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エピローグ

エピローグ


 だん、と荒く陶器のジョッキが机の上に置かれた。

「くそう、エリオットめぇ……!」

 机に突っ伏して呻いたのはジョーイだ。彼の周りには空になったジョッキや酒瓶がいくつも並んでおり、ジョーイの吐息からはむせるようなアルコール臭が漂っている。彼が頬を乗せている机は、陶器の表面から流れ落ちた水滴や飲み零したビールや葡萄酒のせいでじっとりと冷えていた。

 彼の隣にはマークと、そしてケインも座っていた。二人もジョーイと同様ジョッキや酒瓶をいくつも空けており、顔から机に突っ伏していた。ケインに至っては眼鏡を外しており、水と酒と、それ以外のもので顔を濡らしていた。三人ともアルコールのせいで顔が赤くなっている。酒場には彼等以外の客はいなかった。

 ジョーイがこみ上げたものを鼻ですすり、涙声で呟く。

「何であんな男と……」

 続く言葉を知っていたケインも、つられてすすり泣きながら愚痴をこぼした。

「……ひっく、所詮、僕等なんか、眼中になかったんです……うっ」

「ちっくしょう、何だ!そんなに幼馴染がいいのか!」

 ジョーイが机を叩き、近づいてきた酒場の主人に空のジョッキを突き出した。

「もう一杯だ!」

 腹の出た中年の男は、冷めた目でジョーイと、突っ伏したまま動かない二人とを見た。

「騎士様方や、もうウチに酒はないよ」

「明日の分だ!明後日の分も明々後日のも、私は飲むぞ!これでは到底まだ足りん!」

「明日の分もとっくに全然、残ってないの。あんた等が全部、見事に飲み干したんでね」

 ジョーイが言葉に詰まる。するとマークが、鼻や頬を擦りながら主人の方へ顔を向けた。

「まだ足りんけぇ、酔えんのじゃあ」

「そうですよー酔えないんですー、ぜーんぶ忘れてしまいたいんですー」

 額を何度も机に擦り付けながらケインがぐずり始める。普段のケインからは想像もつかない姿だ。そんな彼をジョーイが座った目で見下ろした。

「ケインお前、そんな奴だったか?」

「あなただって素面じゃないですかー」

「全然呑んでないからなぁ、この程度ぁ呑んだうちに入らん!」

「いーや全員呑んだくれだ」

 酒場の主人が断言した。ジョーイを指差し、声を張って言う。

「酒の酔いは後から来るモンだ。現に兄ちゃん、ろれつが回らなくなってるぞ」

「なにをう!よ、酔ってなどなぁい!」

「いいから座りな。ったく、何て様だい。揃って女にフラれたくらいで」

「「「くらいでとは何だ!」」」

 三人が同時に机を叩いた。

「女で騎士になった奴などあいつくらいだ!立派な奴だぞ!」

「方言のきつか俺にも気安う声かけてくれちょうてよぉ、優すかっただ」

「かわいいんですよー」

 口々にこの場にいない人間を称えだす三人に、酒場の主人はうんざりした表情を浮かべた。話にならないとばかりに主人はジョッキと瓶とを両手で持てるだけ持ち、早々にその場を後にした。

 三人が再びうな垂れ、三つの頭が机の上に並ぶ。しばらくの間、口を開く者は誰もいなかった。酒場の主人が汲み置きの水でぞんざいにジョッキを洗う音だけが空の酒場に静かに響く。窓の外はすでに暗く、雲で覆われた空には星一つ見られなかった。

「……なぁ」

 マークが口を開く。両隣に座っていた他の二人が彼の方に顔を向けた。

「何だ?」

「どーしたんですかぁー、マークぅ」

 依然酒でぼんやりとしている二人だったが、マークは神妙な表情になって顔を上げた。頬杖をつき、遠くを見るような目で呟く。

「……俺等は、何で呑んどるんじゃ?」

「なーに言ってるんですかー、エリオットが結婚しちゃったからですよー。そう、けっこ……」

 ケインの言葉が途切れる。少しの間の後、またもすすり泣きが沈黙を埋めた。

「泣くな。私も泣きそうだ」

 ジョーイは投げやりな声で言ったが、ケインの嗚咽はなおも続いた。しばらくの間、ジョーイとマークは何も言わなかった。ケインの泣き声に耳を傾け、胸の奥で依然渦巻いているものを吐き出せないまま無為に時間を過ごす。

 ケインの泣き声がようやく収まった頃、今度はジョーイが口を開いた。

「……相手の男は、幼馴染だそうだな」

「ああ。織り機の職人じゃったか。線のほっそい輩じゃて、俺はよう見れん」

 そう言って、マークは空のジョッキを傾けた。真似事ででも呑んだつもりになって気分を晴らしたかったのである。

「分かりますよー僕だってそいつを見たらどうかなっちゃいそうですもーん」

「……お前はすでにどうかしてるな」

 再び頭を机の上で転がし始めたケインを見て、ジョーイは幾分冷静になってそう言った。ケインが動くのをやめ、ぽつりと呟く。

「どうにかなりますよー。……初恋だったんです」

「……俺も、や。嫁のなり手のおらん田舎から上がって、初めて知った人やった」

「私もだ。女は何人も見たが、あいつみたいなのは初めてだった」

 再び沈黙が下りた。話そうとしてもエリオット以外の話題は思い浮かばず、呑もうとしてもすでに呑むものはない。

「……呑んでも、あいつを忘れられんな」

 ぽつりと、ジョーイが呟いた。ケインもマークも、何も言わなかった。この沈黙が肯定である事は明白で、ジョーイはさらに続けた。

「……なあ」

「何です?」

「……忘れられなきゃ、嫌いになるのか?」

 沈黙の質が、変わった。マークとケインがジョーイを見る。

「……何言っとんじゃ、おまんは」

「どうすればそんな話になるんですか?」

「……だよなぁ」

 再び沈黙が下りた。

「……なあ」

「何です?」

「……私達は、エリオットを嫌いになろうとしてるのか?」

「かもしれませんね。……しっかし、我ながら理由がいただけません」

「んだな。フラれて嫌いちゃ、ケツの穴ば小さかとなぁ」

「下品だぞ、気を付けろ。それに、お互い様だ」

 ぽろぽろと話が進み、三人は次第に饒舌になっていった。それが心境の変化からか、今さらながらに酔いが回ったからか、理由は彼等自身にも分からない。それでも、喋るにつれ徐々に気分が晴れていき、更に話題が広がった。

「新しい恋でも探すか?」

「だったら同盟破棄しましょう。抜け駆け厳禁、なーんて決めたから三人揃って失恋したんです」

「お前それ今言うのか」

「言うてて辛くなかがぁか?」

「辛いだ何だは、とうに言い尽くしましたよ」

「ようやくいつもの調子に戻ったな」

 フン、と笑うケインに、ジョーイも鼻で笑い返した。マークが顔を上げ、空のジョッキを手に取る。

「だば、仕切り直しだな」

「何のだ?」

「分かっちょろうがよ」

「違いありません」

 ジョーイとケインも顔を上げ、手近なジョッキを掲げた。

「一人の女を思った俺達に」

「片思いした相手の、変わらぬ幸せの為に」

「そして、俺等の友情に」

 三つの空のジョッキが、「乾杯」の声と共にかん、と音を立てた。


 窓から流れ込んだ寒風が、エリオットを夢から覚ました。先ほどまで見ていた夢の内容を思い出し、視線のやり場に困って顔を押さえる。

さも自分の目で見てきたかのような夢の光景は、彼女の見たものではない。酒場の主人からジョーイ達三人の居座る様子を、嫌味混じりに仔細に聞かされたせいである。それまで、彼女は三人の好意を知らなかった。そのせいで、もう二年は経つというのに彼女は時折この夢を見る。その度彼女は三人に罪悪感に似たものを感じてしまうのだった。

「……私って、ひどい女なのかなぁ?」

 これ以上寝る気が起きず、彼女は上半身を起こした。ベッドを降りる気も起こらず、気だるい気分で窓に目を向ける。

 青々と広がる牧草地と立ち並ぶ民家、鋭くそびえ立つ山々。窓から見えるいつものその景色を遮るように、人影がひとつ窓の外にいた。

「はろー」

 片手をひらひらさせるリズの姿に、エリオットは飛び起きた。窓に駆け寄り、鍵を外す。朝の冷気が流れ込むが、構わずエリオットは窓から身を乗り出してリズに詰め寄った。

「体、大丈夫ですか?」

「怪我ならもう平気。ほれ」

 そう言ってリズが腕をまくって見せた。本人の言う通りリズの腕には手当ての跡はおろか、傷痕一つ見られない。昨日の有様が嘘のようだった。

「魔法で傷を?」

「んーん。生まれつき、傷の治りが速いのよ。タフな種族が祖先にいるからね」

 エリオットは首を捻ったが、リズは自慢げな表情を崩さなかった。今やおとぎ話にしか存在しない様々な種族の血を引いているのも、魔女が人間と区別されている由縁である。

「そうそう、あの魔法……」

「あ、はい!その節はありがとうございました」

 エリオットは深々と頭を下げた。自分用の武器を呼び出す魔法を、赤い鎧にかけた件の事だ。

「いいのよ、そんなの。それよりあなた、本気であれがヒイロノカネって気付いてなかったの?」

 リズが苦笑して言うと、エリオットは気恥ずかしそうにリズから視線を逸らした。ジョーイ達三人も気付いていなかったのだが、エリオット本人に至ってはお守りの方を持っていながら全く分からなかったのだからバツが悪いのだった。

「見たら分かると思うんだけどねぇ。それと、あなたは子供のお守りって言ってたけど、正確には女の子のお守りよ、あれ」

 リズの言う事には、ヒイロノカネの不思議な性質が由来していた。

 触ればたちまち高熱を発生するヒイロノカネだが、それは男が触った場合の反応だ。エリオットの赤い鎧は、ヒイロノカネで出来ている。エリオットが騎士になった際、ナバンの国王から直々に賜ったものだ。エリオットが触るどころか全身を覆って無事だったのも、単純な理由である。女にとっては害のない鉱物なのだ。

「子供の頃にもらったから、勘違いしてたんです。鎧も、貰い物ですし」

「豪気なプレゼントねぇ。よほど女の騎士が珍しかったのかしら」

「も、もういいでしょ。あんまり女だって言わないでくださいよ」

「あら、コンプレックスだった?でも、昨日のあなた格好良かったよ」

「あの鎧は結構動きやすいんです。あの場で着られたのは、リズさんのおかげですよ」

「あらそう?まあ、鎧の部品全部に円を掘るのは大変だったけどね。役に立ってよかったよかった」

 リズははっはっは、とひとしきり笑うと、思い出したようにエリオットに言った。

「あーそうそう、四人の騎士様に伝言があるのよ」

 首を傾げるエリオット。続く言葉に、その表情は強張った。

「王宮までいらっしゃいな。和平について、詳しく話してくれるから」


 エリオット達の住まう町よりも南に、ナバンの王宮はある。王宮は文字通りナバンの中心に位置しており、そこから東を見ればジルトールとの国境を、西を見ればヒイロノカネの採れる微笑み山を一望できる。微笑み山の名の由来である斜面の隆起を王宮から見る事は出来ないが、日が落ちると不気味な笑みを浮かべているようにも見えるのだから、王宮に仕えている者は皆、見えなくてよかったと思っていた。

 鋭く尖った円錐状の城の屋根の上では今、獅子と菩提樹の葉とが刺繍されたナバンの国旗がはためいていた。エリオットとジョーイ、ケイン、そしてマークの四人は、神妙な面持ちでそれを見上げている。

「なーに揃って固い顔してんのよ。ほら」

 リズの先導の元、四人はしぶしぶといった体で城に入っていった。

エリオット達が浮かない顔をしているのは、今の彼等が鎧を纏っていないからでも、王宮内を行き交う兵士や騎士に有閑騎士と陰口を叩かれたからでもない。リズに呼ばれたのが、彼等四人だけではないからである。

「こんな所に呼ばれるなんて、アンタ、一体何したんだい?」

 エリオットの後ろで、がなるような声が上がった。声をかけられたのは、ジョーイである。

「そんなに怒鳴るな。私達はナバンの騎士として名誉な事をだな……」

「だったらなんであたし等まで呼ばれるんだい!?よそ様に迷惑かけるなんて、アンタって人は!」

「だから誤解だ!あだだだだ、腕を掴んでひねるんじゃない!」

 ジョーイとその妻、イザベルのやり取りはいつもの事なので、エリオットはまたかという気分で背後を振り返った。案の定、ジョーイはすでに恰幅の良い彼の妻、イザベルに背中越しに手首を極められていた。

ジョーイ夫婦の後ろには、左腕を三角巾で吊るしているケインがいた。左肩もまっ白い包帯に覆われており、それを傍で小柄な女性が気遣っていた。童顔なのも合わせてケインの娘のようにも見えるが、れっきとした彼の妻である。

「ケインさん、怪我、大丈夫?痛かったら言ってくださいね」

「大丈夫ですよマリー、この程度どうって事ありません」

 一回りほど歳の離れたケインの妻、マリーは幼い顔立ちに不安と申し訳なさを多分ににじませた。

「ごめんなさい、私のせいでケインさんにいつも怪我をさせてしまっています。この前だって刺繍のモデルになって欲しいからって、鎧姿で木に登らせてしまって……」

「あ、あれは僕が悪いんです!だからその、ここでは言わないでください……」

 ケインの顔がたちまち真っ赤になり、声がか細いものになった。これを聞いていたエリオット達は、ケインが鎧を修理に出していた理由に合点がいった。

「何だケイン、お前、鎧を着て木から落ちたのか」

 からかうような声でジョーイが言うが、彼はまだイザベルから解放されていない。ケインがいつものようにジョーイを睨み返すが、それをマリーがたしなめた。

「駄目ですよ喧嘩しちゃ」

「……はい」

「ごめんなさいねケインさん。あんたは本当にもう!」

「痛たた、痛い痛い!分かった、悪かった!離せ!」

 まるで対極な二組の夫婦。その後ろにはマークと、彼の伴侶がいた。

「……」

「……」

 大柄なマークの隣にいるせいで小さく見えるが、彼の妻であるエマは女性としては相当長身だ。リズに匹敵するほどの背を持つ彼女は、夫と目も合わせようとしていなかった。マークも同様にエマから目を逸らしている。しかし時折、互いに目を合わそうとしては、気まずそうにそれを諦めるのを繰り返していた。見合いで結婚してから日が浅いからか、二人の仲はまだずいぶんぎこちないようだった。

「エマちゃん、元気がないけど、どうかした?」

 イザベルがジョーイの腕を極めたままエマに話しかけた。エマははっとして、首を横に振った。

「言いたい事はちゃんと言わないと駄目よー?男ってのは尻に敷くくらいでちょうどいいんだからー」

 たしなめるように言って、彼女はジョーイの腕を持つ手に力を込めた。あだだだだ、とジョーイが更に悲鳴を上げた。

「ちょ、ちょっとやり過ぎな気もしますけど……」

 そう言ったのはマリーだった。エマは彼女とイザベルとを見比べ、どちらの言い分を信じようか迷い始めた。三人は共に同じ工房で刺繍に勤しんでいる為、知らぬ仲ではない。伴侶のつながりで交流もあるのだが、その伴侶との接し方については常に意見が割れているのだった。

 そして、彼女等と同じ職場で従事している者がこの場にもう一人いた。

「皆さん、王宮ですよ」

 エリオットの隣で、その男は彼女等に言った。途端に三人は大人しくなり、イザベルに至ってはジョーイの手を離した。解放されたジョーイの手が大きく振られ、ジョーイは腕の無事を確認するように手のひらを見て指をわきわきと動かした。

 先ほど発言したのは、言うまでもなくエリオットの夫、アーサーである。線の細いその男は、女達の働く工房で使われている織り機や糸巻き機などを作る職人であり、工房の管理も受け持っている。そのため、イザベルとマリー、エマとも面識があった。ジョーイ達三人にとっては、言わずもがなである。

「魔女さん、どこまで行くんですか?」

「もうちょっと先ね。それと、魔女呼ばわりはやめて頂戴」

「なぜですか?」

「蔑称に聞こえるからよ。あなたにその気がなくても、ね」

 アーサーは不思議そうな顔をして首を捻った。

「魔女って格好いいじゃないですか」

「あんまり言わないであげて。そう思わない人も多いの」

 エリオットにそう窘められ、アーサーはそっか、と納得して口を閉じた。二人のやり取りをジョーイとケイン、マークの三人がもの言いたげな目で見る。エリオットは三人の視線に気付き、ほんの少し歩調を遅らせてアーサーと距離を取った。アーサーが、後ろに下がる妻を不思議そうな目で見る。

「ん、どうしたの?」

「……別に」

 エリオットにはそれ以上を言う気も、そして時間もなかった。先頭に立っていたリズが足を止めたのだ。

「さ、ここよ」

 リズが扉を開き、八人を室内に促した。

「え、ここって……」

 エリオットが部屋の中を見て驚く。扉の先は広く長い通路のようになっており、赤いカーペットが扉から奥へとまっすぐ伸びている。その奥に見える椅子には一人の老人がいた。ナバンに住む者なら、彼を知らぬ者はいるまい。高い天井からつり降ろされたナバン国旗の直下に座るその人物は、リズとエリオット達を見て、にこやかに声をかけた。

「はろー」

 国王から飛び出した気さくな言葉に、エリオット達は息を呑んだ。


「さて、事の顛末を話そうか」

 国王は長く伸ばした髭を指でいじりながら、膝をつく四組の夫婦に言った。エリオット達四人とその伴侶四人はどんな言葉をかけられるのかと全員が気が気でなかったのだが、国王は構わず続けた。

「まず、私は政治にはさほど関与しとらん。ぶっちゃけお飾りじゃ。多くの大臣に役目を割り当て、彼等のするに任せておる。つまり、ジルトールとの和平もカーマンに任せていた。ここまではいいかな?」

 はい、と八人の返事が重なった。

「うむ。それで、主らも知っているように、困難と思われた和平があっさりと結ばれた。これがジルトールからの申し出と分かれば、お飾りのジジイからしてもおかしいと思うた訳じゃ。だから、私は友人に調査を頼んだ」

 そこまで言って、国王は傍らに立つリズを見た。二人は顔を見合わせ、互いの手をぱちんと打ち合わせた。そこからリズが続きを言う。

「……で、私はそのカーマン大臣が、ジルトールのセラと取引している現場を見たの。……これを告発するだけなら簡単な話だけど、ただホラ、あたし魔女でしょ?あたしの証言だけじゃ信憑性が薄いだろうから、確かな物証が欲しかったの。だから、あたしはずっとセラを隠れて見張っていたの。で、森の中でずっと野宿する羽目になった訳」

「何でまた野宿を?」

 エリオットが尋ねる。

「犬蜘蛛を通じて離れてやり取りをしているのは分かっていたからよ。全部で何匹いるかは分からないから、その犬蜘蛛が隠れて住むならここだろうなっていう森で辛抱強く張り込む必要があったの」

「それこそ魔法でどうにかできないのかって思うんですけど……」

「あたしの魔法は対象に直接かけるものしかないの。離れた所で何でも思い通りに、なーんていうのは無理よ。……で、どうにか五匹全部に首輪をはめて、自分の足でヒイロノカネを探しに来たセラに脅しをかけさせようとした。そしたら、あなた達騎士様方がやってきたって訳よ」

 そこまで言われれば、エリオット達にも覚えがあった。犬蜘蛛の足跡をマークが見つけ、それを追っていった結果犬蜘蛛と遭遇、四人でこれを退治したのだ。

 ここまで言われた所で、ケインが手を上げた。

「はいケイン君」

「カーマン大臣は今どこに?」

 この質問には国王が答えた。

「彼ならジルトールの魔女やその手下達共々、地下に幽閉しているよ。もちろん地位をはく奪してな」

 これにはエリオット達四人全員が納得した。セラやセラの私兵達がカーマンの事を話したのならば、カーマンが投獄されて当然だ。しかし、四人がまだ納得できないでいた部分がある。それを、ケインが代表して尋ねた。

「なぜあの二人は結託したのでしょうか?ジルトールがヒイロノカネを欲して見せかけの和平を締結させたのは分かります。カーマン元大臣はさしずめ、ナバンが侵略された後のジルトールでの立場でも約束されていたのでしょう。しかし、なぜジルトールは魔女のセラを動かしたのでしょう?魔女というのが人々から恐れられているのはナバンもジルトールも一緒のはずです。あえて魔女の彼女が動いたのは、彼女個人にとって何かメリットがあったからではないでしょうか?」

 ほほお、と国王が感心したように声を漏らした。

「そこまで考えるのかね」

「どうしても気になるんです。ジルトールの対応次第では、本当に戦が始まりかねませんから」

 重い沈黙が下りた。騎士達の表情が一様に険しくなる。

もしケインの言う事が実現すれば、四人の騎士は戦場に出なければならない。彼等には騎士として、国を守る義務を果たす必要がある。命を落とす事もおかしくない。もちろん、四人にはその覚悟があった。一方、伴侶達は自分の連れ合いがいなくなる日を想像し、騎士達よりも青い顔になった。思いがけず訪れた平穏が目の前で崩れそうになる場面を前にしているのだから無理もない。年若いマリーに至っては俯いて、夫であるケインの服の裾を掴んでいた。

「あー……。その件だけどね」

 言いにくそうに、リズが口を開いた。エリオット達八人の視線が彼女に集中する。

「ジルトールはこの件について、関与を否定してるの。全部、あのセラって魔女が独断でやったって」

 騎士達は耳を疑った。全員がぽかんとした顔になる。一拍の間の後、ジョーイが尋ねた。

「……どういう事だ?」

「言ったままよ。ジルトールは声明を出したの。侵略計画なんて知らないし、二国間の和平を乱すような計画には加担していないって。……ま、どう考えても、魔女のセラに責任おっかぶせたんでしょうね」

 誰もが言葉を失った。

「まあ、ジルトールの人間がナバンでやらかしたのは事実だし、近隣国にも知れ渡っているから、ジルトールは今後下手な真似はできないでしょうね。だから、この国は当分平和なままよ。安心して頂戴」

 リズの言葉に国王が首肯した。

 ナバンに隣接している国は、ジルトールだけではない。ジルトールも、他国に攻め込まれる口実を作りたくないのだろう。何にせよ、今回の件でジルトールが動きにくくなったのは明らかだ。

「……それでも、納得できません」

 そう言ったのはエリオットだった。

「そういうのって、何だかずるいと思います。企みがばれたから、ジルトールは魔女のセラさんを切り捨てて保身に走ったって事ですよね」

「顔面殴ったあなたが言う事なのかしら、それ。……まあ、言いたい事は分かるけど」

 エリオットは痛いところを突かれ、苦虫を噛み潰したような顔になった。

「……まあ、実のところ、あたしもあんまり彼女の事は言えないのよね」

 リズはそう前置きすると、説明を始めた。

「セラがジルトールの人間として動いていたのは、ジルトールでの自分の立場を保証したかったからなの。その為には実績が必要で、だからこそ彼女はヒイロノカネに目を付けた。ヒイロノカネは魔女の間では有名だけど、出土する場所はナバンのどこかとしか分かってなかったからね。彼女はジルトールにヒイロノカネの有用性を示し、更にはその一部を所有する権利を求めた。万が一ジルトールが滅んでも、他の国に拾ってもらえるようにね。女にしか触れないのも、彼女にとっては魅力的だったんでしょうね」

 リズの口調は我が事を語るようなものだった。魔女である事で心無い言葉を向けられる心境は、有閑騎士と揶揄される四人の騎士にも理解できた。同じ魔女として、セラの考えていた事に思う所があるのだろう。

 ただし、自分の国が滅ぶ可能性を示されては、「分かります」などと声に出して言えるわけがない。ましてやナバンの国王の前だ。四人の騎士は彼女の心境を慮り、何も言えなくなる。しかしその沈黙を、無遠慮な言葉が砕いた。

「おいおいリズ、それじゃまるで、自分も同じ事をしかねんと言ってるようなものだろ。よく私の前でそんな事を言えるな」

 言ったのは国王だ。四人はまさに思った通りの事を言われたようでどきりとする。対してリズは、彼を見て小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「そりゃあ、あたしの寿命長いしー?あんたとの付き合いだってあと何年続くか分かんないからねー」

「なるほど、違いない」

 はっはっは、と声を揃えて笑う二人。エリオット達八人は無礼な口を利いたリズを怒るべく立ち上がりかけたのだが、国王の返答に呆気に取られ、中腰のまま固まってしまった。彼等は反応に困り、仕方なくそのまま立ち上がった。伴侶達も恐る恐る立ち上がる。

「でもあんたの事好きよ」

「ありがとう、私もだ」

 リズと国王は慣れたようにそう言い合うと、再び八人に向き直った。立ち上がった彼等を見て、座るのを促す様子はない。

「とにかく、心配はいらん。ジルトールとの和平は今後も続くという訳だ。君達のおかげでな。ナバンの国王として、君達を名誉に思うよ」

 この言葉は、エリオット達騎士にとって何より名誉なものだった。四人は同時に跪き首を垂れた。魔女であるリズを友人と呼び、対等に接する国王に彼等は改めて畏敬と感謝の念を抱く。不当な差別をしないこの国王だからこそ、エリオット達はナバンの騎士である事が何より誇らしいのである。アーサー達も事情はあまり分からないながら、伴侶が国王に褒められた事を喜ばしく思った。

 その時、八人の後ろで足音が上がった。振り向いた彼等の内、立ち上がった四人の騎士の表情がにわかに明るくなった。

「団長!」

 エリオットの声に、シモンズは片手を上げて応じた。彼は四人の元に近づき、にこやかに言う。

「よーう、お前等。あれから配置換えが決まってな。俺もめでたく、今日から王宮仕えだ」

「それはおめでとうございます!」

 我が事のように喜ぶエリオット達を、シモンズは両手でどうどうと制した。

「落ち着け、な?……でな、お前等も戻らないか?」

「はい?」

 エリオットは耳を疑った。他の三人も、何かを聞き間違えたような顔になって互いに顔を見合わせた。

「俺は国王陛下に提案したんだ。今回の功績でお前等を王宮直属騎士団に戻してもらえないか、ってな。国王陛下も快諾してくれたんだぞ」

 四人が国王を振り返る。

「うむ。今回の件で少々ジルトールとの付き合いを変えようと思ってな。私の意見で、空席になった外務大臣の席にやり手の人間を入れた。ジルトールに変な気を起こさせないよう交換兵役も人数を減らさせ、騎士団の規模も少々拡大させたのだ。元通りとはいかんがな。これについては、ジルトールに文句を言わせんつもりだ」

「国王が政治に関与されるのですか?」

 驚いたケインの言葉に、国王は力のこもった声で答えた。

「私は王だ。余計な事は言わせんよ」

 こう言われては、ケインに返す言葉はなかった。自分で言った言葉の愚かさを悔やみ、非礼を詫びるように俯く。ジョーイがそんな彼を横目で対応に困ったように見ながら、気になる事を国王に尋ねた。

「そ、それは大丈夫なのですか?他の国に要らぬ警戒心を抱かせるのでは……」

 ジョーイの問いに、国王はゆったりと応じた。

「何、心配いらん。ジルトールのおかげで馬車道が整備されて、おかげでより一層周りの国でうちの織物や工芸品が出回るようになって、需要も高まったからね。その貴重さも理解されている。ナバンの文化はナバンの人間にしか作れないとまで言われているし、何より軍事力については、むしろ他の国が心配していたくらいだ」

「過ぎるくらいのんびりした国だからねぇ、ここ」

 リズの感想に国王がうんうん、と頷いた。シモンズが今さらながらにリズに気付く。

「……って、魔女のねえちゃんじゃねえか。何でここに?」

「私の友人だよ。今回の件の協力者でもある」

「おっと、こりゃ失礼。……で、どうだお前等、戻らないか?」

 シモンズの提案は、騎士達にとって魅力的な響きがあった。シモンズと国王は、エリオット達四人の返事に期待の眼差しを向けている。四人は顔を見合わせ、そして自分の伴侶を一瞥した。

 騎士団への復帰は四人にとって望むべくもない事だ。しかし、それには不安がある。

「……一晩、考え、させて、ください」

 マークが恐る恐る言うと、国王は快諾した。

「うむ。良い返事を期待しているよ」


 夜は更け、夫婦達はそれぞれの家に帰っていった。エリオットとアーサーもまた、小高い丘の上の家に戻り、二人でテーブルを囲んだ。

「騎士団には戻らないの?」

 アーサーが淹れたばかりの紅茶を差し出し、エリオットに尋ねた。古い茶葉な上にアーサーが紅茶を入れ慣れていないせいか、湯気と共に漂うはずの香りはほとんどない。それでもエリオットは入れてもらったことに感謝し、カップを取った。薄い香りをかぎながら、迷いを口にする。

「んー……、どう、かな」

「……?戻りたくないの?」

 首を捻るアーサーに、エリオットはんーん、と首を横に振った。

「戻れるんならそうしたいな……。騎士になれた時はね、すっごく嬉しかった。国王陛下が認めてくれた、女でも国の為に戦えるんだって。シモンズ団長は私の扱いに困っていたけど、それでも出て行けなんて一度も言わなかったし。いい友達も、……いたしね」

 思い浮かべた三人を友達と呼ぶことに、エリオットは強い抵抗感を抱いた。

 ジョーイ達とは、兵役に参加させてもらったばかりの頃からの付き合いだ。当時はナバンでも女の兵士というのは珍しく、そのせいで兵士達や、あろうことか騎士からの嫌がらせも多かった。その度にジョーイやケイン、マーク等はエリオットと彼等との間に立ち、彼女を擁護していたのだった。その諍いが殴り合いに発展した事も決して少なくない。団長であるシモンズからすれば、エリオットは常に争いの種だっただろう。彼女自身もそれを自覚しており、居心地が良かったと言えば嘘になる。

 それでも、騎士である事は誇らしかった。

「羨ましいよ。僕は兵役すら断られたっけ。病弱だから」

「だから私がなったんでしょうがよ」

 嫌味か、とばかりにエリオットは身を乗り出し、アーサーの頬を指で掴んだ。

「あだっ、痛い痛い!」

「痛め痛め。……ほんっと、人の気も知らないで」

 エリオットは手を離し、むくれてそっぽを向いた。アーサーは頬を押さえ、機を損ねた妻を不思議そうに見ていた。

 エリオットが兵役を志望したのは、アーサーの為と言ってもいい。兵役できない男は、あちこちでお荷物扱いされている。誹りを受ける幼馴染をかばい、ならば私がと、エリオットが代わりに兵役したのであった。当時を思い出し、エリオットは我ながら向こう見ずな真似をしたと思った。

 もしアーサーの体が今より丈夫なら、エリオットは兵役になどつかなかったし、騎士にもならなかっただろう。ジョーイ達に会う事も、こうして気まずい思いをする事もなかったはずだ。

 考えれば考える程エリオットは自分が間違った事をしているように思えて気が滅入ってきた。ずずっ、と温くなった紅茶をすすり、窓の向こうに見える闇を見つめる。

 と、そこで彼女は気付いた。普段のこの時間なら、星の明かりくらいしか窓の向こうに見えるものは無い。だというのに、今は携帯用の手提げランプの炎が見えていた。窓の外でゆっくり左右に振れている様は、どう見てもこちらを誘う動きだ。エリオットが怪訝に思った時そのランプが持ち上がり、暗がりの中で人の顔を照らし出した。その顔がジョーイのものである事に気付き、エリオットは立ち上がった。よく見れば、ケインとマークの姿もある。

「どうかした?」

 アーサーが彼女の視線を追い、三人に気付く。すぐに彼はエリオットを見、彼女も彼に目を向けた。

「いいよ、行ってきて」

「……いいの?」

「何か大事な用なんでしょ?」

「……ありがと」

 それだけ言って、エリオットは外に出た。


 ランプの炎が消えると、辺りは夜闇の色に染まった。太陽のない空は青く、針の穴程の光がいくつも瞬いている。エリオットの家がある丘のふもとで、四人は牧草地に並んで座っていた。全員黙ったまま空を見上げている。

「……なあ」

 ふと声を上げたのはマークで、他の三人が一斉に右を見た。

「おまんら、戻るんがか?」

 訛りを隠さない話し方に三人は面食らったが、それを咎めはしなかった。それだけ彼が本気で悩んでいるのが分かったからだ。

「……それは自分で決める事です」

 マークのすぐ隣に座っていたケインがそっけなく言った。マークが「薄情者」とでも言いたげな視線を向けるが、正論だと分かっているからか反論しなかった。

「お前はどうなんだ?」

 ジョーイに尋ねられ、ケインは隣に座るエリオット越しにジョーイを睨んだ。ケインもこれを睨み返す。

「聞くまでもないでしょう?あなただって、とっくに決めているんじゃないですか?」

「フン、まあな」

 それだけ言って、二人は黙り込んだ。間に挟まったエリオットは、居心地が悪くなって縮こまる。そんな彼女の様子に気づき、マークが声をかけた。

「どすただ、エリオット?」

「ん?あ、いや、何でもないよ?」

 エリオットは殊更明るい声でそう返した。それが裏返った声に聞こえたからか、ジョーイとケインが彼女に目を向ける。

「何だ、お前は迷っているのか?」

 ジョーイの問いかけにエリオットは少し迷った後、うんと頷いた。

「エリオットは騎士へのこだわりが強いですからねえ」

 ケインの言う通りだとエリオットは思った。最初こそアーサーの代わりとして兵役に従事していたが、厳しい訓練や度重なる嫌がらせに耐える内、いつしか騎士になる事が彼女の目的になっていた。騎士ならば誰にも何も言わせず、気ままに過ごせると思ったからだ。

 事実その通りで、騎士になってからは、彼女への嫌がらせはほぼなくなった。史上初のナバンの女騎士として特注品の赤い鎧を国王から賜ったのも、彼女の威厳を一層強調した出来事である。

「まあ、ね。ただ、今さら私に戻られても、迷惑だって人も多いんじゃない?」

「そんなの勝手に言わせておけ。お前はどんと大きく構えておけばいい」

 ジョーイがそう言ってふん、と鼻を鳴らした。我が事のように誇らしげな顔を浮かべる彼を、ケインがはっ、と鼻で笑う。

「簡単に言っちゃいけませんよ。エリオットは結構繊細なんですから。あなた程面の皮が厚くないんです」

「ほほお、さすがは文官兼ねた男だ。女の騎士への気遣いがよーく出来ている」

「ずいぶんと棘のある言い方ですねぇ。下心があるとでもお思いで?」

「違うのか?」

「……」

 二人の間に険悪な空気が漂う。いつものエリオットなら「また始まった」と呆れていただろうが、この時ばかりは朝見た夢を思い出し、気楽に笑えなかった。

「ま、まあまあ、穏便にね。ケインだって可愛い奥さんがいるし、他意はないんでしょ」

「当然です。マリーほどよい嫁はいません」

「おらだて、エマを選んだ事に後悔はなかぁよ」

 ケインとマークが目を合わせ、どちらからともなく笑みを浮かべた。互いに自分の決断に後悔はないと確信し、相手が同じ決断をして満足しているのが分かったからだ。そんな二人の様子を見ていたエリオットは、なぜか自分が許されたような気がしてほっ、と息を漏らした。

「?どうかしましたか?」

「ううん、何でもない」

 エリオットはそう答え、ちらりとジョーイの方を見た。彼は左を見ていた。

「私も、……イザベルを選んだ事に不服はない」

「こっち向いて言ってもらえます?」

 至極当然のように言うケインに、ジョーイは目を剥いて振り返った。

「あれだってなぁ!昔は細くて美人だったんだ!」

「知ってます」

「優しかったし、従順だったし、今と違って腕を捻ったりしなかった。一体何でああなったのか……」

 そこでジョーイの声は途切れた。エリオットに目を移した途端、彼は言ってはいけない事を危うく言いかけるような顔になり彼女から目を逸らした。彼女に何かを悟られる前に、彼はケインとマークに尋ねる。

「何が悪かったと思う?」

「あなたの態度が問題ですね」

「んだ」

 途端に、ジョーイの眉根が寄った。

「何ですその目は」

「私のせいだと言うのか?」

 これにはケインやマーク、そしてエリオットも耳を疑った。しかし何が悪かったのか理解できていないらしいジョーイの反応を見て、彼が決してふざけているのではないのが分かり、三人はイザベルの苦労を偲んだ。

「何だ何だ、揃って黙るな。何だか怖くなるだろう」

「……あなた、確か一回浮気してますよね?」

 う、とジョーイが声を詰まらせた。

「そうそう、それ以前に、ジョーイは結婚した後も色んな女の人にたくさん声かけてたんだよねー」

「それにジョーイは料理がうまくなかばい。そがいな飯を毎日『ほらよ』と出されれば、嫁も変わるっちゃ」

「お前等結構辛辣だな」

「スパッと言うのがあなたの為です」

「指摘したがりは皆そう言うんだ」

 ジョーイは肩を落とし、はー、と長くため息をついた。不満げではあるが、言われた事を否定しないのは、彼自身に思い当たる点があったからなのだろう。

「じゃあさ、ジョーイはイザベルさんが嫌いなの?」

「そんな訳ないだろ」

 そう言うジョーイの口調は、先ほどよりも強いものだった。三人は思いのほか強い反応に口をつぐむ。

「……今の関係がどうあれ、私があいつを選んだんだ。別れるなんてできんし、もうあいつのいない生活は考えられん」

「やっぱり躾けられてるね」

「鍛えられたと言うべきだ」

 ジョーイのその、すっかり馴染んだものとなった返答にエリオットは思わず笑みが込み上げてきた。ジョーイの言い方からは、後悔している様子は感じられない。

 彼女の様子に、ケインがこう尋ねた。

「そう言うエリオットはどうですか?」

「え?」

「今、幸せかと聞いているんだ」

 質問をかぶせてきたのはジョーイだった。マークも視線を落とし、エリオットの表情を伺っていた。

 三人の視線に、エリオットは胸が詰まる。質問への返答が大きな意味を持つと分かったからだ。

 静かに返答を待つ彼等の沈黙が、夜の冷気に馴染む。エリオットは肌が冷え、自分の心臓が激しく震えるのを感じた。彼女自身、ここで答えをはぐらかして家に帰りたい気持ちが強い。

 エリオットがジョーイ達三人に恋愛感情を持たれているのを知ったのは、酒場の主人から聞かされた時だ。その時すでに彼女はアーサーと結婚しており、彼等の意思を知って驚くばかりだった。

 知らないフリをして接し続け、それまで通り彼女は彼等にとって良い友人で居続けた。少なくとも、彼女はそうしていたつもりだ。だが、自分が気付いていないだけで彼等を傷つけたのではないかという疑問は常に付いて回っていた。

 やがてジョーイが結婚し、次いでケイン、マークも相手を見つけた。それからも彼等のエリオットに対する接し方は変わらなかった。変わらぬ付き合いに彼女は安心していたが、しかし彼等の厚意に胡坐をかいていたのかも知れないという不安があった。尋ねたとしても、嫌味にしかならないという懸念もある。

 だが今、彼等は彼女に今を伝えた。ならばこそ、彼女は彼等に答えなくてはならない。彼女自身、それはよく分かっていた。

「うん!幸せ!」

 言い切った途端、エリオットは胸が空くように軽くなった気がした。

「……、そうか」

 ジョーイが呟く。それから三人は相好を崩し、揃って深く息を漏らした。

「あーあ、妬けますね」

「全くだ」

「んだな」

 口々にこぼす彼等の表情は明るい。まるで、最も期待していた言葉を待っていたかのようだった。三人が緊張していたのが分かり、エリオットは安堵した。

「……ま、ウチはうまくいってるよ。ダンナに不満がないからねー」

「それは重畳です。最初はどうなる事かと思ってましたがね」

「ああ。私は正直、別れる事を期待していたくらいだ」

「何それ、ひどくない!?」

 ジョーイの本音に、エリオットが声を荒げた。ジョーイが失言に気付き、視線でケインとマークに助けを乞う。

「……まぁ、分からんでもなかがぁな」

 マークの砕けた言葉に、ケインも頷いた。ただ両方とも、それ以上はジョーイに加勢しなかった。ジョーイは本気で狼狽の表情を浮かべていたが、もちろんエリオットは本気で怒ってはいない。

「あーもー、揃ってひどいんだから。ぜーったい旦那と別れてやらないからね」

 ジョーイが目を丸くする。一拍の間が空いた後、彼等四人は誰からともなく一斉に声を上げて笑った。

 夜の草原に四人の笑い声が流れる。

 ひとしきり笑った後、辺りに再び静寂が訪れた。エリオットは晴れやかな顔でジョーイ達三人に言う。

「あー、笑った笑った。……ねえ」

 三人が彼女に振り向く。何の気負いもない言葉が、彼女の口からするりとこぼれた。

「私、騎士団には戻れないや」

「奇遇だな、私もだ」

 ジョーイに同意するように、ケインとマークも頷いた。最初から三人は同じ結論を出していたのだ。意見が揃い、エリオットは心底安堵した。

「やっぱり私等、有閑騎士がお似合いだよね」

「ですね。今の生活が、一番性にあっています。ですがエリオット、少々言葉が足りませんよ」

 ケインの言葉に、他の三人が首を捻る。

「今回の件がナバンで広まれば、きっと皆が僕等をこう呼びますよ」

 ケインの言いたい事が分かり、エリオットは一際声を張って彼の言葉を遮った。

「勇敢なる有閑騎士達!……でしょ?」

 得意げな彼女の様子に、ケインは笑って頷いた。

 もはや語る事はなく、四人は黙って空を仰ぐ。澄んだ夜空の真ん中を、流れ星がいくつも流れて一時辺りを明るく照らした。



ここまで拙作を読んでくださり、誠にありがとうございます。


今回は「実は○○だった」というものを書こうとして書いたものでしたが、隠している○○がバレバレだったり、隠したせいで書く側の自由が大きく制限されたりと、非常にこういったジャンルを書く難しさを痛感させられました。隠すものが悪かったというべきかもしれません。


最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます。

読んだ上で「面白い」と思ってくれた方には足を向けて寝られません。

ではまた、縁があれば次回作でお会いしましょう。

それでは。

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