知りたいこと
再会を果たしたアレフォス島の五人が別室に移動すると、給仕がガボア茶とガボアの身をすり込んだ焼き菓子を運んできてくれた。
ライアンがカイラから聞いたガボアの話をすると、「この酸味は独特だね」、「島ごとに色々な特産品があるんだな」、「アレフォス島のバフ茶の方が旨い」などと口々に、主にしゃべっていたのはココとジェシカだったが、それぞれひとときのお茶を楽しんだ。
その会話を遮って、「ジェシカ教官」とライアンが声を上げた。
沈痛な面持ちで真っ直ぐに見つめるライアンを、ジェシカが見つめ返した。
「アレフォス島は、今、どうなっているんですか」
「そうだな。ライアンがいま一番知りたいのはそのことだよね」
ジェシカがあの夜の惨事からこれまでのアレフォス島の様子を淡々と話すのを、ライアンは少し俯いて黙って聞いていた。
「ロクトの建物は無くなってしまったけど、我々の心の中には今もロクトがある。ミテルス導師、リュート導師がエグサと島民をまとめ、復興の歩みは着実に前進しているんだ。だから、島のことは心配するな」
俯いたままのライアンを慈しむように見ていたジェシカが、「コバックは、残念だったな」と言った。
「これからもっともっと活躍して、いずれは導師になる器だ、と私は思っていた」
しんみりとした空気がテーブルの上を流れる。
「うちのばばあも、おじさんが死んで、柄にもなく落ち込んじゃってさ」
ココの言葉にライアンが顔を上げた。
「そっか…。ソニアおばさん、…大丈夫なの」
「だめだね」
「え…」
「でも、ばばあはそんなにヤワじゃないから、いつかは立ち直るよ。それには時間が必要なんだと思う」
ジェシカが、「うん」と頷いた。
「そうだな。いつまでもめそめそしているソニアを、コバックも見ていたくはないだろう。そのうち、そう思ってくれるといいんだがな」
話題を変えるようにココが、「ところでさ」と言った。
「お調子やろうのミロイは、本当にルナデアの奴らに連れて行かれたのか」
「スダジイがそう教えてくれたんだ」
「スダジイが、ねぇ」
「それに、俺には感じるんだ。ミロイが生きていて、助けを待っているって」
「…ふうん。ミロイを生かしたままルナデアに連れて行って、奴らはどうするつもりなんだろう」
「ミロイは、そんなに遠くに行っていない気がする」
「東の果てのルナデアには連れて行かれていないってことか」
ジェシカの問いにライアンが頷く。
「ミロイもザレに選ばれたエグサの一人だ。奴らは奪ったザレの力を、ミロイに使わせるつもりなのかもしれないな」
「スダジイは、ミロイと俺を、特別な子だ、と言ってました」
「ふうむ」
ジェシカが唸って腕を組んだ。
「もしそうだとすると、かえって都合がいい」
皆がジェシカに顔を向ける。
「ここに来て早々、我々はナブー女王に謁見を許された。女王は、ザレとミロイを奪い返すためにゴダールと共闘したいという我々の申し出を、快く受け入れてくれた。敵がザレとミロイを連れて攻めてくるなら、一気に決着をつけるチャンスかもしれない」
テーブルを囲む皆の顔に、ぴん、と緊張が走った。
「ライアン」
「はい」
「お前はスダジイからもらったというザレの力を、今は使えなくなっているのだそうだな」
「…はい」
「勘違いするな。責めているんじゃない。いつ敵が攻めて来るかは分からないけど、ジン王女とともにやっている稽古に我々も参加しよう。敵が光石の力を使ってくるのなら、こちらはライアンの持つザレの力を使えるかどうかがカギになってくる気がする」
「この天然の力をあてにするようじゃ、私らに勝ち目はないんじゃないの」
ココがため息まじりにそう呟いた。
「もちろん、あたしたちも死力を尽くさなければならないよ。そうじゃなきゃ、ただでさえ人手が足りないときに、四人も精鋭を送り出してくれたミテルス導師に申し開きができない。だけど、厳しい戦いになることは間違いないだろうね」
何か言いかけたココは、そのまま口を閉じて上を見上げた。
「先ほどライアンと王女様がやっていた稽古。あれは、何をやっていたのです」
それまで置き物のようにじっと動かなかったスラック教官が、ライアンに顔を向けて訊いた。
「あれは、パラレという、このゴダールで行われている格闘技です」
ライアンがパラレについて説明するのを、スラック教官は何度も頷いて聞いていた。
「実に興味深い。明日、私もそれに混ぜてもらえないですか」
「はい。ぜひ」
翌日。言葉どおりにスラック教官が競技場に一人でやってきた。ジン王女はまだ来ていない。
「スラック教官、一人だけですか」
「ええ。ジェシカ教官は昨日の晩さん会で呑みすぎ、ココは同じく食べすぎで、今も寝ています。クロウは許可をもらって、王宮周辺を回ってみると言って出ていきました」
昨日の夜はナブー女王主催の晩さん会が開かれ、曲がりなりにもアレフォス島の公式使節である四人は歓待を受けた。ライアンは使節の一員ではないため呼ばれていない。
海産物中心の料理はどれも美味しくて、「これにうちのパンがあればもっと旨いのに」と言いながら、ココはクロウの皿の料理にまで手を出して食べつづけたらしい。女王の斜め前に座ったジェシカは柄にもなく緊張したのか、出されたガボアの酒をぐいぐい吞んだせいで酔いが回り、女王が退出したあとは完全にできあがってピガンダ隊長に絡みつづけていたそうである。ジェシカ先生は酒を飲むと周りの者に抱きついてくるという話は修学院でもよく言われていて、酔うと力の加減が分からなくなるので酔っぱらったジェシカに抱きしめられて肋骨が折れた人がいたとかいないとか。女王陛下がいなかったことがせめてもの幸いだが、ピガンダ隊長が無事かどうか心配である。
「パラレの基本姿勢というのは、こんな感じですか」
エグサの胴着を身につけ、片足立ちで腰を落として両手を広げたスラック教官の姿は、もう何年もパラレを修行している達人のように見えた。
「完璧です、先生。どうして聞いただけでパラレの基本ができるんですか」
「ライアンもお世辞が言えるようになったんですね」
「お世辞じゃないですよ」
にこり、とスラックは笑った。
「それより。ライアンはゴダールに来て少し大きくなりましたか」
「え。どうですかね。そんなに大きくなった気はしないですけど」
「そうですか。それでは、もしかして手と足に、何か重りのようなものをつけていますか」
「あ、はい。なんで分かったんですか」
「なんとなく」
目が見えないはずなのに、なんて怖い人だろう。
「これから、できればパラレの組手をお願いしようと思いますが、その重りは外しますか」
ライアンは少し考えて、首を振った。
「パラレの師匠のアイザックさんから、重りは外すなと言われているので、このままでいいです」
頷いたスラックは、少し首を傾げて聞き耳を立てるような仕草をした。
「君のその左手に、スダジイがくれたというザレの結晶が入っているんですね」
「何か、感じますか」
「ええ。なんだか奥の院でスダジイの前に立っているような気がします。暖かく包み込むような優しい息吹と、何もかも吸い取られてしまいそうな虚無。それが共存しながら渦巻いている。それに…」
「…それに」
言いかけた言葉の先を語らずに、「では始めましょう」とスラックは言った。ライアンもそれ以上問うことなく、二人は向かい合って片足を上げる姿勢をとった。




