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New Age  変革編  作者: えんじゅ
第二部 「水瓶座の時代 Age of aquarius」
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昇天の隣人「ヴァンパイア」②



不死なる賢人「ヴァンプ・ブギア・スカーレット」が一つの挫折を経て隠居し、現在までの余生を過ごしてきた鉄塔。

細く長く縦へ伸びる鉄塔は奥行きに乏しく、扉を抜けてすぐに一望できるぐらい狭かった。

壁沿いに円を描く螺旋階段は塔の内壁に螺子を連想させる溝を引いている。

玄関となる空間は、螺旋の段下に水周りの設備がまとめられている以外、目立つ点が見当たらない。

客間となる二階はかつて白黒が寝床として借りていた場所でもあり、炊事全般を一任されていた頃の面影を隅々に残している。

埃被った食器棚や、炭が真っ黒にこびり付いた調理加熱兼用の暖炉。壁に打ち付けた杭へ取っ手を引っ掛け並ぶ器具の数々。

白黒は足元に転がる鍋のかび生えた底を覗き、深く溜め息を吐いた。

「スカーレット、全然料理してないだろ?」

「必要がないからな」

「たまには何か食べろよ」

「私にとって、食事は誰かと一緒にするから意味があるんだ」

ヴァンプはある日を境に、生命活動の維持という側面において栄養を摂取する必要性が失われていた。

彼女にとって飲食とは生きる為の行動ではなく、話す為の手段でしかない。

「人嫌いな隠居人が、誰と食事するんだよ」

皮肉を述べる白黒に向けて、ヴァンプは淡々と答える。

「グレイ、お前がいるじゃないか」

「上はどうなってるでござる?」

二人の会話を遮って反響する声。

長政は螺旋階段の先を見上げていた。

「客間がもう一部屋あって、あとは書斎と寝室だけだな」

黙り込んでしまったヴァンプに代わって、白黒が説明する。

「もしや、お二人は恋仲でござるか?」

先程からの白黒とヴァンプのやり取りを受けて、長政は素朴な疑問を口に出した。

「もう別れたけどな」

「あっ……す、すまぬ」

「グレイ?何を言って……」

取り乱す長政と、戸惑うヴァンプ。

「冗談だよ」

ほっと胸を撫で下ろす長政。

しかし、一方のヴァンプは目元をきつくさせて白黒を睨んでいた。

「ほぅ、グレイ。お前は随分と面白くない冗談を言う様になったじゃないか」

「悪かった。こいつをからかうのが楽しくて、ついな」

「なっ!!白黒殿も拙者を子供扱いするでござるか!?」

納得いかぬでござる!!と憤慨し喚く長政。

「ごめんな」と頭を撫でてなだめ掛ける白黒。

その右腕を凝視してヴァンプは訊ねかけた。

「グレイ。お前、その腕はどうした?」

〈変革〉の起因となった「バジリスク」崩壊の日。

葬儀人であり「黎明の騎士団」団長ブラムとの邂逅を果たし、その結果。

彼の強制書換(ブレイカー)によって、今度は右手首を書き換えられたグレイ。

その日以来、彼の右手は握力を失っていた。

しかし瞳孔の輪郭線だけが浮かぶ白眼と同様、代わりに得た能力もあった。

「今じゃ銃も握れない。この右手が掴めるのは……」と、そこまで言い掛けて、白黒は右手を宙に差し出した。

ヴァンプも長政も黙して、彼の手の平を眺めている。

微かにだが、蒼い粒子が濃縮され焔の様に揺らめいた。

焔を宙に残したまま、彼は手の平を遠ざけ、今度は指を立てる。

人差指の先に蒼焔を灯し、その指先で空中に文字を描いていく。

象られた言葉の鳥がふわりと一度だけ眼前を舞い、儚く塵となり飛散した。

「綺麗でござるなぁ」

見惚れていた長政が短く感嘆の息を吐いている。

「そうか、葬儀人に会えたのか」

「バジリスク」崩壊から数日後。白黒はナノケリア国王モルトローゼの弔いに参列。

安息も束の間。バンブリオの布告を受けたナノケリアは抵抗の意思も見せずに降伏を表明。

規制された交易路「星道」の影響で、国境を超えれず旧ナノケリアに暫く留まっていた。

やがて道中、移人である仲間達と別れ、彼は一人。スカーレットの元を訪れようと中二階街「メーレン」を目指し西へとバンブリオ領土を横断してきたのだ。

腰元には白銀の短銃「無蔵(カート)弾丸(オーバー)」のみが残されている。

もう一対の黒鉄の拳銃「歪曲(ピーキー)着弾(バレット)」はブラムと邂逅した日。

崩れ落ちる洞窟の奈落へ飲み込まれ、白黒の手元から亡くなってしまっていた。

「スカーレット。お前は〈水瓶座の時代 (エイジ・オブ・アクエリアス)〉の正体を知っていたのか?」

「……」

静寂に包まれた一室。窓の外より家畜の低く唸る鳴き声が聞こえた。

「概念は把握していた。としか言えないな」

「そうか」

「それ以上、追及しないのか?」

「必要がないからな」

昔、白黒が「グレイ」だった頃もまた、彼はヴァンプに対して不必要な詮索を決してしなかった。

変わらない旧友にヴァンプは感謝し、いずれは……と胸中に秘めたままこの場を収めるのであった。

「それで今更になって、どうして私の元を訪ねてきた?」

「ほら、長政」

「う、うむ」

体躯に不釣合な戦鎚「鬼忌怪々」を壁に立て掛け、長政は得意の土下座を披露する。

「ん?」

その行為が示す意味がわからず首を傾げるヴァンプ。

「最上級の敬礼らしい」

「ふーん、そうなのか」

「この浅井長政!!ヴァンプ殿に折り入ってお願いしたい事があるでござる!!」

床に額を擦る少女を見下ろし、ヴァンプは眉をひそめる。

「なぁグレイ」

「なんだ?」

「私はな、ひきこもりなんだ」

「あぁ、知ってる」

「どうか昇天の隣人まで案内してはくれぬか!?」

「ひきこもりな私は外がとても怖い」

「そうだったのか」

「で、この戦鎚(ハンマー)娘は私にどうしてほしいって?」

「昇天の隣人まで案内して貰いたいらしい」

「勘弁してくれ」

きっぱりと拒絶するヴァンプ。

「実はな、スカーレット。俺の目的も遠からずなんだが」

「あー嫌だ、聞きたくない」

「噂だが〈ハンプティ・ダンプティ〉のお姫様もひきこもりを脱したと聞いたぞ」

「子供と一緒にしないでくれ」

この場合、どっちが子供なんだ?と心の中で呟く白黒。

「どうかお願いするでござるっ!!」

「長政だったか?どうして昇天の隣人に行きたい?」

鉄塔の外で白黒に話した時と同じ理由を語る長政。

「あんな遠回りしなくても、他に方法は幾らでもあるだろうに。グレイ、お前はどうなんだ?」

白黒が中二階街「メーレン」へ、そして「ヴァンプ・ブギア・スカーレット」の鉄塔へ足を運んだ理由。

「俺も昇天の隣人へ向かうつもりだった。今の俺じゃあ葬儀人に遠く及ばない。このままじゃ駄目なんだ。ただ……スカーレット、お前に確かめたい事もあった」

「何を確かめたい?」

「お前はもう戦う事を諦めたのか?」

「私は……」

それは酷く無責任な詰問に思えた。

ヴァンプの過去を。彼女の挫折の経緯を知らない白黒が、どうして彼女にその言葉を吐けたのか。

しかし、白黒はそれでも知りたかった。

彼女が本当に……傍観者である事を望んでいるのか。

「俺はティアメルを取り戻す。絶対にだ。スカーレット……お前は本当に今のままでいいのか?お前が話す〈移人〉は、お前にとって……とても大切な人だったんじゃないのか?」

「私はもう、彼とは決別していたんだ。今更、喚いた所でその事実は変わらない。移人と小人は結ばれない、いや、結ばれるべきじゃないからな」

ヴァンプもまた葬儀人に大切な人を奪われた過去を持っている。

彼女は自責に月日を費やし、いつしか立ち向かう意志を失っていた。


━━もう戻らない。と決め付けて。


「ありがとう、グレイ。だけど、すぐには変われないものだ」

「そうか、悪かった」

「だ、駄目でござるか」

あからさまな落胆を見せる長政に向かって、ヴァンプは淡々と喋り掛けた。

「いや、私もついていくよ」

「おい、今までの会話は断る雰囲気だったろ」

「グレイ、忘れたのか?お前とは約束したじゃないか。私はお前の為なら喜んでひきこもりを辞めるよ」

「あんまり素直に喜べないな」

明日を向く白黒と長政の瞳を見つめ、ヴァンプは微かにだが表情を緩めた。

「私が責任持って昇天の隣人へ案内しよう」


表舞台へ姿を現す不死なる賢人「ヴァンプ・ブギア・スカーレット」。

白黒と浅井長政の来訪により、彼女はとうとう鉄塔の外へ踏み出す日を迎えた。









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