出発
朝一、こっそり瞬間移動でギルドに来たら、ヴェルツさんに早すぎと言われた。
じゃぁ集合時間教えてくれよ……。日が昇る前にきちゃったじゃん……。
というわけで、しばらくギルドの椅子に座って待つことにする。キーやんはテーブルに置けるサイズじゃなくなってしまったから床だな。
そのまま、喋っていた。お前の食事どうすればいいのかとか、音どうすれば聞こえやすいかとか、そういうことだな。
そしたら、ローブ姿のソレナさんが起きてきて、硬いパンを齧りながら仕事机についた。
ヴェルツさんが肩をすくめたところを見ると、仮眠とって仕事に戻った感じかね。ソレナさん、ハードワーカーすぎないか。
しばらくすると、バタバタ大暴れする音が聞こえてきて、レサンさんが飛び出してくる。レサンさんはジャムを塗ったパンを口に咥えていた。
ぶるぶると髪が身悶えしたかと思うと、寝癖が直っていくのが面白い。そして、そのままギルドを飛び出していった。
「あーあ、寝坊だなありゃ」
眠そうな目をしてヴェルツさんが言う。彼もここでうとうとしていただけで、寝ていない疑惑がある。
「ヘルさん、まだ帰ってこないんですか?」
そう尋ねると、肩をすくめられた。どうやら、そうらしい。
まぁ、心配してないみたいだけどな。
レサンさんが飛び出して行ったのが呼び声だったかのように、冒険者たちがちらほら姿を見せ始めた。
明らかな新顔ってこともあるんだろう。やはり、遠巻きにチラリと一瞥されるだけで、直接声をかけられることはない。
朝だとやはり結構人がいるんだな。二十少しくらい? そりゃ、大都会のギルドだと十分でそれくらいくるんだろうが。
しかしまぁ。
言わせてくれ。女性がいない。
一通り冒険者たちを捌いたヴェルツさんが、こくりこくりと船を漕ぎ始める。ソレナさんが筆を走らせる音が戻ってきた。
はっと我に帰ったヴェルツさんが、自分の頬を叩く。
あ、寝ちゃダメなあれか。なら話しかけよう。
「女性、いないんですねー」
「あー、まーな」
ちゃんとした答えが返ってくるとは思っていない。案の定、ぼんやりした言葉が戻ってきた。
「もしかして、ソレナさんだけですか?」
「んー、まぁ、ちらほら。二、三人」
「そんなものなんですねー」
魔法がある割に少なくないか、それ。ネスマーの冒険者はもう少し女性いた気がする。
「まぁ、ブルエモンに住んでるやつじゃねぇな、女冒険者は」
「旅の冒険者もいるんですか?」
「ティモシーとかあれだろ。どっちか分からんだろ」
えーと、SSランクを目指してAランク依頼をこなしていたら、都会のギルドで煙たがられてブルエモンに帰ってきたんだっけ。
確かに、旅の冒険者かブルエモンに住んでいるか曖昧だな。
「ブルエモンには住んでない?」
「あいつは基本野宿だぜ。依頼の精算と受諾一気にしていくし」
「へぇ」
遊牧民的な生活習慣ないからなぁ流石に俺には。帰る場所が欲しい。
ただ、そういう生活に慣れてる側からしたら、そういう場所は足枷なのかもな。
「ギルくんとかは住んでるんですよね」
「まぁ、壁の中に住んでるやつはそうそういねぇよ」
「へぇ」
あれ? でも、母親介護状態って言ってたよな。マジか。町壁の外なの? そりゃ心配で依頼どころじゃねぇな。
「不便だしな……」
「夜は入れないんですよね」
「あぁ、そうなんだよ。俺らも飯の買い出しとか大変」
「分けてもらったりとかしないんです?」
「ははは。まぁ、色々あるのよ」
色々の部分気になるが……ここは気に留めておくだけにするか。
商いにしがらみがある可能性があるよな。この町の規模だから、どっかの家が代々取り締まってるとかか?
キーやんは至って静かに俺たちの話を聞いているようだ。
「肉とかは?」
「うーん、俺たち基本的に依頼いかねぇからな」
「あー、そうじゃなくて。ギルドで買い取ったりはしてないんですか?」
「そりゃ、人数いねぇもん、俺ら。一通り捌いたりはできるけどな」
「あぁ、そうですよね。もっと大きいギルドだと、あるんです?」
「あぁ、解体専門やら、卸専門やらそういう職員もいるね。ネスマーとかは加工専門までいるんじゃねぇの」
「へぇ」
「俺らやっても仕方ねーもん。宿屋もないだろ、この町。誰に売れって言うんだよ。アルビンのやつだってビリターヴィンから買ってるんだぜ」
「城内の人全員分ですか?」
「おうよ」
「なんというか、贅沢ですね」
彼は急に視線を逸らして、言い淀んだ。
「それくらいしか、使うあてもないんだろうけどよ」
「そうなんです? 補修工事とかしてしまえばいいのに」
「それがよ、できねーんだわ。貴族とか王族が城主じゃねぇと、しちゃいけないことになってんだとさ」
「へぇ……」
でた、謎ルール。そういう法律が正式にあるんじゃなくて、貴族マウンティングな可能性さえある。
あ、ちなみに少なくともこの国には法律はあると確認済み。王様が一方的に決めて一方的に撤廃できるやつだけどな。
「そろそろ、レサンも帰ってくるんじゃね?」
「……買い出し、じゃないですよね?」
思わず聞いてしまった。
「カーチ迎えに行った」
ゴクリ、と思わず唾を飲み込んでしまった。
「カーチさんを……」
「昨日は顔見せなかったからな。そういう時は大抵、昼前までこなかったりするから」
「へぇ……」
うわ。マジでプライバシーないな、この町。
「イライジャは会ったんだっけ?」
「まだです。お姿は見てるかもしれませんが」
「……」
ヴェルツさんが、頬杖をついて俺を見てくる。
「その、言葉遣い、やめねぇ?」
「……急に、言われても……」
「なんか、俺たちより年上らしいじゃん?」
「どこで誰に聞いたんですか?」
「そいつからレサン経由で」
ヴェルツさんがキーやんを指さす。お、ま、え、な。
俺たちというのがまた曖昧だよな。ヘルさんよりは年上だと思う。
ヴェルツさんはタメぐらいだとしても、ソレナさんは微妙……というか、多分、ソレナさんのが年上……?
「まぁ、こいつは人間じゃないんで。そこらへん曖昧なのであんまり信じないでください」
「……それくらいで、いいぞ?」
「……まぁ、努力はします」
まぁ、癖だよ。キーやんへの態度のせいで誤解されてるよなー。くそー。
いや、誤解じゃないか。でも、無理だよ。
知らない町に勝手に入り込んで、いきなり馴れ馴れしくするとか。
「それで、イライジャさんって……?」
「エルフの爺さんだよ。まぁ、一見エルフかどうか分からんのだけどな」
「エルフの……? 紫のマントはおった?」
ほら、カーチさんに初めて会った日。あの時みたお爺さんだと思う。
「そうそう」
「でも……」
耳、尖ってなかったぞ?
そう思った瞬間、ヴェルツさんが妙なジェスチャーをした。耳の横の髪を二度、手刀がかすめる。
ゾッとした。
彼は無表情に、軽く瞼を閉じてどうしようもない無念さを押し殺していた。首の横から手刀を当てるあのジェスチャー、あれを彷彿とさせた。
言葉がなくともわかった。
エルフの象徴である耳を切られているのだ。
なんとなく、納得した。
あのお爺さん。髪型がひっかかったんだ。5日以上前だよな、見たの。それでも覚えてるから相当、違和感あったんだよ。
お年寄りとか冒険者って、面倒だから髪をなるべく短くするだろ。
彼のシルバーの髪はちょうど耳を隠す長さだったんだよな。それに、ボリュームがあった。
耳を隠しているんだろう。
「まぁ、ちょっと老いが来てるが、そこらの冒険者じゃぁ太刀打ちできないほど強いぜ」
「強い……」
その言葉を反復したが、老いがきているって方が気になる。
「なにせ、4代前だったかな、王様に仕えていたってんだからな」
「4代前の国王にですか?」
「おう。こんな街じゃ魔術の研究はできないだろ? ただ、特にこの町のエルフは人間嫌いだからな」
あの恐ろしいジェスチャーを繰り返すヴェルツさん。
やべー。闇深い。
やっぱこの町のエルフってあれか。エルフ至上主義的なやつなのか。できるだけ顔合わしたくないな。
そのエルフの中でも冒険者絡みは、彼らから異端とみなされたエルフたちなんだろう。
「外で待ってたらそろそろくると思うぜ?」
「あ、はい」
なんだろ? 俺らここにいたら都合が悪いのかね?
半ば追い出されるような心持ちで、立ち上がって外に出た。
うわぁ。
どうしてか。すぐにわかった。
レサンさんとカーチさんの気まずい雰囲気。それを目の当たりにしたくなかったんだ、ヴェルツさん。
俺もだわー。
エルフ二人が、付かず離れず微妙な距離を保ってこちらにやってくる。
おーう……。
白と黒のコントラストが映える。絵になる二人だからこそ、その間の微妙な距離が、鮮明な違和感となって浮かび上がる。
焦ったいなーと思いながら見ていると、急にレサンさんだけが近づいてくる。
おう、どうした。耳の先まで真っ赤じゃん。
「レサンさん走ってきたんですか?」
怪訝が言葉に出てしまった。それよりも前に、挨拶とかしろよ俺、と思うが遅い。
「耳まで真っ赤ですよ?」
言葉が返ってこないので、とりあえず見たままを言ってみる。レサンさんの髪が、顔を隠すように揺れる。
あ、あー、はい。
その様子に流石に察しがついた。
カーチさんにまた不意打ちくらったのな。
はよ結婚しろ。
「レサン、ごめんね? 不快にさせたなら……」
カーチさんが恐る恐ると言った様子で、レサンさんに声をかける。
その、萎縮し切った彼の態度が、またレサンさんに追い討ちかけるんだろうなぁとか思った瞬間、キーやんがレサンさんの身体に軽く体当たりをした。
おい。
「ちょ、キー!?」
そう驚きの声を上げながら、レサンさんはカーチさんを抱きしめるように倒れた。
はいはい。
「誰……?」
惚気を見せられた呆れが、一瞬で薄寒い恐怖に変わる。
カーチさんは、やはりキーやんを認識してないらしい。
布で隠してるとはいえ、俺とはガッツリ目が合うのにな。
「あぁ、俺のテイム魔物ですよ?」
レサンさんが放心してるので、俺が代わりに答えておく。
キーやんはカーチさんに興味津々なので、彼の足元に行ってしまった。そして、カーチさんがかわいい悲鳴をあげて、レサンさんに縋り付く。
はいはい。
いちゃつくのはともかく、カーチさんやっぱり見えてない部分もあるんだな。心の問題って難しいし、あんまり立ち入りたくねーのは変わりない。
多分、レサンさんと一緒に暮らし始めないと癒えないと思う。
カーチさんは、レサンさんに抱きついたことを誤魔化すように、しゃがみこんでキーやんと戯れ始めた。
レサンさんは、キーやんに嫉妬するように髪をうねらせる。
その髪はもやもやと悩みに悩んだ挙句、カーチさんの肩に到達した。
可憐に首を傾げたカーチさんは何をどう考えたのか、キーやんをレサンさんに譲ろうとした。
うーん。カーチさん、自分に自信なさすぎだろ。
で、最終的にどうしてそうなったのか、二人でしゃがみこんでキーやんをぺたぺたいじり始めた。
子どもかよ。
なんというか。夏祭りで、仲良く屋台の金魚を見る幼馴染みたいな。そういう雰囲気。
はい、平和、と無理やり納得して、イライジャさんの姿を探すことに専念した。
早くきてくれー。




