田舎の冒険者ギルド①
はい、夜が更ける前にブルエモンに着いたぞ。もう夜だけどな。
哀愁とか忘れて最後の方は走ってたぜ。マジでな。
田舎だとか王都ネスマーの冒険者ギルで聞いてたから、この文明レベルじゃ、田畑もそんなに広くないんだろうなーとか舐めてた。広げても魔物に食い荒らされて維持できねーんじゃね? って。
ここまでくるとそこそこ冒険者らしき姿も多くて、農作物守るために農民と一緒に罠とか敷いてた。
問題は、なんか、避けられてるっぽいってこと。
よそよそしいっていうか。選択ミスったかなー。人口多そうな王都で部屋探して冒険者していた方が良かったかも。
いや、でも、スライムの賢さは必要だし。早くも出して正解だったと思うしなー。
うーん、まだこっち来てどうだったか、正直どう転ぶかまだ分からねーよな。
そのスライムのキーやんは、ちょっと圧縮して小さくなって、俺の頭に乗ってる。そこに、王城の兵士たちにもらった布を巻いて、まぁ影見る感じ、ちょっと頭が長い人みたいになってるけど、まぁそう言う人いないくもないよねうんって感じに収まってる。
これのせいか? これのせいで冒険者たちは挨拶しても、よそよそ〜って挨拶だけ返してどっかいくのか?
王城土産ってそんなに目立つのか。キーやんいるから脱ぐわけにもいかないしな。
悩んでいたら歩みが遅くなったのやもしれない。気付いたら日が沈みかけていた。
足早に急いでいたら、頭上のスライムがこう、なんというか。あれだ。頭の上に樽を乗せて歩いているとしよう。その樽の重心が勝手に調整される感じだ。
伝わるか?
日本人で初めてだろうからな。頭の上にスライム乗せて歩いたの。
日本人で? いや、スライムを頭の上に乗せて歩いたやつがフィクションでもいたら教えて欲しい。絶対いない。
もしいたら、キーやんステッカーを差し上げよう。
とか、テンパるくらいには焦った。
最後はもう走ってたね。第一、冒険者ギルドどこだよ。
街壁見えてきて、その手前のスラム街にたどり着いた時にはどっぷり日が暮れてた。
なんでネスマーで聞いておかなかったんだ俺はよ。他の街のギルド含めて聞いておけばスムーズなのによ。
俺の知能の限界とかじゃなくて、一人で考えても仕方ないってことなんだろう。うん。
なんでさっきから俺はキーやんをテイムした言い訳をしてるんだ。おい。
闇夜の中、明かりがついている建物があった。作りがそれっぽいぞ。飲み屋みたいにドアがドーンと真ん中にある感じな。
冒険者ギルドってどこの世界行っても居酒屋付随してるよな。人間デザイン的にそうなるのかね。
そっと微かに扉を開けてみて、確かめる。ぽい。中の作りも限りなくぽい。
で、何を言いながら入ればいいんだ。
待て俺はかつて限りなくこのシチュエーションを繰り返したはずなのに。いざとなったらテンパる。
いや、ここ二年、「いらっしゃいませ」ってひたすら言う側でな、言われる側になったことがあんまりないんだよ。俺の近所のコンビニの夜中のシフトのやつは無言なんだよ……。君、何年そこで働いてるよ……?
とか、帰れなくなった世界のことを考えていても仕方ない。
と、思った瞬間、すげーやばそうなやつと目があった。
なんで、室内で弓構えてんの。
ちょい、すっとドアしめて、すっと横にずれて、壁に身体を貼り付けた。
頭の上で、呆れたようにキーやんが小刻みに揺れる。
ちょっと待って、オジサンは新しい環境に慣れるのに必死なんだよ。
なんつーの? V系?
まだ若そうなっていっても26くらいの男。一瞬、見えた感じだと、隈わざわざ書いてんのってくらい濃くて、右目? 左目? いや左右もわからなくなってるぞ俺、落ち着け。
右目、眉の上からズバーって顎のあたりまで傷が走ってた。で、濃いグレーの髪はおかっぱ? なんて言うの、ファッション詳しくないからあれだけど、整えてますーっていう感じのあれだよ。何だよ。
紺のシャツ着て、明るめの茶色い革ジャン。下はぴっちりした黒。
第一発見町人がV系って。
一瞬見えただけでそこまで顔覚えてられる俺、まだまだいけるのでは、って現実逃避していたら、そいつがドアから出てきて、あたりを見渡して、俺の方見たよね。
まぁ、そうなるよな。
お互い無言。すごく、気まずい。そして、スライム、揺れるの、やめろ。
「あー……ども」
それはなんだよ。クッソこんな32歳になりたくなかったよ俺は。
V系の若者相手に怯んでるんじゃない。だめだ、やり直せ、俺。
「Fランクの冒険者なんだけど、ここが冒険者ギルドですか? 気付いたら、日が暮れて……できれば、泊まれる場所、今からじゃ無理……ですかね……」
語尾が宙に吸い込まれていった。
頭を撫でるようにゆっくり揺れるのはやめろスライム。
「あー……ケンゴ?」
え、なんで名前知ってるの、怖。
キーやんも今、硬直したよ。頭の上に乗ってるだけなのに感情豊かだなお前は。分かる俺がおかしいのか。
俺の顔、っていうか身体がこわばって、身構えたのが、この闇夜の中伝わったんだろう。彼は、軽く手をあげて見せた。
「俺はここの職員だよ」
あ、そっか、冒険者ギルドの。なるほど?
「冒険者ギルドは、行方の分からなくなった冒険者をお互い連絡しあってるんだ。ブルエモンに来るには、普通はオグタドラ経由だからな。ブヴォーニュへの道を行ったと連絡があって心配してたんだ」
「そんなに手厚いんだ……」
声が漏れた。文明の水準はともかく冒険者ギルドだけは発達してるぞこの世界。
その声を誤魔化すように、俺は声を重ねる。
「それは、ご心配おかけして」
「いや、仕事だから気にするな。ともかく、入れ」
謝る前に彼がドアを開けてくれた。
待て、見た目に反して優しいぞ、このV系。
久々の屋根の下。安堵のため息が思わず漏れる。
使い古されて、傷も多い、決して見た目はよくないんだが。それでも、なぜかほっと安心してしまうのは、どこの世界の冒険者ギルドでも変わりないと思う。
閑散としているどころか、V系と俺の他に誰もいない。
このギルドには完全な酒場はなかった。規模が小さいからだろう。調理場や食事を提供するようなカウンターはない。ただ、円卓の机と椅子だけが、7、8セットくらいある。田舎のショッピングモールのフードコートをイメージして、そこにファンタジーのスキンを被せてくれ。概ねそのイメージでいい。
奥に、依頼を処理するようのカウンターがあった。とはいえ、箱を並べたような作りで、王都ネスマーの冒険者ギルドに比べたら、しょぼい。ネスマーが国際的テーマパークのサービスカウンターで、ブルエモンのはそうだな、牛と触れ合える牧場の受付みたいな感じ。しかも、潰れかけの。
カウンターの奥に山盛りの書類で埋もれた机と、バンバン粗末に扱われてるんだろうなって分かるドアがあった。蝶番、壊れてるんじゃないかあれ。よく機能してるな。
あぁ、田舎の冒険者ギルドって感じするな。
椅子をひかれて、そこに座れと無言ながらに示されたので、おっかなびっくり座る。
落ち着くんだ俺。
すっかり上がってる。
V系が書類と筆記用具を持って、対面に腰掛けた。なんだ何が始まるんだ。
これ、これは知ってる。面接だ。俺知ってるぞ、面接の雰囲気だこれ。
落ち着け俺。
大人の余裕ってものを持つんだ。
さぁ、来い。
「20代半ばと聞いてたんだが、もっと若そうだな……」
やめろ、スライム、頭の上で笑うのは。
「……俺、いくつに見えます?」
こういう時はこれに限る。でたぞ、日本人あるある。若く見られる。本当にどこ行ってもこれはある。
お世辞で若くいってるんだと思うだろ? マジでマイナス10くらいに思われてるからな。
わざわざ本当の年齢を言うのもあれだからな。三十路過ぎてから冒険者になろうとした理由聞かれても困るし。
「19くらいじゃないのか?」
「あー……マジですかー……もうちょっと上です……」
それは若過ぎます。本当に。
ちょっと虚無る。その間に、ペラペラと書類を確認する彼。
待って、何が始まるんだ。せめて何が書いてあるのか覗き込もうとしてみたけど惨敗。
相手のホームグランドだけあって、紙を持つ角度が、こちらから見えないように計算され尽くされている。
マジ、この世界の冒険者ギルドってなに。
「あー、挨拶もまだだったな。一方的にすまん」
V系がこっちに向き直った。
「いえいえ、お構いなく」
一応頭を下げておく。こんな時間まで冒険者ギルドが開いているとは有難いしな。俺らの他に誰もいないところを見ると、俺のために開けててくれてたまであるし。本当に申し訳ねー。
「俺は、ヘル。ブルエモンの冒険者ギルド職員だ。Eランクの初級を担当している。あー、そうだな、Fランクも俺の担当になる」
ヘルさんって名前もV系だな。V系が何か具体的に想像つかないが。
「あ、ではよろしくお願いします。ケンゴです」
「……別に、そんなに改まらなくてもいいぞ?」
「いやいや」
これは罠だぞ。年下だしなって砕けた瞬間、面接に落ちるんだ。いいか。こんなわかりやすい罠に引っかかってはいけないぞ。いいな。
「まぁ、ブルエモンは職員が5人だけだから、俺がいない時は他のに声をかけてくれ」
「少ないですね」
「まぁ、人口も冒険者も少ないからな。5人でなんとか回してるよ」
「本当に申し訳ないです、夜まで開けていただいて」
「……? あぁ、気にするな。夜にも灯りをつけているようにしてるんだ、うちは。王国でも他の田舎は閉めてしまうとこも多いけどな」
「じゃぁ、ヘルさんがいる日で幸運だったんですね。俺」
ちょっと目を細められた。何かミスしたか俺は。
「……本当に、気楽にしてくれよ? 野宿も大変だったろうし。バッファローの群れには合わなかったか?」
はい、その罠には引っかかりません。大変でしたとかいう苦労話はしません。
「バッファローは手負のやつと行きあたってしまったので、距離を取りながら仕留めました」
「お、おお、やるな」
「ありがとうございます」
対面する彼の目をマジマジとみたら、そらされた。
頭の上でスライムがかなり小刻みに揺れている。やめろ。布越しにバレるだろやめろ。
どう攻めるか、ヘルは少し躊躇したらしい。ここで不安になったら負けだ。いいか、分かるか。沈黙はニコッと笑って待つ!
これが大人の余裕だ!
キョロキョロとカウンターとその奥の辺りを彼が見渡す。
「中級担当のヴェルツがさっきまでいたんだが……レサンを呼びに行ったかな……あぁレサンは上級担当のエルフでな。この街には30人ほど長寿族が住んでるんだ」
「へぇ、エルフですか」
どう答えるかな。初めてみます、か。それとも、珍しいですね、か。
いや、この世界でのエルフの立場がわからない以上どっちも危険だ。ネスマーの街では見かけなかったけど、被り物で耳を隠していた可能性も高いしな。
「ところで、薬草依頼をネスマーで受けたのですが、この精算はまた明日きた方がよろしいですか」
話題を変えよう。不自然だったけどな明らか。まぁ仕方ない。
「あー……ケンゴはこちらに近親縁者が?」
いるわけねーだろ。
「いえ、おりませんが」
だろうなーって顔をされた。今ここでいるっていったらどうなるんだろうという余計な気を起こしたら、キーやんが重さかけてきた。
お前、やっぱ、俺の頭の中読んでるだろ。別にいいけどよ。
「じゃぁ、Fランクの扱いのままで、今日はギルドに泊まってもらおうかな……」
「え、Fランクってそんな特典があるんですか」
「まぁ、ブルエモンではね……」
なんだその含みのある言い方は。
「そういえば、ネスマーだとカードの発行は後からだと思うが、そこらへんの説明は?」
カード? なんだそれ。
「いえ、受けてません。日誌を書けとしか」
「あー……」
明らかに「これだから都会はよ」って顔をしてヘルさんは虚空を睨んだ。都会と田舎の軋轢とか面倒なんだがよ。
「じゃぁ、日誌出して」
いそいそと懐から取り出すふりをして、ふくろから日誌を取り出す。
机の上に置いたら、ヘルさんの手が日誌に伸びてきた。慌てて日誌を押さえる。
なんだ。
何をするんだ俺の日誌に。
えっなにこの間は。
日誌とヘルさんの顔の間を、五回くらい俺の視線が行ったり来たりした。
キーやん、無反応は無反応で気になっちゃうぜ、俺は。
「あー……ケンゴ、なんのために日誌を書いてたんだ……?」
「え? そりゃ日誌……あ、見せるんですか? 本当に? え? どうしよう、心の準備がっ」
とか言ってとりあえず、日誌をガバっと取り返して胸に抱く!
待って、何を書いた、何を日誌に書いた、思い出すんだ俺。
普通にノスタルジックになったりしてなかったか。
いや、まず。
キーやん、お前のこと普通に書いたんだが。
これ、キーやんに聞こえてるかな。
三回くらい唱えればいい?
キーやん、お前のこと普通に書いたんだが。キーやん、お前のこと普通に書いたんだが。キーやん、お前のこと普通に書いたんだが。
俺、どうすればいい?
テイムの件もバレるしー、テイムしておいて即お散歩にいったこともバレるしーまずいぜこれは。
移動法とかなんとか書いた気がするよ俺は。
これ絶対に突っ込まれるだろ。
うわー。
え、お前、普通にここで姿見せちゃう?
ふるふると二回振動がきた。否定かこれは。
ちょっと作戦タイムだよな、な?
ずしっと一回重くなった。同意だなこれは。
頭の上に乗せたスライムと意思の疎通を成功させたのも俺が世界初だろうな、きっと。
いや、それどころじゃねーんだって。




