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八寒地獄 氷結ゴギョウを求めて 

「着いたわね。ここが八寒? ブル……」

普段ブルなどとは言葉に出さないアリサだが、あまりの寒さに思わず出てしまう。


「ここは簡単に言えば滅茶苦茶寒い地獄オニ。そして最悪の地獄と言われているオニ」

八寒は氷の地獄。亡者達は、皮膚は凍りつき、血管は破裂し、筋肉は衰弱する。当然執行中は食料も水も与えられる事は無くただひたすら耐えるのみ。


「助けて! 私が何をしたんだ……」


「もうだめだ! 冷たいよおへ、ヘール!」

キラーン


「ふうふう……でもまた寒さは襲ってくる……早く、早く終わってくれえええ」

ヘールで回復しても所詮一時しのぎ。再び皮膚は……目を覆いたくなるような状況……これを見ると血の池や賽の河原が天国に見える。


「いやだああ、もう死にたくない!」

叫び声も血の池の亡者のそれとは違う。死と常に隣り合わせの迫真の叫び。この地獄は、


【6時間我慢すれば500】


と低いが、この地獄と決定された亡者は、他に変更は出来ない。ここは最も罪深き事をして来た亡者が来る地獄。彼らは楽な地獄を選択不可能。ここで500ずつ貯め、100万を目指さなくてはいけないと言う事。

責め苦で命を落としても、瞬時に復活し、家に戻る。しかも死ぬ前の苦痛もしっかりその記憶に刻まれた状態で……そしてその魂はその日は再挑戦出来ないのだ。その日は一度切り。それは暗黙のルール。

要するに成し遂げても500。途中で死ねば250と言う厳しいルールなのだ。まあ階級で補正が掛かるが基本値が低すぎる故実感は薄い。

一応行く事は行けるが、追加でポイントが入る事はない。だが、その事は鬼も止めず来る者拒まずである。だから一度再入獄し、残りの時間を受けた後、ポイントが入らなかった事を確認し、そこで初めて死んだ後に戻っても無駄だと言う事を学べる事になる。

そう、鬼は亡者に何一つ教えてくれないのだ。聞いてもはぐらかされる。ここでは自分で経験した事が全て。鬼はそれを見守るのみ。まあちょっかい出してくる乱暴鬼もいるが……勿論戦力が上がれば長く堪える事も出来るが、肝心のその成長速度もこの地獄は一番遅いと言う事になる。

だから亡者達は憂鬱で惰性で毎日この地獄へ向かう事になるのだ。そして途中で力尽きれば半額の上昇量。踏んだり蹴ったりである。結局下がった分を補填する為に更に多くこの地獄を味わう結果となる訳だ。一度魂選別所で決定されたらその地獄が彼らの最大の収入源。しかし、何度も体験し、階級が上がり戦力を上げても肝心の寒さに対する耐性は上がる事も無く、裸同然の状態で吹き付ける吹雪を耐え続ける必要があるのだ。戦力上昇で上がるステータスは、最大体力と最大魔力、力、防御、賢さ、運等々。

痛みはそのままで、長く耐える事が出来るだけ。それが伸びれば6時間耐える体力が培われるだけで痛みは一切下がらない訳だ。そしてその苦しみを軽減するには、店で売っている防具だけと言う事だ。だが魂の状態では装備する事すら出来ず亡者になって初めて装備する権利を得られると言う事。魂の状態ではすぐに家に戻されてしまう訳だ。結果収入もなかなか上がらず買い物する気にもならない。

そして、亡者のお金の使用する場所と言えば9割が食堂。だが食事は、彼らの満腹度を満たすのではなく、一時的に戦力を上げるだけの効果があるが、ある程度の味を感じることが出来、食べ終わったら数時間ではあるが、えも言えぬ幸せをもたらしてくれる。生前普通に行っていた行為。そう、仕事をしたら飯。という常識から抜けられず、皆それを求めてしまうのだ。

地獄の責め苦は彼らを容赦なく襲い、抵抗も虚しく体は徐々に弱まっていく。だが食事は食べてから2時間程度で戦力上昇の効果は切れてしまう。故に本来地獄の責め苦の始まる時間の少し前に食事をする事で2時間の間高い戦力で責め苦を僅かであるが凌げると言うのが本来の食事の有効活用法。だが、ほとんどの亡者は、仕事が終わった直後に食堂に行ってしまう事から実際の戦力上昇の恩恵は全く受けられないのだ。生前の日常生活ではその行動は問題ないが、地獄では食事もタイミングを見計らって行わなければ全く意味が無いのだ。だから完全なヘルの無駄遣いと言える。

そして本当に賢い亡者なら、少しでも戦力が上がる装備品を買う筈だ。だが、アリサが初めて食堂に訪れた時も、丁度仕事 (責め苦)が終わって食事をしていた亡者が数名居たが、彼らは地獄攻略における遠回りの行動を行っているのだ。本当に賢い亡者であれば、まず防具を購入し、責め苦のダメージを可能な限り下げ、楽に6時間を凌ぎ、500をコツコツ貯め、次のランクの防具を買うまで貯金するのだ。そしてすぐに階級を上げ毎日貰える額を少しでも上げる。階級を上げさえすれば時間も少し下がるから真っ先にそれをするべきなのだ。だがみんな目先の欲望に負け、食事を選択してしまうのだ……無駄に金を失い、沢山責め苦を味わい非効率的に戦力を上げているのだ。その上死んだら半減。文字通り地獄である……だがここだけの話、このリタイア時間に関しての縛りは薄く、物凄く曖昧なのだ。

6時間ピッタリで500払われると言う事実は変わらぬが、何と1秒でも八寒地獄に入ってからすぐに死亡するだけでも250貰えるのだ。

6時間で500なのに1秒でも250と言う事。


【なんということでしょう】


これだと、6時間で4000の賽の河原よりも戦力上昇効率が良いのだ。これもルールなのだ。その仕組みを知っていれば、どの亡者も1秒で死ぬだろう。だが、どの亡者も魂もそれに気付く事なく500得る為に回復のコトダマを使用してでも生き残る。そして、食事も我慢し貯金する筈。そして、生まれ変わる時に所持しているお金でいい能力で生まれ変わる事が出来るからな。

だが、その仕組みを知る者は誰もおらず、実験する者も居ない。出来るだけ長くいてそして力尽きていくのだ。そして毎日の耐久時間の差があっても同じ額だけしか支給されていないと言う事に気付く事無く毎日出来るだけ残ろうとしている現状なのだ。それ程までに亡者の知能は低い。そしてそれが知られれば鬼達も閻魔に報告し、制度を変えるに違いない。まあそういう亡者が増えればの話だがな。だがこの辺の曖昧な部分が残っているのが現在の地獄のシステムなのである。だが、それに気付ければ


【1秒で死に250稼ぎ、地獄内に隠されている新たな日課となり得る条件で戦力を上げ、後はのんびり次の日の責め苦まで待つ】


と言う方法で出来るだけ地獄での苦しみを下げつつ、生まれ変わりに近付く方法もあるにはあるが、情報が無い地獄。誰一人その抜け穴を通り効率良く戦力を上げる賢き亡者は居ない。

しかも、一番効率良く抜ける可能性のある賽の河原からこの地獄に変更する事は可能なのだ……亡者が希望すれば。当然逆はダメだ。しかも


「こういう地獄もあるオニ! 八寒地獄! 涼しいだけで一番楽オニ!」


と、時々誘惑してくるから性質が悪い。賽の河原で頑張れば退屈ではあるが八寒の八倍の速さで卒業出来ると言うのに、鬼が


【悪魔の囁き】


をしてくるのだ……本当の事は言わない癖に嘘は平気で突く。何も知らない亡者からすれば、ずっと石を積み上げる作業に飽き飽きの者もいるだろう。そんなタイミングで気分転換に別の責め苦も味わって見たいと考える者も居るかも知れない。何せ他の亡者がどんな責め苦を受けているかまでは詳しくは知らないからな。

その辺は自由時間に他の責め苦の話題を切り出せば情報交換は可能だが、誰もその話をする者は現れない。そう、プライベートの時間まで苦しかったあの時の話をしようと積極的に出来る亡者は居ないと言う事。そして最終的に自分が幾ら貰っているか? 等の比較する結果にもなりかねない。もし相手の方が沢山貰っていたら……逆に自分の方が多かったら? と、考えてしまうと言い出しにくい。地獄にはテレビもネットも無い。情報を仕入れるには他の亡者とのコミュニケーションかしかないと言うのに……その間隙を突き、賽の河原の鬼は最も効率の悪い地獄に流そうとすると言う事だ。最悪である。

そしてここは、最も悪い事をして地獄に落ちた魂の吹き溜まり。そして、そこに移動したら最後、この効率の悪い地獄で100万貯めなくてはいけないのだ……更に亡者に変身する事を選ばなかった魂達は、100万ポイントで卒業出来ると言う事実を教えて貰う事も無い。それを知っているのは亡者を選択した魂と、地獄の運営側。鬼や閻魔のみ。そして95万に到達すると、脳内にアナウンスが流れ、そこで初めて知る事となる。魂状態ではそれまでは無情報なのだ。そこで初めて知り亡者に変化する事となる。そんな情報希薄の中で亡者達はいつ終わるか分からぬ責め苦に苦しんでいるのだ。そして、それらに関する詳しい情報は、10万ヘルで購入出来る


【地獄の害怒仏苦(ガイドブック)


に知らされているが、高額な為誰も買わない。それどころか見向きもしない。そこに全ての情報が織り込まれていると言うのに……まあ不敗で開放される書庫にもその情報はあるにはあるが、広大な書庫内にいくつもある本をまとめてくれているのが害怒仏苦で、それを読んだ方が理解が早いだろうな。もし一人でも購入し、亡者内で広めればもっと快適な地獄ライフを楽しめる内容なのだが……皆自分自身の事で精一杯。他者に施しをする精神は誰も持ち合わせていない様だ。それさえ読めば、装備に耐性がある事も簡単に分かるのだが……まあ流石に1秒でも250ポイント受け取ると言う裏技までは乗っていないが……それでもそれを知る事で間違いなく生まれ変わりに近づく事が出来るのだが、その件に関しては、店では一切説明をするな! と言う事を上からきつく言われていて、それを確認するには書庫の本を読むか、自分のステータスをしっかり確認し何が足りないかを考えるくらいしか方法が無いのだ。それさえ知っていれば防具購入により耐性を得られ、責め苦のダメージを軽減出来るし、リタイアによる上昇戦力が下がる事も減給も無いのだ。少ないながらも一日の上昇量を保つ事も可能なのだ。だが一切情報が無い。ログインで獲得できる体力回復の薬も使用可能で、それさえ使えば死にそうとなったタイミングで使えば生き延びる事も出来る。だが、


【エリクサー症候群】


の亡者達。勿体ないし、失敗する事を恐れ、積極的使わない。

そう、貰えるお金はどう使えばいいのか? と言うのは当然鬼は教えてくれない。だが自分では動けず取り敢えずの精神で貯めるか食事に使うだけ。本質を見抜き、装備を固める事を覚えたらだいぶ楽になるのだが……ここにいる亡者はそのシステムを有効利用している者は一人もいない様だな。


「もう限界だ……」


「死なせてくれ……」


「この人達、皆裸じゃない……店で装備を買えばいいのに……そうすれば大分軽減出来るのに……」

アリサにとっては当たり前の事。だがそれは鬼が教えたからであり、それは彼女の階級を目の当たりにし、いつでもここを抜けられる事を知っていたから。

本来鬼が亡者にそれを教える事を閻魔自身が禁止としている。故に魂や亡者達は何故戦力が上がるのか? それを続けるとどうなるのかは一切知らないまま、戦力が高いと周りの亡者に威張り散らせるから位の理由で適当に戦力を上げる条件を探しているのだ。なので、早く卒業出来る条件が増えると言う素晴らしい事を見つけられたと言うのに、その真実を知らない事が災いし


【面倒な作業が増えた】


程度なのである。もし知っていれば、一つでも多くそれを増やす事に専念するだろうな。

勿論この地獄は寒さや冷たさだけでなく、孤独や絶望、更には一番戦力上昇効率の悪い地獄だと言う事にも気付く事無くな……故に彼らは生きながらにして死んでいる様な物であり、生きる意味を見いだせない。この事実を伝えたら積極的に効率的に卒業を目指そうとする亡者が続出してしまうのは火を見るより明らかであるしな。


「ああ、何の為に生きているのか……」


「この苦しみはいつ終わるのだろう……しくしく」

彼らは絶望の中で、ただひたすら6時間経過の時を待っている。情報が無いと言う事から永遠とも言える長い時間を苦しみ続ける事になる。


「ああっ」

どてっ


「あっ、この! 立つんだ早く!」


「体が張り付いて……はぁはぁ」


「なんだとお! 生意気コオリオニ! すぐに言う事を聞くんだコオリオニ! もう怒ったコオリオニ! よし! あの氷をあっちに運んで、暫くしたらこっちに持って来るんだコオリオニ!」


「酷い……流石地獄ね……でも、今まで見てきた責め苦も酷いけど……ここは特に酷い……でもそれより酷いのは現実の方。鈴木さんの受けた木林製作所の責め苦よ! 絶対に許さないからね木林!!」


「なんです? 木林って?」


「こっちの話よ! でも地獄よりも辛かったって言ってたけどここも相当よね……」


「誰がオニ?」


「こっちの話!!」


「ひー」

すると?


「立てコオリオニ!」


「許して下さいハァハァ」

相変わらず亡者をいじめている……正に鬼だな。だが語尾にコオリオニと付けている事からアリサの仲間の鬼と違う鬼だと言う事が一目で分かる。


「仕方ないコオリオニ」

しかし……亡者にお湯をかけ、張り付いた氷から救出はしている。だが、氷をあっちに持って行ってからこっちに持って来て欲しいと言う意味不明の事を指示しているぞ。


「あいつ最低ね。よし……懲らしめてやらないと!!」


「地獄の責め苦は亡者にとって仕事みたいな物オニ。仕事の邪魔はいけないオニ」


「でも今の見て何も言えないの? 止めないで!」

とことこ


「その辺にしておきなさい」

アリサが注意しようと近づいた時、コオリオニと言う語尾を放っていじめていた青鬼に別の鬼が声を掛ける。


「あっ鬼之さん? 何でここに来たんですコオリオニ?」

挿絵(By みてみん)

「ちょっとね。そんな事は必要ないでしょう。必要以上にいじめてはダメです」


「すいませんコオリオニ……」


「あら? あの緑鬼、話が分かるじゃない。まるでファイナルファンタジア6のケカフをたしなめるオレ将軍みたいじゃん。ちょっとあいつと話してみようかな?」


「ねえ」


「はい?」


「ちょっと聞きたい事があるの」


「はいはい……え? 神裔Ⅳ? 何者ですか貴女は?」


「アリサよ。あなた緑鬼ね? 優しいじゃない。もしかしたら地獄のこの理不尽なシステムに疑問を感じていないか? って思っちゃってね」


「確かに思います。ブラック企業顔負けの給与システム、鬼たちの凶暴化、目を覆いたくなるような現実です」


「閻魔に相談した事はあるの? まあ今は死んじゃってるけど過去にね」


「いいえありません……え……亡くなった?」


「そうよ。警視庁の最強の鑑識をここに呼び寄せて検視して貰ったから間違いない筈よ?」

え? 今まで全部外してるよ?


「まさか……ですが閻魔様を倒せる鬼がこの地獄にいるとは思えません……」


「新王Ⅳだもんね。どんなスキルを持っているのかも分からないわ。因みに鬼の中で一番強い階級はどれ?」


「賢者Ⅴですね。戦力的には3500000位でしょう」


「でもそんな強い人……じゃなかった。そんな鬼は閻魔様の傍にはいなかったよ?」


「彼らは表には出ません。管理室で地獄内で起こった異変を部下の鬼に伝えるのが主な任務です。それにそこから出る事もありませんし、閻魔様に恨みもあるとは思えないです」


「だよね。そもそもここって何のために存在する世界なの? 地獄って? あなたが知ってる限りの事を教えてくれない?」


「そうですね。私が生きている間の記憶であれば話せるでしょう。申し遅れましたが私は鬼之です」


「そう、鬼之さんお願いね。私はアリサよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


緑鬼が登場しました。誰かに似ている様な……気のせいでしょうが。

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