第53話 リーリャ、薬師の仕事を見学する
「ここは調合室です」
一通り温室を見て回った2人は、ベルリルの案内で調合室へとやってきた。
温室のすぐ近くにある建物にはいくつかの調合室と、診察室のようなものが設置されていて、聞けば薬師には1人1部屋調合室が与えられているということだ。
薬師だからと言ってすべての薬の調合が得意というわけではなく、塗り薬が得意な者、飲み薬が得意な者、風邪薬が得意な者、怪我の治療が得意な者、とそれぞれ得意不得意があるらしい。
調合室をそれぞれに与えることで、それぞれの好みや得意分野にあった調合環境を自分で組み立てることができるそうだ。
王都では土地がなく、薬師も多いためそのようなことはできないという。土地が広いこの場所だからこそのもので、大変助かっている、とのことだ。
「せっかくなので仕事の様子を見ていきますか?」
「ええ。是非」
廊下を少し進み、数ある調合室の中からベルリルがとある部屋の戸を叩く。中から幼い女性の声がして扉が開くと、中には獣人の女の子がいた。リーリャとは違い兎人族と呼ばれる種族で、ピンと立った長い耳がある。
「彼女はプトレミナです」
「初めまして。プトレミナと申します」
「見た目は幼いですが、腕はいいですので、お仕事を見学させていただきましょう」
「えぇ?! 今からですか?」
「ダメですか?」
「ダメではないですが……」
どうやら話を通していなかったらしく、プトレミナは少しうろたえると、恐縮そうに3人を部屋の中へと招き入れた。
部屋の中には広い机が3つと、大きな棚が2つ。机の上に乱雑に置かれた調合器具は彼女の手の大きさに合わせて小さくなっているみたいだ。
獣人の薬師がいるなど聞いたことはない。おそらく彼女は王都で肩身の狭い思いをしていたのだろう。ウチがいることで安心してくれたらいいな。リーリャはそう思った。
「今は、摘み立ての薬草を処理していました。……これです」
そう言ってプトレミナは部屋の真ん中に置かれた机の上を指さす。いくつかの大きなざるの上には、まだ土の付いている薬草が並べられていて、その葉は青々としている。
置かれた机や椅子などは、彼女に併せて高さが低くなっていて、彼女でも容易に机に手が届くようだ。
「これを洗っていきます。採れ立ては泥や虫が付いています。混ざると……、良くないです」
見せるように、少しだけ……。そう呟いたプトレミナは薬草を数本取り出すと、部屋の隅に設置されている洗い場の方へと向かう。シンクに置かれた桶には水がためられていて、蛇口からは細く水が流れている。
高さが合わないのか、プトレミナは踏み台の上に乗ると薬草を一本つかんで、流水で根っこの部分を軽く流すと、薬草を逆さに持ち替えて葉の部分を桶に入れていく。
「こうやって、丁寧に虫や土を落としていきます。大事な作業なんです」
洗い終わった後の桶を見せてもらうと、小さいゴミのようなものが浮かんでいて、その中には小さなイモムシもいた。苦しそうにうねうねと体をよじらせているが、リーリャはその残虐行為を見逃すことにした。薬や食料品に虫が入っている方が不快だからだ。
「これをタオルで拭きます」
数本の薬草をタオルの上に並べると、上から押さえるように水気を拭き取る。彼女の手は小さいが、それのお陰なのか細かく丁寧な作業である。
初心者であるフィリーから見ても彼女の作業はしっかりとしていて、よく薬師の仕事を側で見ていたリーリャも、感心したように笑みを浮かべている。人は見た目で決めつけてはいけない。小さいからと言って子供だから仕事ができないというわけではない。
そもそもあまりからだが大きくならない種族もいるし、子供だから仕事ができないわけではない。偏見を持たないことは大切なことだ。
「終わったらこれをはさみで刻みます。乾燥させるためです」
「刻まなくてもいいんですが、刻んだ方が早いんですよ」
はさみを取り出すプトレミナの説明をベルリルが補足して、太陽光の当たっている机に、干す用のざるを設置した。
「ありがとうございます。えっと、あとはこうして重ならないように広げます……」
こうしてはさみで適当なサイズに刻まれた薬草を丁寧にざるの上へと広げていく。乾燥したらすりつぶして、他の薬草と混ぜて薬にしていくとのことだ。
乾燥しないでそのまますりつぶす薬もあるそうだし、干す時間も作りたい薬や薬草の種類によって変わっている。
薬師はそう簡単になれる職業ではない。学校で数年しっかり学んで、薬師見習いになって実務経験を数年積んで、そして試験を受けてようやく薬師として独り立ちできる。
ベルリルはプトレミナを薬師だと言った。つまり彼女は薬師見習いではない。立派な薬師であって、かなりいい腕の持ち主なのだろう。そんな彼女が種族を理由に差別されていたというならば、それはあまりに愚かなものだ。
「調合まで見ていては時間が掛かりますから、今日はここまでにしておきましょう」
「わかりました。プトレミナさん、どうもありがとう」
「いえいえ……」




