似て非なる面影「長宗我部元親」③
━━━わたしのお爺さんのお爺さんの、そのまたお爺さんがまだ子供だった頃。
白砂の海平に住まう民は、風霊の加護の下、繁栄ある暮しを約束されていました。
太陽に照らされ蜃気楼に惑わさた旅人が、希望も尽き旅路を諦めかけた時。
彼を救ったのは風霊の民「シルキリア」の少年でした。
褐色の肌に一際輝く深緑の瞳。
聞き及ばぬ言語をぼそぼそと口に出す少年に導かれ、旅人は彼等が暮す地へ案内されたのです。
白砂の奥には風霊を祀る巨大な神殿が安置されており、その格式ある重みに旅人は魅了されました。
神殿がまだその役目を果たしていた頃。彼等、風霊の民へ辿り着けた旅人は、彼が最初で最後でした。
やがて一人、また一人と民は天に召されていき、残された風霊は唯独り。
廃跡にて今もなお、訪れぬ旅人を心待ちにしているそうです。
━━━シルフィ神殿(Sylphe Site)
斬刀士。
初期職、接近職の中でも人気を占めネットゲーム「New Age」を代表する職の一つであった斬刀士。
両刃剣、刺突剣、軍刀、湾曲刀など、刀を除く片手剣全般が斬刀士の補正対象となっている。
補正対象とは、職毎に定められた系統の武器を装備することで得られるステータス補正の事である。
一部、共通装備と呼ばれる職に縛られない武器も存在するが、異なる職で装備した場合。
恩恵が得られない、専用スキルが使用できないなど。
どうしても補正対象に該当する職と比べて差が生じてしまう。
つまり剣で戦いたいと思った場合、斬刀士を選択するのが手っ取り早いのだ。
斬刀士のスキル系列は、剣技列と補助列、それに補正列へと枝分かれしていく。
剣技列は武器を選ばず使用できる系統と武器種限定の系統へ大きく二分されており、補助列は立ち回りの方向性に従って複数へ分裂していた。
また補正列は僅かなステータス不足を補う面や、極端に特化させたキャラクターを育てる為の後押しとしての意味合いが強く、主に取得していくプレイヤーは稀である。
ココナと元親は同じ斬刀士でありながら、似ても似つかぬ成長を遂げている。
どうやら意識混濁性消失障害になってからもLvやスキルは残存しているらしく、LV上昇に伴って与えられるスキル割り振り専用の数値もまた確かに蓄積されていた。
〈変革〉後も、聖堂にてLvやステータスを確認する事は可能であり、更にはスキルの取得申請までもが聖堂にて一括して行える事が後々発覚した。
僅かな資金を払う事で得られる情報記載紙。
厚みがあり表面のざらついた布紙には隙間なく各々の詳細が記されており、意識混濁性消失障害が聖堂にて取り直しの利かないスキル選択に頭を悩ませている光景はいつしか当たり前となっていた。
申請後、僅かなタイムラグを挟んでスキル取得が適用されると、意識混濁性消失障害の脳内には機械的な女性のアナウンスが響く。
なぜかネットゲーム〈New Age〉が機能を止めても、それらの仕様は変わらず形を残していた。
戦闘中の術技使用の仕組みは単純で、魔術系統は術式を唱えれば発動するし、接近職の技は意識して予備動作に入れば、その後流れるように体が動く。
無論、魔術であれば代替となるエントが尽きれば詠唱は叶わず、接近職であれば、休息期間中に該当していれば、予備動作に移っても発動しない。
意識混濁性消失障害にとってそれらのタイミングを正確に把握する事はほぼ不可能であり、どう足掻いても体感的な判断に委ねられてしまう。
結果、魔物を狩って経験値を積む行為を繰り返すというのは、単にLvを上げる以上の意味合いが含まれている。
実戦経験を積めば積むほど、自身の職やスキルの理解は深まり、立ち回りは洗練されていく。
〈変革〉後も旅の道中、魔物を狩ってLv上げに勤しんできたココナとなおえ。
二人の立ち回りは既に半年前とは見違えており、Lvもバンブリオ入国推奨基準を優に越えていた。
円錐階層都市「バンブリオ」を出発して三日。
白砂の砂漠を眼下に収めて立つココナ一向。
初め踏み締めてきた薄い黄緑の草原はとうに薄れ、さらりと靴の沈む砂地が広がっている。
燦々と降り注ぐ日射が肌を焦がし、白砂を煌めかせていた。
遠く揺らめく砂山、蜃気楼を孕む砂漠がココナ達を奥へ誘っている。
「あっつー」
唐傘をさして、だらけきった様子の元親がぼやく。
隣を歩くなおえも汗の滲んだ額を拭って頷いた。
「流石に参るね」
一方で涼しい顔をしている半兵衛。
「半兵衛さん、本当にその服で大丈夫なんですか?」
心配そうにココナが再度、半兵衛のメイド服へ視線を落としながら訊ねかけた。
「はい、私は拳闘士の常時発動型スキル〈状態調節〉が作用してますから、寒暖による影響はほとんどありません」
「うわー羨ましいです」
「喉が乾いたら遠慮なく申しつけ下さい」
鞄を僅かに持ち上げて見せて、半兵衛が微笑む。
「半兵衛、水くれ」
「嫌です」
微笑んだまま拒まれる元親。
「ひどくね?」
「貴方はさっき飲んだばかりでしょう。もう少し我慢してください」
「ちっ、ばーかばーか」
「殴りますよ?」
「すいませんでした」
砂へ埋まる足裏の感触、永遠と続く日照り。
比較的、温和な気候をした日本で生活してきたココナ達へ容赦なく牙を向く自然の脅威。
過酷な砂漠が加速的に体力を奪っていく。
ココナはまさか人生において砂漠を横断する経験をするとは夢にも思っていなかった。
目的地であるシルフィ神殿の面影は端にも見つけられず、途方もない砂漠が視界を埋め尽くして広がっている。
「お師匠様、シルフィ神殿までの距離ってわかりますか?」
「んー、いや。ネットゲームだった頃の仕様では、この砂漠はモネスト山岳の頂と同じで不規則性変化形状をしていた筈だ。あまりはっきりとした距離感はなかったような気がするね」
「そうだなー、意識混濁性消失障害になってからシルフィ神殿へ足を運んだって奴も聞いた事がねーし、もしかすると笑えねーぐらい遠いかも知れないし、意外とあっさり見つかるかも知んねぇ」
なおえ、元親の意見を受けて「なにか条件でもあるのかなー」と、カンカン帽を手に取り栗色の髪を晒すココナ。
「元々、シルフィ神殿へ到着する為には蜃気楼を生じさせている魔物を倒さなければならなかった記憶があります」
半兵衛の説明に疑問を覚えたココナが呟く。
「蜃気楼って意図的に作れるようなものでしたっけ?」
「そこはまぁ、ゲームだからなぁ」
釈然としない部分を元親は笑って誤魔化した。
「それにしてもココナちゃんは、ずっとその武器使ってるわけ?」
ココナが背負う紫色の両刃剣を見つめ、元親は訊ねかけた。
「はい、なんだか愛着がわいてしまって」
「ふーん、ならいいんだろうけどな」
「元親も変わらず、その武器を使ってたんだね」
と元親が広げている唐傘を見上げるなおえ。
「やっぱ慣れてるのが一番だしな」
「それ武器だったんですか?」
「おう」
唐傘型宝星具、仕込刀「一夜己刀」
細剣に分類される針の様に細く薄く尖った刀身。
唐傘の持ち手を引き抜くと傘の骨部分となる芯が抜き身となり、そのまま刃となる。
それが元親が意識混濁誠意消失障害に陥ってからも、継続して愛用してきた相棒の名だった。
「なおえは無銘装備なのか」
「そうなるね」
無銘とは固有名詞を冠しない武器の総称だ。
細かく説明すればそれぞれ級等毎に名称があり、その前後に付加属性や効果を示す品詞が付随する。
本来、宝星具や珍しい固有武器を所有してるプレイヤーの方が圧倒的に稀であり、なおえや半兵衛は無銘武器装備者に該当した。
ココナが背負うヴィオ水晶の刃をした両刃剣もまた広く定義した場合、無銘武器に当て嵌まる。
無銘武器と一概に内包しても、合成や強化によっては充分に通用する為、扱う上であまり劣等を感じさせない。
ただ宝星具が別格過ぎるのだ。
「New Age」の世界にたった一つずつしか存在しない宝星具。
その所有者に与えられる恩恵とは、慎重に吟味され調節されてきた筈のゲーム均衡をいとも容易く崩壊させていた。
矛盾した稀少具の存在。
かつてネットゲームだった頃の名残なのか、それとも実装よりも過去の英遺物なのか。
意識混濁性消失障害なる上界の移人は「New Age」実装よりも昔から存在していた。
その曖昧さも重なって、宝星具の起源は誰にも語れないのだ。
━━不意に。
なおえが腰に交差させて携えていた双剣を抜刀した。
他の面々よりも感知系統のスキル列を取得していたなおえ。
彼女が最も早く、その存在を察知していた。
「皆、来るよ!!」
なおえの呼び掛けに、一同緊迫した様子を見せる。
見渡しても、辺りには白砂が広がるばかりで、接近する影など確認できない。
だとすると……。
「足元か?」
元親が呟くのとほぼ同時に、盛り上がり破裂する砂丘。
飛び退くココナの瞳に映り込むは、ミミズを連想させる巨大な紐状の魔物だった。
「ぎゃぁぁぁ!!」と裏返った悲鳴を上げるココナ。
乾いた体表はうねうねと小皺を刻んでおり、おぞましい動きで砂面を這いずっている。
「サンドワームか」と落ち着いた様子で魔物の正体を見極める元親。
先端らしき丸まった部分がぐぱぁと花が咲く様に開いていく。
「ごめんなさい、これは無理です!!……ちょっとっ!!こっち来ないでぇぇぇ!!」
ココナは臨戦意志を喪失し、涙目になりつつ全力で逃走していた。
開いた口先で無数の毛状をした触手が蠢いている。
逃げ惑うココナを標的にずるずると砂海を泳ぐサンドワーム。
ずんっ━━と。
その巨大な体表が波打って弾んだ。
這いずる脇へ拳を打ち出していた半兵衛。
その威力はサンドワームを微かにだが宙へ浮かせる程だった。
不意なる一撃でぴたりと硬直したサンドワームの体表へ一跳びに乗り移るなおえ。
そのまま流動し双剣の切っ先で×印を走らせ、スキル〈交叉印〉を刻む。
双剣士は相手に傷痕を刻む事で、自身、もしくは対象へ様々な変化を同時に複数もたらすスキルを所有している。
「元親、いけるよ!!」
「あいよっ!!」
いつの間にか唐傘を握る左手先で煙草を咥えており、宝星具〈一夜己刀〉を右手にふらりとサンドワームへ歩み寄る元親。
右腕が残像を描いて幾つもの線を引いていく。
質量のある残像を数秒間残す〈一夜己刀〉。
数多の剣跡がサンドワーム目掛けて飛び、残像が表面を切り刻んでいく。
「あ、あたしだって!!」
ココナは無理やり心を奮い立たせ、両刃剣を前に突撃していく。
沈む足元を強引に跳躍し、サンドワームの首元へ真っ直ぐに剣を振り下ろした。
なおえかねつぐが刻印した〈交叉印〉により、速度の鈍化状態を付加されていたサンドワームはココナに触手を向けるも届かない。
斬刀士の初歩スキルであり、真空の刃が剣先の範囲を増長させる武器共通スキル〈波斬〉纏う刃が、首元を両断した。
断面図から迸る体液。
切断されてもなおココナへ襲い掛かろうと動き出すサンドワーム。
その紐状の体表の途中が細切れになって捌かれる。
「いっちょあがりってな」
元親が不敵な面持ちで煙と一緒に吐き捨てた。
吹き上がる飛沫を唐傘で遮り立つ元親の姿は悠然としている。
「ココナさん。お疲れ様です……大丈夫でしたか?」
半兵衛の気遣いに笑って応えるココナ。
「ありがとうございます、なんとか大丈夫です」
「ん?」
と、半兵衛と並び立つなおえが怪訝な眼差しを砂地へ向けた。
「なおえ?どうかしましたか?」
「……」押し黙って様子を探るなおえ。
「お疲れさん、よく立ち向かったな」
「女子高生を甘く見ないでください!!」
「めっちゃ叫んでたじゃん」
「はい、やっぱりあれは無理です」
元親とココナの会話に紛れて、なおえが呟いた。
「なにかくる」
「なにか、ですか?」
半兵衛の反問を掻き消して、その現象は起きた。
突如として辺りに巻き上がる砂塵の竜巻。
「おい!!なんだっ!?」
竜巻は見る見る内に規模を増していき、サンドワームの巨躯をも巻き込んでいく。
「くっ!!」
回避も虚しく、吹き上げる砂塵へ姿が飲まれていくなおえと半兵衛。
「お師匠様!!半兵衛さん!!」
二人の名を叫んで踏み出すココナの腕を掴んで引き止める元親。
「ばかっ!!落ち着けっ!!」
「で、でも」
「畜生。どっちにしろ手遅れか」
二人の体が無抵抗に竜巻へ煽られていく。
「くそっ、こんな所で死ねるか。……俺はまだ、幸村の仇もとっていないのに」
遠のく意識の間際。ココナは元親の披瀝の断片を耳にしていた。




