似て非なる面影「長宗我部元親」⑤
「さすがにおかしくないか?」
先程から右へ左へと通路を当てもなく進んでいた元親とココナ。
あからさまに浮かび出してきた異常をとうとう元親が口走ってしまう。
ココナも内心、同じ疑問を抱いていた為、元親の問い掛けに迷いなく頷いて返した。
「……全然、抜けれないですね」
「どうなってんだ、これは」
一向に晴れない不明瞭さに困惑を隠しきれない二人。
そんな二人の心情を嘲笑うかの様に前後左右へ変わりなく続いている通路。
「魔物とすら遭遇しないし、ほんっと意味わかんねーぞ」
息衝く気配すら見つけられず、深々と伸びる薄闇はただ静かに不変を貫いてる。
足元には白砂の溜りがぽつぽつと斑模様を残しているのみで、時折、通路内を駆け抜ける隙間風が二人の皮膚をそっと撫でた。
唐傘を肩に担ぎ、苛立ちを抑えようと左手で煙草を咥え出す元親。
立ちこめる煙を瞳に映しながら、ココナは妙な……上手く言い表せないもやもやを胸に秘めていた。
前を歩く元親は煙草を挟んだまま指を髪の合間へ滑り込ませ、ぼりぼりと乱暴に頭を掻いている。
「なにか条件でもあるのかねぇ」
「来た道を戻ってみます?」
既に何度も分路を経てきた為、正確に道筋を辿る事は不可能だろう。そうと知りながらココナは提案してみた。
「今更って感じだけどな。けど、一度くらい試してみる価値はあるか」
くるりと踵を返す元親と真っ直ぐに視線が合う。
なぜか咄嗟に俯いてしまった。
「どうした?」
屈み込んで元親に顔を覗かれたココナは慌てて一歩退く。
「な、なんでもないです。さぁ行ってみましょう」
「……おう」と怪訝そうな声色を背後に聞きながら、ココナは不自然な手振りを交えて通路を先導していく。
その後暫く。分れ道に面してはうろ覚えを当てに逆走を繰り返していた二人だが、事態の変化の兆しは一向に見つからなかった。
見飽きた分岐路を前にして立ち止まる二人。
「いやぁ、お手上げだな」
大袈裟に声を張り上げて、主無き迷路へ降参を示す元親。
ココナも顔色に疲労を濃く滲ませて黙り込んでいた。
徐々に二人を包む空気が重苦しさを孕んでいく。
諦めから生じる思考の放棄状態に沈みかけていたココナへ、元親が唐突に提案する。
「しかたねーから、一度、別行動してみるか?」
「えっ?」
初めの時とは一転して、分断を勧める元親。
行き詰った末の案であり、気まぐれの一言で片づけられる程度の心変りだが、どこか釈然としない泡がぽっと心の底から浮かぶのをココナは自覚していた。
「魔物と遭遇したら危険じゃないですか?」
「大丈夫だって、今まで散々歩いてきたけど魔物の気配すら無かったろ」
「それは……そうですけど」
なんとかなるだろ。と煙草の先に首元の紋様石を近づけ発火させる元親。
彼は左の指先に煙草を挟んで口元へ運んでいく。
その仕草をぼんやりと眺めていたココナ。
━━あれ、もしかして……。
曖昧と抱いていた違和感の正体に勘付き、ココナは口を開いた。
「元親さんって、フォルテに似てるって言われません?」
でたらめな質問だった。ココナは元親がそもそもフォルテの事なんて知らないと分かっていながら、そう問い掛ける。
「え?フォルテ?あー、うーん……たまに言われる。かなぁ」
「メイジとは最近どうですか?」
「どうって言われても。別に、今まで通りだな。変わりねーよ」
そこまで追及してようやく疑問が確証へと変わった。
「貴方誰ですか?元親さんじゃないですね」
「……」
沈黙を通す元親の姿をした誰か。
「フォルテもメイジもあたしの仲間だった人達だけど、元親さんには一言も喋っていません」
「へぇ道理で、記憶にない筈なんだ」
にぃと口の端を三日月の如く裂いて嘲る眼前の人物。
「しかし、どこで気付いた?俺は元親の記憶をほぼそのまま反射してる。ほとんど本人と差別無い筈なんだが」
「些細な事です。元親さんは〈一夜己刀〉を抜刀した際、右手に構えていました。たぶん利き腕なんだと思います。そして〈一夜己刀〉を抜刀してた時以外で煙草を持っていたのも右手です」
「あぁ、失敗してたな」
「抜刀動作の必要な〈一夜己刀〉を納刀してた場合、咄嗟に抜刀が必要となる場面を想定し、利き腕側は空けておくべきです。そう考えると矛盾しそうですが、唐傘に煙草。どうしても両手が必要な場合、マナーは悪いですが……即座に捨てて抜刀動作に移れる煙草を利き腕側で持つべきなんです。そこまで徹底した姿勢を貫ける人は多くないかも知れません。でも、元親さんはかなりの実力者です。普段、飄々としてても、命を賭けた場面で遅れを取る様な真似はしないと思います」
「会ってまだ月日の浅い仲間をそこまで見極め、信頼しているのか」
「なんたってお師匠様の家族ですから!!」
胸を張って笑顔で答えるココナ。
「移人の少女よ。見事です」
ココナを褒め称える元親の姿がぐにゃりと歪み、周囲の石壁がぼやけて揺れ出した。
「……っ」
眩暈を覚え、堪らず両目を瞑ってしまう。
「目蓋を上げてください」
聞き覚えのない声を受けて、薄っすらと視界に光を滲ませていくココナ。
碧色の粒子を散漫させて顕現せし風霊の姿が彼女の眼球を碧に染めた。
淡く発光している碧の粒子を密集させ、女性らしき背格好を象っている風霊。
「まずは彼をお返し致します」
幻想的な光景に言葉も無く立ち尽くすココナ。その足元に元親がじんわりと姿を表す。
直前まで幻に包まれていた元親は突然の覚醒に虚を突かれた様子で、「おいぃ!!俺の千両箱は?ちょ!!まだ出玉終わってなかったんだけど!!」などとココナの足元に転がったまま、よくわからない事を口走っている。
「元親さん!!無事でしたか?」
「ココナちゃん。すげぇな……パンツも赤なんだ」
ココナは全力で元親を蹴飛ばした。
「ちょ、ごめん、いやほんと悪かったって。不可抗力だったろ?ココナちゃん許しっげぼぉ!!」
恥ずかしさからか、容赦なく追撃を浴びせている。
「元親さん!!今すぐに忘れてくださいっ!!」
「無理だって、ちょたんま!!はい、なんとか忘れますから、剣をおろしてっ!!」
「約束ですよ、後で半兵衛さんに殴って貰いますからね」
「いや、待って……それ、ぜってー死ぬから」
「あの、そろそろ宜しいですか?」
と風霊の畏まった物言い。
「ん?もう最深部だったのか」
一変して呑気に洩らす元親。
シルフィ神殿の最深部。
風霊を祀る祭壇にて神格級のボス〈シルフィード〉との対面を果たしていたココナと元親。
シルフィードの輪郭間際からは、碧の粒子によって絶えず風圧の波紋が浮かんでいる。
「さぁ、移人達よ。これが最後の試練です。見事、私に打ち勝ちその力を示しなさい」
と、風霊は二人へ呼び掛けた。
━━精霊術。
規模、威力、精度など。あらゆる面で魔術の上位互換となる精霊術。
神格級の魔物しか扱えない精霊術だが、その片鱗がプレイヤー側には召喚師にのみ与えられていた。
それでも覚えられる術式はごく一部の劣化した分野のみだ。
今、ココナと元親の前に立ち憚っている風霊〈シルフィード〉には、精霊術を惜し気なく放てるだけのエント貯蔵と、詠唱権限が揃っている。
「っ!!」と、声にならない呻きを上げ風属性の精霊術に全身を煽られる元親。
元親は無防備に宙を舞っており、眼下には彼の名を叫ぶココナの栗色の頭がぶれて映り込んでいた。
「このっ!!」
竜巻に吹き上げられた元親を見上げていたココナが、乾燥して鈍く紫色の刀身を見せている両刃剣を握り込む。
やっぱ重い。と心の中で呟くココナ。
ココナが愛用するヴィオ水晶の刃は、水気を吸収する事により淡く発光し質量を軽減させていく類の特殊な武器だ。
からからと乾いた空気が舌にこびりつく神殿最深部。
湿気とは無縁な環境下において、本来の性能を発揮できないココナ。
半兵衛が居れば彼女の水筒を借りて応急処置ができたのに。と愚痴ってみても状況は変わらない。
不必要な広がりを見せている祭殿内部。
声が聞き取れなくなる程遠くまで吹き飛ばされた元親が、石壁に亀裂を走らせて身体を打ち付けていた。
かはっ!!と唾混じりの血を喉から吐いて、そのまま落下していく。
一方、祭殿の階段を上がってシルフィードへの接近を試みていたココナ。
機敏さの感じられないココナの動きに合わせて、シルフィードは碧の粒子が象る風の刃を飛ばしていた。
かろうじて両刃剣を縦に刃を受け止めるが、その衝撃で足元がふらつき段差を踏み外してしまう。
滑る様に転がり落ちるココナと、どんどん勢いを増して地面へ近付く元親。
「くそったれ!!なにが精霊だ!!こっちだってなぁ……戦国武将の名を借りてんだよっ!!」
〈一夜己刀〉を仕込む唐傘を地へ突き立て衝撃を緩和させながら前回転して着地する元親。
そのまま力強く爪先を踏み込んで駆け出す。
転がり落ちてきたココナをなんとか受け止めたが、間髪入れずにシルフィードの攻撃が迫る。
風を浮力へ変換し、角ばった瓦礫を幾つも宙へ漂わせていた。
碧の波を立てて、次々と元親達へ襲い掛かっていく。
「なめんなよっ!!」
〈一夜己刀〉を抜刀し、凄まじい速度で斬撃を張り巡らせていく。
瓦礫は空中を線引きする残像へ衝突し砕け散った。
「元親さん、ありがとっ!!」
ココナも再び臨戦態勢を取って、両刃剣を握る柄に力を込める。
残像を潜り抜けた瓦礫を剣で真横に薙ぎ払い、壇上より見下ろしているシルフィードへ突撃していく。
栗色の三つ編みが激しく揺れている背中を追って、元親も階段を駆け上がっていく。
「ただ闇雲に突撃するだけなら、猪にも出来ますよ」と二人を諭す風霊。
階段上から細かなかまいたちが吹き荒ぶ。
「どけっ!!」ココナは不意に背後より引っ張られ、態勢を崩してその場に膝を曲げた。
その脇をすり抜ける元親。
唐傘の方を広げ、かまいたちを受け止める。
「元親さんっ!!」
「ちっ、……駄目か」
元親を包んでいく無数の風。
皮膚が切り裂かれ、そこら中から血飛沫が散る。
碧色に埋め尽くされていく元親を救おうと、ココナは斬刀士の両刃剣専用技〈断月〉の予備動作へ入った。
足元から掬い上げる様に剣先を振り上げる。
持続魔術を両断する効果を秘めたる剣筋が元親に纏わりつくかまいたちを僅かに吹き飛ばした。
しかし、精霊術は完全には消えず……再び元親を覆っていく。
彼の両手から唐傘と仕込み刀がするりと抜け落ちた。
「やめてっ!!」
悲痛な叫びを上げ、〈断月〉と似た効果を含む架娑斬り〈弧月斬〉の動作へ移る。
その瞬間、側面よりその刃を貫く螺子巻き状の竜巻。
ココナが大きく目を見開くのと、水晶の刀身が折れるのとが……ほぼ同時に、微かな時の静止を挟んで起きた。
砕けた水晶の欠片が頬に当たる。
凍り付いた瞬間の挟間、硬直したココナの瞳に映っていたのは碧色の粒子を撒き散らす風霊の姿。
「残念です」
シルフィードは二人へ不合格を告げる風術を唱えようとした。
━━はっ!!
と短く気迫の声が響いた。
やや離れた空中から放たれた正拳突きの威圧がシルフィードの右半身を吹き飛ばす。
遅れて視線を移すと、祭壇の階段周りに広がる斜面へ優雅に着地の姿勢を決める半兵衛を見止めた。
右腕の皮膚に薄く×印の切り傷を刻んでいる半兵衛。
なおえはスキル〈交叉印〉で自分のステータス値の一定割合を半兵衛へ割り振っていた。
更には自身の拳闘士専用スキル……一定時間、耐久性が下がる代わりに敏捷性へ補正を掛ける〈俊敏移行〉により相乗して速度を高めていた半兵衛。
なおえがまだ最深部の出入り口間際に立っている中、彼女は一度の跳躍でココナと元親の近くまで飛び上がっていたのだ。
再度、斜面を跳んで元親とココナの前に降り立つ半兵衛。
「元親。随分とやられたみたいですね」
「……うるせぇな。これからぶっ倒すとこだったんだよ」
幾つもの浅傷を浮かばせ血だらけになっていながら、強がる素振りを見せる元親。
彼は足元に転がる〈一夜己刀〉を拾い上げ、すっと剣先をシルフィードへ向けて翳した。
「覚悟しろよ!!これからお前を倒させて貰うぜ!!半兵衛がな!!」
「人任せですか」と呆れた様子の半兵衛。
「ココナ、遅くなって済まなかったね」
ぽんっとココナの頭へカンカン帽子を載せながら、なおえが隣に並び立つ。
「お師匠様っ!!」
「うむ、やはりこの帽子はココナだから似合うんだな」
続けてなおえも長短二対の小刀を交差させて構えた。
「さて、クライマックスだなっ」
震える腕で〈一夜己刀〉を振り下した。
〈波斬〉によって縦に伸びた残像が壇上のシルフィードへ迫る。
実体無きシルフィードを両断し突き抜けていく斬撃。
碧い粒子が再びシルフィードを形成していく。
その間、既に間合いへ詰め寄っていた半兵衛は再生しかけているシルフィード目掛けて拳を打ち出した。
凄まじき速度で打ち出された拳が巻き起こす風圧により、更に霧散していく粒子。
「半兵衛、スイッチ!!」
後方でなおえが叫び、半兵衛が無言で飛び退く。
双剣で流れる様に真横へ剣筋を描くなおえ。
シルフィードの下半身が儚く散る。
「無駄な事です」
残された上半身の周囲に輪を描いて碧の紋章が浮かび上がる。
大規模精霊術の前兆を察したなおえが仲間へ呼び掛けた。
「今すぐ離れるんだ!!」
壮絶な風切り音を轟かせ、紋章の上に球形の竜巻が形成されていく。
……間に合わないか。
目前に立っていたなおえは退避を諦め、双剣を構えて防御に徹する。
追撃を狙っていた元親もまた体力と集中力を消耗しきった状態であり、反応が間に合ってなかった。
家族の死の予感を敏感に嗅ぎ取った半兵衛が全力で元親の所へ飛び込む。
折れた両刃剣を力ずくで段差に突き立てるココナ。
彼女の瞳に、三人を飲み込んで発動する大規模精霊術が映り込んだ。
━━限界まで圧縮された風力が爆発し、全方位へ震動した暴風を浴びせ掛ける。
屈んでカンカン帽子を片手に押さえながら、剣を盾と枷にし風圧を堪えるココナ。
その脇をなおえが受け身もままならず横切っていった。
「移人よ。貴方達の実力はこの程度なのですか」
元通り再生したシルフィードが、取り残されたココナへ近付いていく。
ゲームの境界線を越え、彼女達の道を阻む神格級の精霊。
ココナは確かに死の気配を感じ取っていた。
その間際、思い出したのは彼女の友〈絵本芽望〉によく似た風貌の少女━━葬儀人リリアの姿だった。
あたしは……友達を救う為にNew Ageに来た。
こんな所で諦めてなんかいられない!!
メイジも、モーゼルも、白黒さんも、言理さん達も。きっと皆頑張ってるんだ。
「一人だけ立ち止まってる訳にはいかないの!!」
少女の心の叫びが風霊を前にして沁み渡る。
その想いに応えようと、折れたヴィオ水晶の刃が眩い光を放った。
一部の無銘武器には潜在能力と名付けられし性能が秘められている。
特定の条件を満たす事で解放される潜在能力。
ヴィオ水晶を素材に作成された武器もまた、共通してある潜在能力を隠していた。
水分を吸収していない状態で魔術、または精霊術を受けると、ヴィオ水晶は一度だけその術を吸収する。
そして、所持者の意志に呼応して吸収した術を吐き出すのだ。
瞬間的にその潜在能力を悟ったココナは力の限り叫んだ。
「いっけぇぇぇぇぇ!!!」
折れた剣の先から発動した精霊術が、荒ぶる竜巻となりシルフィードへ襲い掛かる。
それは文字通り、シルフィードを象る碧色の粒子を一粒残さず消し飛ばした。
息を潜め、無言で辺りを探るココナ。
一向に蘇る気配のない風霊と、包まれた静寂が決着を告げていた。
「やったぁ……」と、祭壇まで上がり力無く座り込むココナ。
彼女の元へゆっくりと向かっていく仲間達の姿。
しかし、何処からともなく再び碧色の粒子が漂い出す。
壇上に顕現せし風霊〈シルフィード〉
「ココナっ!!」なおえが真っ先に名を呼んだ。
ただ呆然と風霊を見上げるココナに向かって、シルフィードは微笑んだ。
碧の粒子の集合体である風霊に果たして表情の変化があるのか定かではないが、ココナには笑っている様に見えていた。
「お見事でした。これにて試練は終了、貴方達の実力を認めます。ココナさん……貴方には私と契約する権限が与えられています。如何なさいますか?」
━━其れは、〈変革〉時に齎された変化の一つ。後に〈精霊師〉としてNew Ageの世界に知れ渡る。精霊と絆を結びし者が初めて誕生する瞬間だった。




