遠景「黎明の騎士団」①
ネットゲーム〈New Age〉のβ版当時、行動範囲はNanokeriaの領土内に限定されていた。
そして、公式サービスの開始に伴った大幅アップデートにより、次なる国、WelzNeilがプレイヤーに解放されたのだ。
その際、半ば試験的に搭載された特殊な戦闘システムがあった。
仮想軍属疑似戦争と名付けられていた大人数参加型戦闘。
百人単位での戦闘を想定し実装された略称━━〈レギオン〉は、結局の所、管理会社の想定以上にサーバー負荷が大きく、動作も安定しなかった為か僅か一カ月でその形を失った。
その一カ月の間、WelzNeilへ入国したプレイヤー達には共通して選択権が与えられていた。
国王軍か反乱軍か。そのどちらかに属する権利。
まだ限界Lvが50の線上で止まっていて、公式PvP (プレイヤー同士の公式戦)の権化である闘技場や、高難易度を誇る未開領域探索が実装されていなかった頃。
プレイヤーのほとんどが疑似戦争の魅力にとり憑かれていた。
過去のシステムの名残上、今もウェルズニール領土内には多くの砦が現存しているのだ。
限りある領土を奪い合い、仮初の命を削り合う。
箱庭の小人であるNew Ageの住人にとって、その反乱は正しく意図不明の災厄の様な印象だった。
それもそうだろう。
疑似戦争は上界の移人であるプレイヤー達を満足させる為に実装された……意図して焚き付けられた反乱だったのだから。
根本的に娯楽でしかなかったのである。
無論、感情移入を促す為の背景設定も存在していた。
ただし、所詮はプレイヤーの立場で説明された簡易的なものでしかない。
要は小人側からすると理に適っていない。もしくは辻褄が合っていなかった。
また国王軍と反乱軍には、それぞれ異なる特色が目立っており差別化が図られていた。
頂点に象徴として王や姫を冠す国王軍。彼等には守るべき存在が明白に提示されており、騎士道に沿った誇りある戦い方が求められる。
一方の反乱軍には固定された砦が設けられておらず、撹乱や陽動などの遊撃戦を得意としていた。
とは言っても、砦の奪還戦や防衛戦となれば、そこはやはり文字通りの疑似戦争が展開される。
双方、大人数構成による戦いの幕開けとなっていた。
〈レギオン〉が搭載されていた僅かな期間。
反乱軍である〈クシャティケルの灯〉を先導せし代表の一人がソウイチロウだった。
ネットゲーム〈New Age〉のβ版開始よりも以前に、意識混濁性消失障害になり世界を放浪していた青年。
いつしか彼はその世界の事が好きになり、そして、データの集合体でしかない一人の女性に恋をしてしまった。
製作者側から受けた命を棄て……皮肉な事だが。〈クシャティケルの灯〉を率い世界に対して反旗を翻したのである。
また宝星具〈宵闇の串刺公〉を所有していたソウイチロウは、人の生死を操りし歪みとして葬儀人の目にも止まっていた。
詰る所、彼は製作側と葬儀人側とを同時に敵に回していたのだ。
この時点で述べておきたいのは、創造者と製作者は異なる……別格である事と、Webデザイナーやシステムエンジニア、サウンドクリエイターなどの下請けを除く根っことなる製作陣は極めて少数精鋭によって成されていた事である。
約半年前、意識混濁性消失障害の異常と対面した原初(書)の魔女〈ルミエルド・ワイズ・エンド〉は、New Ageの仕組みについて現代魔術、または科学魔術と言い換えていた。
それは遠からず核心に触れていたのだ。
━━其れはまだ白黒が〈グレイ〉として〈黎明の騎士団〉に在籍していた頃の日々。
幻想剣〈系譜〉の所有者、黒髪のブラム。
幻想剣〈円卓〉の所有者、金髪のスメラギ。
幻想剣〈肖像〉の所有者、白髪のグレイ。
三本の幻想剣をそれぞれに掲げ、国へ忠誠を誓いし〈黎明の騎士団〉歴代最強と名高い三人。
彼等はネットゲーム〈New Age〉にてもNPCの象徴として、プレイヤー側から注目を浴びていた。
当時の国王コース・ティ・フロウウェンの元、三人は〈黎明の騎士団〉を率い、反乱軍〈クシャティケルの灯〉と幾度も刃を交えていた。
〈メンデルハープの樹皮城〉高所から突き出し庭園。
霞みかかった街並を眼下に収め佇むグレイ。
頭上には大樹〈メイニール〉から伸びた枝葉が層を成し、茫々と生い茂っている。
「グレイっ!!」
聞き親しみのある少女の声を受けて、グレイはゆっくりと背後を振り返った。
立ち並ぶ少女は共通して鮮やかな金色の髪をなびかせており、遠目にも色素がはっきりと識別出来る程に透き通った宝石の様な碧眼をグレイへ向けている。
「ティアメル様、メルティ様……俺に何か用でしたか?」
その頃のグレイはまだ両眼が視えていた。
「用が無ければ会いに来ちゃ駄目なの?」
「いえ、そのようなことは……」
「もう、グレイは〈黎明の騎士団〉を任されてから態度が固くなったわ」
ぷい、と不服そうに頬を膨らませるティアメル。
「ティアメル、グレイだって頑張ってるんだから、そんな事言ったら駄目ですよ」
と、ティアメルをなだめるメルティ。
妹に該当する所のティアメルへ丁寧に呼び掛けるメルティ。彼女にもまた〈黎明の騎士団〉に在籍してから言葉遣いに変化が見られていた。
彼が騎士となる以前から繋がりのあった姫達。境遇が移り変わっても、幼少時と変わらずに接してくれる二人がグレイにはとても温かかった。
「ベイリン砦が陥落したと聞きました」
「えぇ、彼等〈クシャティケルの灯〉には魔術を駆使する者が多く、正直、電撃戦にて後手に回ってしまっているのが現状です」
〈黎明の騎士団〉にも上界の移人は紛れているのだが、趣向性による違いか、接近職が大半を占めていた。
実際は〈レギオン〉による報酬の違いが、編成に偏りを生じさせているのだが、箱庭の小人であるグレイ達には認識できない次元の話だ。
他のネットゲームにも共通して言えることだろうが、多職実装による個性化とは、つまりそれぞれに得意、不得意となる分野が生まれ、職事に基本となる立ち回りが求められる。
例えば接近職である槍闘士や拳闘士には、最前線にて相手の標的を我が身へ集める一般的な壁役としてのスキル構成が揃っている。
片や大剣士、斧闘士、刀剣士などは、相手や状況を指定、或いは限定して火力を増幅させるスキル系統が豊富に用意されており、効率面では魔術師に劣るも圧倒的な瞬間火力を叩き出す可能性を秘めていた。
また後衛職ならば、戦闘面にて非常に重要となる回復役。
文字通りの詩術師を筆頭に、付術師、召喚師、鼓舞士などが続く。
やや例外となるが、妖術師にも被撃軽減効果を発揮し、結果的に仲間の生存力を高める援助スキルが搭載されている。
厳密にはそれら職毎の役割とは一例であり、スキルの取得ルートによっては必ずしも固定されるものではない。
斬刀士や使役師などは特に枝分かれが顕著であるし、特異職は浸透も薄く、初期職に比べて更に立ち位置が偏執的だ。
それでもスキル選択の自由さが、そのまま戦闘にて好き勝手出来る類の自由さと結び付く事は無く、突き詰めていけば必ず職ごとに長所と短所が浮上する。
だからこそのPT編成であり、だからこその他者との意思疎通を介す〈ネットゲーム〉なのだ。
しかし〈New Age〉にはその絶対的な理を無視する稀少具〈宝星具〉の存在があった。
前向きに受け取れば、限界や縛りを脱する為の手段であり、後ろ向きに捉えれば、それはただの戦闘均衡崩壊の要因にしかならない。
だがそれもまた、上界の移人側から……New Ageをネットゲームとした場合の見解であり、箱庭の小人側、New Ageを一世界として認めた場合、宝星具の価値は一変する。
グレイが懐に忍ばせている双銃。
白銀の短銃〈無蔵の弾丸〉と黒鉄の拳銃〈歪曲の着弾〉。
彼は二対の宝星具を所有していた。
グレイだけでなく、ブラムやスメラギ、メルティでさえも宝星具を宿しており、彼等は幾度もの戦線を宝星具と共に乗り越えてきていた。
「魔術ですか……」
殲滅の面において他職の追随を許さない魔術師。
〈レギオン〉実装当時、その需要の高さと相まって、魔術師の人気は群を抜いていた。
一国の姫としての立場もあり、最前線に立つ機会の少なかったメルティは魔術を目の当たりにした経験がほとんど無い。
「はい、魔術師の存在をどう打破すべきかが、目下、騎士達の論点となっています」
「〈黎明の騎士団〉にも魔術師はいるのでしょ?対抗できないの?」
〈メンデルハープの樹皮城〉に匿われ、戦争を一度も遠望した経験の無いティアメルが単純な疑問を投げ掛けた。
「残念ながら、魔術師の総数が違い過ぎる為、前線にて立ち回れる程の循環力が無いのです」
「循環力?」
ティアメルの無知なる質問に対し、丁寧な説明を始めるグレイ。
「魔術は詠唱時間と、再び唱えるまでの待機時間とが魔術自体の発動よりも長く求められます。結果、魔術による戦線維持には限度があります。彼等〈クシャティケルの灯〉はその隙を、豊富な魔術師による戦線交替で保っています。俺達にはそれほどの魔術師が揃っておりません。それに、その役割を自覚している魔術師も決して多くはありません」
まだネットゲーム〈New Age〉が実装されて一カ月にも満たない期間。
初めて間もないプレイヤーは多く戦闘の経験が浅く、立ち回りの未熟さが、グレイには彼等の動きから明白に見つけられた。
一方の〈クシャティケルの灯〉は経験不足を統率された実戦で補っている。
そもそも実戦として活用できる程の戦力を有さない〈黎明の騎士団〉側の魔術師陣営は、結果的に個人個人が思いのままに戦うスタイルを強要せざる得なかった。
「僻地戦を得意とする〈クシャティケルの灯〉に総力戦でも後れを取るというのは皮肉なものだね」
不意に、ティアメル、メルティ両者の背後から姿を表したのは、第二部隊を指揮する金髪オッドアイの青年……スメラギだった。
「スメラギさん。団長は何か言ってましたか?」
後々ブラムが兼任する事となる〈黎明の騎士団〉団長。当時は現国王コース・ティ・フロウウェンが妻ベティリア・ティ・フロウウェンが背負っていた。
女性でありながら非凡な戦術眼、武芸を備えていたベティリア。
スメラギもグレイも彼女の事を一人の騎士として純粋に尊敬、信頼していた。
「ベイリン砦の奪還は諦めるそうだよ」
「何か意図があるのでしょうか?」
「さぁ、どうやら王の意思みたいだけど、ブラムは不服そうだった」
「ブラム隊長は一刻も早く奴隷の解放へ赴きたいのでしょう」
グレイはブラムの心情を推測し、そう言い洩らした。
奪われた砦には常駐していた騎士と、彼等の家族が住んでいる。
〈クシャティケルの灯〉に制圧された砦は、騎士の家族が奴隷として扱われるのだと噂されていた。
現在、向こうの手に渡っている砦は領土東のパーシバル砦、南東のガラハド砦、ボールス砦、そして、今回奪われた南のベイリン砦の計四ヶ所。
〈クシャティケルの灯〉本陣は最南東のガラハド砦に布かれている。
「明日には〈黎明の騎士団〉の二隊を東の〈ケイ砦〉と南の〈ユーウェイン砦〉へ布陣させる為の編成談議の場を開くと仰っていた」
「グレイ、メルティ……また戦いに行くの?」
不安げなティアメルの眼差し。
「ティアメル様、大丈夫ですよ。俺達は負けません」
メルティもまた微笑んで返す。
「そろそろ〈還日祭〉も近いですし、それまでには必ず帰ります」
穏やかな一時も束の間。彼等が離れ離れとなる日はそう遠くはなかった。




