第11話:硝子色の瞳に誓う
第11話:硝子色の瞳に誓う
ミリアの体は、アルヴィンの腕の中で淡く揺らいでいた。
白灰色の毛並みが月明かりに透け、輪郭が光の粒へほどけていく。アルヴィンは彼女を抱きしめたまま、腕に力を込めた。
「ミリア、しっかりしてくれ!」
返事をしようとしても、声が出ない。ミリアは前足を伸ばし、アルヴィンの胸元に触れた。ここにいる。まだ、あなたのそばにいる。そう伝えたかった。
けれど、小さな体からは少しずつ力が抜けていく。
アルヴィンの顔に、恐怖が広がった。
「君がいなくなるなんて、耐えられない」
彼はミリアの青い瞳を見つめた。雨の日に庭園で初めて出会ったときから、ずっと心を奪われていた瞳。ミリアが書類の上に乗ったことも、手紙を届けようとリボンに絡まったことも、彼の胸に頬を寄せて喉を鳴らしたことも、ひとつ残らず思い浮かぶ。
言葉が通じなくても、彼女の気持ちはそばにあった。自分が落ち込んでいるときには寄り添い、喜びを分かち合い、何度も笑顔をくれた。
アルヴィンは、もう迷わなかった。
「猫だからなんて、もうどうでもいい」
腕の中のミリアを見つめ、彼ははっきりと言った。
「君の瞳に出会ってから、僕の心はずっと君のものだ。君がどんな姿でも、僕は君を失いたくない」
ミリアの体を包む光が強くなる。アルヴィンは彼女の頬に手を添えた。
「好きだ。愛しているよ、ミリア」
その言葉に応えるように、部屋いっぱいに光の粒が舞い上がった。
ミリアの姿が、アルヴィンの腕の中でゆっくりと変わっていく。白灰色の毛並みは光に溶け、細い手足が伸び、長い髪が肩へと流れ落ちる。アルヴィンの腕の中にいた子猫は、青い瞳を持つ少女の姿になっていた。
ミリアは、はっと息を吸い込んだ。
人間の声で呼吸をするのは、いつ以来だろう。震える指で頬に触れると、そこには柔らかな毛ではなく、人の肌があった。記憶の靄が晴れていく。雨の中で魔女に呪いをかけられたことも、名前を呼ばれるのを待っていたことも、少しずつ胸によみがえってきた。
アルヴィンは驚きに目を見開いていた。ミリアを抱きとめたまま、言葉を失っている。
「……ミリア?」
彼は確かめるように、彼女の名を呼んだ。
その声を聞いた瞬間、ミリアの目から涙があふれた。今度は猫の鳴き声ではない。人間の言葉で、彼に返事ができる。
「はい。私です、アルヴィン様」
アルヴィンはすぐそばにあった外套を取り、ミリアの肩にそっと掛けた。彼女の姿を気遣いながら、もう一度、その顔を見つめる。
「本当に……君なんだね」
「ずっと伝えたかったんです。あなたが好きだと。あなたの腕の中が好きで、名前を呼んでもらえるのが嬉しくて……」
ミリアの声が震えた。
「私も、ずっとあなたが好きでした」
アルヴィンの目にも涙がにじんだ。彼はミリアを抱きしめる。今度は、少女の姿の彼女を、壊れもののように気遣いながら、それでも離さないように腕を回した。
「ごめん。君が人間だと知らずに、ずっと一人で思い悩んでいた」
「いいえ。あなたは、猫の私にも優しくしてくれました。あの雨の日に見つけてくれたときから、ずっと」
二人は、しばらく何も言わずに抱き合っていた。窓の外では、夜が静かに明けようとしている。
やがて、カーテンの隙間から朝の光が差し込んだ。ミリアは涙をぬぐい、アルヴィンの顔を見上げる。
その硝子色の瞳に映るのは、もう雨の日の不安ではなかった。
これから始まる未来と、隣に立つ人の笑顔だった。




