王の末裔「冠を負う少女」⑤
〈変革〉後、交戦状態へ移行したウェルズニールとバンブリオの両国間にて初めて開かれた戦端。
その前哨戦たる結果は、双方とても一概に勝利とは言い難い犠牲を伴って終結した。
星道を封鎖していた防壁とパーシバル砦が崩され、それぞれに常駐していた騎士と〈黎明の騎士団〉第三部隊の戦力を大きく欠いたウェルズニール。
一方で、同じく多大な兵を削り、更には先遣隊の指揮を一任されていた二大ギルドの片割れ〈ゾディアーク教団〉の魔術師カラメルを失ったバンブリオ。
傷痕は深く、お互い一時撤退を余儀なくされていた。
国王フロウウェンの根城である〈メンデルハープの樹皮城〉はうっすらと霧に満たされている。
霞む城を遠目に望みながら退却している騎士団。その一行の中には「理想郷の先駆者」メイジと「葬儀人」マオの姿もそれぞれ別にあった。
メイジは主を失った一頭の馬に跨り、縦に細い列を成して平原を駆け抜けている騎馬隊に紛れていた。
力強く大地へ蹄を刻む馬の群れ。前方の馬から土塊が飛び、瞬く間に視界を横切っていく。
撤退を先導するは黎明の騎士団第一部隊所属「朱猫の魔術師」ことマオだ。
「メイジさんっ!!」
不意に背後より呼び掛けられ、メイジはなんとか馬の速度を落とそうと、少しだけ手綱を引いた。
器用に速度を合わせて、隣に並ぶメルティ。
金色の長髪は横風に煽られてゆらゆらと羽ばたいている。
「メルティ?……怪我の具合はどう?」
「はい、メイジさんのお陰でほとんど完治しました。本当に感謝しております」
「そんな、僕は大した事してないよ」
「そう謙遜なさらないでください。貴方に救われた人は、貴方自身が思っている以上に多いのです」
強制書換による怪我の治癒、正確には情報を書き換えて傷を無かった事にしていたのだが。
メイジはその蒼焔を可能な限り行使し、一人でも多くの騎士の命を「New Age」へ繋ぎ止めていた。
「それよりも……マオさんとはどういった関係なのですか?」
「……」
すぐには━━話すべき言葉が見つからなかった。
パーシバル砦跡地にて再会したメイジとマオ。
人懐っこく喋るマオに対して、終始、口数少なく表情の変化に乏しかったメイジ。
二人の間になにやら確執を垣間見たメルティは不躾さを承知で訊ねかけていた。
「昔の仲間だよ」
昔の。その部分を強調してメイジは答える。
もう仲間とは呼べない。
認める訳にはいかなかった。
「そうでしたか……マオさんがあんなに喋る所を初めて見たので、少し驚きました」
「マオはいつ頃から黎明の騎士団に?」
「はい、〈変革〉から数ヶ月後、アークさんとほぼ同時期に入団しています」
〈葬儀人〉の面々が〈黎明の騎士団〉に集結しているのか確かではないが、少なくともブラム、マオ、アークの居所がこれで判明したことになる。
「あの……メイジさん」
メルティが伏し目がちに。それまでの口振りとは打って変わって、きまりが悪そうに唇を薄く開けた。
気恥しそうに頬を染めているメルティの可憐な横顔に見入ってしまうメイジ。
「その、突然、こんな事を言われても困るとは思うのですが」
メイジは彼女の気概を挫かぬ様にと、押し黙って言葉を待つ。
「黎明の騎士団に入団して、私と共に戦っては頂けませんか?」
迫られた選択は、メイジにとって酷な突き付けに等しかった。
頷けばアメリー、フォルテの仇とも呼べる〈葬儀人〉達と肩を並べる事になってしまう。
しかし、メルティの無垢なる笑顔がメイジの心を捉えて離さなかった。
迷いを断ち切れない。
「僕は……」
歯切れ悪く、半端に閉口するメイジ。
「ごめんなさい、いきなりこんな事言われても困りますよね。返事はウェルズニールに到着した後で構いません。どうか御一考願います」
メイジさん。もし貴方が隣に立ってくれれば、私はとても心強いです。と言い残し、彼女はバシッと手綱を叩いて瞬く間に遠ざかっていく。
小さく離れていく背中を目で追いながら、メイジはただただ己の内に同じ問い掛けを繰り返していた。
━━「メンデルハープの樹皮城」
王謁の間。
形式だけ取り繕う玉座には座らず、窓際に立って憂いの眼差しを外へ向けている女性。
ウェルズニールの現国王「ベティリア・ティ・フロウウェン」。
メルティと同じ金髪碧眼。大人びた風貌に鋭き眼差し。
眉間へ寄った皺が、彼女の壮齢さと日々の苦渋を窺わせている。
王族の高貴さとはあまり結びつかない深緑色の軽装は男装に近く、素肌をほとんど晒していない。
頭髪は短めに切り揃えてあり、首元には黒き紋様石のペンダントが揺れていた。
玉座前から扉まで幅広く伸びる真紅の絨毯。
その先、開かれたままの扉の奥から姿を現す二人の男性。
伸ばした金髪を後ろに束ね、口元には同色の髭を蓄えている。
金細工の飾られた衣装に身を包むのはアメル・ティ・フロウウェンの父「ロードリア・ティ・フロウウェン」だ。
方や漆黒の鎧を纏い、腰に幻想剣〈系譜〉を携えし青年。
焦げ茶色の髪は自然と束になり不揃いな前髪を成している。
やや沈んだ色合いの瞳孔には目蓋が微かに掛かっており、目つきを悪くさせていた。
黎明の騎士団団長であり第一部隊の隊長を兼任する「ブラム」だった。
「珍しい組み合わせね」
ロードリアとブラムの姿を見止めたベティリアが呟いた。
王族と騎士の関係とは明確に差分が示されているものだ。
双方の間柄というのは、騎士が片膝を着くか、或いは王族の後方に控えているか。
つまり、並んで立つ事など滅多に無い。というよりもウェルズニールの国風からして在るべき光景ではないのだ。
それらの隔たりを介せず、連れ立って姿を現した二人。
悪い言い方になるが、ロードリアとブラムが事前になにやら共謀してるであろう事は明確だった。
「報告があります」
片膝を曲げて目線を落とし、ブラムが淡々と述べていく。
「先日、バンブリオの先遣隊が我が領土内へ進軍し、パーシバル砦を制圧。迎撃に向かった第三騎士団も戦果は実らず、パーシバル砦と多大な兵を失いました」
「星屑の壁はどうやって突破されたの?」
「防柵に常駐していた騎士達は全滅、従って詳細も不明となっております。ただキャメロット姫の報告によれば、先遣隊を率いていたのはバンブリオ二大ギルドの移人らしく、彼等特有の能力に起因するものかと思われます。しかしながら、かろうじて片割れを討ち取る事には成功したとの事です」
「メルギルウス王はやはり移人を利用してくるのね」
と、ここまで沈黙を一貫していたロードリアが、一歩前へ絨毯を踏み締めながら口を挟んだ。
「姉上!!今すぐにでも追撃部隊を編成し、バンブリオの先遣隊を徹底的に掃討すべきです!!」
鬼気迫る声色を受けても顔色を変えず、思案しているのか何も言い返さないベティリア。
その沈黙が歯痒いのか、ロードリアは重ねて「姉上っ!!」と声を張り上げている。
「ブラム、第二騎士団の状態は?」
「はっ遅れて申し訳ございません。先立って帰還していた第二騎士団はおよそ半数が負傷、再編には今暫 (しばら)くの時間が必要かと」
「わかったわ。第二騎士団はケイ砦に常駐させ、第一、第三騎士団混合部隊を編成。第二騎士団との戦いで手負いの円卓の騎士団へ追撃を掛けるわ。ブラム、貴方が指揮を取りなさい」
「なっ姉上!!」
バンブリオ追撃案には耳も傾けてもらえず、不満さを表情へ露わにさせるロードリア。
「誠に恐縮ながら、今度の先導はキャメロット姫に一任したく思われます」
ブラムもまた、国王へ一思投じた。
「なぜ?」
「キャメロット姫自身の希望と重ね、パーシバル砦での結果により、民の眼差しに陰りが立ち込めております。疑心を払拭させる為にも姫を象徴に円卓の騎士団を掃討すべきかと」
「私情を挟みたくはないのだけど、あの子はまだ子供なのよ。パーシバル砦での結果も幼さ故の順当だと思っているわ。それにスメラギは手強い」
「しかしながら、移人を多用するバンブリオの動向もあまり見過ごせません。唐突な状況変化に対応する為にも、私は中央にて待機しておいた方が宜しいかと」
「……」
「心配は無用です。円卓の騎士団には私の側近である朱猫の魔術師〈マオ〉も向かわせます」
「……そう。そこまで言うのなら、ブラム、貴方の判断に一任するわ。バンブリオとの総力戦を迎える前に、必ず円卓の騎士団と雌雄を決しなさい。いいわね?」
「必ずや!!」
ぴしりと静寂を裂く喝を上げ、ブラムは毅然とした足取りで王謁の間を後にした。
「姉上、なぜ私の案を聞いて下さらない!?」
ブラムが傍らに立っていた手前、辛抱していた感情を真っ先に口走るロードリア。
「別に貴方の案だからといって頑なに首を横に振っているつもりはないわよ。私だって正しいと思ったなら素直に頷くわ」
ベティリアは澄んだ碧眼をロードリアへ向けて、優しく説きかける。
「ロードリア、貴方はティアメルを失ってから、少し視野が狭まったわ。まだ時間が足りないのよ」
「そんなことはっ!!」
娘の死を受け入れる為の時間が必要だと。そう遠まわしに示唆するベティリア。
しかし、ロードリアは乱された心情を隠そうともせず、ままに吐露していく。
「それならば姉上も同じではないですか!!姉上はコース様を失ってから変わってしまわれた!!昔の姉上なら必ず皆の声に一考設けていてくれました」
「そうね、私も変ってしまったのだと思うわ。けれど、立場が変わってしまったのだから、その変化は必然だと思う事にしてるの」
「姉上はキャメロット姫を失うのが怖いのでしょう?だから、先程もその懸念を視野に含めて作戦を立てた。違いますか?」
「娘を失いたくないと願う母親のどこが悪いの?でも、誤解を招く様だから言っておくけど、私とメルティの絆は貴方が思っている以上に強いのよ」
さすがに王に対する無礼さを自覚したのか、ロードリアは口をつぐんだ。
「娘に会っておきたいわ。今日の話はこれまでにしましょう」
「はっ、王に対する数々の無礼、どうかお許しください。申し訳ございませんでした。……これにて失礼いたします」
淡々と述べていき、ロードリアが姿を消す。
彼女は再び窓際へ寄り、霞みがかった街並に視線を落とした。
「コース、グレイ、スメラギ……。貴方達が居なくなってしまってから、私は迷ってばかりよ」
かつての日々を惜しむ様に。
失われた光景を思い浮かべ彼女は独りそっと……娘にすら打ち明けられずに抱え込む嘆きを洩らした。




