第6話:小さな使者の大冒険
第6話:小さな使者の大冒険
エレナと話をした翌朝、アルヴィンは近衛騎士の記録を取り寄せた。
騎士は遠征や警備の任務で、何度も確かな働きをしていた。けれど、身分が低いこともあり、功績に見合う役目を任される機会は少なかった。
「推薦状を出すだけで、すぐに道が開けるわけではない。けれど、実力を示す機会はつくれる」
書類に目を通しながら、アルヴィンはつぶやいた。
ミリアは机の上で、紙の端を前足で押さえている。アルヴィンはその仕草に笑みを浮かべた。
「君にも手伝ってもらうことになりそうだな」
その日の午後、エレナから一通の手紙が届いた。今度の宛先はアルヴィンではなく、近衛騎士だった。
手紙には、温室で交わした言葉への返事が綴られている。エレナは騎士の気持ちを受け止めながらも、先の見えない約束を急がせるつもりはないと伝えていた。
『あなたが胸を張って自分の道を歩ける日まで、私も自分にできることをいたします』
アルヴィンは便箋を読み終えると、ミリアを見た。
「これを、彼に届けられるかな?」
ミリアの耳がぴんと立つ。
「近衛兵の詰所にいるはずだ。落とさないように頼むよ」
アルヴィンは手紙を細く折り、小さなリボンでミリアの首元に結んだ。ミリアは任せて、とばかりにしっぽを立て、机から床へ飛び降りる。
書斎を出て廊下を進む。近衛兵の詰所は城の反対側だ。ミリアは使用人たちの足元をくぐり抜け、階段の手すりを慎重に下りた。途中、厨房から漂う焼き魚の匂いに、思わず足が止まる。
――今はだめ。お手紙を届けるのが先。
ミリアは鼻先を振り、再び走り出した。
詰所へ向かう廊下には、飾り棚や背の高い椅子が並んでいる。ミリアは人に見つからないよう家具の陰を通り抜けた。ところが、最後の角を曲がったところで、首元のリボンが椅子の飾りに引っかかった。
進もうとすると、後ろへ引っ張られる。振り返ってリボンを噛んでみたが、結び目はほどけない。
ミリアは何度か身をよじった。リボンがきゅっと張り、身動きが取れなくなる。
そこへ、廊下の向こうからアルヴィンが歩いてきた。
「ミリア? どうしたんだ」
彼はすぐにしゃがみ込み、椅子に引っかかったリボンを外した。ミリアは解放されると、首元を確かめる。手紙は無事だった。
「大切な届け物だろう? 気をつけて行くんだよ」
アルヴィンはリボンを結び直し、ミリアの背をひと撫でした。
今度こそ、ミリアは詰所へたどり着いた。扉が少し開いている。中では近衛兵たちが装備の点検をしていた。その奥に、エレナの想い人である騎士の姿が見える。
ミリアは彼の足元へ歩み寄り、短く鳴いた。
「おや、ミリア。殿下のところから来たのか?」
騎士が膝をつく。ミリアは首元のリボンを揺らし、手紙を彼の手元へ落とした。騎士はそれを受け取り、リボンをほどく。
差出人の名を見た途端、彼の表情が変わった。何度も読み返し、最後に便箋を大切そうに胸元へしまう。
「ありがとう。君が届けてくれたんだな」
騎士はミリアの頭を優しく撫でた。ミリアは喉を鳴らし、彼の手に頬を寄せる。
そのとき、詰所の入口にアルヴィンが現れた。彼は手にした書類を騎士へ差し出す。
「近衛騎士殿。北方の街道を守る遠征隊が、経験ある騎士を探している。君のこれまでの働きを見て、推薦したいと思った」
騎士は驚き、書類を受け取る手を止めた。
「私を、ですか?」
「君には十分な実力がある。推薦状を用意したが、決めるのは君だ。任務を果たせば、今後の役目にも道が開けるだろう」
アルヴィンは、身分だけで機会を閉ざすつもりはなかった。騎士は推薦状に目を落とし、深く頭を下げる。
「必ず、期待に応えてみせます」
「そうしてくれ。君の働きを正当に評価してもらえるよう、こちらからも話を通しておく」
騎士が詰所を出たあと、アルヴィンはミリアを抱き上げた。
「手紙は無事に届いたようだな。途中で少し冒険したみたいだけど」
ミリアは彼の腕の中で澄ました顔をする。リボンに引っかかったことは、もう終わったことだ。
「よくやったよ、小さな使者さん」
その夕方、温室でエレナと騎士は短い時間を過ごした。騎士は遠征の推薦を受けたことを伝え、彼女は誇らしげに微笑む。
「あなたなら、きっと大丈夫です」
「戻ったら、改めてあなたに伝えたいことがあります」
「待っています」
二人はまだ手を取らなかった。それでも、以前より少し近い距離で向かい合っていた。
温室の扉の外では、ミリアが二人の様子を見守っている。アルヴィンは隣で、彼女の首元からほどいたリボンを指に巻きつけていた。
「君の大冒険のおかげで、少し前に進めたな」
ミリアは小さく喉を鳴らした。
エレナと騎士の距離は、ほんの少し縮まった。二人の想いが、いつか同じ場所へたどり着くことを願いながら、ミリアは温室の花々を見上げた。




