第5話 リーリャ、お風呂に入る
「ウチはこの浴室を小さいと思ったことはないニャ」
フィリーの部屋に入って左手側の壁には扉が2つあり、入り口に近い方の扉を開けるとトイレがあり、窓に近い方の扉を開けるとそこが浴室になっている。
「そりゃあリーリャは広く感じるわよ。私はリーリャのおっぱいが邪魔で狭いの」
「ニャんだと~」
恥ずかしげもなく着ていた服を脱ぎ捨てメイドに預けた二人は、ひとつしかないシャワーの前にふたりして向かうと、フィリーはリーリャを椅子に座らせ大量のシャンプーで髪を洗い出した。
「あぁ、やっぱりかわいいね」
「あんまり触らないでほしいニャ……」
もこもこ泡の頭の中からフィリーはリーリャの猫耳を探し出すと、外側から中側まで指でスリスリと耳を弄り始めた。
「やっぱり濡れてないふわふわの状態の方がいいかなぁ」
そう言ってさっさとシャワーで泡の付いた頭を流してしまう。普段は癖の付いたショートヘアであるリーリャの髪の毛も、水に濡れるとさらさら直毛ヘアのような見た目に変わり、いつもの若干荒そうな印象から可愛らしいおしとやかな印象へと変容する。
「じゃあ次は体だね」
「別にいいニャ。体は自分で洗うニャ」
交代交代、といって今度はフィリーを椅子に座らせると、シャワーでゆっくりと髪の毛を湿らせ、剣術をたしなんでいるとは思えないほど細く美しい手でゆっくりと髪を洗い出す。普段メイドに洗ってもらっているフィリーとは違い、リーリャは日頃から自分で髪の毛を洗っているため、フィリーに比べれば慣れているようだ。
「フィリーはきれいな髪だから、優しくあらわないとだめニャね」
「ありがと」
今朝まで宿泊していた宿屋の部屋の2倍以上あるだろうと思われる広いスペースの隅に、こぢんまりと設置されたシャワー。そして中央付近にぽつんと設置された浴槽はすでにお湯が張ってあり、わずかに湯気が立っている。
あまり物のない広い空間は私たちの声やシャワーの音を反射して、換気のためわずかに開かれたすりガラスの窓から鳥の鳴き声と、庭の植物が風に揺れる音がかすかに聞こえる。
「リーリャ、リーリャはこれから私と同じ屋敷に住むんだよ」
「そうニャのか? ウチはてっきり子供達と一緒に住むのかと」
「子供達は今村のおばあさんが引き取って育ててる。リーリャには屋敷からそこに通って子供達を鍛えてもらうわ。だからこれから、こうして毎日お風呂に入れるのよ」
そう言ってうれしそうに笑うフィリーの頭からシャワーを掛ける。すると少し開いていた口と目がキュッと閉じて、代わりにうれしそうに左右に揺れだした。
「うーん、やっぱり少し狭いかな?」
リーリャの胸を枕代わりに足を伸ばすフィリーは、天井を見上げながらそうつぶやく。頭には冷やした濡れタオルが巻いてあって、それがこしょこしょとリーリャの鼻に当たって少しくすぐったい。お湯の温度はちょうど良く、2人で入ることを前提としていたのか、浴槽からお湯があふれることもなく、2人入ってちょうどいい水量に調整されていた。
フィリーのお腹の上にはリーリャの手があって、リーリャはフィリーの頭に巻かれたタオルから逃げるように浴槽の縁に頭を乗せると、ゆっくりと目を閉じる。
「リーリャ、ちょっとくすぐったいわ」
「フィリーは肌ツルツルだニャ~」
リーリャはフィリーのお腹の上にあった手をさわさわと動かすと、フィリーはくすぐったそうに身をよじらせる。
そして足に平行してコの字型に伸ばしていた手を静かに動かすと、やさしく撫でるようにしてリーリャに触れた。
「リーリャもツルツルね。毎日自分に聖魔法掛けてるの?」
「掛けてないニャ」
「じゃあこれから毎日私に掛けてよ。もう私以外に魔力は使わないでね。もうリーリャは聖女じゃないんだから、リーリャの魔力はすべて私のために使って」
「にゃはは~、わかったニャ」
フィリーは少し独占欲が強いのかもしれない。自由を好むリーリャは、早くこっちも回復してくれ、優先的に私を直してくれ、そういった余裕のない患者の声が好きではなかった。最終的には全員助けるのだからしっかり順番を待ってほしかったし、自分の魔法は自分の物だから、誰かに使い道を指図されるのは好きではない。なぜ命令通りに動かないのかと司祭に叱責され、侯爵家から聖女をやめて専属の術士になってほしいと打診を受けたこともある。非常に不愉快だった。
けれど、フィリーの独占欲を孕むその言葉は心地が良かった。
より一層力を込めて左手でフィリーを強く抱き寄せると、空いた右手をリーリャはゆっくり下の方へと伸ばした。そしてフィリーは静かに目を瞑ると、すべての体重をリーリャに預けながら小さく息を吐いた。
王国憲法にはこう記載がある。
『第一王女は、皇太子の即位に際して、王姉室若しくは王妹室を組織し、施政の監視、及び公務を行う。
又、王籍のない貴族による、王家の傀儡化を防ぐため、第一王女の婚姻、及び王籍のない異性との公務外での接触は、これを認めない。』
ここに王女の同性との交友に関する規制は記されていない。その中で、この国のかつての第一王女達は自らの孤独を解消するため、過去騎士や聖職者の間で一般的であり、現在でも一部で見られる衆道という文化に目を付けた。これは精神的、肉体的な結びつきを強めるため、同性同士で性的関係を持つという物であった。憲法と、それに付する法律で禁じられていない同性との接触に、衆道という社会的に広く受け入れられてきた文化を融合させ、理由付けを行った上で実質的な伴侶として同性を側に置いた。表向きはあくまで主従関係として。
今の王姉であるフィリーの伯母も例外ではなく、彼女には愛する女性がいて、そのことは暗黙の了解となり、そして同性愛者であるというレッテル貼りにより良い縁談がなくなることを恐れる貴族達は、第一王女に対して自らの娘を伴侶にと差し出すことはない。
従って、第一王女は同性に限り自由恋愛が認められる特殊な立場であった。長年の慣例により貴族はこの件に触れない、糾弾もしない。これに触れることにより王姉の怒りを買うリスクを背負おうとする貴族はいない。これが貴族社会なのである。
それは、伯母である現在の王姉と同様に、現在の第一王女たるフェリシアも例外ではなかった。彼女にとってのパートナーは、獣人族の元聖女、リーリャであった。
王子や現在の国王はその関係をすでに知っていて、一部の貴族はフェリシアとリーリャが性愛関係にあるということはすでに調べが付いていることだろう。リーリャがフェリシアの私室に宿泊するようになった3年前から怪しんでいたことだろうが、1年程前、リーリャに声を掛けた侯爵家が失脚した件によって確実な物となっただろう。
もちろんそのことをレミスト教の幹部が知らないわけがない。第一王女の伴侶を自らの組織の管理下に置いたままにするというリスクを考えれば、辺境への出向命令より、元聖女という肩書きを持たせて手放す方が身のためなのだ。すでに再就職先はあるようなものなのだから。




