第9話:喉まで届いた告白
第9話:喉まで届いた告白
エレナと近衛騎士が温室で想いを確かめ合ってから、いくつもの話し合いが重ねられた。
アルヴィンはエレナの父である公爵に、婚約解消を願い出た。王家にとっても公爵家にとっても大切な縁談だったため、簡単には決まらなかった。それでも、エレナ自身の望みと、騎士のこれまでの働きが認められ、やがて両家は婚約解消に合意する。騎士とエレナの婚約も、彼が遠征から戻り、功績を立てたのちに正式に認められる見通しとなった。
城には祝福の声が広がった。
エレナはミリアを抱きしめ、「あなたがいてくれたから、勇気を出せたの」と礼を言った。ミリアは彼女の胸元で喉を鳴らす。エレナの笑顔には、もう温室で見た涙の影はなかった。
その笑顔を見て、ミリアも心から嬉しかった。
エレナの願いが叶い、騎士の想いも届いた。二人には、これから一緒に歩いていく未来がある。
――よかった。
そう思うのに、祝いの席が終わってアルヴィンと二人きりになると、ミリアの胸には寂しさが戻ってきた。
その夜、アルヴィンはミリアを連れてバルコニーへ出た。空には星がいくつも瞬いている。庭園の木々は夜風に揺れ、遠くの噴水が静かな音を立てていた。
「今夜は、みんな嬉しそうだったな」
アルヴィンは手すりにもたれ、腕の中のミリアを見つめた。
「エレナ嬢も、騎士殿も。二人が望む道を歩けることになって、本当によかった」
ミリアは小さく鳴いた。彼女もそう思っている。けれど、アルヴィンの声がわずかに寂しそうに聞こえたのは、気のせいだろうか。
アルヴィンはミリアをそっと抱き直し、星空を見上げた。
「君は、誰かの幸せを願える子だな。言葉は話せないのに、いつも僕の気持ちを分かってくれる」
ミリアは彼の胸元に頬を寄せる。鼓動が耳に伝わってきた。
しばらく、二人は黙って星を見ていた。アルヴィンの指が、ミリアの背をゆっくり撫でる。毛並みを整えるような優しい手つきだった。
「君がいなくなったら、僕はどれほど寂しいだろう」
その言葉に、ミリアは顔を上げた。
アルヴィンは、彼女の青い瞳を見つめている。
「君の瞳も、仕草も、僕を見上げる顔も……。書斎で眠っているときも、失敗してリボンに絡まったときも、君がそばにいるだけで、毎日が明るくなる」
彼は苦笑した。まるで、自分の気持ちをどう扱えばいいのか分からないように。
「こんな話をしても、君には困らせるだけかもしれないな」
ミリアの胸が大きく鳴った。
違う。困らない。もっと聞かせてほしい。私もあなたが好きだと、伝えたい。
ミリアは一生懸命、彼の胸に前足をつき、顔を見上げた。喉が震える。声を出そうとする。けれど、唇からこぼれたのは、かすかな鳴き声だけだった。
「ミリア?」
アルヴィンは少し驚き、それから彼女の頭を撫でた。
「大丈夫。君は何も言わなくていいんだ」
彼はミリアを胸に抱きしめる。告白しかけた言葉を、そっと胸の奥へしまい込むように。
ミリアは彼の服に頬を押しつけ、懸命に喉を鳴らした。どうか伝わって。言葉にならない想いも、あなたを好きだという気持ちも。
アルヴィンの腕は温かかった。けれど、彼が飲み込んだ言葉は、二人の間に小さな距離を残していた。
夜空の星は、何も言わずに二人を照らしている。
ミリアはその胸の中で目を閉じた。彼の想いが喉まで届いていたことを、彼女は確かに感じていた。




