謁見と再会
窓から指す陽光が白を基調とした部屋に差し込み、眩しさでライアンは思わず目を細めた。
窓と反対側の白い壁には、草や花々、動物たちの姿が生き生きと彫られていて、それは部屋の奥までずっと続いている。
視線の先には玉座があり、金色の花をあしらった白い貫胴衣を纏う女性が座っていて、ライアンを静かに見ている。その横にはジン王女が伏し目がちに立っていて、少し前に部屋に来たヘクターというお爺さん、王宮警護士隊長のピガンダ、そしてカイラの三人が、ジン王女と同じように目を伏せて壁際に並んで立っていた。
「もっと、近くに来なさい」
ふわりとしたその声は、なんだか天から降ってきたような気がして、ライアンは呆けたようにしばらく言葉の意味を考えていた。
「聞こえないかい。もっと、こっちにおいで」
今度ははっきりと言葉が聞こえた。気がつくと、玉座に座るナブー女王がひらひらと手招きしている。
ジン王女に似ている。美しい女王様だ、とライアンは思った。
ゆっくりと足を出し、三歩前に出たところで突然左腕がうずきだした。
「お前がライアンだな」
「はい」
右手で左手を押さえ、ライアンが少し歯を食いしばる様子を女王が見ていた。
「もう少し厳つい者を想像していたけれど、可愛らしい坊やだね」
女王が咽るように咳き込み、胸元のペンダントに埋め込まれたアグーの涙に触れた。
「お前の左腕に、…風光石ザレの結晶があるんだね」
「はい」
ライアンは腕をまくってみせようとした。
「いや、それには及ばない。お前の言っていることが本当だということは、アグーの涙がざわついていることで分かるよ。どうやら光石たちは、何か引きつけあうものを持っているらしい」
ナブー女王が顔を引き締めて、ライアンを真っ直ぐに見た。
「ライアン」
「はい」
「お前は敵に捕らわれた弟を救うため、ザレの力を使おうとしているのだね」
「はい」
「お前も感じているだろうけど、光石の力を御してその力を使うことは、並大抵のことじゃないよ。私には、はっきりとそのことが分かる。お前がその力を使えば、その代償として体が蝕まれ、最期は命を落とすことになるかもしれないよ」
「覚悟の上です」
「随分と簡単に、覚悟ができるんだね」
「簡単に決めたわけじゃないです。いろいろ考えて…、でもやっぱり俺は、ミロイを助けたい」
「ほう、そうかい。でも、そんな覚悟はしない方が良い」
「え」
「弟を救うために、お前が命を落としたら、弟も喜ばないだろう。亡くなった叔父上も、そんなことは望んでいないはずだよ」
「だけど…」
ナブー女王はライアンの言葉を遮り、優しい顔をして、「ライアンよ」と呼びかけた。
「我々はルナデアからこの島を、アグーを守るために戦う。そして、お前の弟を取り戻すことの手助けもしてやろう」
ナブー女王は少し身を乗り出して、「そのかわり」と言った。
「お前は、ジンを守ってやっておくれ」
少し驚いて、ジン王女がナブー女王の顔を窺った。
「お母様、私は自分の身は自分で守れます」
「明日にも襲ってくるかもしれぬルナデアが、ジンを奪うことも十分考えられるのだ。この子は、後先考えずに行動してしまうところがあるんだよ。そして、動きだしたら人の意見は聞かないの」
「そんなことはないです」
ジン王女が口を尖らすのを見て、ナブー女王は、ふっ、と口元を緩めた。
「私のこのペンダントにはめ込まれた、アグーの涙が言っているような気がするんだよ。この青年とジンは、何かしらの強い絆で結ばれている、と」
「え…」
ジン王女とライアンが互いの顔を見ていると、ナブー女王がライアンに向きなおった。
「どうだね、ライアン。我々は、ミロイ救出の手助けもする。その交換条件という訳だ」
ミロイを助けるためにゴダールの人たちが協力してくれるなら、そんなに心強いことは無い。それに、もしジン王女が目の前で危険に晒されるようなことがあれば、俺は女王との約束が無くても、きっと彼女を助けに行くだろう。もっとも、ライアンの助けを必要としないくらいジン王女は強いんだけどな、とライアンは思った。
こちらをじっと見るナブー女王の目は、威厳のある声音とは裏腹に、母親の慈愛に満ちているようにライアンには思えた。
「わかりました」
と言って静かにライアンが顔を伏せると、ナブー女王はゆっくりと頷いた。
四日後の昼前。
王宮内の競技場でライアンとジン王女がパラレの組手をしていると、「おい、天然」と聞き覚えのある大きな声が競技場に響き渡った。
まさか。
耳に入った声が映像となって懐かしい姿になり、思わず振り返ったその先に、心に浮かんだ姿と違わない人が、いや、人たちが並んでいた。
ココ、そしてクロウ、さらにはスラック教官とジェシカ教官。もう会えないかもしれないと思っていたアレフォス島の仲間が、こちらを見て微笑み、手を振っている。夢のようなその再会に、言葉が出ないまま、ライアンはその場に立ちつくていた。
「なんだよ、しばらく見ない間に、話すことを忘れちゃったみたいだな、このボケは」
駆け寄ってライアンの頭を叩いたココが、そう言ってもう一度頭を叩いた。
「ココ、痛いよ」
ライアンの目から、痛みからではない涙が、とめどもなく溢れた。
「よく、生きてたな。天然なりによくやったんだな、うん」
ココがライアンの頬をぱちぱちと叩き、次にやってきたジェシカ教官が武骨な大きな手のひらで、ライアンの頭をごしごしと撫でまわした。
「とにかく無事でよかったよ、ライアン」
息が止まってしまうかと思うほど、ジェシカ教官が、ぎゅうっ、とライアンを抱きしめた。
「先生…」
「うん、何も言うな。話はあとでたっぷり聞かせてもらうよ」
「く、苦しいです」
「あ、そうか、すまんすまん」
ジェシカ教官は笑ってライアンを解放し、後ろにいたスラック教官の手を引いた。
「スラック教官、ライアンですよ」
「ええ、分かっていますとも」
ライアンの肩ほどの背丈のスラック先生が、白濁した目をしっかりとライアンに向け、静かに手を回すと優しくハグをした。
「先生」
スラックは無言で、うんうん、と頷いた。
「さ、クロウも前に来なさい」
一歩後ろにいるクロウにスラック教官が声をかけるが、クロウは動かなかった。
無言で立っているクロウの目も、心なしか潤んでいるように見える気がする。
ライアンの方からクロウに近づいて、静かに肩を寄せた。ライアンの目から、また涙がこぼれ落ちる。
「クロウ。生きて…、生きていたんだな」
クロウが頷く。
「リュート導師は。無事なのか」
クロウが短く頷く。
「そっか。良かった、うん。でもどうして、みんな…、なんでここに…」
「ミテルス導師の指示でね。私たち四人がゴダールに派遣されたのだ」
答えたジェシカ教官は、「それより」と言って、ライアンの頭に太い二の腕を巻き付けた。
「楽しそうに組手をしていたあの可愛い娘が誰なのか、いつになったら紹介してくれるのかな」
と、ライアンのこめかみを拳でぐりぐりした。
自分のことを言われているのだと気づいたジン王女は、ニコニコしながらライアンたちに近づいてきて、
「お初にお目にかかります。サンヤット王家の王女、ジンと申します」
と、一人ひとりを見回した。
「おう、そうでしたか。これはこれは」
ジェシカは居住まいを正し、
「私はジェシカと申します。ロクト修学院という所で教官をやっていまして、…あ、やっていた、が正しいのかな。ま、いいか。それでこのライアンは、ついこの間まで私の生徒だったんですよ」
と言って豪快に笑った。
「こちらは私と同じく教官をしているスラック。そしてライアンの同級生、クロウとココ」
「よろしくな、ジン」
「ココ。その言い方はさすがに失礼だぞ」
手を挙げてにっこり笑うココをジェシカが窘めた。
「いいよ。ライアンの知り合いなら、もう私たちの仲間だし、ざっくばらんな方が私も気を使わなくて済むから」
「ジンは良いやつだな」
「ココっ」
眉間に皺を寄せるジェシカと、ぺろっ、と舌を出すココを見ながら、ジン王女は、「それじゃあ」と言ってライアンを振り返った。
「みなさんと積もる話もあるでしょうから、今日の修行はここで終わりにしましょう、ライアン」




