昇天の隣人「ヴァンパイア」③
現在、New Ageの世界は大きく二分されている。
北方を位置取るWelzNeilと南方を位置取るBnburio。
そして、上記二大国の領土に含まれない土地は未開領域と名付けられていた。
Ascensionと統一して呼称される膨大な領域にはいずれの方角にも必ず境界線が存在する。
宝瓶の座━━Entityことエントが蔓延する土地と、反対に障害の座━━Solなるエントが枯渇した死地。
この世界は障害の座の影響で、人々の活動範囲が大きく狭まれている。
野心家で知れ渡るバンブリオの国王「メルギルウス」は未開領域の攻略に日々思索していた。
冒険者達の証言により〈変革〉後、障害の座が緩やかに宝瓶の座を侵食していると知り、本腰を入れて全方角への未開領域調査へ踏み出す決意を固める。
足掛かりとして初めにナノケリアを征服。続けてウェルズニールを標的に据えていた。
また未開領域の宝瓶の座にも幾つかの国や集落が存在している。
ネットゲームだった頃の「New Age」にて噂されていた異種族繁栄の小国Melfare (メルファーレ)がその代表たる例だ。
「メルギルウス」はいずれ障害の座に追い立てられ、自国領土へ迫り来るであろう未開領域の未知なる軍勢を危惧していた。
バンブリオ領土北西に位置する中二階街「メーレン」。
それより北方面は、城壁都市「ゴゴ・チャッカ」から伸びる岩壁によって阻まれている。
一方の西方面は「メーレン」より続く深緑の樹海が暫らく景観を占めるが、やがて抜け出すと一変して果てしなく広がる丹色の岩盤が視界を埋め尽くす。
目を凝らして地平線を観察してみると、深く切り削がれた峡谷により至る所へ線が引かれているのを望遠できた。
「ヴァンプ・ブギア・スカーレット」が孤独な足跡を残した地であり、西方面の未開領域大半を掌握する大自然の姿だ。
過去、たった独りで未開領域へ赴いたヴァンプ。今となっては何故その様な奇行に走ったのか、明確に思い出せない。
漠然と自覚できるのは、彼女は喪失した心の傷をどうにかしたい一心で、当てもなく雄大な自然の中へ身を投じたのだという一点のみだった。
一度だけでいいから、彼が上界に語る〈海〉を望んでみたかったのかもしれない。
背後にざわめく樹木の枝葉、微かに聞き漏れる野鳥の囀り。
彼方まで続く岩海に意識を吸い込まれ、その果ての景色に想い耽る。
断片的に蘇るかつての記憶と大差ない景観を見せる未開領域。
今、昔のヴァンプと同じくして樹海の麓に立つ白黒と長政は、一面蓋う濁った赤色の大地に圧倒されていた。
「ここは何も変わらないな」
自ずと重なって映り込む残景と実像。
深く大地を削る峡谷の底を碧色の水流がうねうねと線引いている。
一望して見当たる生き物は優雅に羽を休める鳥類や、僅かな日陰に身を寄せる爬虫類のみだ。
「すごいでござるなぁ」
無骨な戦鎚を背負う浅井長政は伸びきった紺色の頭髪を吹上げる風になびかせて、興奮した声音を上げている。
「この大地を越えていくのか?」
「暫くはな」
ヴァンプは瞳や頭髪に似た緋色の日傘を空へ翳していた。
日光を遮り、代わりに沈む陰影が彼女の儚げな美貌を際立てている。
「宝瓶の座が狭まってるのは知ってるか?」
〈変革〉後の大きな移り変わりの一端である宝瓶の座の縮小、及び、障害の座の浸食。
「そうなのか?」
他者との交流を拒んできたヴァンプにとって、その変化は初めて聞き及ぶものだった。
「わりと浸透してる筈なんだけどな、やっぱり知らなかったのか」
「あっ、それは拙者も知ってたでござるよ」
彼等の証言を鵜呑みにするなら、昇天の隣人への案内を請負したヴァンプの立場がなくなる。
「もっと早く言って欲しかったよ」
「言ったら、一緒に来てくれなかったかもしれないだろ」
「信用がないな」
ヴァンプは大きく嘆息を吐いて、樹海と岩盤との狭間を繋ぐ緩やかな傾斜を下り始める。
「しかし、そうなると私の経験など当てにできないぞ」
そもそも昇天の隣人なる現象には不確定要素が多い。
宝瓶の座と障害の座の境界線上に偶発する事で知られている昇天の隣人。
今の「New Age」に、その現象の位置、瞬間を予測できるだけの技術も知識も備わってはいない。
宝瓶の座に蔓延するエントと、障害の座を覆う障素の様なもの。
お互いの定着力と反発力の影響により、行き場を失くしたエントが吹き溜まる現象。
遭遇者に神秘なる発芽か、無慈悲なる発作を引き起こす。
未だ解明されざる世界の理。
昇天の隣人は、ただ……そうとだけ認識されていた。
それはネットゲームだった頃の「New Age」にも実装されていた仕様だ。
にも関わらず遭遇できる確率は未開領域探索に於ける徒労と釣り合わない絶望的な数値を成しており、サービス終了までの半年間。
辿り着けた冒険者は数える程度だと推測されている。
「どちらにせよ過度な期待は禁物だ。あれは意図して遭遇できるものじゃない」
「大丈夫でござるよ!!拙者、我慢比べには自信があるでござる!!」
ヴァンプは日々、己の住処である鉄塔の前で額を地に擦っていた浅井長政の姿を思い出し、複雑な心境に陥った。
「脅すつもりじゃないが、未開領域の魔物は手強いからな」
警告のつもりで長政へ話し掛けるヴァンプ。対して白黒が長政を庇う言動を示した。
「大丈夫だろ。こいつ、俺より強いぞ」
ヴァンプも白黒の実力については一目置いている。
「ほぅ、グレイ。お前が戦わずして力量の差を見定めるとはな、少し意外だ」
その白黒が言い切るのなら、彼女にしてみてもそれ以上反論を挟むつもりはなかった。
瞳孔の輪郭線だけが細く黒線として浮かぶ右の眼球を見つめて、ヴァンプは重ねて問い掛ける。
「言葉の鳥は大分、解読出来てきたのか?」
「あぁ、それなりにはな」
葬儀人ブラムに視力を奪われて以来、言葉の鳥と名付けられた奇妙な文字列を映し出している右目。
白黒は日々言葉の鳥を眺め過ごし、少しずつではあるが文字列の読解を可能にしていた。
浅井長政の頭上に漂う言葉の鳥。
かつてネットゲーム「New Age」にてプレイヤーを判別する為の重要な情報源となっていた数値。
白黒には〈変革〉後も形を残す上界の移人のレベルや職、ステータスが視認できた。
浅井長政 Lv82 戦鎚士
ネットゲーム「New Age」がサービス終了を迎えた時点での限界レベルは99であり、バンブリオ入国推奨レベルは50だ。
更に追記するなら、未開領域に生息する魔物の最低レベルは70の線を超える程度。
浅井長政のレベルは未開領域でも滞りなく通用するだろう。
また数値はどうやら〈変革〉後も蓄積可能らしく、今もなお……移人達はレベルや職補正、スキル取得などにより、小人達を凌駕する成長性を十二分に秘めていた。
箱庭の小人が唯一、上界の移人を超える術を得られるとしたら、それは宝星具による恩恵か。
或いは昇天の隣人か。
もしくは強制書換か……。
箱庭の小人は限られた方法で、上界の移人との差を縮めなければならない。
白黒は失った宝星具の穴を埋めるべく、昇天の隣人を目指している。
今度こそ、葬儀人達の手から大切な人を奪い返す為に。
「変な鳥でござるなぁ」
V字型に岩盤を削る谷底の渓流のほとりに立ち鳥を眺めている長政。
首の細長い二本足の鳥の群れは、接近した長政に警戒する様子もなく水流のせせらぎに耳を傾けている。
家鴨に似た嘴は先端が弧を描いて垂れ下がっている。
間抜けな印象がどこか愛らしい。
ぐがぁ。と交互に喉を鳴らす鳥達を片目に眺めながら、白黒はぼそりと隣に立つヴァンプへ声を掛けた。
「未開領域も思ってたより平和なんだな」
「どうだろうね。私にとって未開領域は酷く不安定な印象しかない」
そう過去を振り返るヴァンプ。
まるで彼女の言動を裏付けるかの様に、突然、未開領域が牙を剥く。
鳥達が戯れる付近の岩盤がひび割れて盛り上がっていく。
羽をばたつかせて方々へ散る鳥。
谷底より地を破って姿を現したのは、巨大な鋏を頭部に冠する昆虫類に酷似した魔物だった。
幾ら羽ばたいても一向に飛び立つ素振りを見せず、混乱してくねくねと逃げ惑う鳥達の姿
「むっ!!飛べぬでござるかっ!!」
叫ぶや否や、長政は担ぐ戦鎚を軽々と持ち上げ魔物へ突進していた。
「長政!!」
単身、魔物へ飛び掛かる長政に呼び掛け、白黒も懐の短銃を抜く。
ヴァンプは日傘を肩に寄り掛けたまま静観していた。
「白黒殿、ここは拙者にお任せを!!」
長政は大きく空中へ跳躍し、戦鎚型宝星具「鬼忌怪々」を振り上げた。
接近に気付いた魔物がおぞましく尖った鋏を長政へ向ける。
「成敗っ!!」
一喝し、戦鎚の柄頭を勢いよく打ち下ろした。
戦鎚の頭部が一瞬にして極大し、魔物の全貌を覆い隠す。
少女の巨大化型戦鎚「鬼忌怪々」は魔物を丸ごと潰して元の大きさへと縮む。
脅威を振り払ってくれた浅井長政の足元に集い、鳴き回る鳥達。
浅井長政は満面の笑みを見せて無邪気に「ぐがぁ!!ぐがぁー!!」と鳴き声を真似てはしゃいでいた。
「ほらな」と、傍に立つヴァンプへ目線で訴えかける白黒。
押し黙ったまま、ヴァンプは心中、懸念していた。
━━心身の不釣合いさが仇とならなければいいが。




