第36話 リーリャ、宿題を出す
草原の先、わずかな起伏の頂上がオレンジ色に色付く。屋敷へと帰らなければならないリーリャはレネットを家の中へ入れると、帰りの支度を調え始めた。
「あのっ、エルは魔法の才能がある?」
「……う~ん」
「ない?」
ミレアさんに出してもらった紅茶を急いで飲んでいると、椅子に座るリーリャの横にぽつんと立ったエルビアが不安そうな表情で聞いてきた。
なんと言えばいいのかがわからなかったリーリャは、その頭を優しく撫でると、ゆっくりと彼女のほっぺに両手を当てた。
「エルビア、よく聞いてニャ。エルビアに魔法の才能はないんだニャ」
「やっぱり……」
「でも、でも、落ち込む必要はないんだよ。魔法が使えることがすべてではないんだニャ。人それぞれ輝ける場所があって、みんなその場所に行くために頑張ってる。その場所が違うだけの話なんだニャ」
「……じゃあ、エルも特別になれるかな?」
「もちろん。この世に特別じゃないひとなんていないんだニャ」
その言葉を聞いたエルビアは、少し照れたように頬を染めると、少しずつリーリャとの間を詰め始める。そしてリーリャの膝の上に手を置くと、見上げるようにしながら口を開いた。
「あの、あのね、エルはみんなの手伝いがしたいな」
「うん」
「先生は、フィルマとレネットをカッコいいと思う?」
「もちろんニャ」
「だよねっ、エルもそう思う。だから、2人を手伝いたいの」
そのけなげな姿がとにかく愛おしくて愛おしくてたまらない。リーリャは胸がきゅうとなるのを感じた。
「ウチはね、エルビアもカッコいいと思うニャ」
「エルビアはね、エルだから、エルでいいんだよ」
「わかった。あのねエル、エルがみんなを手伝いたいニャら、ウチはエルを手伝うからね」
「うんっ、ありがとう先生」
その才能があるからといって、必ずしもそれを活かす道に進むとは限らない。得意な物と好きな物は別で、それを押しつけるのは違うことである。
理解していたはずだけれど、腑に落ちていなかったのかもしれない。
才能は神様が与えてくれた特別なもの。だからこそ、それを活かして人のために働きなさい。リーリャが修道院にいたときの先生は、みんなにそう言っていた。
だからこそ、聖魔法が使えるエルビアを修道院に入れるべき。そう主張したのだが。
フェリシアの言っていたことが正しかった。今はそう理解できるし、納得できる。
大人は何をするべきか、何をするのが正解か。それは子供達が自由に未来を描けるようにサポートすることなのかもしれない。
この3人が何不自由なく成長できるように今は何が必要か。しっかりと見直す必要があるかもしれない。リーリャはこの仕事を少し舐めてかかっていた。そしてそのことに罪悪感を抱き胸が痛くなる。
「ミレアさん、次来るのは5日後にするニャ。すこし準備したいんだニャ」
「かなり先だね。わかったよ」
「ありがとうニャ」
そう頭を下げると、リーリャは一人ずつ姿勢を下ろして子供達と向き合う。
「フィルマ、フィルマは5日後まで、毎日必ずその剣を素振りするんだニャ」
嫌になって逃げたのかと思っていたものの、彼女の腰には革製の装備が付いていて、そこにはしっかり片手剣が収納されている。ミレアさんが密かに購入していたのだろう。
「ただ素振りするだけ?」
「そうニャ。でも少し意識して。どの振り方が一番楽に振れるか、力を入れられるか、動きやすいか。この3点を意識して、毎回振り方を変えながら素振りをするんだニャ。5日後にウチが来たときに、その練習の成果を見せてニャ」
「わかった」
「レネット、レネットは5日間、勝手に魔法を使ってはいけないよ」
「え? どうしてですか?」
「危ないからだニャ。一人で炎を出して、火事になったら大変ニャ」
「じゃ、じゃあ、何をすれば……」
「料理をしてみるんだニャ。ミレアさんと一緒に、火を使う料理をするんだニャ。料理をするコンロにしたには、魔石が入ってる。でもそれを使わないで、さっきあげた杖を使って料理をしてみるんだニャ」
「どうやってやるんですか?」
「鍋の下に杖を差し込んで、今まで通り魔法を発動するんだニャ。そして、ミレアさんに言われた火力に調整をする。わかった?」
「わかりました」
レネットはあまりわかっていなさそうな表情でわかったといった。ただいざやってみればその難しさがわかるし、結果としてどういう意味があったのか、わかるときが来るはずだ。
自分が思ったように魔力を流す。これは基礎的な部分で、大事なポイントだ。そして料理の火力調節は、視覚的にも感覚的にもわかりやすい。
火が弱ければ生焼けになって、逆に強すぎたら丸焦げになる。同様に攻撃魔法や支援魔法にもちょうどいい魔力量があって、それを見つけることは大切だ。
その一歩になるといい。そう思っている。
「エル、エルはフィルマ、レネット、ミレアさんの3人をよく観察するんだニャ」
最後にエルビアの前で腰を下ろすと、リーリャは背負ったバッグの中から一冊のノートを取り出した。筆記用具は机の上にあったことを確認しているので、ノートだけだ。
本は貴重。その要因の一つとして、そもそも紙が貴重なのだ。そんな紙が何枚も集まった白紙のノート。それをうれしそうに受け取るエルビアに、やってほしいことを告げる。
「ここに3人が何時に何をしたのかをできるだけ詳しく書くんだニャ。例えば、19時40分、レネットが大きな口を開けてあくびをした、みたいなね」
視界の端で恥ずかしそうに口を押さえるレネットに優しく笑いかけると、フィルマはそれがよっぽど面白かったのか、茶化すように大きな口を開けて笑った。
その笑い声を聞いてレネットはさらに恥ずかしそうに耳まで真っ赤に染め上げる。
「19時40分、フィルマが手を叩きながらガハガハ笑った」
「そうニャ! それをノートにきれいな字で書いていくんだニャ。わかった?」
「わかった、やってみるっ」
思わぬ仕返しにフィルマまで耳を赤く染め、頬を赤くしたエルビアはうれしそうににっこりと笑みを浮かべた。
「じゃあミレアさん、お願いしますニャ」
「わかったよ。暗くなってきたから気をつけて帰るんだよ」
「はい」
先生またね、という3人の大きな声を背中に受けながらリーリャは馬にまたがる。屋敷に帰ったら3人の教育のために必要な物を手配しよう。
まずはここから5年でどんな順序で教育を行っていくかを決めて、そのために何がどれくらい必要なのかを決める。使わないと思っていた執務室をしっかり使って、フェリシアと相談しながら進めていく。
あまり乗り気ではなかった今回の依頼。3人を王宮で通用するレベルまで育て上げる。
こうして子供達に触れて、リーリャの心には責任感が芽生えた。もししっかりとした実力が付いていない状態で王宮に入れば、無能扱いされていじめられてしまうかもしれない。
彼女たちをそんな目に遭わせるわけにはいかないのだ。
使える物は何でも使って、絶対に彼女たちを一流の仕事人へと育て上げる。リーリャの目標であり、義務である。




