王の末裔「冠を負う少女」④
パーシバル砦、西門正面。
黎明の騎士団第三部隊隊長「キャメロット・ティ・フロウウェン」ことメルティは馬上より、陥落した砦を見上げ奥歯を噛み締めていた。
平穏な日々。彼女も幾度か訪ねた記憶のあるパーシバル砦。
常駐する騎士達の暖かな出迎え、暢気な振舞い。緊迫感とは無縁な彼等の姿は、見る者からすれば、その瞳に頼りなく映った事だろう。
しかし、メルティは知っていた。彼等の笑顔こそ、国が平和である象徴なのだと。
失われてしまった光景に、心を痛め表情を厳しくさせる少女。
もう二度と……この砦で彼等と笑い合える日は来ないのだと。その意味を深く噛み締め、メルティは「ランスロット」の剣先を壁門へ翳す。
外壁の壇上より姫騎士を眺める青年━━魔術師カラメルは側近を下がらせ一人で、パーシバル砦奪還へ意気込む騎士団を静観していた。
「おかしいですねぇ、てっきり〈黎明の騎士団〉の隊長格は葬儀人で統一してると思っていたんですがぁ」
メルティは伸縮する冠光剣で壁門を打ち破り、率先して砦内へ飛び込んでいく。
「まぁ、直接確かめれば済む話ですねぇ」
斜めに伸びる前髪の隙間から片目を覗かせ、口の端を吊り上げるカラメル。
元々パーシバル砦には、常駐する騎士たちの家族が暮らす住居が僅かに存在していた。
生活の面影を隅々に残す砦内。干された衣服には血飛沫が付着しており、道端に転がる子供の玩具らしき人形が泥塗れになって踏み均されていた。
蹂躙の凄惨さが滲む砦内の様子に、言葉を失うメルティ。
配下の騎士達に敵兵の捜索を指示し、静かに道の脇へ馬を寄せる。
馬の足を休めると、彼女は軽やかに地面へ降り立った。
ゆっくりと歩み寄り、落ちていた人形を拾う。
「どうかお許しください。私の力が劣るばかりに、助けることが叶いませんでした。神よ、せめてこの地に眠る者達へ安息を与え給え」
沈んだ声色で人形へ懺悔し、彼女は冥福の祈りを天に捧げた。
短く弔いを済まし、メルティ自らも砦内の捜索を開始する。
白馬に跨って辺りを見渡しても、目に付くのは無残な傷痕ばかりだ。
こじんまりとした住居の扉に背中を預けて座す騎士の姿。
剣が突き刺さり赤黒く変色した胸元が、彼の死に際を想起させる。
道の真ん中でうつ伏せに倒れ込んでいる貴婦人。
額から血痕を這わせて崩れ落ちている幼き男児。
彼女が戦地に立つ様になってから、幾度となく対面してきた景色。
「円卓の騎士団」の時と同じだ。
争いの無常さを重く再認識させられる。
次第に四方から剣戟の音が上がる。
戦線の交わりを聴覚で捉え、より神経を研ぎ澄ましていく。
左の方角から抜きん出て鼓膜を揺さぶる高音が響いた。
刃同士が弾く音とは異なる類。
「これは魔術、ですか?」
黎明の騎士団にも魔術師は混在していた。
取りとめて述べるなら「朱猫」の異名を冠する炎魔術の熟練者「マオ」だろうか。
彼が唱える魔術を目撃した経験のあるメルティは、砦の内部に響き渡った音の正体が曖昧ながらに推測できた。
住居同士の間に伸びた細い隙間を駆け抜けていく。
途中、壁に寄り掛かって気配を静める仲間の姿が視界に入った。
肩を深く抉られており、おびただしい量の出血が鎧を真っ赤に染めている。
過ぎ去り様に「キャメロット様!!そちらには魔術師がっ!!」と警告され、彼女の推測は確信へと変わった。
細路から勢いよく飛び出すと、円形状の広場に躍り出た。
広場の中央で放物線を描く幾つかの水流が、砕けた瓦礫の隙間から絶えず噴出している。
噴水の残骸を挟んでメルティと対峙する人影。
彼女を待ち伏せていたのは「ゾディアーク教団」の魔術師カラメルだった。
「初めましてですねぇ。僕はバンブリオ先遣隊を指揮してきた〈ゾディアーク教団〉のカラメルと言いますぅ。お見知りおきを」
「私は〈黎明の騎士団〉第三部隊隊長キャメロット・ティ・フロウウェンです」
「フロウウェン……なるほどぉ、王様の血族でしたかぁ」
「貴方がバンブリオの先導者である事を踏まえて、お願いしたい事があります」
「はいはいーなんですかぁ?」
「どうか兵をお退きください」
流暢な受け答えを止め、思案する様子を見せるカラメル。
津々と放流される水音が伝う静けさの中、カラメルの返答を黙して待つメルティ。
時折、何処からともなく剣戟の金属音が反響していた。
「それはできませんねぇ」
メルティが望む返答とは異なる意志を示すカラメル。
「どうしてですか?」
「それはですねぇ、僕達には犠牲を伴ってでも叶えなければならない願いがあるんですよぉ。僕個人だけの意思じゃないですからぁ……これは、もっともっと深淵なる意思なんだ」
カラメルはそれまでの飄々とした喋り方を終わり際に一変させ、無機質さを含む語尾で締め括った。
「そうですか。こちらとしても、その意思とやらをされるがまま受け入れるつもりはありません」
再び「ランスロット」を顕現させ、純白の十字剣を右手に構える。
「貴女はとても美しいから、殺したくはないんですけどねぇ。残念ですよぉ」
カラメルの正面に手の平程の小さな魔法陣が無数に浮かび上がっていく。
ネットゲーム「New Age」の時代において。
接近職と区別され、後衛職と括られる中でも抜きん出た火力を宿し、必殺と殲滅に特化していたのが魔術師だ。
治癒と遮断に特化した詩術師の対極に位置すると述べても過言ではない。
接近職と異なり、それぞれの役割が色濃く滲み出るのが後衛職の特徴でもある。
付加と補助に適した付術師
弱体と拘束に秀でた妖術師
戦術と循環に応じた使役士
範囲と持続に優れた召喚師など。
中でも魔術師のスキル選択は一系統特化が定石とされていた。
炎、氷、水、雷、風、地、光、闇と数多くの分岐を辿るスキルルート。
各方面を均等に取得してしまえば、それは器用貧乏などの話ではない。
火力を長所に据える魔術師で、大規模魔術や上級魔術を捨て初級、中級魔術を幅広く習得した所で……自ら長所を殺しているとしか言い表せないだろう。
カラメルは光系統特化型魔術師だ。
光系統は魔物を選ばず一定の効力を発揮するのが魅力であり、詠唱と再詠唱までのラグの長さがネックとなっている。
無数に浮上した魔方陣から眩い光線が鋭く穿たれる。
凄まじい速度でメルティへ襲い掛かる光の矢。
見止めたメルティはすぐに白馬を横へ奔らせた。
鋭利な角度を描いて矢が軌道を曲げる。
「標的追尾型魔術ですかっ」
彼女は馬上で冠光剣「ランスロット」を振い、矢を弾き落としていく。
そして、剣先をカラメル目掛けて真横に一閃した。
純白の光刃が伸びていく。
「ランスロット」の効力を一見していたカラメルは膝を曲げて剣跡をかわした。
彼は屈むと同時に、左手を地面へ伏せていた。
茫々と周囲の石畳に魔法陣が映り込む。
天を突いて一斉に出現する光の円錐。
続け様に破裂し、光球が爆散する。
跨る白馬の肉体を幾つもの光球が貫通していく。
大きく一鳴きして体勢が崩れる。
メルティに被弾した光球は鎧表面で溶けていた。
馬から振り落とされ、弾かれる様にして着地するメルティ。
「もしかして、その鎧も宝星具ですかぁ?」
無言で頷いて返す。
「宝星具を二つも所有してるなんて、贅沢ですねぇ」
「残念ながら……」
メルティは左手を覆う純銀製の籠手を翳しながら、宣言した。
「私は宝星具を三つ宿しています」
━━籠手型宝星具、白煌雷「トリスタン」。
眩い白亜の雷が彼女の籠手先より放たれ空間を裂いた。
その雷光は「ランスロット」の剣戟よりも凄まじく、光速に値する。
「なるほどぉ、意識を切る剣に、肉体を断つ雷ですかぁ……まさか、こんな伏兵が潜んでたとは驚きですねぇ」
回避も間に合わず全身に被雷したカラメルはうつ伏せに倒れ込んだ。
不思議と肌は焦げておらず、皮膚表面に損傷の痕は見つからない。
「ごめんなさい。〈トリスタン〉は加減がきかなくて、あまり使いたくはなかったのですが」
「いえいえぇ、むしろ殺してしまった方が良かったと思いますよぉ……ふふっ」
不気味な笑みを覗かせるカラメル。
ざっ。と不意に後方から砂の擦れた音が響く。
音の正体が、何者かが高所から飛び降りた際の着地だとメルティが覚った時……既に襲撃は始まっていた。
咄嗟に横へ跳び逸れて、銃弾を免れる。
狗とも狐とも言い難い仮面で顔を覆い隠している人物。
メルティに対して右手首から突き出た銃口を向けていたのは、左翼の殲滅を終えた「アヌビス」だった。
人型自律宝星具「メメントモリ」
魔術師カラメルが「New Age」にて唯一の所有者である人型宝星具。
彼が「アヌビス」と呼び親しむ仮面の男の正体は、体内に数多くの火器弾薬を仕込む自律思考型兵器。
機械仕掛けの従者「メメントモリ」だった。
人外なる兵器には、意思を切る剣も、肉体を絶つ雷も通用しない。
主であるカラメルの危機を察知した「アヌビス」は爆発による推進力を利用して、砦を乗り越え救出へ馳せ参じたのである。
対峙するメルティとアヌビス。
冠光剣を右手に構え、神経を研ぎ澄ましていく。
澄んだ碧眼を鋭くさせて、瞬間を静かに待つメルティ。
━━硬直の場を破ってアヌビスが口を大きく開ける。
鼓膜を揺さぶる高音を響かせ、彼の口元から細長い砲弾が放たれた。
「トリスタン」の白雷をしならせ、軌道途中の砲弾を撃ち落とす。
爆炎と灰煙を残して、破裂する弾薬。
その奥より幾つもの銃弾が立て続けに襲い掛かる。
メルティは素早く爪先で蹴って立ち回り、アヌビスの狙いを逸らしていく。
「ランスロット」の光刃を斜めに振り抜いた。
意識を切り削ぐのは「ランスロット」の側面に過ぎない。
彼女の冠光剣は当然、実態ある斬撃も可能にしている。
伸びた剣筋がアヌビスへ迫る。
回避行動を優先しない思考回路を持つアヌビスは「ランスロット」の刃を真っ向から受け止めた。
右肩が切断され、非人間的な断面を晒すアヌビス。
落下する右腕にも、削がれた損傷にも構わず、彼は両足の側面から次々と砲弾を飛ばす。
パーシバル砦内部の形が脆く崩れていく。
木端微塵と爆散した瓦礫の破片がメルティの足元へ衝突した。
鈍い痛みを足首に覚えたが、アヌビスによる砲撃は止む事を知らず、彼女は瓦礫の中をひたすらに駆け抜ける。
「キャメロット様!!御無事でしたかっ!!」
黎明の騎士団第三部隊に属する騎士による聞き覚えのある若々しい声。
「来ては駄目です!!」
隊長の気迫に押され、立ち止まる騎士の青年。
「今すぐに逃げてくださいっ!!」
メルティが叫ぶ中、死角より足元へ無情に落ちる鉄色の弾頭。
視界を埋める眩さに紛れて、騎士の肉片が飛び散った。
白銀の甲冑に付着した血肉を払い落とす。
嘆く暇も与えず彼女の背後に爆発が起き、衝撃に煽られて全身を瓦礫に投げ打った。
「くっ……」
咄嗟に姿勢を変え急所は免れたが、打ち付けた両腕に激痛が走る。
尖った木片が右腕に深々と突き刺さっていた。
声にならない呻き声を上げつつ、勢いで木片を引き抜く。
生暖かい鮮血が止め処なく溢れ出す。
幻想剣「肖像」の帯刀を確かめ、すっと立ち上がる。
視界を塞ぐ煙を「ランスロット」で両断すると、その隙間よりアヌビスの姿が垣間見えた。
静かに相手の動向を窺う。
「キャメロット様ぁぁぁ!!」
その時だった。
口煩くも慣れ親しみのある呼び声。
「ケヴェル!?」
「うおぉぉぉぉぉ!!」
奮い立った雄叫びを上げ「アヌビス」へ飛び掛かる配下の姿。
すぐさまアヌビスは肘から伸びた銃口を向けた。
独特な……舞剣術と呼ばれる剣技を磨いてきたケヴェル。
上半身を大きく反らして銃弾をかわしながら歪曲した刃をぐるんと翻しアヌビスの残された腕を斬り飛ばした。
怯まず喉元から砲弾を吐き出すアヌビス。
「ケヴェル。見事でした」
甲冑型宝星具、洸片翼「ガウェイン」。
白銀の鎧の背中より生え伸びる光片の翼。
薄い光の欠片が幾何学的な亀裂を引いて、メルティの背に対なる翼を形成していた。
その翼を前方へ伸ばして、放たれた砲弾の軌道を上空へ大きく屈折させる。
頭上で破裂する砲弾の真下、ケヴェルは流れるような剣筋でアヌビスの首を刎ねた。
「どうやら、ここまでみたいですねぇ」
遠く離れた広場に残されたカラメルが「メメントモリ」の最期を悟って呟く。
「紫苑さん、バルドさん。中途半端に離脱する僕を許してくださいねぇ。とても……残念ですよぉ」
宝星具「メメントモリ」の心臓部には最大火力を誇る兵器が搭載されていた。
機能を停止する直前、彼を中心に周囲一帯を自動殲滅する自爆式爆弾。
砦の外まで強烈な発光を届かせ、濃い灰色の爆煙が空へ巻き上がる。
「まさか!?」
パーシバル砦の正面で激突していたメイジとギルフォート。
二人は重低な轟音にぴたりと静止し、パーシバル砦の方角を仰ぎ見た。
「そんなっ……」
砦は一瞬で原型を失い、焦土と化した野原に瓦礫を積んでいる。
人間の亡骸と思わしき焦げた塊が点々と隅に転がっている。
「そうか、カラメル……死んだのか」
俺達の負けか。ぼそりとうわ言の様に洩らすギルフォート。
「理想郷の先駆者、忘れるなよ。これが戦争だ」
そう吐き捨て、彼は空中を跳躍しながら疾走していく。
微々たる残存兵を率い撤退を開始するギルフォート。
ぽつりと残されたメイジは呆然と視界を左右へ巡らせながら砦があった野原を歩いていく。
「メルティ?ケヴェルさん?」
焦土に刃を突き立てる細剣。柄を握る真っ黒な手首からは砕けた骨が肉を裂いている。
荒れ果てた残骸を晒すパーシバル砦跡地。
臓物が締め付けられたかの様な息苦しさを覚え、足元がふらつく。
嫌だ……。
「僕は、また守れなかったのか」
〈変革〉以後、失う事を怖れてずっと一人で行動してきたメイジ。
些細なきっかけで他人と距離を縮めれば、すぐにまた喪失を伴う。
無慈悲なるNew Age(この世界)に今度こそ挫けかけた……その瞬間だった。
「メイジさん、どうか絶望しないでください。私達でしたら無事です」
分散、屈折、反射の形態をとる光片の翼。
メイジよりやや離れた位置の空間を滲ませ、背景と同化していたメルティとケヴェルの姿が露わになっていく。
奇しくも「葬儀人」の黒衣と似た光学迷彩を装う洸片翼「ガウェイン」。
「貴様ぁ!!こっちをみるなぁぁぁぁ!!」
ケヴェルがメイジに気付いて喚き散らす。
彼はメルティにお姫様抱っこされる形でアヌビスの自爆から守られていた。
「良かった、本当に。無事で良かった……」
メイジの今にも泣き出しそうな面持ちを受け、メルティはふわりと懇切な笑みを返した。
「安心してください。私達はそう容易く命を落としたりはしません」
申し訳ございません!!と、ケヴェルは片膝を曲げて屈み戦況を報せる。
「報告が遅れました。左翼、右翼共々壊滅状態。亡骸はまだ発見できておりませんが、トリシアもたぶん、戦死したかと思われます」
形式上、払われた犠牲を供述していくケヴェルだが、そんなものは辺りを一望すれば嫌でも知らされる。
ケヴェル自身、その声色にはやるせない感情が見え隠れしていた。
メルティ達三人を除いて、一命を取り留めていた騎士は数えるばかり。
パーシバル砦奪還の戦果も実らず、バンブリオ先遣隊、撃攘の代償はあまりにも大き過ぎた。
「どうやらブラム団長も救援を向けてくれていたみたいですね」
荒廃とした砦跡地へ差し迫る騎馬隊の群れを見止めたメルティが小さく呟いている。
「ウェルズニール」より遣わされた「黎明の騎士団」即席の援軍が、剣戟の鎮まった地へ傾れ込む。
「あれは……」
先んじて馬を奔らせている人物を捉え、メイジはうわ言の様にぼそりと洩らした。
「迅速なる救援、感謝いたします」
「でも、間に合わなかったみたいだね」
馬から颯爽と飛び降りし人物と、メルティとのやりとりを呆然と眺めるメイジ。
「どうして君が?」
無骨な鎧を纏わず、軽装化された魔術衣装に身を包む男の子。
小柄な体躯、ふっくらとした頬が増して節々に幼さを残している。
可愛らしい顔立ちが一見して性別を曖昧にさせていた。
鮮やかな橙色の頭髪からちょこんと突き出た黒い猫耳。
「あれ?久しぶりだね。メイジ」
〈変革〉のきっかけとなったあの日。
信じてくれた少女を裏切り連れ去ったのは、かつて仲間としてメイジ達と行動を共にしていた一人の魔術師だった。
「……マオ」
かつての記憶と違わず、友然とした態度を見せる朱猫。
━━「葬儀人」との邂逅は突然に到来した。




