遅れて気付き、一瞬で意識が現実へ戻される。
「すみません、考え事をしていました」
「そうでしたか。何を心配しているのか俺にはわかりませんが……剣を握っている間だけはどうかお忘れください」
「はい。ありがとうございます」
「いえ、俺はなにも……そろそろ隊へ戻ります。俺が先陣をきらなければいけませんから」
不器用な言葉を残して、その場から去ろうと歩き出すグレイ。
「グレイっ!!」
メルティはグレイの背中へ呼び掛けた。
「どうかしましたか?」
何かを伝えたかった。
けれどそれはどんな形にも結び付かず、メルティはただ憂いの眼差しをグレイへ向ける。
メルティの心情を察してか、グレイはふっと微笑んだ。
「そのような表情をしないでください。帰ればティアメル様にも同じ表情をされるのですから……〈還日祭〉が始まったら、また皆で街中を歩きましょう」
「はい……グレイ、ご武運を」
「ありがとうございます」
メルティは遠ざかっていくグレイの姿をいつまでも……視界から消えるまで見つめていた。
━━ケイ砦〈クシャティケルの灯〉陣営。
反乱軍の陣地、後方に待機していたリリア。
緊張感によってか、もう随分と前から胸の高ぶりが続いていた。
限界だと思われる鼓動の加速は、それでも留まる事を知らず〈レギオン〉の訪れが近付くにつれ比例して息苦しさが増していく。
鞭を握る右手は何度も手汗を滲ませ、落ち着かず頻繁に腰元へ拭っていた。
結局、ダンテやくまの協力もむなしく〈鼓舞〉は一度も成功していない。
ユーウェイン砦へ向かっている筈の二人の姿が恋しく、考えれば考える程に寂しさが込み上がってくる。
初めこそ幻想的で可憐な容姿の所為か、リリアへ声を掛ける意識混濁性消失障害は多かったが、ソウイチロウやマオと並んで立つ姿が目撃されて以来、ぱたりとその類の接触は無くなった。
異性にあまり慣れていないリリアとしては感謝の意こそ大きいが、少しだけ心細くもあった。
「リリアっ!!」
不意に名を呼ばれ、リリアはその人物に救われた気持ちになる。
やっ!!と人懐っこい声を上げて駆け寄ってくるマオ。
〈レギオン〉前の緊張など一切感じさせないマオに対して、リリアは嬉しさを隠せていない声色で訊ね掛けた。
「マオ!!こんな所に来てていいの?」
魔術師陣営の指揮を任せられているマオは、気軽に決められた位置を離れられない筈である。
「大丈夫だよ、僕達は先陣の後続だからね。それよりも、リリアが心配だったから、様子を見に来たんだ」
「ありがとー!!」
極限の緊張感の中、顔見知りが傍に居てくれるだけでこんなにも心強いんだとリリアは改めて実感する。
「やっぱり怖い?」
「うん」
リリアは素直に頷いた。
意識混濁性消失障害の彼等はもし〈New Age〉の世界で死んだ場合、その後どうなってしまうのかまだ知らない。
けれど、死とは現実に置いても不明瞭な概念だ。
誰にもわからない。だからこそ不安であり、怖ろしいのである。
「今更だけど、本当に大丈夫?」
その問い掛けの重さは、前にソウイチロウが訊ねた時とは大きく変わっていた。
実際問題、リリアは一度も〈鼓舞士〉としての役割を発揮できていない。
黙したまま口を開かないリリアを見上げ、マオは猫耳を一度だけ揺らした。
「脅すつもりはないけど、これだけは覚えておいてね。僕達がそれぞれに与えられた役割を全力で成し遂げなきゃ、それだけ仲間がたくさん死ぬんだ」
リリアだって、その意味は理解しているつもりだった。
理解してるからこそ、リリアはマオの励ましに感謝を述べる。
「うん、本当にありがとね、マオ」
その返答を聞けて満足したのか、マオははじけるばかりの笑顔を見せた。
「それじゃ、また後でね!!」
ばいばいと手を振りながら走っていくマオを見据えながら、リリアは心の中で「しっかりしろよ、私」と呟く。
頬をばしばしっと両手の平で叩いて気合いを入れ直すリリア。
その表情からは先程までの迷いがすっかりと消えていた。
━━そして遂に〈レギオン〉の幕が切って落とされる。




