第6話 リーリャ、夕飯を食べる
「うぅ、のぼせたぁ……」
「ご、ごめんニャ……。ウチはお別れも言えずにフェイストを出ることになると思ってたから、こうやって一緒に過ごせると思うと、うれしくなっちゃったニャ……」
パジャマ用の薄い服を着たフィリーは、リーリャの部屋には帰らずフィリーの私室のベッドに横になり、リーリャは顔を真っ赤にしてしおれているフィリーをうちわで扇いでいる。
「でも浴室って声が響くから背徳感すごかったニャ……」
「変態ッ!!」
「うがっっ」
フィリーの投げた枕がリーリャの顔にクリーンヒットして、大声でびっくりしたことも相まってそのまま後ろ向きにベッドから落ちてしまった。
「あぁ、ごめん」
「全然大丈夫ニャ。ウチは丈夫ニャから」
のぼせたせいか恥ずかしいせいかわからないが、耳まで赤くしているフィリーに引っ張られるようにしてベッドの上に上がると、ベッドの上であぐらをかくように座るリーリャの膝の上に、向かい合わせでフィリーが乗ってきた。
「暑いんじゃニャい?」
「飲み物飲ませて」
そう言いながら私の胸から顔を上げるが、リーリャは飲み物などもっていないし、取りに行こうにもフィリーが膝の上にいてはそれもできない。仕方なく入り口前に待機していたメイドを申し訳なさそうに見ると、これまた申し訳なさそうな顔をしながらメイドがコップに冷たい水を入れて渡してくれた。
「はい、水ニャよ」
するとなぜか少し頬を膨らませるが、少し2人の間に隙間を空けてコップを口元に運ぶと、飲みにくそうに飲み始めた。自分で飲めばいいのにと思うが、リーリャもフィリーを膝の上から下ろすつもりはないらしい。
「こういうときって水はないなぁとかいってチューしてくれるもんじゃないの?」
「どういうことニャ……? ウチの唾液を飲むってことニャ……?」
「うん」
「……」
横目でちらっと見えてしまったメイドも、呆れたような表情をしている。フィリーは時々とち狂ったことを言う。それがかわいいのだが、他人の前ではやめてほしい、と思うリーリャであった。
あれからしばらくベッドでゴロゴロした後、夕食の準備ができたとのことで1階に向かうと、リーリャが好きな肉を中心とした豪華な食事がテーブルの上にずらりと並んでいた。特にリーリャは鶏肉が好物で、丸焼きにされたターキーがテーブルの中心ではなく、リーリャの席の目の前に個人用としておかれていた。
通常のヒト族と比較してエネルギー消費量の多い獣人は、その分食事量も多い。獣人族という名前の通り人族としてくくられてはいるが、ヒト族との差異はいくつか合って、食事量の差は日常生活で感じやすいもののひとつだろう。
今でも山奥の集落などでは夜行性のような形で生活している猫獣人もいるそうだが、生活リズムに関してはヒト族に合わせて変わっているのが一般的だ。もちろんリーリャも昼間に行動するが、睡眠時間を長くとっているのは猫獣人としての特徴だ。もちろん仕事がある日は他の人に合わせた睡眠時間だったけれど、休日にはゆっくり寝て、必ず昼寝をする。
こうした獣人族ならではの生活習慣は、今では個性としてある程度受け入れられている。中には個性という言葉で収めるのが難しい体質も存在するが、ある程度の理解は得られているという印象だ。
「ここ数日あまり食べていなかったでしょう。たくさん食べてね」
今は王様も、王子様も多少の政治的対立はあるとは言えみんな仲が良くて、定期的に王宮にある食堂で王家一同集まって食べているらしいのだが、離宮の食事エリアは王宮内の食堂に比べてコンパクトらしい。リーリャからすれば非常に広いものであるが。
ゆったり6人程度が座れるだろうと思われる大きめのテーブルの隅に、2人で向き合って食事をするのはなんとなく寂しいように感じる。
今までは宗教本部の食堂でたくさんの聖女見習いたちと食事をしていたため、こうして2人で食べるのは聖女ではなくなってしまったということを感じさせるようで少し胸が痛くなった。ただ、昨日までの夕食と比べるとよっぽどいい。顔を上げればフィリーの姿がそこにあるからだ。
「明日なのだけれど、お父様やお兄様に挨拶に行かなくてはいけないの。リーリャも来ることになるけどいいかしら……?」
「陛下にご挨拶……」
「大丈夫よ。父上と一番上のお兄様だけよ」
「陛下と皇太子殿下……、ウチ大丈夫かニャあ……」
「大丈夫よ。リーリャはちゃんとしてればきれいな作法よ。心配することはないわ」
途端に食事が喉を通らなくなったように感じたが、いざ口に運べば問題なく喉を通るのであくまで気のせいである。
「後は長旅になるからその準備をしてほしいわ。いろいろこっちで揃えてあるし、使用人にリーリャの荷物も持ってもらうから気にしないで。あと王都にいる間に行きたいところがあったら明日のうちにいっておいで。最低でも5年は王都に戻れないと思った方がいいわ」
「わかったニャ」
もちろん持ち上げて直接飲むということはせず、スプーンでちまちまとすくいながらコンソメスープを飲んでいたリーリャには、1カ所だけ出発前に行きたいところがあった。
フィリーはリーリャが行きたがっているところがわかっているようで、寄付は私から用意しておくから、リーリャのお金は自分のためにとっておいて。とミニトマトにフォークを刺していた。
今日の味付けは全体的にパンチが足りないように感じた。おそらくニンニクが一切使われていないのだろう。リーリャはニンニクを食べるのが好きで、次の日が休みの日にはよく食べていた。これらの食事には少しも入っていないというのだから驚きだ。ネコ科の動物はニンニクやたまねぎがダメだと言うが、獣人族は食べても問題ないようで、消化器系は若干肉食によってはいるものの、さほどヒト族と差はないらしい。
メインのパスタにはタマネギと貝がたくさん入っていて、サラダには生の魚が使われていた。さすがは王宮の食事だなぁと思いながらリーリャはそれぞれ口に運ぶ。王都は港町が近く、朝採れた魚介を氷や魔道具を使って冷やしながら運べば夏でも新鮮な状態で入手することができる。もちろんその分価格は高くなるが、お陰でこの国の食事のレベルは世界的にも高いと言われている。
「デザートにはメロンというものを用意したわ。リーリャに食べてほしくてわざわざ取り寄せたのよ」
「うれしいニャ。最近甘いものはあんまり食べてなかったからニャあ」
じゃあたくさん食べてもらわないとね、とうれしそうに笑うフィリー。リーリャは好きな人と食べる食事はこんなにもおいしいものなのかと驚きが隠せなかった。




