【イライジャ】郷愁の旅出
この歳になると、死への恐怖と生への執着がどうも頭から離れない。
目が見えにくくなってから、余計かもしれぬ。
そのうち、それしか考えられぬようになって、死んでいく。
それが、どうしようもなく怖い。
迫ってくる怖さを振り切るために今日もギルドへ向かう。
日参する意味もなかろうて、四、五日開けて依頼をこなしても良い。
習慣を作って自分を縛る。そこから離れぬことで、自分を生かす。
まぁ、その程度の意味しかない。
郷里へ帰ってきた理由が自分でもまだ分からぬ。
本当の里と言うべき森は、生まれた時に当になし。とはいえ、誰もまたつくろうとせぬゆえに、中途半端な人工林に囲まれた村。
そして、私はそこに入れぬときている。
まぁ、なんのために帰ってきたのか。答えは求めておらぬものの、老い先短い私にこれも付き纏ってくる問いである。
ギルドまで歩いてくると、かつての子どもらが寄り添っていた。
そばに立っている男が苦笑混じりで会釈をしてくる。どこの物好きか、最近ブルエモンに居着いて冒険者をしようという、そういう男だ。
軽く会釈を返して、中に入ろうとすると呼び止められた。
「イライジャさん、ですよね?」
「あぁ、いかにも」
彼は戸惑いの視線をレサンに向ける。しかし、自分のことに夢中になっている子はその視線に気づかない。
「北部で、空エビが発生しているそうでして。この四人で討伐にとのことなんですが」
「そう、か」
「えぇ」
彼の顔をよく見ようと目を細めるが、ぼやけて白に食われた視界は捉えきれない。人当たりの良さそうな声だけでは、その人物を推し量るに頼りない。
「……」
さて、空エビ、か。
数匹なら、美味しい非常食だが。
群れになった途端、厄介な食害を起こす。
群れが大きくなる前に対処する必要があるが。
私やカーチが指名されるということは、もはや。畑には手遅れなほど被害が出ているのかもしれぬ。
はてさて。
「……!?」
レサンの頭を叩く。驚いたレサンの髪に手がつかまるが、一気に引き抜いた。
「痛っ……!?」
手に絡み付いた髪に頭を引かれて、レサンが悲鳴をあげる。
「さっさと仕事をせい」
「あ、あー、ごめん? えーと、そうだった」
立ち上がろうとしたところを危うくバランスを崩す。まだボヤッとしているのかと思ったが、カーチに袖を掴まれたのだろうか。
目が悪いとそんなことも分からなくなって、どうしようもない。
「……ごめん」
カーチのか細い声でその証左を得る。
今度こそレサンが立ち上がった。
「かなり急がなきゃまずいんだ。とりあえず、北部へ行かなきゃ」
「この新人さんもか?」
「そう、四人でね。彼自身、魔術の使い手だし、このテイムドが強いんだ。手を借りなきゃならない」
ふむ。
歳をとると、考えるのも億劫になる。
若い輩に任せておけばいいと思うようになる。
それでも、思考を捨てられない。
それでも、衰えは確かに突きつけられる。
さっと裾を翻して、レサンが歩き始める。思考に耽るあまりにその仕草を見逃していた。
置いていかれかけたところを、黒いエルフが戻ってくる。
「おじいちゃん、行こう」
手が差し伸べられた。
後の世代が、追いついて、追い越して、いつの間にか私の前にいる。
それでも、後ろを振り返って、老いていく私を気遣う優しさ。
苦さとともに受け入れるほかなかろう。
冒険者ギルドは町壁の外、南にある。北部へ至る道へ行こうと思えば、一度南門から壁の中へ入って、貫通する町を抜け、北門へ抜ける必要がある。
この間、レサンは依頼に関することは一言も口にしなかった。
カーチの質問をのらりくらりと交わす。
「レサン、北部のどこにいくの?」
「んーとね、どこだったかなぁ。後で地図を確認しないと」
「ところで、どれくらいの規模なの? 僕とおじいちゃんでどうにかなるの?」
「んーどうだろうね……」
「状況はどうなの? ね?」
「それがねぇ……」
こんな具合だ。
ふむ。いつも思うのだが、カーチは私の名前を覚えておらぬな。
まぁ、年老いたエルフなど私くらいだろうから、彼はそれで不便が無かろう。
町の中腹にきたあたりだっただろうか。
「この交差点で集合でよかったんじゃないですかね、俺」
「あー、そうだね。ごめんね? ちょっと色々ごたついてるから……」
「ていうか、俺ら依頼受けてないんですけど、そういうのは……」
「あー、それも後から説明するから」
緊張しきっていたカーチの手から力が抜ける。
本当に、苦労する子よの。自分だけレサンにはぐらされているのではないか。その恐怖が手を引かれているだけの私にも伝わってくるのだから。
ところで。
「ケンゴは、町の中に?」
不穏にいきそうな会話の話題を変えるべく、尋ねた。
「そうですね。ちょっと色々ありまして、古城に潜り込みました」
「ほう。まぁの、あそこの城は昔から開けている」
「レサンが住んでいたくらいだもんねぇ」
カーチの相槌に、今度はレサンの動きがぎこちなくなる。一同の先導するレサンの速さが変わったのだ。カーチやケンゴもそれに合わせて歩速を調整し、妙な停滞ができた。
「まぁね、その、角の部屋で、すごく冬は寒かったんだけどね」
相槌を受けたにしてもおかしい感想に、ケンゴが食いついた。
「へぇ。もしかして俺がもらった部屋と同じかもしれませんね」
「他の部屋にしてもらいなよ。あそこ寒いよ、本当に」
また、カーチの手が力む。己にはレサンが調子外れな答えを返す、しかしケンゴとは会話が綺麗に成立する。
まだまだ、若い。
「レサンさん、その髪なら暖かいでしょう」
「不気味だって言われてなかなか伸ばせなかったんだよね。それこそ無理矢理切られたりねぇ」
「どうなるんですか、切られた髪」
「しばらく勝手に動くもんだから、燃やさなきゃならないんだ」
「それ、幽霊とかと勘違いされたりしてませんでした?」
「私が住んでることはみんなが知ってたからねぇ。そういうことはないんじゃない?」
その掛け合いを聞いていた、カーチがぼそりと呟いた。
「ケンゴ、どうしてレサンの髪が暖かいって知ってるの?」
小さいはずのその声は、明確に二人に届いた。
レサンがあからさまに目をそらしたのだろう。
カーチの手の緊張は、最大に高まる。
どうやら、手の施しようがないらしい。旅の間中、この気まずさと付き合うことを覚悟しなければならぬようだ。
やれやれ。
老体ではなかなか、ついてけそうにもない。
町を抜ける。
北部への道を使うものはまずいない。
ビリターヴィンへ抜ける道も南から。
収穫物を運ぶ荷馬車しか通らぬのがこの道なのである。
十分に町から離れたところで、誰かが最初に口を開かねばならなかった。
仕方あるまい。老いで、繊細な心など分からぬふりをして、私が役目を引き受けなければならぬ。
「さて、そろそろいいだろうに」
「あ、うん、えーとね」
どうもカーチが側にいるというだけで、頭の働きが鈍るらしい。
若いというのは、いいことではある。しかし、いつまでもそこに留まっては居れぬのだ。
かつての子らは、もうここまで大きくなって。我らエルフも時間には逆らえぬ。
大人になってもらわなければならぬ。
冒険者として、そして冒険者を支える道を選んだレサンが、その生を今まで費やして得た技術で持ってわかりやすく説明をする。
いつも通り北部連中のツケが我々冒険者に回ってきたのだ。
まぁ仕方あるまい。我々エルフが未だに人間に確執を抱いているように、北部連中もそのわだかまりを簡単に捨てられるものではあるまい。
討伐対象は、空エビの群れ。
あつらえたような、いつもの決まり事をなぞる、それでいて、ため息ひとつで捨ておくことはできない程度の危機。
北部連中が、事態が大きくなるまで隠していたので、群の規模は不明。あえていえば、群の数さえ分からない。一群だけと思い込むのは希望的観測に過ぎぬ。
そして、北部連中が手に負えなくなって相談してきた。彼らも事態を全て把握はしていない。
まず、偵察から始める必要がある仕事だ。
はてさて。
寄る年端には勝てない目の悪い老骨と、心の傷で目の見えない繊細な青年と、そして虫の嫌いな指導者で、どうやって偵察をしようというのか。
呑気なレサンは、「まぁ、ついてから考えようよ」ときたものだ。
畑には、根付いたばかりの作物がある。
北部連中にはまだ被害は出てないものの、その作物を守るためならなんだってする連中だ。
かつては、痛ましい出来事もあった。
足の悪い子どもを殺して、はらわたをさいて罠として、そこに引き寄せた魔物を倒したのだ。
冒険者ギルドに言えば、そんなことはしなくてよかったのに。
手に負えないとわかるとギルドに話が行くだけ、当代のギルドマスターの力量がわかるというものだ。
暴走しかねない彼らを宥める必要も出てくる。
群の規模や出現状況を確認できない以上、手立てを考えようもない。
どうやって、偵察をするか、そこに話は行き着くわけだが。
責任が問われるはずのレサンは「まぁ、ついてから考えようよ」と来たものだ。
耕作物の基本を知らぬケンゴに言葉少なに私が話していれば、なぜかいつの間にか今日言葉を交わしたばかりの彼に手を引かれている。
レサンとカーチは、彼のテイムドが間に入ったことで、なんとか気まずさを無視できているらしい。魔物相手には嫉妬のしようがあるまい。
前をいく彼らから漏れ聞こえてくる会話から、少なくとも険は消えていた。
ケンゴが色々に訊ねてくるので、気の向くままに言葉を返す。
町のことも知らぬので、どうしてブルエモンに来たかと聞けば「田舎だとのんびり冒険者ができると思った」のこと。
住む人も冒険者も少ないながらも、平野の穀倉地帯をカバーするブルエモンの冒険者ギルドは、のんびりからは程遠いよ。
そういうと、ケンゴは笑みを含んだ言葉を返してきた。
「まぁ、実際にきてみて、人が優しいのが何よりです。しばらくはこの町にご厄介になろうと思っています」
彼もそれなりに過去があるようだ。そこには触れぬまま、言葉を重ねる。
草原を吹き抜ける風。
そよそよと、足の短い草を吹き抜ける音が聞こえる。
人の気配のない、どこまでも広がっている。
他愛ない言葉を交わしながら、歩く。
久しぶりだった。
昔を、思い出すような、気がする。
この草原を誰かとこのように歩いたことはない。
ただ、この地で生まれて駆け回って育った。
いつか、弟子と一緒に穏やかに話しながら共に歩いた。
先の分からぬ不安を抱えながら、旅に出た。
私の過去から、部分部分を一つ一つ取り出して、合わせた記憶からくる懐かしさ。
もはや記憶がおかしくなったかと、気づかないようにしている、それでもひしひしと追い立ててくる老いはある。
それでも。
心地よい懐かしさ、そして人と接して心が優しく解ける暖かさ。
それを久々に感じた。




