王の末裔「冠を負う少女」③
「そんなっ……」
遠巻きに眺められる灰色の煙。
伝達とは異なる、煙害を空へ昇らせているパーシバル砦を見つめ、メルティは苦悶を声に上げていた。
パーシバル砦の規模は決して大きくはなかったが、屈強な石壁に四方を囲み、重厚な鉄の門は易々と打ち破れるものではない。
しかし、事実。彼女らの瞳に映るパーシバル砦は陥落を告げていた。
砦を囲む影は蠢き重なり、周囲一帯の地を埋めている。
「キャメロット様!!この兵力差ではっ!!奪還は厳しいものと思われます!!」
遠目に見ても明らかな劣勢をケヴェルが進言した。
黎明の騎士団第一部隊の援軍はまだ望めない。
ケイ砦の僅かな兵は一部をウェルズニールへの言伝へ回し、残りは機動性、伝達性の問題でそのまま砦に駐屯させてきた。
彼女達の後ろに控える騎士達も状況の悪さを感じて、各々が表情を険しくさせている。
黙したまま、戦況を目算していたメルティが幻想剣「肖像」を鞘から抜く。
細く透き通った刃は、沈みつつあった夕暮れを透して、やんわりと茜色に染まっていた。
「これより私達はパーシバル砦奪還作戦を開始致します。ケヴェル、貴方は半数の騎士を率いて右翼へ。トリシア!!いますか!?」
「はっ、此処に!!」
名を呼ばれ、ざっと待機していた後列から飛び出す女性。
明茶色の馬に跨り、細身な白銀の槍を片手に持ったトリシアを振り返り、メルティは指示を繰り出す。
「貴女は残り半数を従えて左翼へ。母様の護衛隊は私と共に!!」
はっ!!と低く喝が重なり、速やかに隊列が分かれていく。
「メイジさん、この戦いは過酷なものとなります。どうかお下がりください」
「そうはいかないよ」
「でも……」
と幼き困惑を浮かべるメルティに微笑みかけ、彼はもう一度だけ意志を言葉にした。
「大丈夫、死ぬつもりはないから」
蒼く透き通った瞳を鋭く尖らせ、パーシバル砦を見据えているメイジ。
メルティは彼の眼差しに見惚れそうになり、慌てて視線を逸らした。
唇をきっと噛んで幻想剣を振り上げる。
掲げられた切っ先が、同時に各々の瞳へ映り込む。
「全軍、突撃っ!!」
隊長の大喝を受け、騎士達が一斉に駆け出す。
左右へ散開していく騎馬隊を横目に、メルティは先導してパーシバル砦へ接近していく。
象徴である幻想剣「肖像」を鞘に戻すと、彼女は右中指に通している無装飾な白銀の指輪を眼前へ翳した。
指輪が極光を発し、メイジの瞳を眩ませる。
反射的に両目を瞑るメイジ。対してメルティは間近に輝く光を捉えながら、凛とした眼差しを向けていた。
キャメロット・ティ・フロウウェンは小人でありながら、三種の宝星具を所有している。
内の一種、指輪型宝星具。
━━冠光剣「ランスロット」。
白光が顕現せし十字剣は使役者の意志を介して形状を変質させる。
馬上に跨ったまま、彼女は「ランスロット」を真横に薙いだ。
純白の一閃が、遠く離れて迎撃の態勢を取っていたバンブリオの先遣隊へ届く。
たった一振りで、先遣隊の兵力は大きく削がれた。
「メルティ!!」
メイジが咎めの声を上げている。
「心配には及びません。〈ランスロット〉は意識だけを切り削いでます」
パーシバル砦の壁上でその一部始終を眺めていた青年は驚愕の息を吐いた。
そして無言のまま地を蹴って飛翔する。
宙を滑空して去る青年を見送る魔術師カラメルは独り呟いていた。
「どうして彼が……黎明の騎士団に居るのですかねぇ」
メルティが続け様に「ランスロット」を振ろうと構えた瞬間。
空中を凄まじい速度で滑空し、彼女目掛けて落下する影に気付いたメイジは声を張り上げた。
「来るよっ!!」
真っ直ぐに胸元へ迫る深紅の矛先が、メルティの背後より伸びた手先から噴き出す蒼い焔と衝突する。
蒼焔は不可解な反発力を生じさせ、槍の勢いを相殺していた。
衝突の刹那。メルティは停止した相手目掛けて「ランスロット」を真横に払った。
即座に宙を蹴って白光の閃戟をかわす影。
距離を取って対峙する槍の主。
「ハンプティ・ダンプティ」姫の片翼こと「ギルフォート・シュヴァリエ」は咆哮した。
「理想郷の先駆者……貴様っ!!どうしてウェルズニールに味方している!?」
ギルフォートの詰問には応じず、メイジは軽やかに馬を降りる。
「メルティ、あの人は僕に任せて。君は砦に」
「メイジさん……」
「急いで!!」
メイジとギルフォートを見比べ、彼女は迷いを振り切る様に手綱を叩いた。
向かい合う二人の両脇をメルティ率いる騎馬隊が通り過ぎていく。
その様を横目にギルフォートは再び訊ねかけた
「あの日以来、行方を眩ませたと聞いていたが。なぜウェルズニールに味方している?」
「味方しているつもりはないよ」
「言理とエルが貴様の事を探しているぞ」
「……」
沈黙で返すメイジに、ギルフォートは深紅の槍の矛先を向ける。
「答えぬなら、俺はここで貴様を討ち取るだけだ……覚悟しろ」
その言葉を皮切りに、ギルフォートは力強く地を蹴った。
刹那に距離を詰め、槍を突き伸ばす。
メイジは右手の甲から蒼い焔を纏わせ矛先を逸らした。
頬をかすめ皮膚が僅かにめくれる。
身を屈め掌底を打ち出すが、ざっと飛び退くギルフォートには届かなかった。
一定の距離感を保たれたまま、槍を矢継ぎ早に振り回される。
蒼い粒子を振り撒きながら、寸の所で矛先をかわし続けるメイジ。
反撃の隙が与えられず、しばらく回避に専念させられていた。
縦に振り降ろされた槍の柄を拳で受け止める。
「……っ!?」
触れた瞬間、メイジは自身の挙動に違和感を覚えた。
「直に触れたな」
深紅の槍を華麗に振り回し、ぴたりと構え直すギルフォート。
違和感の正体を確かめようと、両手の平を見つめているメイジに向けて彼は告げる。
「俺の失墜には、反抗の意思を奪う作用がある」
ギルフォート・シュヴァリエが最強の矛の称をせしめる所以。
宝星具「失墜」こと彼が扱う深紅の槍には、行使者の意志を介さず触れた者に対して抵抗力を削ぐ効力がある。
元々は鈍足と呼ばれる状態悪化を付加させる宝星具だったが、所有者であるギルフォートが意識混濁性消失障害になった後、「失墜」は一段階上へと昇華されていた。
黙したまま、違和感の払拭方法を思案するメイジ。
彼は両手を自身の胸へ当てた。
そして、手先から蒼い粒子を放出、全身を覆わせていく。
これが状態悪化の一種なら、強制書換で処理できる。
「さすが、姫様と同じ理想郷の先駆者だな」
葬儀人と等しく強制書換を行使する理想郷の先駆者。
彼等の強制書換は、干渉の程度や分野の方向性、形状などが個々により異なる。
メイジの蒼焔は距離や規模の変化には乏しく不得手だが、至近距離、または直接触れた状態での事象操作や付加などに、その恐るべき片鱗を発揮させる。
蒼い粒子が彼の全身の輪郭を二重線に囲っている。
「その力を持ちながら、どうして貴様はウェルズニールに味方している?その国の背後には葬儀人がいる事を忘れたのかっ!?」
再度、ギルフォートはメイジの意思を確かめようと呼び掛けた。
「わかってるよ……だけど、それが戦争として、人を殺していい理由にはならないじゃないかっ!!」
「失望した。貴様が口にするそれは感情論だ。いずれ後悔するのは己自身だぞ」
「それでも、守れる人々を見殺しにするよりはずっとましだよ」
「失墜」の矛先をメイジの瞳孔へ突きつけ、ギルフォートは冷酷な眼差しを向ける。
怯む事無く立ち塞がるメイジ。
「兵を退いてください」
「断る」
静かに睨み合う二人。
一方、左翼を先導しバンブリオの先遣隊と刃を交えていたトリシア。
彼女は絶望した顔色で、人外なる仮面の男により次々と葬られる仲間達を呆然と眺めていた。
「こんな事って……」
悲観を色濃く含んだ声。
跨っていた馬は既に仮面の男が発散する銃弾を受け絶命しており、彼女の鎧もまた、節々の銃痕から鮮血を滴らせていた。
男の肘が切れて曲がり、断面から散弾銃が飛び散り更に数人の騎士がうつ伏せに倒れ込む。
続けて太股の衣服が破けると同時に左右へ皮膚が裂け広がり、その内部から複数の砲身が伸びた。
筒より放たれた弾頭が甲高い音を響かせて辺りへ着弾し、爆炎による旋風を幾つも巻き起こす。
死屍累々と、無残に積み重なっていく騎士の姿。
「うわぁぁぁぁ!!!」
彼女は悲鳴にも似た叫び声を上げながら、単身で仮面の男へ突撃していく。
接近を確認したアヌビスは、右肩より突き伸びた砲口の狙いをトリシアへ定め、後方へ火を吐いて小型のロケット弾を射出した。
爆音を轟かせて、彼女の腹部に大きな穴があく。
「キャメロット様、どうか御武運を……」とだけ言い残し、悲惨な方向へ上体を曲げながら崩れ落ちるトリシア。
仮面の男アヌビスの暴虐により、左翼の戦況は壊滅的なものとなっていた。




