鬼之の過去
「地獄の話よろしく」
「分かりました。地獄では過去の行いから魂を6つある責め苦にあてがい苦行を与え、その苦行にポイントを付け、それが一定値に到達した魂を再び上界に送ると言うシステムです」
「そういう事なのね……」
「過去に特に悪い事をした魂は八寒に送られます」
「ここが最高の苦行って事ね?」
「はい」
「地獄には色々な鬼がいるけど鬼以外の管理者側の生物っていないの?」
「鬼だけですね。赤鬼青鬼緑鬼。上級の、100年以上務めた鬼は獄卒へとなります。後は……最強の鬼がいますね」
「3Dプリンタで作るんでしょ?」
「はい。ですがそれは始祖の鬼のみで、そこからは結婚して増えますね」
「え? それは初耳。全部材料で作られるのだと思ったわ。ってことはそれぞれの色の男女を作ったらそこからは増えていくって事?」
「そうです」
「じゃあ鬼にもかわいいとかかっこいいで判断するの?」
「いいえ。力が強い、恐ろしい、迫力がある。そういう鬼がモテます」
「そうなんだ! 面白い! で、閻魔に歯向かう鬼っているのかしら?」
「基本的には居ないと思います」
「でも何匹か居たんだよねえ」
「そうなんですか? 不思議です」
「だよね。で、鬼の仕事って? 具体的にどんなの?」
「ここに送られた魂の管理、見回り、身の回りの掃除、苦行中に倒れた魂や亡者の搬送、苦行をさぼっている者への呼びかけ等ですね」
「でも酷い事してるオニもいたよ?」
「生まれた時は素直に仕事をするんですけどね。時間と共におかしくなってしまうのでしょう」
「時々健康診断とかした方がいいんじゃない?」
「ほう! 確かに! これは目から鱗ですね。閻魔様に伝達しますね」
(もう死んでるんだけどねえ……忘れっぽいなあ)
「ああ、そうでした……すいません」
「で、他には?」(あれ? 思ってた事を読まれた? まさかね……)
「私の話になりますが、人間界に出張する場合もありまして」
「へえ、珍しいね。何の為に?」
「現代の人間世界の実情を知る為に1年間暮らすのです。それを閻魔様に報告する為のレポートを10000文字位で纏めます。写真も添付して」
「へえ、一年も鬼だとバレずに済むのね?」
「一応人間に変装しますからね。その時住んでいた町で運命的な出会いをしました」
「え? 聞かせて!」
「地獄の話とは関係ありませんけど?」
「いいからいいから!」(でもあまり長引かないでほしいわね。流石にそれは無いか)
「分かりました。簡潔にまとめます」
「やっぱり読めたんかーい!」
ーーーーーーーーーーーーーーーー50年前 12月某日ーーーーーーーーーーーーーーー
「初めての人間の町。緊張しますね……しかしここは発展していて地獄とは違いますね。広くて迷ってしまいました」
キョロキョロ
「すいませーん道を教えてくれませんか?」
しかし鬼之を素通りする人々。
「困りました。誰も私に見向きもしません……しっかりと変装して人と同じ姿になっている筈なのですが……買い物を明るい内にしておかなければ……あっ、あの人に聞いてみましょう。すいませーん!」
どうやら鬼之は緑色の皮膚を化粧で誤魔化し、人に変装している様だ。そして今度も駄目と思いつつ一人の女性? に声を掛ける。
「あの スーパーマーケットの場所を教えてくれませんか?」
「……」
右手で左方向に指を向ける。恐らくその先にあるという事であろう。
「ありがとうございます」(無口な女性ですね。でも優しい心を持っています。そして、すごく恐ろしい顔をされている)
今の鬼之の
【恐ろしい顔】
と言うのは人間の認識とちょっと違う。鬼之の説明でもあったが彼女に好意を抱いているという事である。皆さんはその女性を侮蔑している感じに受け取ってしまったかもしれない。
だが、鬼之的にはそうではないのだ。恐ろしいと言う単語。もちろん地獄でも日本でも同じ意味ではある。だが鬼族での美的感覚が特殊で、美しいよりも怖そう、や強そうな外見を好む。そして、恐ろしい顔の人間を高貴とする性質がある。そう、恐ろしいとは地獄内では最上の誉め言葉なのだ。
人間を従える為、怖い子孫を残したいと言う欲があるからだ。
「結構高いですね。値上がりしているみたいですね。これも最近流行の増税クソサングラスの影響……おや?」
帰り道、先程道を教えてくれた女性とばったり会う。
「あっ先程はどうも……さっきもここに居ましたよね? ずっとここに居るんですか?」
「……」
「え? 喋られないのですか?」
「……」
「もうすぐ暗くなりますよ? 家に帰らなくてはいけないですよ」
「……」
首を横に振る。
「もしかして家がない?」
「……」
「あるにはあるけど事情があるのか?」
その問いにも答えずずっと黙りこくっている。すると……
シンシン
「あ、雪が降ってきましたね。このままあなたを放っておく事は私の主義に反します。私の家で雪宿りしますか」
緑鬼は基本的に心優しい鬼である。そして、言葉使いも丁寧。
「……」
彼女は戸惑いながらも頷く。
「沢山買い物をしたので、私の手料理でも作ります。一緒に食べましょう!」
「わかった」
「喋った? (心の底から恐ろしい響き……そして力強い声だ……ますます……)そうだ! 私は斉藤鬼之です。あなたは?」
「ジン゛ジア゛」
「ジンジア?」
しかし彼女は首を振り
「ジン゛ジア゛」
え? 何かおかしいのか? お? そういえば、んや、あにも濁点が付いていたな。それを付けないと彼女の中では正確な響きではないという事か。耳がいいな。
「ジン゛ジア゛さんかよろしく!」(ちょっと言いにくいな)
因みに、【ン゛】の発音は、咳払いをして【ん】と言う感じで発音。そして、ア゛は、口を【あ】と発音する形に広げ、咳ばらいをすれば良い。だが、どちらも喉を痛める心配があるので、ジン゛ジア゛を音読するのは止めていただきたい。黙読で頼むぞ。
「着いたよ。狭い所だけどどうぞ!」
家に着くと彼女は口を開く。
「たべもの」
「ん? ジン゛ジア゛さんお腹が減ったのかい?」
「よびすて」
「え? 呼び捨てで良いって事かい?」
「そのはず」
「その筈? まあいいって事だよね? じゃあジン゛ジア゛、何を食べたいんだい?」
「たべもの」
「ええ? 具体的には?」
「たべもの」
「うーんお任せで良いんだね?」
「そのはず」
「じゃあこれを作るか。死ーザーサラダ! 地獄ではとても有名なサラダだよ! 健康抜群なんだよ」
「にくるい」
「えええ? 肉は買ってなかったかなあ? 申し訳ないよ……」(緑鬼は野菜が主食なんだよねえ。肉はどうも臭くてね)
「かいもの」
「ええええ? この時間にい?」
「かいもの」
「わかったよ。コンビニに行ってくるから待っていて」
「ばくそく」
「い、行ってきまーす」
「るすばん」
「るすばん」
「た、ただいまはあはあ」
「おそすぎ」
「はあはあ……ごめんね」
何だこの女は? 大人しいと思いきや、横柄であるな。
「つくって」
「ああそうだね……」
「いそいで」
「分かったよ待っててね」(人使い……いや、鬼使い荒い人だなあ……)
ーーーーーーーーーー10分後ーーーーーーーーーーー
「出来たよ! ではいただきまーす」
「いただく」
ぱくぱく
「どう?」
「ぶっ……がゃ」
「ぶぃぐぅ」
おや? ぶっ……がゃぶぃぐぅと苦しんでいるシーンを、何故か
【二つに分けて】
喋っていたぞ? これはなんだ?
「どうしました?」
「からすぎ」
「えええ? 鶏肉に少し一味唐辛子を入れただけだよ?」
「からいの」
「ごっごめんね……」(なんか嫌な気分だなあ……助けてくれたとはいえ……)
「べつのを」
「じゃあ一味を抜いて作るから待っててね」
ーーーーーーー10分後ーーーーーーーー
「出来たよ今度こそ美味しいよ。どうぞ」
「ありがと」
もぐもぐ
「どうですか?」
「おいしい」
「安心しました(これでスーパーを案内してくれた恩は返したよね?)あ、もうこんな時間だよ? もうそろそろ帰るかい?」
「わかった」
どすどす
「今日はありがとう。初めて私に気付いてくれた方。もしよければまた遊びに来て下さい! そういえば名乗っていませんでした。私は鬼之と言います」
「おにゆき」
「いいなだ」
「わかった」
「さらばだ」
何故
「鬼之、いい名だ。わかったさらばだ」
を4つに分けなくてはいけないのだ? 不思議な女である。だが、これだと誰が喋っているかの分かりずらい気がする……まあそこは我慢して頂きたい。
ーーーーーーーーーーーー翌日ーーーーーーーーーーー
「おにゆき」
「あれ? もう遊びに来てくれたのかい? おはよう」(閻魔様に提出するレポートを作成しようと思っていたのですが……)
「たべもの」
「ええ? 朝ごはん食べに来たのですか?」
「くうふく」
「たべもの」
「うーん……」
「いそいで」
「ち、ちょっとすいません準備には時間が掛かります。それよりもあなたの家まで案内して下さい」(こんな育ち盛りの娘さんがいる家庭が子供に朝ごはんも出さないなんて絶対におかしいです)
「わかった」
どすどす
彼女の家に到達。
「ここが……ジン゛ジア゛の家?」
原始時代に戻ったかの如き藁で編まれた家である。
「どなたかいますか?」
「ん? 誰だいあんた? うちに用があるとは珍しいねえ……何の用だい?」
50代の太った女性が出てくる。
「ジン゛ジア゛の家族の方ですよね? おなかが減ったとうちに頼ってきました。そちらで十分なご飯を食べさせていないという事でしょうか?」
「ああ、私の様に太ってもらっちゃまずいからねえ。一応年頃の女の子だしねえ。朝ごはんは味噌汁とサラダ。昼ご飯は抜きで夕食をしっかり摂らせる様にしているよ」
ほう、なかなか良い食生活ではないか? てっきり虐待でもしていたと思いきや健康に最も良い食生活である。これはジン゛ジア゛が我慢が足りないという事ではないだろうか?
「それでそのルールの無いうちに頼って来たんですね……」
「そっちに行っていたのかい? 仕事もしないで……全く」
「そうだったんですね……分かりました。今回だけは朝ご飯をうちで食べさせます。で、説得してみますよ」
「そうしてくれるかい?」
「はい」
「ジン゛ジア゛おいで」
「わかった」
家に戻る。
「ジン゛ジア゛、君の母親は健康の事を考えていると感じた。母親に言われた事は出来るだけ従うんだ」
「わかった」
「今回は朝ご飯を作るけど、なるべくその生活に慣れるべきだと思うよ。じゃあ作ってくるからね」
ーーーー10分後ーーーー
「出来たよ。これを食べたら一旦家に戻るんだよ?」
「わかった」
素直に帰るジン゛ジア゛
「ふう……さてレポートを」
ーーーーーーーーーーーーー翌日ーーーーーーーーーーーーーー
「おにゆき」
「また来たのかい」
「たのしい」
「ええ? 私がかい?」
「にている」
「あ、そういえば似ているよね」
「かがみだ」
「そうだね」
「ジン゛ジア゛は4文字しか喋れないのか?」
「そうそう」
「それでしっかりと今まで会話出来ているって事は相当すごい事だと思うんだけど……」
そう、今までジン゛ジア゛はどんな言葉も4文字にまとめて返事をしている。まあ足りない場合は、律儀に4文字追加して話をしているが。そこからわざとやっている訳ではなく計算ではないかと勘繰ってしまう。本当に頭が悪ければ何も言えない筈なのだが……それとも拘りでもあるのか? 今の私では分からない……
「ぜんぜん」
「凄いって。尊敬に値するよ。力も強いし、恐ろしい顔だし」
「ほめるな」
「……」
「けなすな」
どごお
「うわあああああ」
一旦考え、【恐ろしい顔】は褒め言葉でないと気付いたようだ。ここは鬼と人間の認識の違いであるな……
「いててて……」
「ねてるな」
「いやいやw吹っ飛ばしたのは君だろうw理不尽だなあwしかし、これこそ鬼としてふさわしい……よし!」
「どうした」
「私と結婚して下さい」
「……」
「だよね。でもここで言わなくてはいけないね……実は私は人間じゃないんだ。鬼なんだ。特殊なメイクで人間に近付けているだけで……地獄での仕事でこちらに来た。名前でうすうす感づいていたと思うけど」
「そうかい」
とことこ
「あっ帰ってしまった。でも急すぎたよな」
ーーーーーーーーー翌日ーーーーーーーーー
「おにゆき」
「あっどうしたんだ?」
「きのうの」
「おへんじ」
そう言うと、静かに頷く。
「本当に?」
「ほんとう」
「どうしてオッケーしてくれたの?」
「いわれた」
「い、言われた?」
「ははおや」
「え? 私が鬼という事は母親も知っているんだろ?」
「そうそう」
「でも別に問題ないのか? 鬼でも良いと言う事なのか? あ……確か私が
『母に言われた事を守るんだよ』
って言ってしまったからか? それに従った? 彼女はどう言ったんだ? 結婚を申し込まれたら素直に従え? か? そんな……じゃあ誰でも良かったって事じゃないか! 偶然僕が一番に声を掛けただけで、もしかしたら別の誰かのお嫁さんに……嫌だ! でも! いつか……自分自身の魅力で彼女を振り向かせて見せる!」
確かに彼女の器量は良くない。少々太っているがそれを克服しても美しいとは言えない。故に母親からもしプロポーズをされたらどんな人間でも断ってはいけないと教えられたのか? だが、鬼だぞ?
「よろしく」
「ふつつか鬼ですがよろしくお願いします」
「もちろん」
そしてささやかな式が挙げられる。小さな教会での新郎新婦と神父の3人だけで行われる結婚式。
そして、指輪の交換をしようとするが……ジン゛ジア゛の指が太くて入らなかった……
「ぴあすだ」
「この指輪、耳飾りにするのかい? ……分かったよ」
「では誓いの口づけを……」
ーーーーーーーーーーーー4月ーーーーーーーーーーーー
『りょうり』
『ん?』
『つくった』
一見ブロックの様な? 茶色い直方体の食べ物だ
『ジン゛ジア゛が? 料理を作れるんだね? すごいよ! じゃあいただきまーす……ブッ ゲホゲホっこれは何だい?』
疑う事なく食べ、即座に吐き出す。
『ニジマス』
『ニジマスの?』
『ようかん』
『何でそんな物を……せめて魚類じゃなく植物にしてほしいよ』
ーーーーーーーーーー7月ーーーーーーーーーーー
『ジン゛ジア゛夏だし海でも行くかい?』
『わかった』
『水着はどうする? 買おうか?』
『こいつら』
二匹の動物を指差し言う。
『え? それナマケモノだけど? しかもいつの間に二匹も』
『とらえた』
『日本にいるの? ま、まあいいけどそれを水着って……』
『まきつく』
『巻きつかないよ! 海中で外れたらどうするんだ』
『へいきだ』
『いやいや! 逃がしてあげて! 水着くらい買うから!』
『にげろよ』
『ありがとうなまけえ』
『もうか関わらないでほしいなまけえ!』
『しゃべったああ』
ーーーーーーーーーーー10月ーーーーーーーーーーーー
『よいしょ』
『おや? ジン゛ジア゛? 何をしているんだい?』
『きんにく』
『修行か? ほう、私も頑張らないといけないね』
『すずしい』
『かいてき』
『ああ、この季節はトレーニングに向いているよね。スポーツの秋って言うくらいだしね』
『それそれ』
すると……
『あっ! 大女が相撲の練習してるw』
そう、今まで語っていなかったがジン゛ジア゛は身長が180あり、鬼之よりも大きめ。あまり外に出ないジン゛ジア゛を見て高校生くらいの男であろうか? その男が大喜びして馬鹿にしている。
『な? そこの少年! 君は確か近所に住む
【土志田完全勝利君】
だっけか? たった一人で大声で悪口……友達がいないのかい?』
「ちょっとまって? え? 土志田って? 聞いた事ある名字だわ」
「へえ? 珍しいですけど?」
「そいつはめっちゃ嫌な奴だった。人の悪口を笑顔で言うような。まだ生きてる筈。上界に。もう具現は出来ないけど悪魔みたいな顔の男よ」
「似ているなあ。もしかしたらその人の祖先なのかもしれませんね。こんな感じです。どうでしょう? はああああ」
ごとっ
「こ、これよ! こいつ土志田の祖先だ!!」
「そうなんですね? 通りで悪口が好きな訳ですよ」
「ここまで酷似してるのか……父親の口から吐かれた卵から孵ったんじゃねえか? って位似てるわ。……? ってかあんた鬼でしょ? 鬼も記憶具現出来るんだ?」
「地獄内限定スキルですからね。地獄に入った途端誰でも出来ます。勿論上界では出来ません」
「へえ、亡者は記憶が消えるんだけど鬼は消えないの?」
「そうですね。鬼は消えません」
「そうなんだ。へんなの! まあ鬼は来世なんかないもんね」
「はい……では続きを言いますね」
『全く……一体親はどういう教育をしているんだ? そしてネーミングセンスもだよ! 完全勝利って……ただの四字熟語じゃないか……それを人名に入れてしまうなんて……単に響きのいい単語をノリで付けてしまったんだ。
その想いは、単なる自己満足……
【その単語を名前にするか!】
【なんて凄い方だ!】
と、噂されたいだけで、君に対する愛情はこれっぽっちもないって事が容易に分かるよ。ご両親の顔を一度でいいから見てみたいよ! どんな顔なら子供にそんな名前を付ける事が出来るのか? それが分かればいいレポートの題材になると思うよ。大体1人の人間に高望みし過ぎだって……君の家の表札を見た時二度見したよ? なんだ? これは目標なのか? ってね? ところが人名という事を知って本当に驚いたよ。それに結局所詮悪口しか言えない君は、この先の人生でも完全勝利する事なんか一度も無いまま死んで行くんだろう。それが嫌なら、大女なんて言うんじゃないぞ! それに……』
『大女大女!』
『おい、やめろ!』
『パーフェクツビクトリー米よー。お隣の奥さんから奪ったのよー』
『母さん? 米って! いつもは砂なのに……あ、ありがてえ……圧倒的感謝……!! 今日は完全勝利だぜ! わーいわーいw』
ぴゅー
この完全勝利という少年、いつもは砂をかっ食らって空腹を満たしていたのか……しかし今回はお隣の奥さんから……奪っただと? 犯罪ではないか! それも喜んで食べる気満々であるぞ! 返却するという腹はなさそうであるな……何という……母親も母親であるが、この少年からは完全勝利というより敗北感が漂っている気がするな……
『おい! まだ話の途中だぞ! しかしお前、完全勝利と書いてパーフェクツビクトリーだったのか! なんて身勝手な親なんだ……息子には適当な名前を付け、他人の家庭を荒らし、得た食糧で生きながらえているというのか……君は普段砂を食ってるのか? そんな貧乏なのに人をからかう事しか趣味が無いのか君は! そんな暇があるならアルバイトでもして家計を支えるべきではないのか?」
「ちょっといい? 土志田って苗字も嫌よねえ」
「え?」
「土を志す田んぼって書くでしょ?」
「確かに」
「田んぼは仕事をする。コメを育てたり作物を育む」
「ええ」
「その田んぼが土に戻りたいと志していると考えられない?」
「は!」
「そう、土はただのニートみたいな物でしょ? 田んぼ
【仕事をする土】
から、ただの土になりたいと志していると考えれば?」
「はたらきたくないでござる」
「そうよ。だから土志田完全勝利と言う名は、ニートになって完全勝利だという思いを込められて付けられた名前と感じた」
「酷い……そんな思いで作られた男だったんですね」
「そうよ」
「そして私はその名前に怒りを覚え思わず
『君は勝者でも何でもない! 完全敗北野郎だ! そう! 土志田完全敗北んだ! この完全敗北男! 負け犬めー! 貧しく卑劣な負け犬めええええ!』
『おちつけ』
ゴン バキバキバキ……
熱くなり過ぎた鬼之をハンマーナックルで沈める。
『いてて……確かに熱くなっていたかもしれないけど、頭蓋骨が陥没したと同時に全身が地面に陥没したじゃないか……手加減してくれよ……そこはビンタくらいで……』
『いらつく』
『ああ、本来ビンタで止めようとしていたんだけど、土志田のせいでハンマーナックルに進化しちゃったって事かあ……許せないですね………しかし、あれだけ心を込めて説教したのに……満面の笑顔で走って逃げていってしまった……私も危うく緑鬼から赤鬼に変化するところでしたよ』
『へんなの』
『ああ、鬼には感情で変化する時があるんだよ。しかし、これがコドモと言う種族か……まだまだ分からないところだらけですね……レポートに追記しないとなあ』
『くやしい』
『ジン゛ジア゛……気を落とさず……でもほら大女って事は君をしっかり女性として見てくれていたって事だしさ……』
おいおい……それはフォローになっていないぞ?
『しつれい』
『どすこい』
ドォゴォオオオ
『うわあああああああ?』
ゴン
塀にぶつかり止まる。
『すっきり』
『だからって私で気を晴らすのは困るよ……いててて』
ーーーーーーーーーー12月ーーーーーーーーーーー
『いちねん』
『え? そういえばこの日だったね。出会ったのはちょうど一年前……もうそんな……気付かなかったよ』
『まだすき』
『え? 言わなきゃ分からないのかい?』
『そうそう』
『ききたい』
『じゃあジン゛ジア゛は? 私の事好きなのかい?』
『おしえん』
『私には言わせようとして君は言わないのかい?』
『おんなは』
『ききたい』
『おとこが』
『いうべき』
『た、確かに……男らしくないね……そうだね……大好きだ!!』
『よかった』
「いい話じゃない」
「そうですか! では続きを……うっ」
「どうしたの? もしかして喉?」
「良く分かりましたね」
「じゃあこの辺で休憩しましょう」
「申し訳ないです」




