田舎の冒険者ギルド②
大人の余裕とかどっかに行ったわ。
日誌を抱いて、かすかに震えてる俺を見て流石に哀れに思ったのか、ヘルさんが口を開く。
「ともかく、もう一度、冒険者ギルドの利用方法を確認しておいたほうがよさそうだな……」
「あ、はい、よろしくお願いします」
座り直したヘルさんに、俺も姿勢を正す。キーやんも俺の動きに押されて、ぷるん、と震えた。
「もう聞いたかもしれないが、最初から説明しておこう」
「ありがとうございます」
日誌を開いてメモの構え。半目でちょっと固まったヘルさんは、そこまでしなくていいぞと言うことか。いや、でも、一応メモしておく。
「まぁ、一度で理解しなくとも、使っていく中で覚えてくれたらそれでいいから。俺も何回でも説明するし」
なんだこの人。見た目に反して超優しいぞ。
優しいV系ってなんか新しい概念だな……。
「まず、ケンゴは文字は読めるか?」
「はい、読めます」
「なら、あっちに掲示板があるだろう。あそこには、戦略担当のソレナが選別した依頼が貼ってある。できたら早めに受けてほしい依頼だな。円滑な冒険者ギルドの運営のために、できそうな依頼があればぜひ受けてほしい」
まぁ、掲示してあるのから選ぶっていう、スタンダードな方式だな。ネスマーのは超デカかったというか、掲示板×15みたいな感じだった。ランクごとに掲示板が別れていて。
ここのは、掲示板×1。ただ、こっちのは見た目が綺麗。いや、古びてるんだけど、整理整頓がされているというか、手が行き届いてる感じ。
ソレナさんって人が、ちゃんとしてんだろうなー。
「ふむふむ」
「もし、その中で受けたい依頼がなければ、その隣に台帳があるだろう? そこから、好きな依頼を選んでくれ」
掲示板からちょっと離れて、長机がある。その上に、台帳が3つ置いてあった。ランクごとに別れてるんだろう。
「薬草依頼はどう探したんだ?」
「登録を担当してくれた人と相談して」
「うん、まぁ、そうだよな。どういう依頼を受けたらいいか分からなかったり、依頼の内容がよく分からない時は俺に相談してくれ」
「わかりました」
手っ取り早くランク上げる依頼がないか後で聞こう。
「依頼の受け方だが、依頼はこのくらいのカードに書かれている」
ヘルさんが両手の人差し指と親指で四角を作る。ポイントカードの二倍くらいの大きさだな。
「で、それを俺たち職員に持ってきてくれたら受理する。必ず持ってきてくれよ。そのまま持っていっても依頼受けたことにならないからな」
「あーはい」
どこの世界の冒険者ギルドでもこれ言われるわ。ついうっかりやっちゃうこともあるからな。寝起きとか。
お前、依頼受けてきたっていったよな。持ってきてんじゃんってのが。
「その時に依頼の内容とか遠慮せずに確認してくれな」
なんでこの人こんなに優しいんだろ。
「で、まぁ、もうネスマーでやったと思うが、別の街に移動するときは、依頼を受ける時に報告してくれ」
「便利ですよね〜」
「あぁ。報告がなくても、まぁ、なんとかなるけどな。行方不明って扱いになってちょっと大変だから、報告忘れたら一度戻ってくるか、もう別の街の方が近いってんなら、ついたときに冒険者ギルドに報告してくれな」
「わかりました」
絶対やらかすわ俺。ちょっと気分で別の街行こうって。
キーやん瞬間移動できるしなー。
「で、まぁ、Eランクだと遠出の依頼はないんだが、毎日日誌をつけてくれ。日誌には、倒した魔物は絶対に書くように」
「わかりました」
「まぁ、商人ギルドの方は俺は知らないけど」
「あれ? そこまでご存知で?」
「あー、まぁ一応な」
なんか歯切れ悪いな。なんでだろう。やっぱり商人ギルドと共有ってダメなのかな。
でも、もうそれで通したからいいよな? な?
「それから、目撃情報もできれば書いてくれ。こういう魔物を見たとか、誰かと会ったとか、そういうことだな。新種の魔物や、普段と違う挙動している魔物を俺たちが知りたいからな。もしかしたら、行方不明者の行方のヒントになるかもしれなから、誰と会ったってのもできるだけ書いてくれな」
「目撃情報ですね。ふむふむ」
「ケンゴのことも、フゼ商隊がわざわざ報告してくれたんだ」
「あ、慣れてないとはいえ、お手数かけて申し訳ないです」
「まー、次から気をつけてくれ」
バフのおかげでみんなちょっと親しくしてくれるからなー。ヘルさんもそれで親切なのかなー。
「それで、依頼が完了したら、冒険者ギルドに戻ってきてもらうわけだが」
「はい」
「まぁ、色々事情はあると思うが、なるべく早く戻ってきてくれな。せめて街に帰ってきて3日くらいで頼む」
「あー、はい」
これもやらかしがちだよな。すまん。全世界の冒険者ギルド職員の皆さま。
「そこで日誌を提出してもらう。その時の混み具合もあるが、5日くらいだったらその場で確認して、報酬を精算できる」
「はい。じゃぁ、今回とか」
「そうだな。それ以上、旅をしてきた場合とか、読むのに時間がかかるから、その場で精算できない。気をつけてくれな」
「なるほど……」
冒険者ギルドで即日決済ができない可能性があるってことか……。まぁ、そうか……日誌制の弱点がそんなところに……。
気をつけてないと宿代がないとかなりそうだなー。
「日誌な。ケンゴはしばらくブルエモンにいるつもりなのか?」
「いるつもりです。ランクが低いうちは都会よりいいかなってこっちにきたので」
「あーじゃぁ、しばらく俺が担当することになるんだな。余計なお世話かもしれないが、こう書いた方がもっと良くなるっていう点を最初のうちは伝えておこうと思うから」
「ありがたいです。手厚いんですねー冒険ギルドって」
「まぁ、うちはな」
だから、なんだ、その含みのある言い方は。
「日誌で依頼達成が確認できたら報酬を支払う。大抵現金だな」
「大抵?」
大抵ってなんだ、大抵って。物資支給とかあるの?
「その前に、カードの説明をしていいか?」
「カード……はい、身分証明書みたいな?」
ヘルさんが自分の分を見せてくれた。Bランクらしい。
「Bランクってどんなもんなんですか?」
この際、知らないことはなんでも聞いておこう。
「あー。まぁ俺くらいの歳だと少ないかな? あえて低ランクにとどまる冒険者もいるし……。好き好きだが」
「やっぱり、強い魔物と戦いたいとかでですか?」
「まぁそうだな。うちは総代、ギルドマスターだな、もBランクだし、さっき言ったエルフのレサンはAだ。中級担当のヴェルツは依頼数の条件でCランクだが、そのうち上がるだろう。連絡係兼戦略担当のソレナはDランクだが、まぁ、依頼数こなせないし、女性だとどうもな。まぁ、ともかく、うちの職員は実戦もいけるから」
「すごく頼りになります」
「Eランクの冒険者が行方不明になったら助けに行ったりな。まぁ、他のギルドではしないだろうから、他の土地ではあてにするなよ」
キーやんがぷるりと震えたけど、何を意図したのか全く分からなかった。普通の人間には、頭の上に載せたスライムの言いたいことを感知する能力はないからなー。
「Eランクになるときに発行するんだが、これ俺はできないから、ちょっと他の職員の予定を聞いておくな。明日、発行とはならないかもしれん」
「はい、わかりました。で、このカードを持っていたら?」
「Eランクくらいだとダメなんだが、Cランクくらいからは融通を聞かせてもらえるようになる。まぁ、それでも調子に乗ったらすぐに噂が回るから気をつけろよ」
「はい」
俺が行方不明って情報が回るくらいだからな。冒険者ギルドの情報網を舐めない方が良さそうだ。
ていうか、通信用の何か設備があるってことだよなー。冒険者ギルド以外ももちろん使ってるだろうから、見かけよりも文明レベル高いのかもなー。
「それで、このカードはランク以外にも色々と書いてあるだろう?」
「ええっと……」
カードに視線を戻す。ランクに気がいってしまったが、他にもごちゃごちゃ書いてある。
写真はないけど、まぁ、他の点はそのまま身分証明書の形だ。
上から、ランクの表示。そして、その下に直筆の名前。星マークがあってその横に職員とある。で、職員ナンバーかな。まぁ、ここまではいい。
そして、最終依頼を受けた街の名前。
「ビリタービンにいらしゃったんですか?」
「あぁ、俺はブルエモンで生まれ育って、そのままここの職員になったんだがな。他の街も見たくなって、移動したんだよ。肌に合わなくて先週帰ってきたところだ」
「へぇ。ビリタービンのお話、時間があったらお聞かせください。ネスマーより栄えてるんですよね?」
「まぁ、な」
戻ってきたっていうくらいあって、あんまりビリタービンの街は好きそうじゃない。でも、そのうち時間みて話聞いていこう。
情報欲しいし。
ていうか、スルーしたけど、ギルド職員に移動っていう、転勤みたいなシステムあるのかよ。
カードに戻ろう。
依頼ナンバーってのは最終依頼の通し番号とかだろう。で、最終依頼受付日。
「ナンバーはギルドの管理用だから気にしなくていい。受付日の方は、三ヶ月くらい前だったら、軽く事情を聞かれたりするんでな」
「まあ、そうですよねー」
俺もブランク2年だしなー。ちょっと心配。まぁ、キーやんいるから大丈夫だろうけど。
あいつ、回復薬も作れるはずだからなー。命の雫みたいなアイテムは流石に無理だろうけど。
俺も多少はヒール打てるんだよなー。魔力ないからあれだけどな。
「ナンバーの下、ちょっと空欄が空いてるだろう。これは、ランクによって変わるんだが、複数依頼が受けられるんだ。最終的にAランクだと7つだな。とはいえ、多くても5つくらいしかこなせないが。旅をする予定があるなら、覚えておいてくれ」
「でも、俺、薬草依頼、複数受けましたよ?」
ヘルさんの顔から表情が消えた。
うわー。
やらかしたかな。
「まぁ、うん。Eランクだと2つになるから。Fランクだとまだカードがないからな。そういうことをする職員もいる」
ちょっとオコっぽい。真面目なんだな
ちょっと怖いから、カードの方に視線を戻す。
空白の下に、換算可能数っていう数字がある。210/400って書いてあるけど、どういうことだろう。
「依頼の報酬をその場で受け取らないっていう選択もできるんだ」
「あぁなるほど。それで換算可能数……210も依頼報酬もらってないってことですか?」
「それは、銀貨の数だ。Bランクだと400枚まで報酬をとって置けるんだ」
「え、ギルドにお金を預けて置けると?」
なにそれ超便利。これやってるギルドとやってないギルドがあるんだよなー。
国ごとにギルドが違うと阿鼻叫喚。お金ひきおろせないのかよって戻って、しかも両替して手数料を取られ、とかあるからな。
全ての国で共通のギルドだから、どこでも引きおろせるんだろ? なにそれ便利。
「いや、金を預けられるわけじゃない。あくまで、依頼報酬をその場で受け取らないだけだ」
「なるほど。今、俺がお金を渡して預けることはできないわけですね。もらう分を後に回せるってだけで」
「うん、そういうことだ。Eランクだと50までだが、まぁEランク依頼じゃぁそこまで貯まらないから」
俺がちょこちょこネスマーで買い物した限り、使ったの銅貨だけだったからな。銀貨210枚って相当だぞ。
「Bランクになるとここまで稼げるんですか?」
「あー……緊急性の高い依頼だったりとか、危険な依頼だったらな。とんでもない魔物が出て、一斉攻勢を仕掛ける時とか。そういう時は、頭数も揃えるから、できれば後で支払いを受けるようにしてくれって頼まれるんだ」
なるほど。そういう事情が。
「職員してないで行って来いとかあるからなー時々。で、職員だから支払い待てよとか。まぁ、そういう依頼分の精算をまだしてないだけだ、俺のは」
ちょっと話しすぎたとヘルさんが眉間に皺を寄せたので、話題を変える。
「どのくらい貯めてたら安心ですかね」
「いや、Eランクだとそこまで気にするもんでもないぞ。生活費もあるしな現金受け取りにしてほしいくらいだ。逆に」
優しいー。
「あと、これ、銀貨前提なんだ。SSは金貨100枚になるんだが、関係ないだろうし」
ん? どういうことだ?
いや、キーやん、揺れるのやめろ。お前はSSランクでもいいが俺がFランクなんだ。SSは目指しません。
「Dランクまでは大抵、銅貨30から銀貨1枚くらいの依頼なんだ。未支払いは銀貨のみしか数えてくれないから、銅貨いくらの依頼だとそもそも、未支払いの選択ができない」
「なるほど。じゃぁ、貯めようと思うと、銀貨1枚の依頼と、銅貨いくらの依頼を受けて、銅貨の方を生活費にするしかないんですね」
「まぁ、うちは冒険者が少ないから銀貨支払いの依頼もないではないが、3日くらいかけて行くやつだからな」
「なるほど……」
遠征必要でそれだと貯めるのは無理か。冒険者で生計立てるなら、さっさとランク上げるしかないのか。
ちょっと気になったんだが。
「その、緊急性が高い時は、支払いがそもそもできないってさっきお話くださったんですけど。その時の、端数の銅貨分って」
「あぁ、消える」
「……そうですか」
闇だったな。
触れなかったことにしよう。
「まぁ、そこまで腕があればだが、強い冒険者たちも集うから人脈作りにもなるし、名も売れるし悪いことばかりでもないよ」
そう、ヘルさんが話を続ける。
あー。そういうメリットもあるのか。
難しいなー。
「カードを持っていたらできるのは、この報酬支払いの貯めおきだな」
「あ、なるほど。よく分かりました」
さっきから相槌が頭の悪い人で申し訳ない。
「さて、これで一通り説明したかな。まぁ、他にも色々あるんだが、おいおいな」
「ありがとうございます。お世話になります」
本当に。
まぁ、ここに何年とかいるわけではないつもりなんだけど。いや、ヘルさんがめちゃくちゃいい人だから、キーやんに瞬間移動してもらってここのギルドだけ使うようにしようかな。
まぁ、そんなことしたらめちゃくちゃ迷惑だろうけどな。
「そういうわけで、だ。日誌を提出してもらわなければ、依頼の処理が終わらない」
ヘルさんが、右手を差し出してくる。
優しいって言ったの修正します。優しくて厳しい人だ。
えー。
マジかー……。
いや、渡す流れだけど、渡したらまずいよな。いや、渡すという選択肢はないぞ。ない。
無理矢理、疑問を捻り出すんだ。
「日誌って嘘とか書いてあったらどうなるんですか?」
「……嘘を書いたのか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど、ちょっとふざけて書いたところが少々」
すごく長いため息をつかれた。
「日誌の説明は、受けてない?」
「日誌の? 説明?」
なんだそれ。
ヘルさんが、「誰が担当したんだ、全く」とぼやいた。
夜中に見知らぬ新人、しかも勝手に行方不明になってて、登録は別の街でロクに説明聞いてないってのがきたらそうなるよな。
マジ申し訳ない。
「えーと、あのお手数おかけします……」
「いや、説明してない俺たちの側が悪いから、気にするな。そうだな。何か、飲むか?」
「ええ、はい。いただきます」
ヘルさんが立ち上がって、カウンターへむかう。あ、カウンターは飛び越えるものなんだ。なんか、持ち上げるゲート部分とかないんだ。
カウンターの向こうへ行ったヘルさんは、潰れかけたドアに向かう。
ん?
ドアから、何かはみ出てるぞ。はみ出てるってのもおかしいが。
くにゃくにゃしてる。なにあれ? 髪の毛?
髪の毛、風もないのにあんなに揺れるか? え?
怪奇現象?
こわ。田舎の冒険者ギルドってのが怖いぞ。
なにあれ。死んだ冒険者の怨霊?
キーやんも感知してるのかな?
いや、俺の頭のぞいてるから分かるのか。
なにあれ、怖いんだけど。
意思があるぞあの髪の毛。
すっと、ヘルさんが俺の方を振り返った。
え、なに? 殺される?
見たらいけないものみた?
肩で息を吐くため息を、ヘルさんがつく。
彼が、ドアを勢いよく蹴った。
「うわっ、暴力はんたーい」
「あぁ!? あ!?」
二人分の叫び声が聞こえてきた。
なるほど、人がいたのか。
なるほど? なるほどってのもおかしくないか。
キーやんどう思う、どのみち、髪の毛がくねくねしてた怪奇現象を目撃したことには変わりがないわけで。
いや、そんな扱いしてたら、ドア、壊れるわってのは納得だよな。




