第52話 リーリャ、薬草畑を見学する
「こんな施設があったんニャね」
「そうよ。リーリャはあんまり敷地内を散歩はしない?」
「そうニャね。教会と屋敷の間はよく歩いているニャけど、それ以外の場所にはほとんど行かないんだニャ」
「たまには行ってみると面白いわよ。いろいろあるからね」
水車小屋を見終わった2人は、林の中を伸びるひときわ大きな道を進んでいった。少しして開けたところに出ると、2人の前にあったのはガラスで覆われた植物園のような施設であった。
「殿下、聖女様、薬草畑へようこそ」
「ええ。調子はどう?」
「いい感じです。聖女様が毎日祈りを捧げてくださっているお陰で、ここら一帯の祝福度が高いんです。今日も元気に育ってくれています」
この青年は屋敷に滞在している薬師の1人、ベルリルだ。この屋敷には10人以上の薬師がいて、それぞれの研究や治療などの活動を行っている。
ここは薬草畑の温室で、暖かいところで生育する薬草を育て、研究している施設だ。すぐ横の畑では温室不要で生育できる薬草を育てていて、使用人が怪我をした際の治療以外にも、領内で治療活動を行う際に役立てられている。
また、個々での研究成果は逐次王都へ送り、国全体の治療活動に貢献しよう、ということである。
「本当にいつもありがとうございます。この地域は元々肥沃ではあるのですが、聖女様がいらっしゃるお陰で効能も高く、枯れる割合も小さいんですよ」
「ウチは聖女じゃないニャよ」
「いや、聖女だよリーリャ。教会の聖女ではないだけで、聖女だよ。私が保証する」
「……そうニャか。人の役に立てているなら良かったニャ」
促されるように温室の中に入ると、さわやかな森の空気から湿度の高いジメジメとした空気へと変化したのがわかる。中で育てられている植物は彩度の高い鮮やかなものばかりで、これらが薬に利用されるということが想像できない。
「いくつかの温室があるのですが、ここはその中でも熱帯に育つ生き物を管理するところです。王都にも引けを取らない最新設備ですから、薬草に使うもの以外にも研究者がいろいろ植えて行っているんですよ」
熱帯には不思議な植物がたくさんあると聞く。木に巻き付いて最終的には絞め殺してしまうような木や、虫を食べる植物、猛烈な匂いを放つ植物などなど。
「殿下が王都へ戻った後、この地に学園都市を造る計画があると伺っています。きっとこの施設は研究に役立てられていくのでしょう。その足がかりとして、私たちは潤沢なデータを残せるよう研究をしています」
「そうなの?」
「うん。広い土地があり、豊かな土壌があり、他国からの侵略の危険も少ないこの地は教育の場にふさわしいと考えているみたいなの。今の研究拠点は王都だけ。王都周辺は開発が進んでいて自然関係の研究が十分にできないということが問題になっているわ。それを解決するためにこの場所に学園都市を造る。そういう計画があるの」
「はえ~、ウチ全然知らなかったニャ。だからこんなに施設が充実してたんニャね」
温室の中を歩いていると、熱心に植物を眺めている女性がいた。白衣を着ていてバインダーで何かをメモしているようだ。
彼女はこちらに気がつくと驚いたように体を震わせ、小さく礼をしてまたすぐ仕事に戻ってしまった。仕事の邪魔をしてはいけないと軽く会釈を返して、別の温室へと進む。
「ああやって日々植物の状態をチェックしています。先ほどのはまだ若い薬師で、これから5年掛けてじっくりと教育をしていこうと思っています」
「へぇ、ここでも教育をしているんニャね」
「そうです。権力闘争がないこの場所は、教育環境として適しています。王都で働くとなれば仕事にかかわらず、家柄が評価の対象になってしまうことがよくあります。彼女のような平民出身の若手は、そうした理由で雑務を押しつけられてしまうことがよくあるんです。ここではそういったことはない。じっくりと仕事に集中して貰えますから」
「耳が痛い話ね。王宮で働くもの同士互いに尊重し合い、高め合ってほしいものです」




