田舎の冒険者ギルド③
キーやんが頭を撫でるムーブをしてくれたので、我に返る。
撫でるムーブなんだよな。頭の上に乗ってるスライムがウエーブしてる感じ? それが、頭を撫でられてるって感覚なわけ。
ていうか、キーやん、どこで頭を撫でるとかいう文化を覚えてきたんだ。人間との関わりあんまりなかっただろ。
だめだ。
現実逃避してる場合じゃない。
で、視点を現実に合わせたら、ドアの向こうから、うねうね動く毛玉が姿を表そうとしていた。
叫びかけた。ひって息の残り滓みたいなのが喉から出てきそうになった。
息が止まる。
夕焼けの中を全速力疾走した余波がまだ残ってる。夜の闇に取り残されてしまいそうな、そんな恐怖の余波が。
毛玉には人体がついていた。
逆か。本当に髪の毛だったのか。
ちょっと落ち着け。
ヘルさんが、ドアだけでなく毛玉も蹴りつけてる。
毛玉もとい、耳が長くとんがってるのでエルフだな。これがレサンさんか……。エルフっていうか、髪の毛がぐにゃんぐにゃんしてるからな。エルフっていうよりも妖怪だよな。
レサンさん(仮)は、蹴られてもものともしてない。
俺に手を振ってきたぞ。振り返しておこう。
待って、妖怪に反応しちゃった。いや、反応しない方が恨まれて呪われるぞ。
どっちだ、どっちが正解だったんだ。
キーやんにまた頭撫でられたので落ち着こう。落ち着くぜ。
無理だろ。
うわぁ。妖怪エルフこっちきたぁ。
この妖怪エルフの妖怪たる所以は、背が2m以上あること。それで、雰囲気がのほほんとしてる。
服はな、服は薄紫のエルフの服って感じの服なんだけどな。なぜか胸のところに隙間があるやつ。超エルフの服なんだけどな。
腰まである髪の毛がうねうねしてるんだよ。妖怪だろ。
綺麗な薄いブロンドなんだけど。
太平楽そうじゃなくて、もふもふの髪が意思を持ってうねってなければ、典型的なエルフなんだがな。
太平楽そうで、もふもふの髪が意思を持ってうねってるから、妖怪なんだよな。
それで、もう一人の方もツッコミどころがやばいんだよ。
ザ・筋肉。
でも、ボディビルダーぽくはない。小柄だし。タイ人? そういう東洋アジアっぽい感じ。
実用的な筋肉なのかな。こっちに髪の毛はない。剃ってる。坊主だ。
なんだこの極端なコンビは。
この二人がドアの向こうで、こっちの様子を伺っていたわけだろ。
こっちを? 俺をか?
なんでだ?
やめろ、キーやん、頭皮まで浸透してくるな。頭から溶かされる恐怖と戦うことになるだろ。
それで、筋肉な。一番やばいのが、腰布しかつけてないこと。スカートみたいに巻いて、それのみ。
パンツは履いてるんだろーな。
微妙だなー。
股間をマジマジと見つめるのはやめておこう。どっちだったとしてもなんか怖いからな。
「あー」
ヘルさんが、レサンさん(仮)を追いかける。レサンさん(仮)の髪を一握り、握りしめながらこちらを振り返った。手綱を握ったつもりなのかな。髪の毛わし掴みにするって斬新だな。
「このババアがレサンだ」
ヘルさんの紹介に頭がフリーズした。
ババァ? ババァって誰だ。
やめろ身体と髪をくねらすな妖怪エルフ。妖怪みが増す。
胸もくびれもないし、痩身の男に見えるんだが、実は女なのか?
いや、心がか? そいうあれかもしれない。
そういうのはややこしいから、ふれないで置くのがいいよな。
上級? の担当なんだっけ。あ、じゃぁ、当分関わらねーしな。
「で、あっちのがヴェルツだ」
同じようにヘルさんに紹介されたザ・筋肉も、手をあげて会釈をしてくる。俺も、軽く会釈を返す。
彼はこっちにくるつもりがないらしい。
なぜか、ドアのあたりから動かない。
ヘルさんも不思議そうに首を傾げる。そんな彼に、レサンさんが何か耳打ちをした。
「あー。ケンゴ、ともかく日誌を預かっておいていいかな?」
ヘルさんがまた俺に向かって手を差し出す。
何か別に用事がある感じだなこれ。
え、どうしよう。無理だろ。渡せないだろ日誌。
なぁ?
キーやん無反応やめろと何回言えば。
冒険者ギルド職員の三人に見守れるというか、睨まれるというか、そんな中、ついに俺は。
日誌をヘルさんに手渡してしまった。
だってよーどうしようもないだろうがよー。
画期的解決策を思いつかなかったキーやんが悪い。
頭脳としてテイムしてるんだから、役目を果たさなかったキーやんが全て悪い。
ずしり、と頭に重さをかけられて、椅子にのめり込みそうになった。
「大丈夫? やっぱ疲れてんじゃない?」
「あー、ババァ、彼を任せていいか?」
「いいよー」
よくねぇよ。あ、ヘルさんどこ行くんだ。
ヴェルツさんに助けを求めようとして、カウンターの向こう側に視線をやった。その姿がない。
「じゃぁ、頼む」
「はーい」
よくねぇよ、妖怪と二人にしないでくれ。
そんな俺の心の声はキーやんにしか届かない。
ヘルさんに助けを求めようとその姿を目で追う。彼は表へ通じるドアを開けて外に出た後だった。
また、こんな時間に誰か来たんだろうか。
「んー、と。ヘル、なんて言ってた?」
「今、一通り依頼の受け方などを説明していただきまして」
「うんうん」
「カードの発行がレサンさんの担当だと」
「あー。できるかな。4年くらいしてないんだよねー」
のっけから不安になるようなことをおっしゃる。
一方、ギルドの表からはヘルさんの明るい声が聞こえてくる。見た目に明るさないんだけどな。なんなんだろうなこのギャップ。
「ギル坊、久しぶりじゃねーか。元気にしてたか? 俺が担当になるの、嫌だったんだって? しかし、背、伸びたなぁ」
ギルくんっていう子どもが……子ども? こんな夜中に?
まぁ、冒険者なんだろうから、訳ありなんだろうなぁ。
レサンさんが、ちょっと迷った。
俺はどうしたらいいんだこの状況は。
「えーと、ケンゴってここに近親縁者いるの?」
あ、デジャブ。俺がどこに泊るか知りたかったんだな、この人。
「あ、いえ。いなくてですね、ヘルさんがFランク特権として今日はギルドに泊まるようにと」
「あぁ、なるほど。そういうことね。なら、部屋に案内するよ」
レサンさんの後について、カウンターを跨ぐ。これ、跨ぐのがデフォルトなんだな。
なんかあるだろう、上にあがる場所があるとか、戸の形になってるとか。
ないのかね。
ギルくんがどんな子か気になって、ちらっと後ろを振り返る。まだ、外にいるらしく、その姿は見えない。
先輩冒険者なわけだからなー。気になるよなー。でも、レサンさんが扉を押さえてくれていたので、会釈して裏へ入った。
案内されたのは簡素な部屋だった。ベッドがある。天国だ、うん。
こっちにはカイロ(スライム)もいるしな。
レサンさんに、ご飯は済んでるかと聞かれたけれど、曖昧に誤魔化しておいた。これから作戦会議しなくちゃいけないもんでな。
食べてないから、干し肉をまたハムハムするけどよ。
部屋のドアを閉めかけたレサンさんが振り返った。
なんだ?
「そういや、ケンゴ、新種の魔物に出会わなかった?」
「新種ですか? どんな?」
咄嗟にしては完璧な返答だったと思う。我ながら。
やばいな、散歩中のキーやんの姿を見られたか? さっき、日誌にも遭遇した魔物をかけって言われたし、そうやってギルドに報告されちまってんのか。
ちょっとやばくないか。
「んー、今、新種が三種確認されてるんだけど」
レサンさんが、髪を文字通り遊ばせながらいう。毛先が上下に弾んでいた。
「三種!? 多いっすね」
「うんうん、多いんだよね。まず、饅頭なんだけど」
「饅頭?」
レサンさんが、両手の人差し指と人差し指、そして親指と親指をひっつけて楕円を作る。
見慣れたスライムのフォルムが出来上がった。
「饅頭ですか……」
確かにその形だけ見るとそうだな……。透明だから、そっちに印象持っていかれがちなだけで……。そうか、饅頭か……。
ちょっと背景宇宙ってやつだぜ、これは。
「うん、目撃者に絵を書いてもらったらね、みんなこんなのを描くんだ。ケンゴ、絡まれたりしなかった?」
絡まれてはいたけど絡まれまくりだけど。あー、まじか、戯れてたのも目撃されてたのか。
冒険者や魔物に出会わないんじゃなくて、避けられてたのか!?
新種スライムと一緒だから!?
あ、なるほど。あーなるほどね? 完全に理解した。
やらかしました。
「えーと、そうですね、あの、話すと長くなるので、また明日でいいですか、ね?」
キーやんに頭を撫でてもらったのでベストな回答のはず。いや、先延ばし以外にどんな方法があるのこコレ。
「そうだね、疲れているところごめんねぇ」
伸ばされた語尾が怖い。俺、このままあの髪に絞め殺されたりしないよな? な?
「あの、他の新種は、どんな……?」
俺もしばらくここにいるわけだしな。不意に出会ったりしたら怖いから聞いておこう。
「あぁ、一応伝えとくね。でも、遭遇しても絶対に近づいちゃダメだよ」
「それはもう」
「羽のある大蛇でね」
なんだそれ怖い。絶対逃げるわ。
「まだ姿は確認できてないんだけど、轍みたいな、はった後が二箇所あってね」
うわー怖い。
二箇所ってことは飛んで移動してるってことだよなー。空とかそんなに見てなかったから、どこかで遭遇しててもおかしくないよな。
蛇が飛んでるとか想像できないけど。
うん?
轍? とな?
「轍みたいな跡が基本的に残っているんだけど、四本になっているところがあるんだよね。二匹が絡みあって移動しているみたいで、つがいじゃないかって心配してるんだ。見かけても絶対に近寄っちゃダメだよ。気性が荒くなってるだろうからね」
あー。やらかしました。
軽トラの痕っすね。ドリフトしましたもん。
キーやんお前も同罪だぞ! めちゃくちゃテンション上がってただろ! 荷台にでかくなって乗ったりして遊んでただろ! 同罪だからな!
やらかしたことには変わりないけど。うん。
レサンさんの言葉が止まった。こちらを伺ってる。
「あー」
どうやって言い繕うかな。
「ちょっと、想像できないなーって思いまして。蛇が空を飛んでるの」
「あーそうだよねぇ。でも、見たいからって無闇矢鱈にそこらをうろうろしちゃダメだよ」
レサンさん、妖怪エルフだけど、優しさも兼ね備えてるな。超優しいな。なんだ、ここのギルド。
居心地良さそう。もうここに住む。
「それでねー、もう一体は、目撃情報の段階なんだけど、白い巨体の魔物がすごいスピードで駆け回ってたっていうんだよね」
軽トラですね、それも。
あーやらかしたよ。
やっぱ見られてたかー。どうもこうも、目撃されたか否かは運転席から、分からないもんなー。どうしようこれ。
「まぁケンゴはそんなに気にしなくていいよ。しばらくヘルも様子見てくれるだろうし」
「あ、はい」
無言を恐怖と勘違いしてくれたらしい。
よかった。
「それじゃ、おやすみ」
「色々とありがとうございました」
レサンさんは軽く微笑んで、ドアの向こうへ姿が見えなくなった。
微笑んでも妖怪だもんなー。エルフには見えない。なんてことを思いながら、ベッドに腰掛ける。
ドアからレサンさんの髪がこっちにはみ出してないことを確認する。さっきみたいに、こっち見られてたらやばいからな。
頭の布を解いて、キーやんを出した。
「しー」
「……?」
キーやんに口を塞がれた。なんだ? やるのか? 今から1時間?
俺、もう寝たいんだが。ずっと閉じ込めてて嫉☆妬とかそういうのか? うざいぞ?
キーやんに額を叩かれた。いや、お前、俺の頭やっぱり読んでるだろ。
額をさすっていると、ふわりと頭に巻いてたはずの布が浮いた。
お? なんだ?
何を始めるつもりだキーやん。
ていうか、これ風系の魔法じゃねーだろ。物体干渉とかまでできるのかお前は。
恐ろしいな。
俺の目の前に、布が裏返しで舞った。
手を伸ばして、受け止める。
ん? なんか書いてある?
あれ?
「艦隊は湖の底
彼らは死なぬ
魔物に操られ
我ら王を狙う」
嘘だろ。
読み間違えかもしれねーな。
もう一回読んでみよう。
「艦隊は湖の底」
すげーな! そんな高性能な艦隊だったんだな!
そりゃ、港にいないはずだ。納得納得。
よかったー、ラウメンとドンパチやりに行ってるとかじゃなくてー。
「彼らは死なぬ」
そりゃすげーな! 不死身の艦隊かよ!
どっかの映画で見たことあるぞ。海賊のやつ。あの映画みたいなやつかー。強いなーまじすげー。
まー、映画では敵方だったけど、これは味方だろ?
なんだよ自慢かよー。兵士さん達そんな自慢をしてくるとかお茶目だなー。
直に言ってくれればいいのによー。
「魔物に操られ」
だよな!
徴兵しておいて不死にして湖に沈めたら、不満出るもんな!
いやそうじゃなくて。
そうじゃなくて? いや、本当にそんなことしたら、反発食らって内部から崩れると思うぜ、それは。
どんな魔物に操られてるんだ。
魔王とかか? 魔王がいるのか?
いや、王様、魔王もういないって言ってたよな? 残党的な? 生き残った魔王幹部の逆襲とかが現在進行中なのか?
それとも、比喩か? 魔物くらいやばいやつとかそういう意味か?
分からないな。
まぁ、ともかく、ボルデ王国に害をなそうとしてる奴がいて、艦隊を乗っ取ったってことだよな。
それでもって、王都の側の湖に沈めて潜伏させてると。
すごい非常事態じゃないか?
いや、でもあれだよ。
それで満足する小物かもしれない。ほら、王手かけてその状態に満足しちゃうとか。
うんありえる。
まだ希望はある。
「我ら王を狙う」
だよなー。王様狙われてるのかー。クーデター起こってるじゃねーかよ。
うわーどうするよ。
待て、別にボルデ王国になんの思い入れもないだろ。俺。
別にこの国が滅んだところでじゃないか?
……ダメだわ。ボルデ王国の内部がゴチャついたら、ラウメンが攻め込んでくるに違いない。
ボルテ王国の東側を取ったら、リフィジュール宗教区の南部を挟み撃ちにできるもんな。で、リフィジュール宗教区の北部はすごい大きい湖があるらしいから、南部がなくなったら領土自体が小さくなってしまう。
だからこそ、ラウメンはボルテ王国の東側が欲しいはず。リフィジュール宗教区がボルテ王国に協力を申し入れてくるだろけど、国内混乱してたら、交渉ができねーもん。交渉役がそもそも選出できないだろうし、話まとまらないだろうし。
不死身の艦隊が頑張って、ラウメンとの戦線が維持できたとしよう。
でも北西のスダー王国が黙って見ていると思えない。長年、友好国としてやってきたようだが、ボルデ王国がアタハル教を受け入れたせいで、軋轢が入りつつある。
それをなんとか外交努力で押し留めている状態。リフィジュールとボルデ王国が仲良くし始めたら、アタハル教が広まるのをよしと思っていないミソシアンサークル勢が、ボルデ王国を攻めようと言い始めてもおかしくない。
しかも、背後ガラ空き。ミソシアンサークル勢以外も、いっちょやってボルテ王国の西側もらっとくかって、なるよな。ラウメンと軍事同盟組むまである。
ボルテ王国が崩れると、近隣が戦乱に巻き込まれてしまう。
俺のスローライフはどうなるんだ。ラウメンの旧土あたりにいけば安全か? もう西大陸に渡るか?
これ、やばいじゃん。
何もないって言っただろ王様。全部解決したんだって言っただろ。
おい。
俺のスローライフはどうなるんだ?




