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BOUNDARY ~境界線~  作者: 八木 康
ゴダール諸島
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値踏み

 ライアンが女神セリーンへの祈りを終えて目を開けると、その様子を見守っていたカイラが微笑み、「さ、行きましょう」と言って立ち上がった。

 セリーン像をぐるりと回った裏側に長い廊下があり、その先の出口から外に出ると、ライアンは思わず「はあ」と声を漏らした。

 霊廟の裏には大きな湖が一面に広がっていた。湖の中央に、幅の広い真っすぐな石橋が、その先の白い岩山に向かって架けられている。その石橋の先には、湖から突き出た八本の円柱が目を引く、美しい白亜の建物が湖にせり出していた。初めて見るライアンの目にも、あれが王宮だということが一目でわかった。

 広がる湖面は凍ってその上に雪が積もり、その奥に、雪を被った白い岩山を背景にした眩いほど輝く王宮がある。そしてその上に、透き通るような青空。白と青の壮大なコントラストに、ライアンは言葉を失くしてしばらく見惚れていた。

 カイラに促されて石橋を渡っていくと、綺麗に掃き清められた石橋の上は湖面を渡る強い風が吹き抜けていて、思わず首が縮こまってしまう。下を向いて息を止めるように歩いて石橋を渡りきり、門前の衛兵に会釈をすると、一人の衛兵が前に進み出た。

「カイラ様。そちらの方が、ライアン様ですか」

「ええ、そうです」

「少しお待ちください」

「何か」

「いえ、ピガンダ様から、ライアン様がお着きになったら知らせるように、との命令を受けておりまして」

「ピガンダが」

「はい」

 衛兵はそう言って隣の衛兵に目配せし、頷いた隣の衛兵が建物の奥へ走って行った。

「ピガンダが、何の用かしら」

「さあ、そこまでは」

 しばらく待つと、黒々とした髪を束ねた大柄な男が、ずしずしと歩いてきた。

 ライアンの目の前に立った男は、値踏みをするように、ライアンのつま先から頭のてっぺんに視線を流した。

「ピガンダ。こちらがライアンです」

 まっすぐに見つめるピガンダの目を、ライアンも見つめ返す。

「こちらは、王宮警護士の隊長をしているピガンダ」

 カイラが二人の紹介をする間、ピガンダとライアンは視線を外さずに立ちつづけている。

「ピガンダ、何かありましたか」

 ふっ、と体の力を抜いたピガンダは、「この後、陛下に御目通りしてもらう。それまで、部屋でゆっくりしておられよ」と言って背を向けると、奥に向かって歩いて行った。

「俺、何かまずいことをしましたか」

 去っていくピガンダを見送りながらライアンがそう言うと、くすっ、とカイラが笑った。

「異国から来た、光石の能力を持つあなたを、ひと目見てみたかったんでしょう」

「こんな子どもか、っていう顔をしてましたよ」

「あれは、ライアン様をいい青年だと認めた、っていう顔に、私には見えました」

「そうですか」

「ええ。ピガンダ隊長は、理詰めで来る、ちょっとめんどくさいタイプの人だけど、人を見る目は確かな人ですよ」

「ふうん」

「さ、部屋へ行きましょう」

 案内されて二階の奥の部屋に入ると、「ピガンダ隊長が言った通り、このあと、ライアン様には陛下に御目通りしていただきます。陛下の予定を確認して参りますので、それまで少しゆっくりしていてください」と言って、カイラは部屋を出ていった。

 チノンばあちゃんといた診療所の部屋よりも少し大きい部屋は、ベッドと小さな机があるだけの簡素なものだったが、壁や天井が一面白い石で造られているのでとても明るく、なにより窓越しに見える湖の白さが陽の光を跳ね返して目に染みた。

 ゆっくりしていてくれ、と言われたけど、ゴダールの聖廟や王宮に初めて来たことで興奮しているのか、眠くもないし、すぐに女王陛下に会うかもしれないから寝ている訳にも行かない。手持ち無沙汰を持て余しても、勝手に部屋の外に出て歩き回ったら、それこそ怒られそうだ。

「よし」

 パンと手を叩いて、空いているスペースでライアンはパラレの基本動作を始めた。

 しばらくして、かちゃっ、とドアが開く音がして、人が入ってきた。

 もう女王陛下に呼ばれたのかな、と思って振り向くと、そこに居たのは、お腹の辺りまで長く伸びた白ひげを一つにまとめて三つ編みにしているお爺さんだった。お爺さんは部屋に人がいたことに気付いて驚いていた。

「こ、ここで何をしておるんだ。君はいったい誰だ」

「えっと、俺はライアンていいます。カイラさんからここを使うようにって言われたんですけど、いけなかったですか」

「え、ライアン…。どこかで聞いたことがあるような、ないような…」

 少し考えて、お爺さんは、ポン、と手を打った。

「ああ、アレフォス島から来たというのが、君か」

「そうです」

「おお、そうかそうか」

「あの、何か」

「あん。ああ、君が話しかけるから、何をしに来たか忘れちゃったじゃないか」

「え、あ、ごめんなさい」

 お爺さんは頭をかきながら背を向け、部屋を出ていきかけて、立ち止まった。

「君は強い力を持っておるな」

「え」

「だが、それを使う、心がまだ育っておらぬようだ」

「心…、ですか」

 背中越しにお爺さんがにやりとした。

「そう。…覚悟といってもいいかもしれん。覚悟というのは」

「ちょっと、ヘクター。用事は済んだの」

「え、あ、ジン様」

 いつの間にかドアの前にいたジン王女が、怪訝な顔でヘクターを睨んでいる。

「いえね、ジン様、この少年が話を聞きたいというんで、ついつい話し込んでしまって」

 そうなの、と問うように、ジン王女がライアンを見る。ライアンは顔の前で、違う違う、と手を振った。

「ふうん。でも、やっぱりヘクターは用事を忘れちゃったみたいだから、私が来てよかったわ。ちょっとどいてくれる、私がライアンに話すわ」

「あ、はいはい」

 ヘクターはジン王女に一礼して、部屋を出ていった。

「今の人は、誰」

「ああ、ヘクターね」

「もしかして、パラレの達人だった人かな」

「え。ヘクターは王家の家宰だよ」

「家宰」

「うぅん、まあ、雑用をする人かな」

「え、雑用をする人」

「そう。計算とかは得意なんだろうけど、パラレの達人なんて聞いたことないわね。どうして」

「あ、いや、なんとなく」

「それより」

 ジン王女が弾むようにベッドに腰かけた。

「どう。王宮は」

 頬に落ちた髪を耳にかけながら、真っ直ぐに自分を見つめてくるジン王女を見て、心臓の鼓動が一瞬大きくなったようにライアンは感じた。

 いつも見慣れていた動きやすい貫胴衣ではなく、今日の王女は、薄いクリーム色に白い波のような絵柄がいくつも重なって刺繍されている上品な衣装を身に纏っている。赤みがある金髪を綺麗に束ね、細かい装飾がキラキラと輝くティアラを載せた王女は、思わず見惚れてしまうほど綺麗だった。

 ジン王女の、薄いグレーの瞳に射すくめられて、ライアンは金縛りにあったようにしゃべれなくなった。

「まあ、来たばっかりで、わからないよね」

 王女は子どものように足をばたつかせて微笑んだ。

「でも、明日からはいつものように練習するわよ。地下にある競技場は、午前中なら空いているから。あ、そうだ。イゲルとマイトラも来るから、一緒に、ね」

 ライアンは、ぎこちなく首を縦に振った。

「これを言ったらお母様に怒られるかもしれないけど、なんだか私、ワクワクしているの」

 そう言うと、ジン王女は口に手を当てて小声になった。

「だって、王宮の中って年寄りばっかりでしょ。同世代の子がいるって、初めてだから。あ、でも、修行は厳しくやるからね」

 しばらくライアンを見つめていたジン王女は、うーん、と大きく伸びをすると、「あっ、いけない」と声をあげてベッドから立ち上がった。

「そうだった。私も用事を忘れてた」

 ジン王女は改まった顔つきになってライアンの前に立った。

「ライアン・バトラー。ナブー女王がお呼びです」


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