蜂起
俺が石をぶつけた見張り役は死んでいたよ。なんとも、あっけなくね。
ルナデアでは、マツイ族の起こした犯罪に対する罪は重いんだ。特にベントス人を殺した場合、殺した者はもちろん、その者の親兄弟、そして妻子まで連座して死刑になる法律がある。
見張り役のベントス人を俺は殺してしまった。それを考えて、俺は腰をぬかしてしまっていた。
短慮な俺が罰を受けるのは当然として、親父やお袋、妹まで罪を負わなければならない。もしかしたら、婚約者のエノン…、バハリさん一家にまで累が及ぶとしたら…。
ふいに、誰かに肩を掴まれた。
「ラウス。ここに居るのは、たまたま俺たちだけだ。誰にも見られちゃいない。いいか。これは俺がやったんだ。お前は何もしゃべらずに黙っているんだ。わかったな」
顔を上げると、バハリさんの顔があった。バハリさんが何を言ったのか、はじめは分からなかった。だけど、その言葉の意味を理解して、俺は慌てた。
「バハリさん、何を言って…」
「いいから、黙ってろと言っただろ」
そう言ってバハリさんは辺りを見渡すと、動かなくなったベントス人の男の足を持ち上げ、道の端の岩陰の方に引きずっていった。男が引きずられた後には、血の筋がべっとりとついていた。
そこへ、間の悪いことに、何人かの坑夫仲間が、がやがやとしゃべりながら道を登ってきて、バハリさんの姿を見て立ち止まった。
「おい…、バハリ、お前、なにやってんだ」
バハリさんが両足を抱えて引きずった見張り役の頭からは血の跡が続き、その先に血の付いた岩が転がっている。誰がどう見ても、何が起きたのか、すぐに察しがつく光景だ。
仲間たちが騒ぎはじめると、騒ぎに気付いた別の見張り役が現れた。
「…これは」
見張り役も、すぐに事情を理解した。
「おい、お前、両手を頭の後ろに組んで跪け」
バハリさんは持っていた足を離し、両手を頭の後ろに回して、ゆっくりとしゃがみこむ仕草をした。見張り役が無造作にバハリさんに近づいていき、目の前に来たその瞬間、バハリさんは落ちていたつるはしを掴んでその男の横顔めがけて振り抜いたんだ。
吹っ飛んでいった見張り役の顔は、ぐしゃぐしゃの血の固まりになっていた。
「みんな、聞いてくれ」
バハリさんは、大声で仲間たちに叫んだ。
「俺の親父は、ちょっとしたことでベントス人に怪我を負わせた罪人だった。普通なら、むち打ちくらいで済むはずが、怪我をした相手が偉い人の息子で、親父は死刑になっちまった。幸い、と言っていいのか分からんが、おふくろと俺は罰せられなかった。そのとき赤ん坊だった俺は、大きくなるまでそのことを知らなかったんだが、親父の最期を聞かせてくれたおふくろは、お前はこのことを決して忘れてくれるな、といつも言っていた。そして、その言葉どおり、俺は片時もそのことを忘れたことは無かった」
バハリさんは空を仰ぎ、つるはしを持った右手を高々と上げた。
「今こそ俺は、親父たち、罪もなく死んでいったマツイ族の人たちの無念を晴らす。ベントス人の役人を片っ端から倒し、マツイ族の自由を取り戻すために戦う」
バハリさんの突然の宣戦布告に、みんな呆気にとられていたが、近くで聞いていた仲間の一人が手を挙げた。
「バハリ。お前、一人で反乱を起こすつもりか」
「ああ、そうだ」
バハリさんは深く頷いた。
「だが一人では、たいしたことはやれないだろう。反乱ではなく、ただ暴れるだけだ。だから、俺と意志を同じくする者がいれば、一緒に立ち上がってほしい。できれば独り者か、年寄りの家族しかいない者がいい」
バハリさんが周りを見回すと、みな目を逸らして俯いた。その中で、最初に手を挙げた男が一歩前に出た。
「俺は、バハリに付いて行くぜ。両親も、かみさんも死んで、ちょうど独りもんだ」
「シュウジル」
二人は静かに肩を寄せた。バハリさんとシュウジルさんは幼馴染だったんだ。
そのうち、「俺も行く」、「俺も戦う」と、一人、二人と前に出て、十数人がバハリさんのもとに集まった。みんな、ベントス人の横暴に耐えかねていたんだ。
バハリさんはその輪を抜け、遠巻きにしている人たちを見渡した。
「手を挙げなかったみんな。もちろん、俺はお前らを責めるつもりはない。だが、一つ約束してくれ。ベントス人たちに通報しないで、知らないふりをしていてほしい。後で聞かれたら、しゃべれば殺すと俺から脅されていたと言えばいい」
年かさの男が「分かった」と言い、周りの者も頷いた。
「やっと授かった坊主がまだ小さいもんで、俺は一緒に行けないが、この戦いが勝利に結びつくように、アビに祈りを捧げる」
年かさの男がそう言うと、周りの者が口々に、「アビの召すままに」と唱えた。
「ありがとう」
バハリさんは、俺たちの輪に戻ってくると、「よし」と言った。
「みんな。足枷を外して、なんでもいいから武器になりそうなものを手にしてくれ。用意ができたら、この鉱山を降りて、東のエドミラルの武器庫を襲う」
バハリさんの指示で、それぞれ足枷を外し合い、武器を探しに散って行った。
俺も足枷を外そうと、つるはしで叩いていると、バハリさんがやってきた。
「ラウス。お前はこの反乱に加わるな」
「え、なに言ってるんですか、俺も戦いますよ。もとはといえば、みんな俺のせいで…」
「ラウス、お前に頼みたいことがある」
「頼み…」
「この企みが成功する確率は低い。おそらく、失敗するだろう。だから、お前はエノンたちと一緒に逃げてほしい」
「え…」
「俺が、衝動的にお前を助けたと思っているのかい」
バハリさんの言葉の真意が分からず、俺は言葉が出なかった。
「さっき言った、親父の無念を忘れたことはない、という話。あれは本当の話だ。俺は、ずっと、ずっと復讐の計画をたてていたんだ。もっとも、実行するのはもっと先のことだと考えていたから、随分と早くなってしまったけどな」
「ずっと前から、反乱を、考えていたんですか」
「ああ。本当はもっと準備したかったんだが、まあ、やりようによっては勝機があるだろう」
「なら、俺も戦います」
「だめだ。お前がエノンたちを逃がすことも、俺の計画のうちなんだ」
「え」
「西の果てに五つの島があり、導家に選ばれた者が、かなり昔から何十人も海を渡っている、という話は知っているか」
「そんな噂は聞いたことがありますけど」
「あれは本当の話だ」
「まさか…。俺はてっきり、子どもを戒めるための作り話だと思ってました。悪いことをしたら、導家に選ばれて、海の果てに流されるよ、って、叱られたときにおふくろがよく言ってましたから」
「ある意味、それは当たっているかもしれないな。導家に選ばれた者の集団、それをゴウリキといってな、俺もそのゴウリキの一人だ」
「バハリさん…」
まだ事態が飲みこめないで狼狽えている俺をバハリさんは優しい眼差しで見ていた。
「昔、遥か西にある島を探るために、クロエの王が導家に命じて組織させたのがゴウリキなんだが…、いや、すまん、詳しく説明している暇はないな。ラウス、よく聞いてくれ。俺たちの村から西へ行ったところに、ハマオラオという港町があるのを知っているか」
「あ、はい」
「そのハマオラオに、ダルベンっていう爺さんがいる。ダルベン爺さんに、「月が満ちた」、と俺が言ったと伝えてくれれば分かる。お前とエノンたち四人で、船に乗って逃げてくれ」
「そんな、急に言われても…」
「ゴウリキの家族が島を出て西の島に渡ることは、本来は許されない行為だ。だが、家族を見殺しにするなんてことは、俺にはできない。お前とエノンが夫婦になり、ジランも大きくなって家庭を持つだろうと思えば、俺は心置きなく戦い、死んでも悔いはない」
「でも、俺まで逃げてしまったら…」
「逃げるんじゃない、これも戦いだ。ラウスはエノンの婚約者、俺たちは家族だ。その家族を守る戦いなんだ。この企てが万が一失敗したときは、表向き、ラウスは戦闘で死んだということにすればラウスのご両親にも迷惑はかからないだろう」
バハリさんはそう言いながら、俺の肩をしっかりと掴んだ。




