第18話 リーリャと瘴気だまり
「……あら、どうしたのかしら」
「止まったニャね」
ヴェライセンを出発してから数日が経過し、現在地中海の港町、パドウへ向かう街道のちょうど中間地点付近を走行していた。空はきれいな晴れ模様だが様子を確認するために窓を開けると、ガヤガヤとした騒がしい声が聞こえてくる。
しばらくして馬車の扉が叩かれたためそれを開くと、近衛兵の一人が焦った様子でドアの前に立っていた。
「どうしたのかニャ」
「はい。現在魔物化した獣の群れに遭遇しているため、交戦中であります。リーリャ殿におかれましては王女様の保護に専念するようにとのことです」
「……気を抜いていたニャ。数は……、かなりいるニャね。どうかお気をつけて」
軽快な旅に気を抜いていたリーリャは、聖女時代の旅であれば定期的に発動していた探知魔法を使用するのを忘れていた。というより、いらないと思ってやっていなかったのだ。
カルシュタイン王国の街道沿いでは、ゴブリンやオークといった魔物として生まれる生物が現れることはない。そういった生物はダンジョン化した洞窟や山から現れるものであり、カルシュタイン王国の街道はそれらのダンジョンを避けるようにして通されているのだ。
今回現れたのは通常のオオカミやイノシシが魔物化したことによる魔物。魔物化の原因はダンジョンから逃げ出した魔物の魔石を食べてしまうことによるもの、又は高濃度の瘴気に触れる、または弱い瘴気であっても一定期間以上触れること。または魔法により変質させられるもの。
「原因は……、瘴気ニャね。小さい瘴気だまりがあるニャ」
「小さいって、どれくらい?」
「本当に小さいものニャ。本来であればもう少し大きくなってから浄化するんニャけど、これがたまたま獣道上に発生してしまったみたいニャね。運が悪かったとしか言えないニャ」
「じゃあ教会に連絡をしないと……」
「そうニャねぇ……、これくらいだったらウチがいってこようかニャ?」
今回の原因となっている瘴気はごく小さいものである。大きさにして1メートルほどの小さい靄の塊がふよふよと獣道上に浮いているような形だ。これくらいであればものの数秒で浄化できる。
「あ、でも今ウチが離れたらフィリーが一人になっちゃうニャね……」
「なら私もついて行くわ」
「危険ニャよ!」
「別にいいわ。リーリャが守ってくれるでしょう? それに、いま騎士様から離れる方が危険だと思わない?」
そう、口角を上げながら挑発しているような目つきでこちらを見てくるフィリーを見て、リーリャは胸がゾワッとし、頬が染まるのを感じた。
「わかったニャ。ウチの側から離れニャいでな」
「もちろん。お仕事しているところを見せて」
「いいニャよ。すぐに片付けちゃうニャよ。こんなの聖女見習い一人でも対処できる大きさニャから」
そう言うと、焦ることもなくフィリーを優しく抱きかかえると、ひょいと跳びはねるように馬車から降りた。それを見た御者が焦ったようにこちらを見てくるが、リーリャは任せておきんしゃい、といわんばかりに頷いた。
「ちょっと浄化に行ってくるニャ」
「承知いたしました。お気を付けて」




