遠景「黎明の騎士団」②
元々、絵本芽望は軽度のネットゲーム依存症に陥っていた。
中毒とまでには至らないにしても、他のプレイヤー達と比べてみて過剰稼働者で在る事は間違いなく、日を跨いでPCの液晶と睨み合っては、昼間、授業中にぼんやりと頬杖を立ててしまう始末。
きっかけは高校受験も無事に乗り越え長い長い春休みへ突入し、晴耕雨読━━思いのままのんびりとした生活を満喫していた頃。
当時、テレビのCMで最も見かけたオンラインゲーム〈Chronicle Contact〉に興味を惹かれ……通称〈CC〉を遊び始めた事に起因する。
先進的であった〈CC〉の普及度、もしくは認知度は日本オンラインゲーム業界の一線を超えていた。
プレイヤーにはある一定の立方体でのみ構成された世界が与えられ、構成元である情報物質を自由に扱い、気ままな暮らしを満喫する。
個人個人の世界は界門によって繋がっており、プレイヤー達は好き勝手に行き交う事が許されていた。
無論、悪質な荒らし行為対策として界門には細かく条件を指定、規制する事が可能であったし、管理会社側から提供されるある程度の段階まで完成された共通世界も存在していた。
芽望は〈CC〉によって、インターネット上の交流に魅了され、続けて高校一年生の冬に遊び出したMMORPG〈竜の園 (ドラゴンズ・エデン)〉でネットゲームの虜となった。
そして、2011年。高校二年生の春を迎えた芽望は先立って公開された〈New Age〉β版に足を踏み入れていた。
〈New Age〉に興味を抱いた経緯は些細なもので、春休み明けの新学期が始まって間もない頃、隣の席に集まる男子達の会話を盗み聞きした事による。
高校生の人付合いというのは、ゆるく感じられる一方で会話の一字一句にまで気を遣わなければ上手に生きられない。
生死などという言葉を引き出せば大袈裟にも思われるが、日頃ゲームにてチープな死を何度も目にしてきた芽望の感覚としては、それ位が丁度良い。と落ち着くのである。
「ごめんね、中学の頃の友達と約束してたんだ」などと、放課後の誘いを断っては、真っ直ぐに帰宅してPCの前に陣取る。
そういった類の嘘は日常茶飯事であった。
唯一人、薄弱な彼女の人間関係の中にて、小学校からの縁もあり取り留めて仲が良かった青空星奈にだけは、自身が夢中になっているネットゲームについて端的に話し、それとなく誘いを掛けた記憶はある。
それは既にβ版を遊んでいる事を隠した上での打ち明けだった。
5月初頭。ゴールデンウィークに合わせて大規模アップデートが実装され〈New Age〉は正式にサービス開始となる。
サービス開始に伴って、試験的に搭載されたのが仮想軍属疑似戦争。
結果、一カ月を持って記録を残さず抹消される〈レギオン〉だったが、その一カ月は箱庭の小人にとっても、上界の移人……〈New Age〉のプレイヤー達にとっても深く心に銘記される紀行を辿る事となった。
絵本芽望は正式サービス開始直後に意識混濁性消失障害へ陥った。
後々、ソウイチロウよりその名称を聞き知る迄は、ただ漠然と理不尽な現象に言葉無く伏していたものだが、意識混濁性消失障害が珍しくもなく、想像以上に同じ境遇の人達が多かったというのも、また救いとなっていた。
鼓舞士。
絵本芽望が〈リリア〉として選んだ職が、鼓舞士だ。
鞭、鎌、扇子など、やや特殊な武器を得意(恩恵対象)とし〈New Age〉公式サイト上で閲覧できる初期職紹介動画でも華やかな振舞いを見せていた鼓舞士に憧れ、芽望は〈リリア〉を作成した。
自身を除く広範囲の仲間に一見風変りな補助を寄附でき、中距離広範囲を踊る様に立ち回る。厳密には接近職と後衛職の中間的な位置付けを見せる職だ。
意識混濁性消失障害に陥った当初。
人前、或いは敵前で踊り出す事に躊躇いを覚えていた。武器も彼女の場合は鞭を扱っていたのだが、予備動作によって流麗始動するスキルだけが頼りであり、一般に通常攻撃と呼ばれる基本的な動作はからっきし、仲間達からして目も当てられない惨状だった。
仲間に助けられ上昇していくLvに比例せず、中途半端な動きを繰り返す日々。
焦ってがむしゃらに鍛錬を続けるリリアを見兼ねたのか「まぁ、ゲームなんて程々が一番だからな、そう気負いすんなよ」と励ましてくれたのは、大剣士の青年〈ダンテ〉だった。
GW中にはナノケリア領土南東の〈ポポローン回山〉に纏わるクエストを達成し、〈星屑の壁〉下の星道を抜けて実装されたばかりの隣国ウェルズニールへ入国したリリア。
領土へ踏み込んだ瞬間〈レギオン〉の説明がされ、続けて国王軍、反乱軍どちらに所属するかの選択が迫られた。
リリアは予め反乱軍へ向かう決意を固めていたので、ダンテに相談する暇もなく、一方的にそちらを選ぶ。
PTを組んで隣に立っていたダンテも「反乱軍か……なんかそっちの方が劣勢っぽいし。そういう状況を覆すのは楽しそうだな」と不敵に話し、彼女と同じ反乱軍〈クシャティケルの灯〉を選択した。
意識混濁性消失障害ではないダンテは純粋に〈レギオン〉へ胸を焦がしており、一刻も早く噂の疑似戦争へ参戦したいと意気込んでいた。
一方のリリアは、魔物との戦闘を軸に置いていたナノケリアが恋しく……ウェルズニールへ進む事を既に後悔していた。
恐怖を抑えながら、それでもウェルズニールへ入国したのには理由がある。
反乱軍には象徴的な国王や騎士団が存在せず、砕けて言えば、全てがプレイヤーに一任されていた。
国王軍が国から示されるある程度の方向性に従わなければならないのに対して、反乱軍は自分達で目標を立てて、相談し、達成を目指す。
報酬の面でも違いは生まれ、国王軍は個々の戦果に依存するが、反乱軍は集団としての成果に応じて配布される。
国王軍と反乱軍は、個人主義と集団主義を戦闘と報酬で対にさせる分別形を成していた。
そして、プレイヤーでのみ構成されし〈レギオン〉体系を形容する反乱軍にて、意識混濁性消失障害を先導していたのがソウイチロウだったのだ。
隣国ナノケリアまで届く彼の名は、意識混濁性消失障害の大部分を反乱軍へ偏らせていた。
━━ガラハド砦。
インドアな彼女の生活ぶりに反して、身長は平均より高めだった。すらりと伸びた手足となだらかな起伏、薄く綺麗な柔肌が大人びた印象と若々しさを併用して見せている。
純銀色の長髪は耳上より結ばれ、左右それぞれ長さの異なる束となって浅風になびいている。
光を吸い込んで淡く灯す紅の瞳は幻想めいており、鼓舞士専用の軽やかな衣装と相まって魅力溢れる女性像を描いていた。
〈モルベニカの洞窟〉で発生する討伐クエ達成後に配布されしヴィオ水晶を贅沢に散りばめた鞭は、無銘武器でありながらも強化を繰り返す事により現在までリリアの性能に追い付いている。
ガラハド砦まで辿り着くリリアとダンテ。
想像していたよりも活気ある砦内の辺りへ焦点を彷徨わせ、立ち尽くすリリア。
〈無私の虚人〉なるNPCと〈上界の移人〉なるプレイヤー達の中に紛れて垣間見える意識混濁性消失障害の姿。
「高い、もうちょっと安くして」
なんとなく喧噪の中から選んで盗み聞きしていたプレイヤー同士の会話。
「いやいや、滅多にドロップしないんですぜ?これで作成できる装飾品〈順獅の尾紐〉は接近職のあんたらに人気あるしなぁ」
「安くして」
「強気になったって駄目なものは駄目ですって」
どうやら魔物を倒した際に入手できる稀少な素材を挟んで交渉しているらしい。
鉄棒と革布による簡易的な屋台の奥に座る男性と向かい合って、黒髪の少年が淡々と懇願していた。
「わかった、なら……これでどう?」
と、少年が何やら懐から取り出している。
「おぉ〈妖精の粉塵〉ですか。しかしなぁ、うーむ」
歯切れ歩く、顎髭を撫でる男性。
リリアの視線に気付いたのか、ダンテが交渉してる二人の間へ強引に割って入っていく。
「ほら、これで満足だろ?」
ダンテはガラハド砦への道中に倒してきた魔物達より稼いだ金銭をまるごと放り出した。
「ちょ、ダンテ!?」
「いいんだよ」
突然の闖入者に呆然と言葉を失っていた二人だったが、やがて、唸るような息を吐いて男性が口を開いた。
「ふむ、これなら文句もない。交渉成立ですな」
「ほい、解決っと」
颯爽と去っていくダンテの背中を、リリアが慌てて追っていく。
「ねぇ、よかったの?」
「いいじゃねーか、どうせお前の付き合いでまた魔物狩りに行くんだし」
「そうかもしれないけどさー」
どこか納得のいかないリリアと比べて、陽気に鼻唄さえ始めそうなダンテの緩んだ横顔。
一般プレイヤーである筈のダンテが、現実世界側……PCの前で鼻唄を始めた所で、それが〈New Age〉側のリリアに届く事は無いだろうが、彼女には脳内で音声再生されるチャット同様、鼻唄なんかも響いてくるのではないかと僅かに期待してしまった。
「待って!!」
背後より短く呼び止められ、反射的に立ち止まる二人。
振り返ってみると、先程の少年が鋭くこちらを睨みつけていた。
「別に礼なんかいらねーぞ」
「……ありがと」
「どういたまして」
どういたしまして。でしょ、とキーボードの打ち間違いなのか、故意なのかわからないダンテへ内心、呼び掛ける。
会話が途絶え、ぴたっと沈黙が流れる。
「あ、よかったら友達申請してもいい?」
少年がこくりと頷く。
申請の承認を告げるアナウンスが脳内に響いた。
「私は鼓舞士のリリア。よろしくね」
「隠密士のくまです。よろしく」
「くま。か、可愛い名前だな……俺は大剣士のダンテだ。よろしくな」
リリアにはくまの声色が〈New Age〉の容姿と違って、同じ年頃か、それ以下の女性らしく聞こえていた。
もしかして、現実のくまは女の子なのかな。とやたら愛らしい妄想が浮かび、無意識に惚けてしまう。
PTも組み、お互いのステータスを確認しているのであろうダンテ、くまを無言で見守るリリア。
省かれた一時の中で、彼女は前方の広場よりこちらへ真っ直ぐ歩いてくる青年に気付いた。
特筆すべき目立つ箇所も見当たらない……現実でもよく見かけるような平凡な出で立ちの青年。
気のせいかな?と、視線を逸らしかけた刹那。
確かに青年はこちらに向けて微笑んでいた。
「やぁ、君もこの世界に取り込まれた一人だろ?」
歩み寄りながら彼は続けていく。
「僕はソウイチロウ。君は?」
世界の境界で歪曲し、ダンテとくまには決して届かない青年の声。
不意なる来訪者の正体は、リリアが反乱軍を選んだ理由となる人物。
始祖たる吸血剣〈宵闇の串刺公〉の所有者ソウイチロウだった。




