反乱軍
ベントス人との戦いに立ち上がった仲間のもとから俺ひとりだけが去り、エノンたちと一緒に遠い海の向こうに逃げる。反乱の原因を作ったのは俺なのに、バハリさんにすべてを背負わせて、俺は逃げるのか。
正直、どうすればいいか分からなかった。
エノンたちを、もちろん救いたい。でも、みんなが戦っていくなかで、俺だけ背を向けるなんてことはできないと思った。
「ラウス、俺の願いを、最期の願いを受け入れてくれ。頼む」
躊躇している俺を見て、バハリさんはそう言って俺の両手をその手でしっかりと包み込んだ。
その眼には、うっすらと涙が滲んでいてね。その表情を見て、俺は思った。
俺がこの場に残ったとして、果たして何ができるだろう。もしかしたら、さっきみたいに我を忘れて皆に迷惑をかけてしまうかもしれない。だけど、バハリさんは違う。バハリさんなら、皆をまとめて想像以上の成果を上げてくれるはずだ。そのために、バハリさん家族の安全を確保する。意図しないちょっとしたことで始まったこの戦いも、マツイ族の反乱だとすれば、バハリさんが言うように、リーダーが後顧の憂いなく戦いの望むための作戦も、それは反乱の一部だといってもいいのではないかという気がしてきたんだ。
俺の心はようやく決まった。
「分かりました。やります」
バハリさんは何度も頷いて、俺の肩をばんばんと叩いた。
それから俺は、バハリさんたちと一緒に鉱山を下りた。その途中、いくつかの見張り小屋にいたベントス人を襲ったけど、味方の死傷者は無く、無事に麓まで行くことができた。
『ラウスは周囲の様子を探りに斥候に出てくれ』
というバハリさんの偽の指示で、俺はみんなと別れて故郷の村へ走った。飲まず食わずで走りつづけて、次の日の夜にやっとバハリさんの家に着いた。だけど、結局、間に合わなかった。
反乱に参加しない誰かが密告したんだろうな。反乱の首謀者は、バハリさんだってね。でなきゃ、俺より早く、ベントス人の役人がエノンたちを捕まえに来るわけがない。
でもそこで、俺はジランに会えたんだ。
俺はジランだけでも救わなきゃと思って、お前を負ぶって、ハマオラオの港町まで走った。
ハマオラオに着いたときは、まだ真夜中だった。バハリさんが言っていたダルベンっていう爺さんを探そうにも真夜中だ。外には誰もいない。一軒一軒、家で寝ている人を起こして聞いて回ったら怪しまれるし、俺は捕らわれたエノンたちを追って、なんとか救いだしたいと思いはじめていた。いま考えれば、明るくなるのを待ってからダルベンさんを探してジランを預けるべきだったんだと思う。だけど俺は焦っていて、何も考えられなくなっていた。
俺はジランを連れて港に泊めてあった中型の漁船に勝手に乗り込み、沖に漕ぎだした。月の光を受けた波頭が、星を撒いたように瞬いていたのを今でもよく覚えているよ。
もし嵐に遭って船が難破してもジランが生き延びられるように、木箱に空の瓶を敷き詰めて、その上にジランを寝かせ、水と干し魚の入った袋を入れた。
「俺はエノンを助けに行ってくる。大丈夫だ、ジラン。アビがきっとお前を守ってくれる」
お前は文句も言わず、黙って一度頷いた。お前も気が動顛してこれからどうなるかなんて考えられなかったんだろう。
お前を漁船にひとり残して、積まれていた運搬用の小舟で俺は港に引き返した。風に流されて、どんどん小さくなっていくジランの乗った船を見ながら、きっとジランは西の果ての島にたどり着くだろう、って、少しも疑わずに思いながら俺はハマオラオを後にした。
結局、俺はエノンたちに会うことはできなかった。バハリさんにも二度と会えなかった。
だけど、バハリさんはマツイ族の英雄になったんだ。
バハリさんが率いる十数人の反乱軍は、エドミラルの武器庫を奇襲して、刀剣に弓などの武器を奪うことに成功した。そのあと、北に向かって進み、各村にある監視のための砦を次々に落とし、制圧した村のマツイの人々がどんどん加わって数百人を超える規模になった反乱軍は、北の王宮の手前にある守りの固い政庁も一気に落としてしまった。政庁の中にはマツイの人を収容する刑務所もあって、忍び込んだ人が収容されている人を解き放って暴動を起こさせたんだ。
そこまで二カ月足らずでこれだけの戦果をあげられたのは、これほどにも規模の大きな反乱を予想していなかったクロエ王の隙をついた形になったこともあるけど、やはりバハリさんの統率力があってのことだと思う。
だけどクロエ王は、反乱を鎮圧するために王直轄の親衛隊、コルクトゥを出陣させた。
日々戦闘訓練を生業とするコルクトゥは約千人。マツイ族を押さえるために組織されたコルクトゥは、恐ろしいほどに強い、はずだった。
マツイ族の反乱軍は、その後なんと八カ月近くも抵抗を続けたんだ。
バハリさんは制圧した拠点を有効に活用して、神出鬼没の戦いを仕掛け、『殲』と呼ばれるコルクトゥの隊長に重傷を負わせ、一時は王宮の中にまで押し込んだこともあったそうだ。
だが所詮は素人の集まり。次第に数を減らした反乱軍は、百数十人になって政庁に立てこもった。
それから一カ月。コルクトゥはまともに戦おうとはせず、政庁をぐるっと取り囲んで兵糧攻めにしたんだ。食料が尽き、もはやここまで、と判断したバハリさんは、自分の命を引き換えに反乱者全員の助命を求めて降伏した。クロエ王もその要求を容れた。本来なら反乱者とのその家族も含めた全員が死罪になるはずだったけど、苛烈な処分はマツイ族に遺恨を残して次の反乱に繋がるかもしれないと王は懸念したんだろう。結局、死罪になったのは、バハリさんと奥さん。そしてエノン。ほかの人はむち打ちの刑という軽い処分で済まされることになった。
だけど、王は見せしめのため、バハリさん一家にはおぞましい処刑を行った。
…すまん。その様子を話すのは、よそう。…俺も、思い出したくはない。
クロエ王は、バハリさんの息子。行方のしれなくなったお前のことも血眼になって探したらしい。だけどいくら探しても見つからなかった。それはそうさ。ジランは海の上にいるんだから。でも俺は、後になって激しく後悔していた。冷静に考えればジランが生きている可能性は限りなく低い。どうして一緒にジランと逃げなかったのだろう。そのことは、ずっと俺の頭を離れることは無かった。
俺は反乱軍に直接加わることはできなくてね。俺自身はおそらく死んだことになっているだろう、と考えた俺はあちこちを渡り歩いて、最後に導家に拾われた。そしてバハリさんと同じ、ゴウリキの一員になったんだ。
俺がブリューワ商会に潜入して十年以上になるけど、オズマンの従者であるポトという人物の存在は全く知らなかった。だからチュベキ島でお前とすれ違ったときは驚いたよ。バハリさんの亡霊が現れたのかと思ってね。
それから、ポト、お前のことについて色々調べた。そしてポトは子どもの頃、海の漂う木箱の中からオズマンに助けられ、過去の記憶を忘れているという話を聞いて、俺は驚きと感動で涙が止まらなかった。
ポトはジランに間違いない。ジランは生きていたんだ。やっぱり、アビがジランをお守りくださったんだ、ってね。
ここまでが、俺の知っているジランとその家族についての話だ。




