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New Age  変革編  作者: えんじゅ
第二部 「水瓶座の時代 Age of aquarius」
22/79

小人が見た夢「白」


昔の夢を見た。まだ俺も、彼女も、幼かった。


グレーニール・イプサ。

その少年は無口で表情に乏しく、子供相応の可愛らしさとは無縁な、どこか冷めた表情をいつも浮かべていた。


父の家系は代々、使用人としてメンデルハープの樹皮城に住込みで雇われてきたのだと、昔、父は話していた。

父は数十年もの間、王たるフロウウェン家に仕えてきたものだから、使用人としての働きぶりも慣れたもので、ある種、芸の域にまで達しつつあるのではないかと思う。

イプサなる姓も、ウェルズニールを統治する現国王コース・ティ・フロウウェンが父の仕事に対する卓越した姿勢に、敬意を表して授けてくださったものらしい。

それまでは父がどう名乗っていたのか、俺はよく知らない。

そして、母についても、実はあまり記憶にない。

父はあまりその事情について俺に聞かせたくないらしく、会話の矛先が母について向きそうになるのに勘付くと、いつも言尻を濁して、話題を逸らした。

俺も無理に父の口を割らせたくはなかったから、いつしか、俺の方からわざと矛を手放す癖がついた。

コース・ティ・フロウウェンが王座するまで、使用人の人権。というものは酷く(ないがし)ろにされてきたらしい。

昔の使用人達は子孫を残す過程と結果とが、逆転していたのだと聞く。

愛情の末に子が生まれるのではなく、誕生の末に子を愛するのだ。

使用人としての血筋を絶やさない為、半ば強制的に子孫を残さなければならなかった。

だから、俺は。自分を生んだ母親がどんな姿をしているのか、一度も目にした事はないし、父が俺を大切にしてくれていると分かれば、それで充分だった。

前代に比べて、コース王はかなり奇特な人物だと、城内でもよく噂されていた。

それは侮蔑や悲観などの類とは違う、尊敬や希望などの響きを伴っていた。

いつもは寡黙な父も、コース王について語る時は、珍しく饒舌になった。

ただ、いくらコース王がそれまでの風習の払拭に身を削ったところで、幾星霜もの間、塗り固められた塊を砕く事は容易ではなかった。


「おい……」

と、突然、低く威圧的な声色が俺の耳元で囁かれた。

メンデルハープの樹皮城は大樹メイニールを包む様にして建造されている。

メイニールの変わった生態により、常に薄い霧を纏う樹皮城。

城内にまでメイニールの(つた)が伸び、枝葉が張り巡らされている。

その内観は自然との調和による神秘性が覗け、とても美しい。

ただ、使用人である俺にとって、メイニールが城内に落とす枯葉などは、余計な手間暇であり、悪印象の方が遥かに強かった。

樹皮城の騎士宮にて、黙々と枯れ落ちた葉を掻き集めていた俺に対して、声の主はもう一度、今度は後頭部を乱暴に叩きながら声を荒げた。

「お前だよ、お前。あのなぁ、後ろ見てみろって。まだ落ち葉残ってんだろ?誰も見てねーと思って、手抜いてんじゃねぇよ」

振り返ると、頭髪が短く、眉の濃い男性が俺を見下ろしていた。

服装から判断するに〈黎明の騎士団〉所属の騎士だろう。

鍛えぬかれた筋肉質な体格で俺の視界をふさぎ、脅す騎士。

「おい、反省してんのか?黙ってないで何か言えよ。俺は子供だからって甘やかすつもりはねーぞ」

こちとらお前ぐらいの年の頃から戦線に立って命賭けてきてんだ。と誇る様に、或いは脅す様に付け加えてくる。

「申し訳ございません。すぐにやり直します」

俺も使用人として働いてもう数年単位になる。

自らの仕事ぶりについて、それなりの評価も下せる。

背後を見れば、確かに掃除した筈の通路に落ち葉が散っていた。

ただ、その乱暴で見逃しようのない散らかり方ですぐに察する。

たぶん、目の前に立つ男は、俺をなぶりたくて、意図的に葉をむしり取ったのだろう。

こういった悪意の的にされる事は珍しくなかった。

既に反論する無意味さを悟っていた俺は、素直に、深く頭を下げていた。

そそくさと彼の脇を通り、来た道を戻ろうとする。

そんな俺の肩を握り潰す勢いで、彼は引き止めた。

「おい、待てよ。窓の外、見てみろ」

城内にはメイニールの(つた)のはけ口として、幾つもの穴が壁際に設けられている。

窓の外はうっすらと霧に包まれており、四季の節目を感じさせる寒風が吹き荒れていた。

「あそこの枝の上、ほら、陶器が割れて破片が散らばってるだろ?あれ、風で飛ばされてきたら危ないよな?お前、全部、拾ってこいよ」

彼の指さす方を、つま先立ちになって覗くと、図太い幹の上に真っ白い欠片が散らばっていた。

深い皺を刻む樹幹、その隙間へ、まるで棘の如く突き刺さっている破片もあった。

余程、力強く衝突したのだろう。それこそ人為的なまでに。

「はい。すぐに、片づけて参ります」

俺はただ頷く。

「樹から落ちないように気をつけろよ。落ちたら死ぬだろうしなー」

窓をよじ登る俺に向かって、騎士は吐き捨て、そして満足したのか。何事も無かったかのように、のんびりとした足取りで、その場を去っていった。


大樹メイニールを絶えず吹き抜ける横風が、容赦なく体温を奪っていく。

ごつごつと不安定な足場、痩せ細った体を煽る風の圧。

凍てつく寒さで指先はかじかみ、頬はつっぱり、歯はがたがたと小刻みに震えていた。

衣服の裾をへそ付近までまくり、その膨らみへ拾い集めた破片をまとめていた。

また一つ。

屈んで陶器の欠片を拾う。

吐く息が白く、霧に紛れていく。

腰を上げた瞬間、一際凄まじい突風が背中を押し、足元がよろめいた。

「……あっ」

宙へ身が投げ出されない様にと、咄嗟に両腕を使って体勢を整えようとしてしまう。

集めた破片が解き放たれ、突風で辺りに散らばっていく。

どうして、こうなるのだろう。

途方もない悲観に暮れる。

かつて、コース王は謳ったらしい。

人は生まれる地を選べないが、生きる道は選べると。

そんなものは夢想でしかない。

俺達は生まれた時にもう運命づけられているのだ。

使用人として、理不尽に耐え続ける道が、俺には科せられている。

個人の意志でどうにかできる問題じゃない。

もし、この国が継ぐ体裁(システム)が気に入らないのなら、国を去るか……或いは、一度、国を真っ白に。跡形もなく滅ぼすしかないんじゃないか。

幼かった俺にはそれぐらししか思いつかず、幼かった俺は、そのどちらもが実現不可能だと諦めていた。

「あーっ!!やっぱり人がいるよー!!お父様っ!!」

突然、無垢な……幼い声が響いた。

「き、きみ!!そんな所で何をしているんだ!?」

声の方へ視線を移してみると、騎士とは異なる衣装に身を包んだ男性が、少女を肩車しており、壁を隔てて、こちらへ目を見張っていた。

「お父様、降ろしてっ!!」

「ティアメル!?やっ、やめないかっ!!早くこっちに戻りなさいっ!!」

驚くことに少女は、強引に窓へ飛び込むと、そのまま外へ……俺の方へ向かってきた。

ティアメル……?

この国に生きるものなら知らない人はいない。そう言い切ってしまって過言ではない程に知れた名だった。

アメル・ティ・フロウウェン。

その少女は、王たる血筋を宿す……言わば、お姫様だった。

「ティアメル様!!こちらは危ないですから、どうかお戻りください!!」

たぶん、その時の俺はかつてない程に取り乱していただろう。

それもそうだ。

一国の姫を死なせたとなれば、その責任は到底、俺一人の身で償いきれるものではない。

きっと父までもが罪に問われるだろう。

俺やティアメルの父親であるロードリア様の呼び掛けも虚しく、彼女は突風に煽られながらも、ふらふらとこちらへ近寄ってくる。

慌ててティアメル様の元へ歩み寄る。

ゆっくりと縮まる距離。


━━その時、少女の足元が大樹の幹を離れた。


「……っ!!」

ロードリア様がなにか叫んでいた。

全身が宙へ投げ出されるティアメル。

俺は、無我夢中で。樹皮を蹴った。

薄霧に彷徨うか細い手を掴み取り、その華奢な体を胸元へ引き寄せる。

死に物狂いで地を踏み締め、彼女を寒風から守った。

「すっごく寒いね。ほら、貴方の手もこんなに冷たい」

冷え切った指先にじわりと熱が伝わる。

彼女の体温が肌を通して、俺に流れ込んでくるのがわかった。

心地よい暖かさに心が捉われ、ロードリア様が声を張り上げるまで、呆然と、そのまま身を委ねていた。

「は、早くお戻りください」

「うん、一緒にね」

断りきれず、城内までティアメル様と連れ立っていく。

ロードリア様が彼女を抱き寄せるまで、俺と彼女の手は繋がれたままだった。

また破片を拾い始める為に、窓をよじ登る。

その足首が引っ張られ、みっともなく転がり落ちた。

「どうしてまた行くの?寒いよ?」

「しかし、俺は破片を拾い集めなければいけません」

「誰かに拾えと命じられたのか?やれやれ……困ったものだ。もうよい、どうしてもと言うのなら、天候の落ち着きを待って、日を改めろ」

王族であるロードリア様に諭されては、さすがに拒めなかった。

「私はティアメル。ねぇ、貴方は?」

まるで砂金を編み込んだかの如く、きらきらと輝く金色の頭髪、水晶玉みたいな淡い灯りを宿す(あめ)色の双眼。

厨房で皿洗いをこなしていると、稀にお目に掛かれる真っ白いクリームに似て滑らかな肌。その白さに映え、薄っすらと赤く染まっている頬。

自分と同じ人間なのかと疑いを覚えるほど、彼女は魅力的な美貌を秘めていた。

「グレーニール・イプサ……グレイとお呼びください」

父による愛称をそのまま告げた。

「お父様、決めたわ!!グレイを私専属の使用人にしてっ!!」

「なっ、何を仰って……」

「ふむ、いいだろう。キャメロット姫以外にも、同じ年頃の子が欲しいと思っていた所だ。グレイ君なら大丈夫だろう……ティアメルをよろしく頼むよ」

激しく動揺する俺を置き去りに、ロードリア様はすんなりと彼女の言葉を受け入れていた。

「よろしくねっ、グレイ!!」

ぱぁっと花を咲かせるみたいに、彼女は満面の笑みを浮かべていた。


当時、『グレーニール・イプサ』ことグレイは12歳。

一方の『アメル・ティ・フロウウェン』ことティアメルはまだ9歳だった。


幼き日の出会い。

それが白黒(グレイ)にとっての始まりだった。


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