エピローグ:雨上がりの庭園で
エピローグ:雨上がりの庭園で
呪いが解けてから、ひと月が過ぎた。
ミリアは城で暮らしながら、少しずつ人間だった頃の記憶を取り戻していた。魔女に出会った日のことも、青い瞳をからかわれた幼い頃のことも、まだところどころが曖昧だ。それでも、アルヴィンに拾われた雨の日だけは、何度思い返しても鮮やかだった。
あの日と同じように雨が降った午後、ミリアはひとりで庭園を訪れた。
雨に濡れた石畳の向こうに、傘を手にしたアルヴィンが立っている。彼はミリアを見つけると、傘を彼女のほうへ傾けた。
「また、ここで会えたね」
「ええ。今度は、ひとりではありません」
ミリアが微笑むと、アルヴィンも笑った。二人は傘の下に並び、雨に濡れた花々のあいだを歩き出す。
エレナと近衛騎士の婚約も、正式に認められた。遠征から戻った騎士は功績を評価され、エレナの隣に立つことを許されたという。届いた祝いの手紙には、温室の野ばらが今年も美しく咲いたと書かれていた。
「みんな、それぞれの幸せに向かって進んでいるのですね」
「そうだね。君が背中を押してくれたおかげだ」
「アルヴィン様も一緒に頑張ったでしょう?」
「それでも、君がいなければ、僕は彼女の気持ちを聞く勇気が持てなかったかもしれない」
雨音にまぎれて、アルヴィンがミリアの手を取った。指が触れ合う。今度は、どちらも離さなかった。
「これからも、そばにいてくれるかい?」
「はい。ずっと」
庭園の出口に着くころ、雨雲の切れ間から光が差し込んだ。花びらに残った雫がきらめき、城の屋根の向こうには淡い虹がかかっている。
アルヴィンは、ミリアの青い瞳を見つめた。
「君の瞳を見るたび、あの日のことを思い出す。雨の中で君を見つけた瞬間から、僕は心を奪われていたんだ」
「では、あの日からずっと?」
「ずっとだよ」
彼はミリアの手の甲に、そっと口づけた。ミリアは頬を赤らめて笑う。硝子色の瞳には、雨上がりの光と、隣にいるアルヴィンの姿が映っていた。
もう、言葉が届かないことを恐れなくていい。二人は手をつないだまま、明るくなった庭園を歩いていく。
しばらくして、アルヴィンが何かを思い出したように口を開いた。
「ところでミリア。人間の姿の君も、もちろん愛おしいんだけれど……」
「けれど?」
「あの桜色の肉球も、実はとても恋しいんだ。もう一度、触らせてもらえないかな?」
ミリアは立ち止まり、つないだ手をぎゅっと握った。
「もう! アルヴィン様ったら!」
真っ赤になった彼女に、アルヴィンは「ごめん」と笑う。ミリアはまだ頬を染めたまま、それでも彼の手を離さなかった。
雨上がりの庭園に、二人の笑い声が明るく響いた。




