第29話 魔石、光ります
「いいニャよ。手を開いてみて」
「はい」
レネットがゆっくりと手を開くと、そこにあったのは真っ赤に光り輝く魔石だった。部屋を暗くすればろうそくの代わりになるのではなかろうかと思うほど真っ赤に光り輝くその魔石は、いかにレネットの魔法適性が高いかということを示している。
「すごいニャね。レネットには火魔法の才能があるニャ。それもかなりハッキリと」
「やった~」
手を大きく振り上げて喜ぶレネットをフィルマはうらやましそうに眺めている。そんなフィルマを眺めていたエルビアは、次は私だっ、と呟いて真っ赤に輝く魔石に手を伸ばす。
「ああ、エルビア、1回使った検査用魔石は再利用できないんだニャ。だからエルビアはこっちを使って」
リーリャはポーチからもう一つの魔石を取り出すと、それをエルビアに手渡した。エルビアは大きな声でありがとうと言うと、握力検査でもするのだろうかというほど勢いよく魔石を握りしめた。
「じゅうびょう待つ」
「エル、がんばって」
「もういいかな?」
「まだ5秒だニャ」
ふんふんと横に揺れながら10秒待ったエルビアは、よしっ、と気合いを入れて勢いよくその手を開いた。
そこにあったのはわずかながら金色に光る魔石だった。
「ひかった」
「エルすごい!」
「う~……、俺だけ……」
喜ぶエルビアとレネットだったが、フィルマは一人だけ魔法の適性がなかったことに落ち込んで、後ろでにこやかにリーリャ達を見ていたミレアさんの方へと歩くと、そのままミレアさんの膝の上で彼女に抱きついた。そんなフィルマのことを優しく撫でるミレアさんを見て、いかにこの子達が愛されて育ってきたのかがわかる。
「先生、金色はなに?」
「……えっと、そうニャね。金色は……」
そんな2人の様子を横目にしつつも、リーリャは多少の混乱と疑問を覚えていた。
そしてエルビアの質問に言い淀んでしまった。何の適性なのかがわからないからではなく、どうすればいいのかがわからなくなったからだった。なぜ金色に光るのかわからない。いや、この子達は教会とは関係のないところで育てられている孤児だから、今まで魔力適性を確認していないのも仕方がない。そういえばそうなのだが。
「金色は、聖魔法だニャ。エルビアは修道院に入るべきだニャ」
聖女として、聖魔法の適性を持つエルビアが修道院に入っていないことが信じられなかった。聖魔法という神からの授かり物があるのだから、それを生かせる場所に行かなければならないのだ。
「なるほど、聖魔法ねぇ……」
その日の夕方。早めに村から戻ってきたリーリャはフィリーと一緒に紅茶に手を伸ばしていた。王都から持ってきた書類を整理して執務室を片付けていたフィリーは、ソファーに座って大きく伸びをすると、全身を脱力してソファーに寄りかかった。
「聖魔法を持っているんニャから、修道院に入れないと」
「う~ん、そのエルビアちゃんって女の子は10歳なんだよね?」
「そうニャ」
「修道院は基本5歳で入るんでしょ? ならもういいんじゃない? リーリャだって10歳には聖女見習いになっていたわけだし、今からじゃあ遅いんじゃないかしら」
一般的な王国民、特に王都に住むような人たちは5歳までに一度魔力適性を調べることが多い。怪我やお祈りで初めて教会に行ったときについでに魔力を調べるのだ。
教会で行う魔力検査には庶民にとって消して安くない費用が掛かるため、その費用も掛けられないような家庭を除いて、基本的には検査を行っている。孤児院は基本的にレミスト教が運営しているため、孤児でも検査は行えるのだが……。
エルビアは孤児であるが孤児院で育っていない。リーリャがこちらへやってきて湖畔に教会を建てたが、元々オーマウには教会はなくて、オストリアまで行かなければならない。
怪我をした際、わざわざ教会に行くのではなく、薬草を使って治療した方が楽だったり安かったりするだろう。であるからして今まで検査をしたことなかった。その結果10歳まで聖魔法の才能を持っているということがわからなかった。
修道院に通う多くの子供は5歳前後で修道院に入る。幼い内の方が記憶の定着もしやすく、早めに鍛えれば魔力の総量が増加する。だから大抵は5歳頃に入る。
フィリーが10歳じゃあもう遅いと言っているのはそれが理由だ。
「別に修道院に入るのに早いも遅いもないニャ。確かに5歳から入っている子たちより成長速度は劣るかもしれないニャ。でも」
それでもリーリャは、10歳を超えて修道院へ入ってきた見習いがいるのを知っている。なんて言ったって彼女は教会の元聖女であるから、教会の事情についてはフィリーなんかよりよっぽど詳しいのだ。
「元聖女として修道院に入れたいのはわかる。でも義務ではない。でしょう?」
「そうニャけど……」
聖魔法を持っている人は修道院に入る。それは当たり前の知識だ。しかし義務ではない。そんなことを定めた法律は存在していないし、教会も子供が抵抗し、親も子供と離れたくないのであれば修道院に入れる必要はないとしている。
ただ、子供がもし聖女になれれば、見習いであったとしても教会で働くことができれば家の格が上がる。運良く聖女になれば多額のお金も入ってくる。多くの家庭は子供を修道院に入れる。そういうものだ。
「それでも、聖魔法を賜ったのは光栄なことで、その才能は世に出さなければいけないニャ。でないと神様に失礼だと思うニャ」
「別に私はそうは思わない。子供の好きにしてあげてほしい。それは陛下にも言われたことでしょう。リーリャがそう思ってもまずはエルビアちゃんに聞いてみないと。修道院に入らないことが神様に失礼だというのなら、レミスト教ができる前に生きていた人は全員非道な無礼人になっちゃうわ」
「いや、ウチはそんな極端な話は――」
「ともかく、まずはエルビアちゃんに聞いてみなさい。話はそれからね」
「うぅ、わかったニャ……」
しょんぼりとうつむくリーリャ。その向かいに座ってだらけていたフィリーは立ち上がりリーリャの方へと向かうと、そっとその隣に座って彼女の右手に己の左手を重ね合わせた。
「別にリーリャを否定しているわけではないっていうことをわかってほしい。私とリーリャでは物事の見方が違ってる。聖女はこの世に10人しかいない。その聖女の意見が一般論である訳がないのよ。だからこそリーリャはリーリャとして立派で、それを支えるのはパートナーである私の仕事で。まずは本人の意見を尊重しましょう」
「そうニャね……。視野を広く、他者の意見を尊重すること。大事なことニャ」
「修道院で習った?」
「うん。自分がなぜ今ここにいるかを常に考えなさいって。確かにウチは元聖女ニャけど、聖女候補を探しにここに来たわけではないニャ」
リーリャはありがとう、と感謝の言葉を呟いて、重ねられていたフィリーの左手をキュッと握る。そう簡単にほどけないように結ばれた二人の手のひらは、しばらくしていとも簡単にほどけると、二人の距離はさらに近くなる。側に使えるメイドの視線など、今の2人には関係がなかった。




