新しい部屋
ブーブー。スマホのアラームで飛び起きキョロキョロする。
(あっ!東京に来たんだ!)
眠れるかと不安だったけど、疲れていたのか一度も起きることなく朝を迎えることができ何だかホッとする。
今日は5件の面接が入っている。すでに緊張でガチガチのノアだったが、朝ごはんだけはしっかり食べた。
身支度を整え持ち物をチェックし、鏡の前で笑顔の練習。
「大丈夫!私なら大丈夫!よしっ!」と自分に喝を入れる。
最後にくま太をギュッと抱き締め、くま太に勇気をもらい
「帰って来たら一緒にご飯食べようね。」と約束をし元気よく家を出た。
4月だというのに初夏を思わせるような日差しに顔をしかめる。
「春はどこ?」と空を見上げ
「私と同じ…季節も焦り過ぎちゃダメだぞ!」と自分で自分の緊張をほぐすようにおどけた口調で呟いてみた。
緊張しつつも、しっかりとした足取りで面接に向かう。
最初の面接では緊張もありノアの中では100点満点中50点と低評価だったが、数をこなすごとに上手く話せるようになり、4番目5番目の面接ではノアの方から質問出来るほどリラックスして受けることが出来た。面接を全て終え意気揚々と家路に着く。
玄関を開けると、待っていたのはくま太と斗真。斗真は心配そうにノアの様子を伺っていた。
「くま太〜頑張ってきたよ!さすがに全部受かる事はないと思うけど、3件くらいは受かる気がするんだよね。手応えあったからさっ!」
かなり前向きな宣言をしている。側で聞いていた斗真も安心したような表情を浮かべていた。
気分が高揚していたノアはこの流れで完成している曲をSNSに投稿してみようと思い立った。中古で購入したギターを持ち出し歌ってみる。
「♪ラララ〜♪うん!喉の調子もいい感じ!」
スマホをくま太が映るように設置し、録画ボタンを押す。一曲歌い終えた後、編集というものが苦手なノアは、くま太の静止画状態のまま投稿してみた。
「どれだけの反応があるか楽しみだな。ファンが出来たりして!いやいや無理無理!それは絶対ないな。」と自信のないノアだが、1番近くですでに反応している斗真がいた。感動するという感情が湧き上がり、涙が溢れる。その姿を見せる事は出来ないが、ノアにとってのファン1号が出来た瞬間だった。
満足する1日を過ごせたノアは、朝まで一度も目を覚ます事なくスッキリと目覚めることが出来た。う〜んと伸びをし時計を見ると9時を過ぎている。何の予定もないので、もう一度寝ようと目を閉じるが、まったく睡魔が襲ってこないので起きることにした。
朝食を済ませ掃除をしていると、昨日面接したところからメールが3件、立て続けに入ってきた。
「きた!」一瞬にして緊張モードに。気持ちを落ち着かせる為にコーヒーを入れる。スマホをテーブルに置き、正座して一礼しメールを開く。
1件目…不採用の文字が目に入る。「えっ」と声が漏れる。2件目のメールを開く…不採用の文字。「何で?」と大きめの声が出てしまう。
3件目のメールは見るのが怖くなり、ボタンの上に指を浮かせたまま押せずにいた。鼓動が早くなる。深呼吸をし、意を決してボタンを押す。不採用の文字が目に入って来た。
「どうして…何がダメだったの…どうして…。」
残りの2件も不採用だったらどうしようと不安に襲われる。
東京に来てから自信に満ち溢れていたノアだったが、一気に自信喪失状態に。
「不採用…。」と呟き肩を落とす。
その様子を見ていた斗真は、心配になり、ノアの近くに座る。声を掛けることも出来ず、見守ることしか出来ない自分に悔しさを感じていた。
しばらくボーッとしていたノアだが、落ち込んでいても仕方ないと部屋の掃除を再開した。するとすぐに4件目のメールが届く。もう不採用の文字を見る事にも慣れ、何の躊躇もなくメールを開く。
「やっぱりね…。」と声が漏れる。
4件目も不採用。さすがに焦りを感じ始める。東京に来たはいいけど、働く所が見つかるのか。私には頼れる親も身内もいない。どうにかするしかないのだ。
残りの1件はまかない付きのカフェレストラン。1食でも食費が浮かせたら有り難いと思い応募したのだ。
掃除も途中で投げ出し求人を見始める。食い入るように求人を見ていると最後の1件、カフェレストランから電話がかかってきた。慌てて座り直し電話に出る。
「も、もしもし」動揺でどもってしまう。
「赤木ノアさんの携帯でしょうか?」
「は、はい。」
「先日は面接に来ていただきありがとうございます。私、カフェレストラン(こむぎ)の採用担当の山田と申します。面接の結果のご報告をさせていただきますね。赤木さんはキッチン希望とのことでしたが、もう1人面接が入ってまして…その方が調理師免許をお持ちとのことで、そちらの方を採用することに決まりまして…本当に申し訳ありません。」
「そうなんですね。いえ…仕方ないです。わざわざお電話頂きありがとうございます。では失礼します。」と電話を切ろうとすると
「それでですね」と山田さんは続けた。
「うちホールも募集してまして、赤木さんさえ良かったらホールで採用させていただきたいと思っているのですが…どうでしょうか?」意外な返事にノアは戸惑う。
接客は自信がないから嫌だ!という思いが頭をよぎり、言葉が出ず黙り込んでしまう。
「赤木さん?」と声をかけられハッとする。
「接客ですか…自信はないですけどやらせていただきたいです。」思いとは裏腹な返事をしてしまう。
「ありがとうございます。ではさっそくですが、明日9時にお待ちしております。その際には店長が対応いたしますのでよろしくお願いします。」
しつこいくらいにお礼の言葉を連呼し電話を切る。
「接客…どうしよう。」と頭を抱えるが、決心したかのように立ち上がり
「どうしようじゃないよ!やっと採用してもらえたんだもん!やるよ!私なら大丈夫!将来、人前で歌う事を考えたら接客ぐらいこなしてみせる!」と宣言し、意気揚々と明日の持ち物を確認し準備を始めた。その様子をみていた斗真の感情が熱くなる。
(この気持ち懐かしい…こんな思いで生きていた事あったな…ノアちゃん頑張れ!)とノアを応援する気持ちも熱くなった。
出勤当日の朝、鏡の前に何度も立ち、身だしなみをチェックする。緊張で食欲もなく、朝食は抜くことにした。こんな事は滅多にない。
気合いを入れるように両手でほっぺを叩き、いつものようにくま太をギュッと抱き締め
「行ってくるね」と囁き家を出た。
採用されたカフェまで歩いて20分程度。行きはいいけど、夜遅くの帰りは怖いかも…と不安になり初給料で自転車を買おうと心に決めた。
カフェに着き大きく深呼吸。(初めが肝心!元気に挨拶して平常心で行くよ!)脳に命令するよう強く思う。不思議とそれだけで勇気づけられた。
ドアを開け
「おはようございます!本日からお世話になる赤木ノアと申します!」
元気良く挨拶することができ、脳内で命令した自分が手叩きしていた。が…フロアーにいた男性スタッフが、チラッとノアを見て、言葉を発することなく、頷く程度の会釈をしただけだった。
想像していた反応とまったく違ったので急に不安に襲われる。恐る恐る
「店長さんいらっしゃいますか?」と聞くと
「奥にいる。」と面倒くさそうに答える。
「ありがとうございます。」とお礼を言い、奥のドアをノックする。
「どうぞ。」の声に緊張感が増す。ドアを開けると
「待ってたよ。これ制服ね!そっちに更衣室あるから着替えてきて!」と制服と帽子を渡された。
改めてお礼の言葉を考えてきたが、言う間も無くバタバタと着替えることに。正社員って訳ではないからこんなもんか、と思いながら素早く着替える。
更衣室を出るとフロアー担当の先輩を紹介された。
「佐々木です。よろしくね!」と挨拶された。
ノアより2、3歳年上くらいの優しそうで綺麗な人。そして面倒見もよさそうな人だ。それだけでとても安心できた。
「ノアちゃんって呼んでいいかな?」と意外な言葉をかけられた。ノアは嬉しくてテンションが上がり
「はい!!どうぞどうぞ!」と緊張もあり声が裏返ってしまった。急に恥ずかしくなり
「すいません。」と謝ると
「ノアちゃんって面白いね。」と笑ってくれた。それが妙に嬉しかった。
ある程度の1日の流れや接客の仕方、オープン作業など丁寧に教えてもらう。合間に何人かのスタッフが出勤して来ては挨拶をし、その度に皆が
「ノアちゃんって呼んでいい?」と言ってくれて心が温かくなった。
最初にあったスタッフ(鮫島という1番長く働いている人だと教えてもらう)の印象が悪かったので不安になったが、他のスタッフのおかげで安心することが出来た。
そうこうしているうちにオープンの時間になりお客さんが入り始める。人気のあるカフェらしく一気に満席状態に。新人のノアもさっそく初接客にチャレンジすることになった。教わった通りトレーにお冷を乗せ、混雑しているフロアーに意を決し飛び込んで行く。
賑わっている客席を見渡すと…東京のお客さんは綺麗な人や身なりの整った人ばかり。いわゆる「都会的の人」という雰囲気に、一瞬で気圧されてしまった。お冷を持つ手は震え声は上ずり、落ち着けと思えば思うほど心臓は高鳴る。平静を装うが、緊張しているのはバレバレだ。そんな状態で失敗しないわけがなく、震える手でコップを持ち、丁寧に置こうとした結果…コップを倒し水がこぼれてしまった。まさかの事態にパニック状態に陥り、こぼれた水を拭きもせず、お客様に平謝りするだけのノア。見かねたスタッフがノアを奥に連れて行き、代わりにお客様の対応を速やかにしてくれた。忙しい中、人も足りなくピリピリしている中での失敗。それでも初日だからと甘やかされることなく、最後までしっかり接客をさせられた。
沢山の失敗をし何度も謝るという1日ではあったが、終わる頃には(慣れてくれば出来るようになるかも)という前向きな考えが出来るようにまでなっていた。
帰り際に先輩の佐々木さんと2人になり、今日の反省会をノアが落ち込まないよう、雑談を交えながらしてくれた。一通り注意すべき点を指導され、ノアが必死にメモを取っているとふいに
「ノアちゃん地元は何処?」と聞かれた。
「福島です。」
「遠いね…ご両親、東京で一人暮らしとか反対されなかった?」と聞かれた。一瞬迷いが走り言葉に詰まるが、嘘をついてもしょうがないと開き直り
「私、親いないんです。小さい頃から施設で育っているので。」と正直に答えた。
「ごめんね!本当に申し訳ない。」戸惑っている佐々木さんの様子を見て、ノアは逆に申し訳ないと思ってしまった。
「全然大丈夫です。気にしないで下さい。親がいなくても、それなりに楽しく生きてきましたから。」
「そっか…親に頼り切って生きている人もいるなか…1人で頑張っているノアちゃんは、本当に偉いと思うよ。」と言ってくれた。
本音でなかったとしても嬉しい気持ちでいっぱいになった。
帰りロッカー室に戻ると、結構な人数のスタッフがくつろいでいた。
「今日はたくさん迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした。明日は失敗のないよう気をつけます。お疲れ様でした。」と挨拶をし、ロッカー室を後にする。
外に出た瞬間、緊張から解放され「ふぅ」と小さくため息が出た。
今日の失敗を反省しながらも、1日頑張れた自分に酔ながら歩いていると
「あれ?私…タイムカード押したかな?記憶がない…忘れたかも!」クルリと方向転換し慌てて店へと走り出す。
(最後の最後まで失敗ばかり。ダメ人間のレッテルはられちゃうじゃん。)自分を責めながら全力疾走し、店に着いた。
ロッカー室の前で息を整えていると、中からノアの話しをしている声が聞こえ、おもわず聞き耳を立ててしまう。
「あの子…ノアちゃんだっけ。やばかったね。初日とは言え、あそこまで失敗した人今までにいないよね。」確かに!の声が飛び交う。
「なんか緊張が半端ないよね。そこまでオドオドしなくてもいいのに。」
「そう言えばあの子…親がいないらしいよ。いわゆる孤児ってやつ。施設で育ったみたい。佐々木さんと話してるの聞いちゃった。」
「えー!そうなの?大丈夫かな。」
「大丈夫って何が?」
「何がって聞かれると分からないけど…全体的にね。」そのやり取りを黙って聞いていた鮫島が
「親なしでオドオドしてるとこノラ猫みたくね〜か?」
「それ酷くない?」と笑い声が。
「ノアじゃなくてノラでいいんじゃね?明日からノラちゃんって呼ぼうぜ!」と鮫島がかなり悪ノリしている感じだ。
それを聞いて背筋から冷たいものが流れてくるような…そんな恐怖の感覚に陥り動けずにいると、後ろから
「あれ?まだいたの?」とクローズ作業を終えたスタッフに声を掛けられた。
ハッと夢から覚めた様に現実に戻る。中が静まり返るのがドアの外からでも分かった。普通だったら、スタッフ達の方が気まずさから焦るところだが、ノアの場合、聞き耳を立てていた自分の方が悪いと思い込んでしまう。怯えた声で
「タイムカード押すの忘れてしまって。」と答えると、ガチャっとドアが開き、鮫島が顔を出し
「押せば。」と素っ気なく言う。
「お疲れ様です。」と言いながら、タイムカードの方に歩いて行くと、後ろから鮫島が
「聞いてたんだろう。だったら話しは早いや。これからノラって呼んでいい?」
「ちょっと鮫島くん!」と止めるスタッフもいたが、皆がノアがどう答えるか興味津々で待っている。悩むまでもなく嫌です!と言いたいが、本音を言える空気ではない。
「ノラですか?全然いいですよ。私、猫ちゃん大好きなので嬉しいです。」テンション上げ気味に答える。
「じゃあ決まり!皆んなも今からノアじゃなくて、ノラって呼ぶように!」と鮫島が命令口調で言う。
「本当にいいの?」と他のスタッフに聞かれ
「いいですよ!ニックネームとか嬉しいです。」と答えると皆が
「ノラちゃんお疲れ〜!」と大声で言い、ロッカー室を出て行った。ロッカー室で1人になったノアは、誰もいなくなってから
「お疲れ様です。」と呟いた。
第2話は長編になってしまったにも関わらず、読んで頂きありがとうございます!
初日から嫌な思いをしてしまったノアは、仕事を続けることが出来るのか…。
第3話もよろしくお願いします!




